第10話 吸血姫エィン―2
前回のあらすじ。
コハ連邦に城を持つ吸血姫エィンとの対面を果たした俺は、魔王であることを示すように命じられた。
なんだよ魔王らしさって、俺が教えて欲しいんだけど。
※
どうしよう。
魔王ってなんだよ……魔王ってなんだよ!
そもそも魔王らしいものを示せって言われたって、
「俺が知るかそんなもん!」
「んへぇ!?」
エィンから変な声が出た。
「ちょっと魔王様……」
「いいから」
俺はリューの制止の声を聞かず、エィンの前に歩み出る。
「お前が認めようが認めまいが、俺は神に遣わされた魔王だ。魔王として、この世界に平和をもたらす使命を負ってるんだ。お前を部下にして平和的にこの城を手に入れようと考えてたけど、場合によっちゃこの場でぶった伐るぞ人間もどき」
「おいおい、それ以上はやめたまえよ。虚勢も過ぎると無礼であるぞ」
「言ってろ」
俺は玉座に座るエィンを見上げるように石畳の床に座り、コハ連邦の王から貰ったマントを俺とエィンの間に放る。
赤い生地に金糸の装飾が入った情熱的なマント。エィンはそれを興味深そうに見下ろす。
「……これは?」
「俺の部下になればくれてやる」
「おいおい、こんな安いマントで交渉か? くふふ、随分と笑わせてくれるじゃないか」
「へっ」
「……なにがおかしい?」
いやいや、まったく。豚に真珠とはまさにこの事だよ。
「俺は城が欲しいと言ったが、別にあんたをここから追い出したいわけじゃない。ただ、ここを俺の城にしたいだけだ。居場所じゃない、名義を寄越せ」
「……なにが言いたい?」
「わからないのか? それは俺が持つ宝のひとつだ。それをくれてやるから、部下になれと言ってるんだよ。俺の部下になったからといって、今まで通りの生活がなくなるわけじゃないし、それどころか、今まで以上に良い生活になるかもな。ここが魔王の城のひとつと世間に知れ渡ることで今まで以上に餌となる人間が集まってくるだろうからな。もちろん、俺の力でお前達の安全は保証しよう。いやむしろ、そのためのソレだ」
言って、俺はマントを指差す。
「これがなんだというのだ?」
「それには、『バフ共有化』の奇跡が与えられている。それを纏う者の配下の者全てに自信のバフを共有させる、言ってみれば英雄のマントだ」
普通、ステータスを増強させるバフは魔法による一時的なものだけど、
「俺の部下になりこの城を譲るなら、俺の力でお前に、そして配下の吸血鬼達に更なる力を与えることを約束しよう」
俺の口から出たこと全てが真実ではない。例えば英雄のマントなんて言ったけど、与えられている奇跡は『共有化』で、配下ではなく周囲三キロ以内の同種族にバフだけでなくデバフも共有させる失敗作らしいのだ。しかも、本当に共有出来るのか試してすらいない。
そもそも、俺にエィンをぶった伐る技量なんてない。俺の強気な態度は十割虚勢だ。断られて襲われれば、俺は間違いなく殺される。それは自信をもって断言できる。
……情けないなあ。涙出てきそう。
「ふむ……世界に平和をもたらすことがそんなに重要なのか?」
「は? そんなこと俺に聞くなよ。俺はやれって言われたからやってるだけだ」
「…………」
やべ、正直に答えすぎた。めっちゃ睨まれてんだけどどうしよ。怪しまれちゃったよ。
「……まあいい。そろそろこの単調な生活に飽きていたころだしな」
なに言ってんだこいつ。
「……え、なに? もしかして城から出る気?」
「そうだ」
「なんで?」
「言っただろう、ここでの生活に飽きたのだよ」
「…………」
…………。
「くふふ、そう情けない顔をするな」
情けない顔って言われても無理だろ。別に城さえ手に入れば俺はさっさとここから立ち去るつもりだったのに、なに? 城に引き籠るのが飽きたって?
「まさか……ついてくる気じゃないよな?」
「残念ながら、そのまさかだ」
「はあぁー…………」
大袈裟な溜め息を吐きながら、俺はエィンに向けて中指を立てた。
「……それはなにかのサインか?」
「親愛の証」
「なるほど」
そう言ってエィンは俺に中指を立ててきた。クッソムカつくなこいつ。
「いやぁ、全然思い通りにいきませんね、魔王様」
「楽しそうだな」
「そう見えますか?」
「見える」
「ははは」
満面の笑みで誤魔化すリューを睨んでから、溜め息と共に俺は立ち上がる。
「あー、で? なに? もうここは俺の城で良いってこと?」
「どうせ、他の城も奪いにいくのだろう? 暇だからついていってやる」
「はい」
どうしてだろう、質問の答えが返ってこなかった。
もうここは俺の城ってこと良いんだよね? もうチート使えたりする? いや、使い方なんて知らないんだけどさ。
……さて、困った時はリューに聞こう。
「チートってどう使うの」
「知りませんよ」
「…………」
…………。
俺と俺の部下以外が俺の城に入ったら、チートが使えなくなりますように。
俺は窓の外に見えた星へそう願った。
「しかし、もうすぐ日が暮れる。魔王よ、今日はこの城で夜を明かすつもりか?」
「そうだけど、ここってベッドひとつもないよね」
「野宿するときはベッドなどないだろう」
「いやそうだけど……」
用意してくれたりしないのかな。
「あ、でしたら私をベッド代わりに寝ます?」
「やだ」
「えー」
仕方ないので俺は玉座の周りをしばらくうろうろして寝場所を探し、結局玉座の近くで壁と床で体を固定するような体勢になって寝転がった。リューは当然のような態度で自分と壁で俺を挟むように圧しかかってきた。重い……。
「……ん? もしかして、もう眠るつもりか?」
玉座に座ったままエィンが話しかけてくる。根っこでも生えたみたいに離れようとしないな、お前。
「日が暮れたら眠るしかないだろ」
「しばらくは起きているだろ? その間で良いから、これまでの話を聞かせてくれ」
「やだ」
同じ話二回もしたくない。
「私にはしてくれたのに、彼女にはしないのですか?」
「そうだぞ、魔王様よ。不公平ではないか」
「あー?」
メンドクセーなこいつら。
「……旅の娯楽は残しておいた方が良いだろ」
「むう……」
納得したのかしてないのかわからない返事だった。
「じゃあまた明日。おやすみ」
「ああ。良い夢を見るがいい」
どうやって?
「おやすみなさい、魔王様」
頭撫でるな。
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