第9話 吸血姫エィン―1

 前回までのあらすじ、

 魔王として世界に平和をもたらす使命を神に与えられた俺(名前は忘れた)は拠点となる魔王城を手に入れるため、サキュバスのリューと共に旅に出たのだった。





 コハ連邦の城は深い森の中にある。森の中に建てられた城ではなく、魔物に乗っ取られてから突然森が城を囲んだらしい。

 その魔物というのが、『吸血姫エィン』。姿を見たものがいないのは、その森に住むエィンの配下の吸血鬼が城を守っているからだとか。


「――ですって」


 難しい俺は字が読めないので、コハ連邦の城についての資料をリューに音読してもらった。


「なんか早速面倒そうなんだけど」


 吸血姫とか絶対強いじゃん。


「吸血鬼ですもんね」

「吸血鬼ってどんな魔物なんだ?」


 血を吸いそうとしか考えられない。


「魔王様にわかりやすく説明すると、突然現れたという森は吸血鬼の群れです」

「森が吸血鬼ィ? そんなこと資料に書いてあったっけ?」

「いいえ。人間は吸血鬼を樹とは思ってませんから、書けるはずもないですよ」


 なにそのネタバレ。


「吸血鬼はリビングウッド系の魔物と同じで、意思を持って動く肉食植物ですね。人間は吸血鬼のことを『影の濃い森に潜む姿無き暗殺者』なんて表現してますけど、そもそも影の濃い森をつくる樹そのものが吸血鬼なんです」

「ふーん」


 森林伐採されたら全滅しそう。


「樹皮に揮発性の麻痺毒を持っているので、麻痺に耐性がない動物は森の空気を一時間も吸えば動けなくなりますね。そうして完全に動かなくなったら、食べ始めるんです」

「ちなみに、リューはどうしてそんなこと知ってるんだ?」

「我等が神が教えてくれました」

「へー」


 流石は神様、なんでも知ってる。


「じゃあ、どうして吸血鬼が城なんて支配してるんだ? 今の説明聞いた感じ、そんな必要ないだろ」

「さあ……? 魔王様はどう思います?」


 おっと、教えてくれないのか。それとも教えてもらってないのかな? どっちでも良いか。


「そうだなあ」


 魔物が住む城には宝物がある。そう考えるのが普通だろう。冒険心のある人間や危険を知らない子供なら、怖いもの見たさと宝欲しさに城へ忍び込もうとするかも知れない。それを狙ってなのかも知れないが……リビングウッドとかいう動く樹にそんな悪巧みが出来るのだろうか?

