第5話 世界でいちばん平和な村
前回のあらすじ。
死をもたらすヘイルウェイと対を為す生をもたらすレスリリアから祝福を与えられたレスリリアの大地の中心で栄えるレスリリア共和国にある法都レスリリアからやって来た四人の使者と共に俺はレスリリア共和国国王のもとへ向かうことになった。リューは小屋で留守番。
レスリリアって何回言った?
※
ヘイルウェイの大地を出て一番近くの村に着く頃には、あと数時間で日が暮れるという時刻になっていた。結局、今何時だよ。
村はとても小さく、栄えているようには見えない。こういうラスボス前の村って、もっと栄えてるイメージがあったから、拍子抜けだ。村の住人は皆年寄りばかりだし、魔物から村を守ってそうな装備の人もいない。傭兵を雇う金もないということなのだろうか。
「魔王様、ここが今夜の宿です」
「へ、ここが……え? ここ宿?」
「はい。この村にはここしか宿がありません」
レイが指しているのは、どう見たって民家としか思えない建造物だった。いや、あのボロ小屋よりは何百倍もましだけど、え? 宿?
「いわゆる民宿ですね」
「えぇ……」
まあ、泊まれれば良いんだけどさ……イメージと違うっていうか……。
「じいさん! 帰ってきたぞ!」
ロックはノックもなしに民家のドアを開け、玄関口で大声を出す。しばらくすると、ロックは中に入るよう手招きしてきた。
「今朝出てったばかりなのに、随分と早い帰りだね」
家の中に入った俺達を出迎えてくれたのは、しかめっ面の偏屈そうな老夫だった。ロックに絡まれて嫌そうにしている。
「じいさんの顔が見たくてさっさと用事終わらせてきたんだよ」
「口説いてんじゃないよ、気色悪い」
老夫はロックから一歩離れ、俺達に視線を向ける。
「……昨日も話したけど、一人一晩銀貨一枚。夕食時は部屋のベルが鳴るからすぐにダイニングまで来ること。部屋は二階の三部屋を好きに使いなさい。朝起きて晴れてたら毛布を干しておくように。わかったかい」
「あ、はい。多分」
明らかに俺に向かって話していたので、大きく頷いておく。
「じゃあ私は庭の様子でも見てるから、なにか困ったことがあったら遠慮なく聞くと良い」
そう言って老夫は俺の頭を力強く撫でると、家の奥に消えていった。
……え、何今の? 孫を見るおじいちゃんみたいな目だったんだけど? こわ……。
「この村は子供がいないからな」
そう言って、ロックは困惑する俺の頭を乱暴に撫でた。
「俺は魔王だぞ」
「見た目は可愛らしいガキだろ」
「いや絶対可愛らしいとか思ってないだろ、憎たらしいの間違いだろ」
「そうとも言うかも知れないな」
「ははは、この野郎」
俺達は俺とレイとロックの三人、アンナとユニの二人で、階段に近い向い合わせの二部屋にそれぞれ入る。
部屋に入るとすぐにレイは机に向かい、手紙を書き始めた。後ろから覗いてみたけど、残念ながら文字は読めなかった。
「なあ、少し良いか?」
「ん? どうした?」
暇を持て余した俺は、鎧の手入れを始めようとしていたロックに声をかける。
「この世界の、なに? 情勢っていうの? 勢力図とか教えて欲しいんだけど」
「メンドクサ」
ロックは俺の顔をちらりとも見ず、慣れた手つきで鎧に付いた砂埃を濡れ雑巾で拭っていく。
いや、せめて歯に衣着せようぜ?
「教えてくれたら部下にしてやるからさ」
「え、なんだよそれ、もっと嫌なんだけど」
「マジか。じゃあ教えてくれなかったら部下にするわ」
「はあ? しょうがねえな……簡単にまとめるからちょっと待ってろ」
ロックは鎧を手入れする手を止め、面倒そうに荷物を漁り始めた。
……いや、教えてくれるならそれでいいんだ、うん。
「あー、あったあった。ほら」
そう言ってロックが渡してきたのは、一枚の使い古された地図だった。
ロックは地図のシワを丁寧に伸ばし、真ん中の茶色い円を指でなぞる。
「ここが法都レスリリアだな。その周りがレスリリア共和国の領土で、この赤い線が国境だ」
そう言って、地図の四分の一を占める面積を囲む赤い線を指し示す。
「めっちゃ広いな」
「昔はレスリリア大陸の全土がレスリリア王国のものだったらしいぜ。まあ色々あって分裂して、北にコハ連邦、東がユーリュルリュワン皇国」
おい待てなんだ今の早口言葉。
「南東がオレイスティン連盟、南西がレイスワンダ連盟。で、俺達が今いるのが西のヤ国だな」
「……………………、ヤ」
「そう、ヤ国」
東の国は三文字くらいヤ国に文字上げても良いと思う。
「このン村は、ヤ国の最西端、一番ヘイルウェイの大地に近い地域のひとつだ。と言っても、ただの田舎だよ」
「なに? この国は一文字縛りでもしてるの?」
逆に覚え辛いんですけど?
