第3話 荒野の四人

 これまでのあらすじ。

 それは遥か昔、神話の時代。死をもたらすヘイルウェイと生をもたらすレスリリアが世界を作り、その半分ずつを各々の領土として分け自身の祝福を与えた。

 死をもたらすヘイルウェイの大地は生命が宿らぬ死の荒野となり、生をもたらすレスリリアの大地は生命が栄える豊かな平原となった。

 世界の均衡が崩れようとするとき、死をもたらすヘイルウェイの遣いが世界に現れるという。

(『ルシフ福音書』より抜粋)





 俺は王宮近衛兵団に雇われた傭兵、ウォリアーのレイ。俺の後ろに並ぶ三人は順にアンナ、ユニ、ロック。三人とも俺と同じ雇われの傭兵で、今回の依頼限りのチームだ。

 俺達は王宮占術士が予言した『死をもたらすヘイルウェイが遣わした者』を探すため、レスリリア共和国の法都レスリリアから旅立ち、一年掛けてヘイルウェイの荒野に足を踏み入れた。


「なんか……空気が死んでるって、こういうことを言うのね」


 ヒーラーのユニは法衣の袖で口元を覆う。確かに、風が吹く度に砂埃が宙を舞い、目に入り込もうとする。ゴーグルを買っておいて良かったが、口元を覆うものを買っておけば良かったと後悔。


「空とかヤベェ色してるしな。毒降ってきそうだ」


 毒々しい紫色をした空を見上げながら、ウォリアーのロックはゴーグルの縁に溜まった砂埃を指で落とす。


「レスリリアの大地の空気が清浄でいられるのは、ヘイルウェイの大地が不浄なものを全部吸いとってくれてるからよ。だから、この空に感謝しなさい」

「うぇ……知りたくなかったぜ、そんなこと……」


 シャーマンのアンナの嫌味な笑いにロックは顔をしかめる。

 俺は空を見上げ、改めてその紫色に目をやる。赤く焼けた雲は、夕陽のせいではないだろう。俺達は夜明けと共に村を出て、まだ半日も歩いていないのだから。


「……帰ったら、ステーキ食べるか」

「なに、どうしたのいきなり?」


 上を見上げていたら、アンナが手にしていた杖で小突いてきた。


「死亡フラグって奴だろ? 俺達を巻き込むなよー」

「そんなつもりはないよ。ただ、思ったことを口にしただけ」

「こんなときになに考えてんのよ」


 アンナの呆れ声に後ろの二人はわざとらしく頷いてみせる。そんなに責められることだっただろうか。


「それと、食べ物の話は虚しくなるからやめて欲しいかな」


 ああ、そういうことか。


「や、悪い」


 これからひと月は水と干し肉だけの食事が続く。それを考えたら、確かに能天気というか、配慮が足りない発言だった。


「まあいいや。もう少し歩いたら飯食おうぜ。同じ景色ばっかりで疲れちまったよ」


 ロックの言葉通り、右を見ても左を見ても大して変わらない、もしかしたら全く変わらないかもしれない景色が広がっている。

 レスリリアでは街の外を歩くときはどこから魔物が襲ってきてもおかしくないという気持ちで警戒し続けなければならなかったが、ヘイルウェイはそれも無駄だと思い知らされるほど全てが死んでいた。

 まさに文字通り、死の荒野だった。


「お前は目の前に美女が二人いるからマシだろ? 俺なんか赤と紫だけだぞ」

「ははっ、婚約者の顔でも思い浮かべてな」

「ははは、この野郎」


 ちなみに、後ろの三人はレスリリアを出て一ヶ月か二ヶ月で肉体関係を築いていた。ロックやアンナは遊びのつもりでいるようだが、ユニは本気でロックを愛しているらしい。帰ってからのロックの行く末が心配だ。たまに冷やかしに行ってやろう。


「ねね、レイの婚約者、美人? どんな感じ?」

「だから、言わないって言っただろ。もともと婚約者がいるなんて教えるつもりなかったんだし」

「酒飲ませたらポロッと漏らしたけどな」

「るせ」


 なんてくだらない話をしていると、

 突然、前方に小屋が現れた。


「っ!」


 咄嗟に左手で三人を制し、右手で腰に吊るした斧のひとつを掴み取り中腰で構える。


「なに?」

「小屋がある」

「はあ?」


 三人は俺の横に立ち、突然現れた小屋を確認する。止めた意味ねえな。


「うわホントだ」

「急に現れたな」


 アンナとロックが二人して驚く横で、ユニはなにか探すように辺りを見回している。


「どうした、ユニ?」

「うん……ここ、多分坂になってる」

「坂? 言われてみれば、確かに小屋が下に見えるような気が……」

「見てて」


 そう言って、ユニは法衣の袖口から小さなガラス玉をふたつ取り出し、ひとつを足下に置く。

 ユニの足下に置かれたガラス玉はゆっくりと俺達が歩いてきた方向へ転がっていった。


「俺達は緩い上り坂を歩いてたってことか」

「たぶんそう」


 ロックの言葉にユニは頷き、今度は手を伸ばして俺達が向かっていた方にガラス玉を置く。すると、ガラス玉は小屋に向けて転がりだした。


「多分、盆地の真ん中か、坂の下にあの小屋があるんじゃないかな。太陽が雲に隠れてるせいで影がわかりにくい地形になってるみたいだし、だからここに来るまでわからなかったんだと思う」

