第17話 砂城ルフユカヘトヌ―2



 前回までのあらすじ。

「手違いで君のこと殺しちゃった、てへ! 仕方ないから異世界に転生してね!」

 その言葉によって一人の少年がレスリリアの大地に誕生した。

 やがてその少年は自らが持つ人智を超えた力に気付くと、その力を人々のために使い始める。だが、その力に目を付けた人間に少年は利用され、犯罪者の仲間として今まで友人だと信じていた人間にまで非難された。

 ようやく少年は気付く。

「オレは、良いように使われていただけだったんだ」

 順風満帆に思えた青春は一転して、少年は力を隠し影の中に隠れるようにして生き始める。

 この力を誰かに見られれば、また利用されるかもしれない。また裏切られるかもしれない。そんな恐怖と共に少年は生き、やがて常習的に罪を犯すようになった。

 そんな少年を救ったのが、ルフユカヘトヌ砂漠に拠点を置く『砂塵の盗賊団』の頭領だった。

 頭領は初めこそ自分のシマで盗みを働く少年を追い払おうとしていたが、捕らえた少年からある程度の事情を聞くと快く少年を砂塵の盗賊団に迎え入れた。

 少年は最初から心を開いていたわけではないが、砂塵の盗賊団から家族のように接せられることで以前のような優しい心を取り戻すことが出来た。

 しかし、トラウマのために人智を超えた力については誰にも、頭領にさえ話せずにいたのだった。





 ルフユカヘトヌ城内はやけに騒がしかった。十六人しかいない盗賊団にとっては少し広すぎる城を騒がしくしていたのは、他でもない三人の侵入者が原因だった。

 その事を知らない武器の手入れを任されていた黒髪の少年、ユフフカサテフは城内が鐘を打つ音で騒がしいことに気付くと、偶然近くを通った金髪を捕まえて理由を訊ねた。


「なあ、どうしてこんなに騒がしいんだ?」

「あ? 侵入者だよ、侵入者!」

「侵入者?」

「そうだよ、侵入者! とりあえずお前もこっち来い!」

「わかった」


 ユフフカサテフは走り出した金髪の背中を追う。


「ところで、侵入者って前にもいたのか?」

「いや、初めてだ。あり得ないはずなんだけどな、普通は」

「……普通じゃないのか?」


 ユフフカサテフの問いに金髪は「そうだ」と頷く。


「又聞きだけど、子供とシスターと魔物の三人組らしい」

「……見間違いじゃないのか?」

「俺もそう思う」


 二人は互いに顔を合わせて呆れた風に笑う。




 魔王達は門の隣の壁と布に挟まるようにして隠れながら、城を出入りする人間が現れるのを待っていた。そして城に帰ってきた人間を見つけると、壁と布の間から飛び出して門の内側に滑り込んで侵入を果たしたのだった。


「まさかこんな簡単にいくとはな」


 警報代わりの鐘の音を聞いたエィンが楽しそうな声を上げて間もなく、騒ぎを聞き付けてやって来た人間が次々とリューの魅了の魔力にやられていき、それほど時間がかかることなく十人近い人間が無力化した。


「……擬態しててこれかよ」

「うふふ」


 魔王は畏敬の念を込めた視線をリューに向ける。


「ところで、なのだがな、魔王よ」


 エィンは鐘を叩いていた茶髪を壁際に追い詰めながら魔王に声をかける。茶髪は人の形をした喋る植物から逃げられず、涙を流しながら壁に張り付いていた。


「なに? って、うわ、お前そいつ食べるなよ?」

「遊んでいるだけだ。そんなことよりも、この中に盗賊団を纏めているやつがいると思うか?」

「わかるわけないじゃん」

「人相である程度判断できるだろう?」

「それお前が言う?」

「む? どう言うことだ?」

「俺が魔王に見えますかってことだよ」

「ああ……」


 エィンが納得したような声を上げると、魔王はムッとした表情になる。しかしすぐに真面目な顔を作ると、数秒考え込んだ後魔王は口を開いた。


「多分いないだろうから、案内させるか」


 魔王は近くに座り込んでいた黒髪の青年、ユフフカサテフを掴み起こして案内させようとしたが、筋力が足りないのかどうやっても掴み起こすことも抱き起こすことも出来なかった。


「…………?」


 魔王は不思議そうな表情で自分の両手を見つめる。


「どうしました?」

「いや、なんか俺、筋力なくね?」

「子供ですから」

「え、なにそれ、ちょっと待って」


 そう言って、魔王はユフフカサテフの胸を無造作に殴る。


 ミシリ、と骨が軋む音を立てながらユフフカサテフの身体は数センチほど膝から浮き上がり、地面と足の摩擦によって体勢を崩しながら床の上を滅茶苦茶に転がって茶髪が張り付いている壁に激突した。


