第14話 怪鳥レブヌス―2


 前回までのあらすじ。

 ある日、私の城に突然やって来た魔王は、私に名前と生きる理由を与えてくれた。

 私は魔王の旅に同行するついでに、その礼をするつもりだったが、結局レイスワンダ連盟のロウエンも今隠れて観察しているレブヌスも、私の力ではどうすることも出来かった。





 半月もの間同じ場所に隠れているにも関わらず、怪鳥レブヌスが私達に気付く様子はない。

 そして、半月も隠れているにも関わらず、魔王もリューも一向になにかしようとする気がない。


「魔王よ、そろそろ私は飽きてきたぞ」

「俺も」


 魔王は体を起こし、城の方を見る。レブヌスは日向に当たりながら気持ち良さそうに昼寝していた。

 遠目に見ているとなんとなく可愛げのある表情だが、絶対に近づきたくないし近づかれたくもない。


「魔王様」

「なに」

「なんで半月も隠れてる必要があったんですか?」

「まったくだ。三日待ってなにもなかったら仕留めて良いだろう」


 半月は流石に待ちすぎと言うか、期待しすぎと言うか。


「待って、言い訳聞いて」

「聞いてやろう」

「ありがと。……ほら、半月も土にまみれてたら自然と一体化したも同然でしょ?」

「よくわからない理屈ですね……」


 リューの意見に賛成だ。


「自然と一体化してどうなるというのだ?」

「多少騒いでもバレないかなって」

「……呆れてものも言えないな。それこそ、三日で充分だろう」


 土を被るだけでもそれなりに効果はあると思うのに、半月も土の上でごろごろしていたのだ、もう充分過ぎる。

 いや、半月も魔王に付き合っていた私達にも責任があると言えばあるのだが、指摘されない内は知らない振りをしておこう。


「……もしかしたらもうすぐ勇者様が来るかもしれないから、もう何日か様子見ておかない?」

「もうその手には乗らないぞ。何度目だ、ん?」

「五か六」


 真面目に答えなくていい。


「五回目ですよ」


 訂正もしなくて良い。


「もう勇者は来ない。そもそもレブヌスは六年も野放しなのだぞ? 諦めろ」

「はい」


 なんだその返事は。


「よし、じゃあ仕方ない、頑張るか」


 魔王は気合いを入れるように脚を叩くと、奇跡の袋からなんでも斬れる剣とその鞘を取り出し、右手で柄を握って肩に担いだ。

 ……何故かとても嫌な予感がするのだが。


「待て魔王、なにをするつもりだ?」


 私の問いかけに、魔王は肩越しにこちらを振り替える。


「なにって、真正面からレブヌスをぶった斬るつもりだよ」

「無理だろう、そんなこと。彼我の体格差を考えてみろ」

「…………やってみなくちゃわかんないだろ」

「声震えてますよ」

「あのさー」


 情けない声と共に、魔王は地面に倒れ込んだ。鞘に納まった剣を抱いていて危ない。


「これ以外もう打つ手ないんだけど?」

「……それは、本気で言ってるのか」

「うん」


 魔王は不貞腐れた表情で頷く。子供か。


「あー、ごめん嘘。ホントはひとつだけあったわ」


 それはもしかして、半月前に言っていた「試していないけどきっと上手くいく」手段のことだろうか。

 ……不安だ。


「でも、ズルみたいで気が進まないんだよね」

「……好きにしろ」

「じゃあ寝るから。お休み」


 この魔王は……!