「なるほどなあ」


 あの小屋がなかったら、俺は坂から転げ落ちるか、そこまでいかなくても転んでいたかもしれないということか。運が良かった。


「それで? あの小屋、どうするの? 燃やしてみる?」

「まだ燃やさない。なにがあるか見てみないとだろ」


 死の荒野に人工物なんて怪しすぎる。罠にしてもそうでないにしても、国に報告するために記録しておかなければ。


「ガラス玉が転がる速度からして、坂はそこまで急じゃないみたいだ。二列で近づこう」


 ここから小屋までおよそ二百。俺達はそれぞれの武器を構えながら、ジグザグな二列になって小屋に向かって慎重に歩を進める。

 気が抜けている時はとことん間抜けなアンナやロックも、こういうときはキチンとスイッチが入って別人のように有能になるから驚きだ。特にロックは、普段の軟派な性格に似合わず仕事に結構プライドを持っている。生き残ることしか考えてないと言っていたが、多分照れ隠しだろう。


 俺達が足音を殺しながら小屋に近づき、やがて朽ちかけたその外壁を確認できるところまで来ると、中で二人の声が言い争っているのがはっきりと聞こえるようになった。

 俺達は足を止め、会話に耳を傾ける。


「……いや、城がないってどういうことだよ?」

「ですから、魔王なんて物語上の存在で、歴史的に見ても実在していたという事実はないんです。だから魔王城なんてこの世界のどこにもありませんよ」

「だからそういうの先に言えっつってんだろ!」

「質問されなかったので」

「されなくても言うんだよ! なんだよ『魔王城でのみ可能』って!? バカじゃねーの!?」

「はは」

「笑ってんじゃねーぞこのクソアマ!」

「えー」


 …………。

 女性の声と中性的な声の二人分の声が聞こえたが、なんというか、後者のそれは怒声と言うより悲鳴だった。

 ああいや、同情してる場合じゃない。取り合えず住人を発見したから、次は友好的な接触を……。


「くそぅ、こんなことなら大人しくもといた世界で人生やり直して置けば良かった!」

「あっ、魔王様! どちらへ?」

「知るか!」


 魔王様とか呼ばれた声が小屋の外に出た。俺は慌てて三人に武器を仕舞うよう手で合図するが、その直後に浅黒い肌と美しい白髪を持つ中性的な顔立ちの少年(少女?)が俺達の前に姿を現した。


「あ?」

「あ」


 それはもうバッチリと目が合った。

 多分魔王と呼ばれていた少年、か少女なのだろうけど、取り合えず容姿や顔立ちが幼すぎて性別がわからない。仮に魔王と呼ぶとして、この魔王からは、例えばゴブリンとかスライムとか、低級の魔物からも感じ取れる驚異というものが全然まったく、これっぽっちも感じられなかった。

 ただ、俺達は今、武器を仕舞いかけているという、見ようによっては武器を抜きかけているとも考えられる姿勢で固まってしまった。もし目の前の魔王が物語に登場するような本物の『魔王』なら、これはまずいかもしれない。

 とりあえず、誤解がないように説得をしよう。


「あ、あの……」

「ひえっ」


 短い悲鳴を上げて魔王は小屋の影に身を隠した。


「あれ、おかえりなさい魔王様」

「やべーよ、外に盗賊みたいな四人組いるんだけど!」


 いや確かに、ゴーグルして口元を隠しながら武器構えようとしてたら盗賊に見えるかもしれないけど。


「こんななにもないところに盗賊なんて来ませんよ」

「じゃあ勇者だよ絶対! 魔王として始まる前に殺されるよ!」

「魔王が現れてないのに勇者なんて現れませんよ」

「あれー? おかしいぞー? 散々俺のこと『魔王様』とか呼んでるやつの台詞じゃないぞー?」

「あー、ははは」


 ……なんか、


「すっかり気が抜けちまったな」


 俺の考えてたことを代弁しながら、ロックは武器を仕舞う。


「彼等が『ヘイルウェイが遣わした者』かもしれないけど、どうするの?」

「あれが? あり得なくない?」

「うん……私もそう思うけど、一応聞いてみただけ」

「だよね」


 アンナとユニの会話を聞きながら、俺も武器を仕舞い三人に振り向く。


「あー、っと」


 三人の気の抜けた表情と背後から聞こえる騒がしい会話に、俺はよくわからない気分で笑みを溢す。


「とりあえず、会話は出来そうだ」

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