「がふっ! げほっ、げほっ!」

「うわ、なんかメチャクチャ飛んだんだけど」

「攻撃力はありますから」

「意味わかんない」


 リューの言葉に魔王は眉を密めた。


「くそ、いったい何が……」


 殴られ壁に激突した衝撃で魅了の魔力から解き放たれたユフフカサテフは、再びリューを目にしてビクリと体を震わせる。


「なんだよ、本当にシスターかあんた?」

「私はサキュバスてすよ」

「サキュ……くそ……」


 痛みでどうにか保たれていたユフフカサテフの正気は、痛みが引いていくことで徐々に奪われつつあった。

 ユフフカサテフは右手で左手をつねり、ずっと眺めていたいという誘惑を振り切ってどうにか視線を床に向ける。

 魅了の魔力が弱くなった気がして、ユフフカサテフは小さく安堵の溜め息を吐いた。


「……それで、サキュバスと、ええと……」

「私は吸血姫エィン」

「俺は魔王」

「魔王……魔王?」


 ユフフカサテフは顔を上げ、リューの隣に立つ魔王を見る。

 シスターの姿をしたサキュバスより頭ひとつか二つ分くらい小さい、白髪で浅黒い肌の中性的な見た目をした子供。幼いながらも魔王の風格を漂わせている、ということもなく、いかにも悪者然とした表情をしている、ということもなく。

 少し大人ぶった背伸びしたがりな子供のようにしか見えない、魔王。


「……魔王」

「そう、俺が魔王だ」

「こんなのが……?」

「おい、失礼だぞ」

「いやいや……」


 ユフフカサテフは視線を床に戻しながら、どこか馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「いや、魔王が現れたって噂は聞いてはいたけど」

「噂?」


 ユフフカサテフが言っているのは、半年近く前に突然ハフフヘレナヤユ山から怪鳥レブヌスが影も形もなく姿を消したのは魔王が原因だ、という噂のことだ。

 その話を聞いて魔王は顔をしかめる。


「誰だ、そんなこと言ってるやつ?」

「魔王様の話を聞くと、魔王様を知っている人はそれなりにいるそうじゃないですか。人の口に戸は立てられないと言いますし、仕方のないことだと思いますよ」

「ふーん。……一体誰が漏らしたんだろうなあ」


 魔王はロックやアンナの顔を思い浮かべながら、魔王はぽつりと呟いた。

 そんな二人のやり取りを聞いて、小さな子供が魔王なんて……と心の中で疑っていたユフフカサテフはもしやと額に汗を浮かべる。


 普通、慣れていない者が嘘を吐く者は嘘と思われないように言葉を重ねたり周到に用意をするものだとユフフカサテフは頭領に教えられていた。そしてそうでない者、つまり嘘を吐くことが得意な者は、真実の中にそうとわからないように嘘をまぎれこませることの出来る熟練者か、普段は正直者の面を被った狂人か、嘘を嘘とも思わずに口に出せる変態の三種類に分けられるという。

 嘘を吐くとき、訓練していない者は必ず嘘を吐いているというサインが現れる。それを訓練なしに消せる狂人や変態の類いには絶対に関わるなとユフフカサテフを含む砂塵の盗賊団は頭領から耳にタコが出来るほど聞かされていた。


「まあいいや。お前の上司って言うか、ボスはどこにいるんだ?」


 魔王は俯いたままのユフフカサテフの前に立ち、見下ろながら尋ねる。


「案内させるのか?」

「その方が楽だろ」

「しらみ潰しに探すのもまた良いと思うのだがな」

「そうかあ?」

「きっと楽しいですよ」

「そう」


 ユフフカサテフは魔王達の会話を聞き流しながら、朦朧とした記憶から周囲の状況を思い出そうとする。

 サキュバスが持つ魅了の魔力にやられて無力化されたのが十人近く。そして樹の魔物によって壁から動けなくなっているのが一人。頭領には必ず一人の護衛が付いているから、六割近い仲間が行動不能になってしまったということだ。

 特に危険なのはサキュバスだが、魔王を名乗る子供も樹の魔物も同じ位危険に違いない。

 魔王というのが嘘でもあっという間に人間を無力化する危険な三人には変わりないし、本当に魔王だったとしてもユーリュルリュワン皇国の誰にも倒せなかった怪鳥レブヌスを消し去った力は今後ユーリュルリュワン皇国だけでなく世界の驚異になる。


 ――奇襲なら。


 ユフフカサテフは床に置かれた自分の両手に視線を向ける。武器もなにも持っていない、一見無害そうな両手。ユフフカサテフは、これらを武器に出来る力を持っている。


 ――奇襲なら、魔王を殺せるかもしれない。例え全員殺せなくても、一人くらい道連れに出来るかもしれない。


 そう考え至った途端、ユフフカサテフの顔から一切の表情が消えた。

 心の中にあるのは、生きる意味を見失っていた自分を救ってくれた頭領へ向けた感謝の想いのみ。


「ほら、顔上げなくてもいいから、せめていつもどの階にいるか教えてくれない?」


 魔王が口を開くのを待っていたかのように、ユフフカサテフは魔王が言い終えるより早く顔を上げ、目にも止まらぬ速さで両手を魔王の胸に向けて突き出した。


「…………」


 ユフフカサテフの両手は、水面に手を差し入れた時のように大した抵抗もなく魔王の胸に沈み込んでいく。

 そのまま心臓を握り潰すために、彼は息を止めた。

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