第4話 遣わされた者達


 前回のあらすじ。

 俺は傭兵のレイ。三人の仲間とともに死の荒野を歩いていたら、ボロ小屋を発見した。そのボロ小屋には、なんと魔王がいたのだ!

 ところで魔王ってこんなんだっけ。





 俺達四人は小屋をぐるりと回り、戸が外れて開けっぱなしになった入り口に立った。小屋って言うか、物置小屋だこれ。


「あー、もし?」

「うおっ」


 さきほど見かけた魔王は俺の声に驚いて真っ白なシスターの背後に隠れる。

 シスターは普通黒を基調とした修道服をきているのだが、この女性の修道服は全て白く、なんというか、質感も特殊なように見えた。植物の繊維を編んで白に染めたというより、なんだかもとから白いよう感じるし、よく見ればあの服繊維じゃなくて革をなめしてっていうか生々しい皮のようで、そう、どこか蠱惑的な雰囲気に思わず息をするのも忘れるほど――


「って、サキュバスじゃねーか!」


 俺は慌てて腰の斧を引き抜いて構える。ちらりと後ろを見ると、アンナとロックは既にサキュバスの魔力の虜になっていた。が、ユニに殴られてすぐに正気を取り戻す。

 なるほど、この小屋は興味本意で死の荒野に近づいた人間を襲うための罠だったか。


「え、なに? お前サキュバスだったの? そんな格好で?」

「サキュバスの特性で、擬態能力ですよ。お望みであればもっと刺激的な姿になりますよ?」

「……なんか嫌な予感するからやめて」

「流石魔王様、賢明です」

「俺も助かる」


 サキュバスの本来の姿は図鑑で見たことがある。

 こう、『肉、触手、触手、肉、口、触手、肉、肉、肉、あと唾液』みたいな気持ち悪い化け物だった。擬態後は言わずもがな、むしろ擬態前の姿の方が魅了の魔力が強いという話だ。サキュバスに喰われて全滅なんて洒落にならない。

 そんな恐ろしい魔物を前に、俺達四人がじりじりと撤退を始めていると、サキュバスは困ったような表情になる。


「あ、魔王様、逃げてきますよ」

「え、マジ? ちょっと待って、殺さないから待って」

「いや、サキュバスを盾にしながら言う台詞じゃないだろ、魔王様よ」

「そうだそうだ。……それにしても柔らかそうな指っだ!」


 またロックがユニに殴られているが、気にせず小屋の中が見えない場所まで撤退する。


「失礼ながら話はここからさせてもらいます」


 『ヘイルウェイが遣わした者』と出会った時の交渉役に選ばれていた俺は、穴だらけの壁越しに魔王に声をかける。


「あー、うん、話が出来るならなんでもいいかな」

「絶対にサキュバスを小屋から出さないでくださいよ! すぐさま逃げ出しますからね!」

「よし、お前絶対小屋から出るなよ」

「わかりました」

「……我等が神に誓うか?」

「えっ」

「おい」

「……では、彼等が立ち去るまで、絶対に小屋から出ないと我等が神に誓いましょう」

「あと、姿変えるなよ」

「……わかりました。それも我等が神に誓いましょう」


 よし、そろそろ声を掛けても良さそうだ。


「えっと、魔王様?」

「はい?」


 それにしても、威厳もなにもない返事するなこの魔王。


「俺達は『ヘイルウェイが遣わした者』を探してるのですが、心当たりありませんか?」

「……ヘイルウェイって、あの死をもたらすヘイルウェイ様のこと?」

「そうです」

「そうかあ……」


 魔王は数秒間悩むように唸り、


「もしかして、俺のことだったりする?」

「そうですよ。我等が神から授かった世界征服の使命を忘れたのですか?」

「『せ・か・い・へ・い・わ』だ!」


 なにか恐ろしい言葉が聞こえた気がするが聞こえなかったことにして。あの魔王が『ヘイルウェイが遣わした者』ということで間違いない、と、思う。多分。

 ホントかなぁ……。でも、サキュバスの魅了の魔力は全然効いてないみたいだし、仮に人間だったとしても特殊な体質みたいだし、それを抜きにしても『ヘイルウェイが遣わした者』を連れて帰ったら追加報酬とか期待できそうだしなあ。