 そんなことをリューに話してみると、リューは細い目を長くして楽しげに笑った。


「多分、吸血姫の仕業ですね」


 そんなやついたなあ。一瞬で忘れてた。


「私の考えですけど、吸血姫は転生者ですよ」

「勇者か」


 殺さなきゃ。


「魔物ですよ」

「なんだ魔物か」


 じゃあ別に殺さなくて良いか。


「いやでも、そのなんとかかんとかが世界征服とか考えてたら殺さなきゃかな……? どうにかして部下にしたいところだけど……」

「魔王であることを認めさせれば部下になるんじゃないんですか?」

「また随分といい加減な」


 でもリューの言う通りだろう。チートも使えない状態の俺をどうやって魔王と認めさせるのかは知らないけど。


「あ、魔王様、見えてきましたよ」

「あれが吸血鬼?」

「はい。あの奥に城があるはずです」

「へー」


 遠目に見える吸血鬼とやらは、ただの広葉樹にしか見えない。あの樹全部が魔物と考えたら不安になってきた。


「……麻痺耐性って、魔王だから持ってるよな?」

「はい。魔王様は全ての状態異常を無効に出来ますよ」

「ズルい」


 レベルを上げて物理で殴るしか倒す方法ないじゃん。


「でも目眩ましとか死角からの攻撃とかは普通に効きますから気を付けてくださいね」


 小手先の技術は効かないとだよな。むしろ俺にはよく効きそうな気がしてならない。


「リューは平気なのか?」

「平気ですよ。サキュバスの唾液は強い麻痺毒ですから」

「こわっ」

「空気に触れるとすぐに無毒化されますけどね」

「なんだ」


 全然怖くなかった。

 いやでも、確かサキュバスっていつでも魅了の魔力垂れ流してるんだったか。そう考えると、魅了の魔力に対抗出来ないと無抵抗のまま麻痺毒ぶちこまれるのか。やっぱ怖ぇわ。

 ……そう言えば、


「話変わるけど、リューってどうして我等が神と会話出来るんだ?」

「……んー、それはまたの機会にお話しします」


 言って、リューは進行方向に目を向ける。それにつられて見てみれば、吸血鬼の森はすぐそこだった。


「あー、そろそろどうやって俺を認めさせるか考えないとな……」

「力でねじ伏せるのが一番だと思いけどね」

「俺が非力なの知ってるだろ」

「ははは」


 まるで緊張感のない会話をしながら、俺達は吸血鬼達が作る影の中に足を踏み入れる。

 やっぱり、近づいてみても吸血鬼とやらはただの広葉樹にしか見えなかった。




 麻痺耐性があったおかげだろう、俺達は何事もなく城に辿り着いた。

 いつか見たルシフ教会みたく、城は蔓系の植物に巻き付かれており、レスリリア城のような馬鹿みたいに大きな城ではなく、城と呼ばれる形をした建造物だけがそこにあった。

 だからだろう、俺の中では目の前の建造物は城と言うより、貴族の豪邸を城のように建て替えたようなイメージが強くあった。


「なんか、思ってたのと違う」

「世の中そういうものですよ」

「そっかー」


 そういうものとして納得するしかないようだ。


「じゃ、入るか」

「はい」


 城の中に明かりはなく、どこを向いても闇一色しか視界に入らない。


「明かり持ってる?」

「持ってませんよ。魔王様は?」

「俺も持ってない」


 仕方ないので、薄暗いが城の中よりは明るい外へ出た。

 さて、


「どうしようか」

「情けないと笑われちゃいますよ。ふふっ」


 誰にだよ。て言うか、言ってるお前が一番笑ってるからな。


「えーっと、樹の魔物ってことは光合成もするはずだから……」


 光合成は日光がないとダメで、ここから見た感じ城の上部は森から突き出てる。そうなると、城に住む吸血姫は城の上階の陽が当たるところで普段過ごしてるに違いない。

 幸いなことに、もらった資料には城の見取り図が描いてある。これと明かりを頼りにまずは吸血姫を見つけ出そう。後のことはその時に考えれば良いや。


「よし、じゃあついて来い」

「わかりました」


 見取り図をざっと覚えて自信を付けた俺の言葉を受け、リューは俺の両肩にそれぞれ手を置く。絶対端から見たら大人しくさせられてる子供とその保護者だよね、これ。

 まあいいや。


 城に入った俺達は、十分もしないで城の三階に辿り着き、久方ぶりの日光を浴びた。太陽の位置を確認してみると、あと数時間で日が暮れることがわかった。まあ、日が暮れる前には決着は付いてるか。

 それから俺は三階にある部屋のドアをひとつひとつしらみ潰しに開けたが、結局吸血姫らしき魔物を見つけたのは四階の玉座が置かれた広間だった。


「くふふ、よくここまで来れたものだな。その事については誉めてあげよう。良くやった」

「ありがとうございます……?」

「なにお礼言ってるんですか」

「いやだって……」

「くくく……」


 丁寧に掃除された玉座には、樹木人間が偉そうな格好で座っていた。葉の衣服としなる枝の髪の毛から推測するに、雌だろうか。樹木に雌雄の区別があるのか知らないけど。


「だが、勝手に私が城に入るとは、随分と礼儀知らずなのだな?」

「いや呼び鈴付けないお前が悪いだろ、ソレ。許可がどうとか文句言う以前の問題じゃん」


 とりあえず揚げ足取ってみた。さてどんな反応するかな、と思わぬ反発に目を丸くしている吸血姫を眺めていると、突然愉快そうな笑い声を上げた。


「アッハハハハハ! いやいや、確かにな! んふふ…………しかし、しかしだ。それでも、お前達の無礼は目に余る。私はこの城の主だぞ? 随分と頭が高いではないか」


 え、どうしよう、俺よりもずっと魔王っぽいんだけど。負けてられないな。


「おいおい、それを言うならお前の方が頭が高いんじゃないか、吸血姫エィンとやら」

「……吸血姫エィン? それは私のことか?」

「なんだ、他に名前があったのか?」

「いや、私には名前はない。魔物なのだから当然だろう?」

「……どゆこと?」


 吸血姫の言ってることがよくわからなかったので、まだ俺の肩に手を置いているリューを見上げ助け船を求める。


「『吸血姫エィン』というのは、人間達が名付けた通称ということだと思います。名前があった方が都合が良いでしょう?」

「なるほど」


 じゃあ魔物のくせして当たり前のように名乗ったお前は何者なんだ、という疑問は飲み込む。今は関係のないことだ。

 俺は吸血姫に視線を戻し、仕切り直すために咳払いをする。


「とりあえず、お前のことは吸血姫エィンと呼ばせてもらうからな」

「くふふ、好きにすると良い」


 無礼者呼ばわりしない辺り、気に入ったのだろうか。よくわからん。


「それで? 私の方が頭が高いとはどういうことだ、童よ」


 よくぞ聞いてくれました! 俺は多少もったいぶるように、口の端を吊り上げて小さく笑ってみせる。


「何を隠そう、俺は魔王だからだ」


 ……………………。

 妙な沈黙が辺りを包む。リューは必死に笑いを堪えているのか、俺の肩に置かれた両手が小刻みに震えてくすぐったい。


「く……くく……ふく……! ま、魔王? お、お前がか?」

「ぷふーっ! あは、あはははは!」


 こいつら後でぶってやる。


「くふふ……童よ、まだそのシスターもどきが魔王と名乗った方がマシだぞ?」

「ぐ……そりゃまたどうして?」

「なに……たいの動かし方が素人のソレではない」


 そうなんだ。


「それに加えて、ここに来てから一瞬たりとも私から意識を外していない。相当な手練れのようだ」

「そうなの?」


 蛙食ってるくせに?


「さて、どうでしょう?」


 返ってきた答えが強者のそれなんだけど。俺が魔王である必要どんどんなくなってきてない? 気のせいじゃないよね?


「しかしまあ、そのシスターもどきがお前を守っていることからある程度の主従関係は想像できる」

「え? あ、そう」


 主従関係だって、すげえな。でも俺が魔王って名乗らなかったら絶対主従関係なんて想像できなかっただろお前。お見通しだぞコラ。


「……だが、それだけでお前を魔王と認めるのは甚だ馬鹿々々しい。本当に魔王だと言うのなら、なにかそれらしいものを示してみろ」

「はい」


 どうしよう。

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