「さあ? でも、この国じゃ地名は全部一文字だ」
「へー」
とか言って、ロックは『ン』を『ん(ゆ)』とか表現できそうな感じで発音していた。よく聞かないと『にゅ』って聞こえる。
いや、なんで同時に二音発音してんだよ、地名のレパートリー増やそうとしてんの? だったら最初から一文字縛りするなよ。
「ヤ国はレスリリアの大地では一番魔物の驚異がない国だ。魔物が弱いのしかいない」
「安全ってことか?」
「まあ、そういうことだな」
「じゃあ、一番危険な国は?」
「……いや、言いたいことわかるけど、言葉が悪いだろそれ」
でも魔物に対して危機感が強いってことは魔王の俺にとっても危険な国ってことだろうし……。
「魔物の驚異が一番あるのは、反対側のユーリュルリュワン皇国だ」
「ちなみに、どうして?」
「危険な魔物が住み着く森があるのと、ヘイルウェイの大地からドラゴンがやって来るから」
どういうわけか、俺の質問にロックではなく手紙を書いているレイが答えた。いやそんなことどうでも良いんだけど、
「ドラゴンって、あの?」
「そう。退化して小さくなった翼に、太く逞しい四肢。筋肉と脂肪のハイブリットな鎧を更に分厚く堅い鱗で覆う、あのクソデブ爬虫類」
「うん、思ってたのとだいぶ違う」
もっとこう、空から大地を支配する空の支配者的なのを想像してたんだけど、なんだそのゴリラ?
「なに、その、ドラゴン? なにすんのそいつ?」
「あいつ雑食だから、腹が減るとヘイルウェイの大地からやって来て家畜とか作物とか食べにくるんだよね」
「あー、その量が普通じゃないと」
「そういうこと」
レイの話しぶりから、ドラゴンを見たことがあるのだろうか。それを尋ねてみると、レイは自嘲混じりに肯定した。
「ドラゴンを殺すために傭兵になったようなもんだしね」
「お、ドラゴンスレイヤーか?」
「茶化すな茶化すな。死活問題なんだからな」
レイは手紙を封筒に入れて封をしながら笑う。うーん、慣れなのか、誤魔化しなのか。
「ユーリュルリュワン皇国の東端の村は、十年周期でやって来るドラゴンと上手く付き合えてはいるんだけど、それがいつまで続けられるかわからないからな。突然、ドラゴンが人を殺し始めるかも知れないし」
「ふーん」
まあ俺には関係ないか。なんて無関心な俺とは逆に、ロックはどこか納得がいった様子でもレイの言葉に頷いていた。
「なるほどなあ、だからお前、やけに魔物に詳しいんだな」
「そういうこと。知らなきゃ殺されるからね」
……レイは魔物博士、という認識で良いのだろうか? リューがサキュバスだと見抜いたのもレイだったし。
「よし、それじゃちょっと良いですか、魔王様?」
「え、あ、はい。どうぞ」
急にレイが敬語になったので、驚いてかしこまる。そうだよ、さっき普通にタメ口で話してたぞこいつ。
「俺はこれから郵便局がある街まで行って、この書簡をレスリリア共和国国王に届けます。そのついでに魔王様の衣服を買って、馬車も借りて来るのでそれからレスリリア共和国に向かいましょう」
「いつ帰ってくんの?」
「三日後ですね」
「わかった」
「出発は四日後です」
「それもわかった」
「では、行って参ります」
そう言って、レイは最低限の荷物だけ持って立ち上がる。
「あ、そうだった。ちょっと待って」
俺が部屋から出ていこうとしていたレイを止めると、彼は肩越しに振り返って笑顔を向けてきた。
「部下にはなりませんよ」
「あ、はい、じゃあなんでもないです……」
「そうですか。それでは」
部屋のドアが閉まると、ロックは無言で俺の肩を叩いてきた。
「ぶつぞ」
「悪かったよ、魔王様」
……ムカつく。
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