第23話 顔のない勇者―1
前回のあらすじ。
五年もほったらかしにしていた巫女の好感度が限界突破していた。
なんでー?
おかしい。
絶対におかしい。
この鳥娘、声が小さすぎてなに言ってるかわかりづらいのは良いとしても、なんだこの……馴れ馴れしさというか、なつき具合というか……ベタベタしすぎじゃない?
後ろから巫女に抱きつかれたままなのはまあ、リューで慣れてるから良いとして。ルフユカヘトヌに着くまでの半年以上、このぶっ飛んだテンションに付き合わなければならないのかと思うと、今から気が滅入る。
「まお……様、わた、わたし、り、りょう……つく……な、た……の」
「料理ってお前……すげぇな」
「えへ……えへ、へへ……」
巫女が調子乗ってウザくなるのはわかっていたけど、素直に感心してしまった。人間にサキュバスに吸血鬼。今までの旅の仲間は誰一人として料理が出来なかったから、余計にだろうか。
魔王様は五歳強なので料理なんかできません。
「なに作れんの? 俺、焼いた肉とかまた食べてみたいんだけど」
「か、かん、た……に、つ、つく……れ、る……よ」
「おお!」
すごい。いや、すごくないけど。城を手に入れるための旅ではエィンが火を嫌っていたため、なんでも生のまま食べなければならなかった。人間の作る料理なんて、本当に五年ぶりだろうか。
なんだか楽しみになってきた。自然と笑顔がこぼれてしまう。
「ま、魔王さ、さま……は、」
昼過ぎにレスリリア教会と地下で繋がる小屋から出て、今は夕暮れ時。
暗くなる前に寝床に出来そうな木でも探そうかと思ったその時。
「――――」
風が、鋭く首を撫でた。
「あ?」
世界が傾く……いや、これは巫女が俺を押し倒しているようだ。薄暗く落ち葉の積もる地面に体を強く打ち付けた。とても痛い。
「ま……お……」
「おい、いきなりなにすんだよ」
文句を言うため、見たくはなかったが流石に振り返って巫女を睨む。さぞ緩みきった顔をしているのだろうが、いきなり押し倒されたともなれば怒らないわけにはいかない。
前置きされても押し倒されれば怒るけど。
しかし、振り返った先にあったのは、首から血を流す鳥人間の姿だった。
「たす……け、て……」
「っ!?」
思わず左手を巫女の傷口に叩きつける。圧迫止血のつもりだが、これで良かったのかはわからない。指の間から青色がだくだくと溢れ続けていた。
――ア、これ、ダめかモ。
その時、再び風が吹いた。いや、風を切ってなにかが投げられる。
なにが投げられたのか確認できた頃には、すでに状況が手遅れとなっていた。
「まお……さ……」
「大丈夫、安心して。俺が側にいるから、少しだけ、おやすみ……」
「あ……ぅ……」
巫女の頭を抱くために左手を離すと、今まで以上に血が溢れ出てきた。こんなに血を見たのは、砂漠の勇者か、レブヌス以来だ。
ゆっくりと弱くなっていく呼吸を腕の中で感じながら、改めて巫女の受けた傷を確認する。
首をグルリと一周する斬り傷。これの他に心臓に一本、腹部に三本。これらは全て背中越しの刺し傷だった。そんなことをぼんやりと確認しているうちに、また風が吹き巫女の内腿が斬り裂かれる。
これハ、
一体、
どウして、
「――勇者」
そう、勇者だ。
狙いは巫女のようだったが、一度だけ、俺が首に感じた風。あれは俺の首を斬ろうとした攻撃に違いない。
手練の暗殺者のようにも感じられたが、魔王を殺そうとしたのだ。勇者で間違いない。
「何処にイる? 逃ゲたノカ? ドうセ依頼主ハ法王ダロウ? 俺カラ逃ゲラレルト思ウナヨ」
クソッ、ドウシテコンナニ、頭ガ痛インダ?
グチャグチャになりそうな頭を振り、右の親指の付け根を強く噛む。嫌になるほど痛いし、血も滲んできた。
「……よかっタ、俺ノ血も青いンダ」
魔王といっても、他の生き物と変わらないことに安心を覚える。俺だってちがでるんだ、今回の勇者だって、血が出るに決まっている。
血が出るなら、殺せるはずだ。
「…………」
……また風が吹いたら、捕まえてやろうと構えていた。しかし、警戒されたからなのか用が済んだからなのか、勇者は攻撃を仕掛けてこなくなった。
「…………」
どうする? もう日が暮れる。夜になる。昼行性のエィンやリューが都合良く来るわけもないし、砂漠の奴等もロウエンもこんなところに用があるはずもない。
くそ、どうすれば良いのか全然わからん。巫女も死んじまったし、俺はいつ殺されるかわかんないし……。
「…………」
うなじに風が吹きつけられる。振り返りざまに拳を振るうが、当然空を切るだけだった。
また、風が吹いた。
振り向くと、巫女の遺体が消えていた。
「……殺ス」
馬鹿ニシヤガッテ。
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