 ……よし。


「魔王様、レスリリアをご存知ですか?」

「なにそれ?」


 うん、まあ、なんとなく予想はしてた。元いた世界がどうとか、サキュバスを知らないこととか。

 魔王は、生まれたばかりなのかそれとも記憶喪失なのかはわからないけど、あまりにもこの世界(ということだろうか?)についての知識を持っておらず、かつこの世界とは別の世界にいた存在、ということだろうか。よくわからない。

 よくわからないけど、国王の前に連れて帰れば金になりそうということは確かだ。なんとしてでも連れて帰らねば。


「レスリリアとは、死をもたらすヘイルウェイと対を為す生をもたらすレスリリアのことですよ」


 魔王の質問にサキュバスが答える。


「あ、やっぱり対になる神様がいたんだ」

「はい。この世界はそれぞれの神から祝福を与えられた、ヘイルウェイの大地とレスリリアの大地に別れています。命を持つものはなんであってもレスリリアの大地から生まれ、多くの生き物達はまたレスリリアの大地に還っていくのです」

「ヘイルウェイの大地は?」

「死の荒野が広がるのみで、命とか営みとかそういうのとは全くの無縁ですね」

「…………」


 顔は見えないが、魔王が酷く不機嫌な顔をしているのがなんとなく伝わってくる沈黙だった。


「それで、そのレスリリアがどうしたって?」

「俺達はレスリリアの大地の中心で栄える、レスリリア共和国という国の法都レスリリアからの使者です」

「はい」


 どういう意図なんだよその返事?


「……その、レスリリア共和国に保管されている福音書の一節に、『世界の均衡が崩れようとするとき、死をもたらすヘイルウェイの遣いが世界に現れる』とあるのです」

「それが俺ってことか」

「恐らくそうですね。王宮占術士はこのくらいの時期に、ヘイルウェイの大地に『ヘイルウェイが遣わした者』が現れると予言していました」

「なるほどなあ」


 ちゃんと理解してるのか不安になる、間延びした声で魔王は返事をしてきた。


「なるほどなるほど……。つまり、俺はどうしたら良いんだ? 命乞いなら全力でするけど」

「する側かよ」


 ロックのツッコミは無視する。


「俺達と一緒に、レスリリア共和国国王の前に来て欲しいのです」

「国王……」


 流石に魔王と言うべきか、悩む姿勢を見せてくれた。

 ……あれ? 魔王が人間の国王と直接顔を合わせることなんてまずあり得ないよな? 宣戦布告するにしても、普通使者を出したり書簡を出したり……。いや、書簡なら問題ないけど、使者ってなるとここにはあのサキュバスしかいなくって…………、


「おい、やべえよ、どうすんだよ」


 俺と同じことに気付いたらしいロックが声を圧し殺して言う。


「どうするもこうするも、覚悟決めるしかないでしょ」

「なんてこと言ってんだお前、俺はまだ生きるぞ! 一人でも逃げるからな!」

「……私もロックに賛成かな」

「おい待て逃がさねーぞお前ら」


 あと、ユニはロックと一緒にいたいだけだろ。


「レイ、お前の勇姿はレスリリア中に伝えてやるからな」

「さよならリーダー、骨は拾えないけど許してね」

「子供の名前はレイにするから」

「待って、勝手に殺さないで欲しいんだけど」


 しかも全員俺を犠牲にして生き残るつもりかよ。死ぬときは絶対道連れにしてやるからな……。


「あー、別に俺がレスリリア共和国の王様のところに行くのは良いんだけど、」


 俺達が本気で仲間割れを始めようとしていたその時、魔王が控えめに声をかけてくる。


「リュー、えっと、このサキュバスを連れてっちゃ駄目か?」

「え、嫌です」


 即答してしまった。しかも「駄目」ではなく「嫌」と返してしまった。


「うおっ、なんだよ、泣くことないだろ」


 泣くのかよ。泣けるのかよ。


「いえ、散々魔王様に嫌がらンンッ! ……嫌な思いをさせてしまっていた私をまだそばに置いてくれようとする魔王様の心の広さに、大変感動してしまったのです」

「嫌がらっ、嫌がらせっつたよな!? 聞き間違えねぇぞこら!」

「舌を噛みました」

「んなわけねーだろ! やっぱ俺のこと馬鹿にしてたんじゃねーか!」

「ははは」

「~~~~ッ!」 


 声にならない叫びって、こういうのを言うんだろうなあ。ひとつ、賢くなった気がした。

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