 私が魔王を蹴ってやろうと脚を引くと、慌ててリューに止められた。


「落ち着いてください、エィンさん。そのうち魔王様も諦めて最後の手段を使いますって」

「その最後の手段とやらは、ハイロウの時は躊躇なく使っていただろうに。何故ここに来て出し惜しみする?」

「うーん、なにか考えがあるのかもしれません、としか……」


 それでも、待つのにはもう飽きた。我慢の限界というやつだ。


「どうにかして魔王をやる気に出来ないのか?」

「えー?」


 リューは困ったように首を傾げる。


「魔王様って、基本的に楽な方法しか選ばないですから……」

「それにしては勤勉だがな」

「そうですか?」

「普通、城を手に入れるために自ら世界を回ることなどあり得ないだろう」


 まあ、そのおかげで私は色々なものが見れて楽しかったのだが。


「単純に勇者と戦うのを面倒臭がってるだけだと思いますけど……」

「…………」


 言われてみれば、勇者に限らず魔王は魔物とも戦おうとせず、戦闘は全て私とリューに任せている。

 筋金入りだな。コレをどうにかしてやる気にさせる方法はないのだろうか……。


「……あ」

「どうしました?」

「ひとつ、思い出したのだ」


 私は軽く小突くように魔王を蹴る。


「ぐえっ」

「起きろ、魔王」

「なんだよ……」


 私は眠たげな魔王の頭を掴み、レブヌスがいる方に顔を向けさせる。


「巫女とやらを匿うのだろう? こんなところでぐずぐずしている暇はあるのか?」

「巫女? ……………………」


 魔王は顎に手を当ててしばらく考え込み、


「あっ」

「おい、さては忘れてたな?」

「いやいや全然、そんな……まさかね?」


 よくわからない言い訳の言葉を吐きながら、魔王は焦った様子で立ち上がり、鞘から剣を抜く。ようやくやる気になったようだ。

 いやそれにしても最低だな、この魔王は。


「ちょっと離れてて」


 魔王の言葉に従い、私とリューは林の奥に身を隠す。それを確認して、魔王は覚悟を決めた表情で頷いた。


「――我がツルギに命ず」


 魔王は剣先が地面と垂直になるように天に向け、胸の前に構えて両手で支える。魔王の言葉に反応したのか、なんでも斬れる剣の刃が青白く発光しだした。


「なんだあれは?」

「わからないです」


 魔王がよく口にしていたチート、というわけでもなさそうだ。魔王は自分の城の中でしかチートを使えないといっていたのだから。

 ……そうなると、あれは一体なんだろうか?


「――死をもたらすヘイルウェイ、加えて生をもたらすレスリリアが二神の御名を以てこの世界から混沌を滅さんとする我が命に、その神聖なる奇跡の刃によって応えよ」


 魔王は儀式めいた言葉を唱えながら右足を後ろに引いて両足を肩幅程度離し、右手で柄を握り左手に剣の腹を寝かせるようにして剣を支える。

 以前見た、素人丸出しの振り下ろしとは全然違う、驚くほど洗練された動きだった。

 だが妙なことに、魔王からは殺気の類いなどは微塵も感じられない。


「――《突き斬れ》!」


 恐ろしく無機質的な突きだった。何千、何万と繰り返して体に覚えさせた反射にも近い動きなどではなく、頭で完全に制御されているような薄気味悪くなるような動きだった。

 シン! と今まで聞いたことのない鋭い音が響き、切っ先が向けられた先にあった枝葉が見えない刃に切り落とされたかのように地面に落ちた。


「……ちょっと見てくる」

「いや待て、その前になにをしたか説明して欲しいのだが」

「剣の射程無視して無理矢理脳天貫いてみた」


 全然意味がわからなかった。


「魔王の力か?」

「いや、剣の力」

「その剣はそんなことも出来たのか?」

「出来たみたいだね」

「……曖昧だな」


 魔王は肩をすくめて誤魔化す。腹立つなこいつ。


「ほら、そんなことよりレブヌスだよ、レブヌス。どうなったかな……」

「ああこら、待て、魔王が先頭に立つな」

「そうですよ、万が一ってこともありますから」


 私はリューが魔王を押さえ込むのを確認して、林から顔を出さないようにレブヌスの様子を確認する。

 遠目に見ているからよくわからないが、何故だろう、動いてないだろうか? いやよく見えなくてもレブヌスの体が大きく膨らんでいくのがわかる。


 もしかしなくても、レブヌスは生きていた。


「おい魔王、仕留め損なってるぞ」

「は? マジ?」


 魔王がレブヌスの姿を確認するより早く、レブヌスの巨大な鳴き声が空気を震わせた。

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