第2話 異世界チート魔王
前回のあらすじ。
一度死に、地獄で罪を償い終わったらしい俺(名前は忘れた)は、異世界で魔王になり世界平和のために生きることになった。ところで魔王ってなにすれば良いの?
※
気が付くと、俺は薄暗い室内にいた。
「――っは!」
たった今息を吸い始めたかのような錯覚がした。いきなり息を吸ったせいで唾液が気管に入り、しばらくむせる。
「ぇほ、えほっ! ……あー、くそ」
なにに対してかはわからないが、文句を吐きつつ周囲を見回す。
腐りかけの樹の壁に、穴だらけの屋根。赤茶けた地面が床で、俺は平たく大きな石の上で横たわっていたらしい。身に纏っているのは昔は服だったであろうぼろ布。
いやこれ、人が寝泊まりして良い環境じゃなくない? 俺ホントに魔王?
「もしかして、魔王様ですか?」
「はい! なんでしょう!」
突然名前を呼ばれ、驚いて石の上に正座する。それから声がした方に目を向けると、妙に生々しい素材で出来ていそうな真っ白な修道服を身に纏ったシスターみたいな女性がいた。革というか皮を着てる感じ。怖い。細目なのが言い様のない恐ろしさを更に際立たせているように思える。
「ああ、良かった、ようやくお顔を見ることが出来ました」
「え? あ、はい、おはようございます」
「はい。おはようございます。私のことはリューとお呼びください」
そう言ってリューさんはにっこりと微笑むと、俺に一枚の石盤を手渡してきた。
「……なんですかこれ?」
「いきなりですが、魔王様のチートを決めてください」
「雰囲気ぶち壊しだな!」
思わず石盤を地面に叩き付けてしまうが、リューさんは特に驚いた様子もなく石盤を拾い上げ、また俺に手渡してくる。
いや、うん。まだチート決まってなかったしね、仕方ないよね。
……あの暗闇で決めさせれば良かっただろ、これ。
まあ良いや、これで遠慮なく『無敵』のチートを……、
「……あの、なにか書くもの貸して貰えます?」
「あ、書ければなんでも良いので、地面に書いてしまってください」
じゃあ紛らわしいモン渡してくるなよ! 木の棒渡して地面に書いてくださいで良かっただろ!
くっそー、さてはリューさんも神の遣いの一人だな? 見た目とかなんかそれっぽいし。本職のシスターがなにしてる人達なのか全然知らないけど。
とりあえず、石盤の角で地面に『無敵』と書いてみる。
「あー、駄目みたいですね」
『無敵』の字は音もなく消えていった。これがマジックパワーですか。
気を取り直して『最強』の文字。
「あー、これも駄目みたいですね」
クソ、弱そうだけど強そうなチートを真面目に考えろってことか? 腹いせに『神殺し』と書いてみるが、これも謎の力によって消された。クソが。
メンド……。
「えっと、リューさん?」
「さん、は要りませんよ」
「そうですか。そんなことより、この世界の、なに? システム的なことについて教えてもらえたりできません?」
「あれ、説明されてなかったんですか?」
「魔王になって世界平和目指せって言われてすぐにボッシュートされたんで、なにも聞いてないですね」
「あー、どうりで」
リューさんはなにか納得したように頷く。早く説明してくんねーかな。
リューさんはひとしきり頷くと、咳払いして口を開く。
「まず、この世界にはレベルという概念がありますね」
「は?」
あの野郎、散々レベルの概念がない世界がほとんどとか言ってたくせに、わざわざある世界に送るのかよ。取り合えず心の中で神の遣いとか名乗ってた青年に中指を立てておく。
「レベルは経験値を貯めると上がり、経験値は生き物を自分より遥かにレベルの高い生き物を攻撃するかレベル関係なく生き物を殺すかで獲得でき、そして魔王は配下の魔物が獲得した経験値の一割を自動的に徴収できます」
「少ない。いや多いのか?」
「ちなみに現在の魔王様のレベルは1で、配下は私しかいません」
俺はリューに向けて中指を立てた。
「他に聞きたいことはありますか?」
動じないなこいつ。
「はいっ! どうして異世界から来た俺は現地人と言葉が通じるんですか!」
「ん? ……あ、なるほど。先回りして質問というわけですか」
「そう言うこと」
「なるほど。質問の答えですが、言葉が通じるのは魔王様が魔王だからですね」
「…………?」
それは答えになってるのだろうか……?
まあいいや、くだらないことで頭悩ませてても仕方ないし。
「チート決めるのに三十分で良いから考える時間貰える?」
「でしたら、私はその間に周囲を見張っていますね」
ついでに俺のために経験値稼いで欲しいな。
俺が最後の悪足掻きとばかりに地面に『無敵』や『最強』の字を書き続けていると、リューが返ってきた。
「魔王様、決まりましたか?」
「まあ、多分」
「おー、どんなのにするんです?」
なんか興味無さげな語調だけど、気のせいだろう。俺は石盤を地面に放り捨て、石の上に腰掛ける。
「『イベント作成』にしようかなって。即死イベントとか装備没収イベントとか作れば楽出来るじゃん」
「一応認められますけど……そういうの、厳しい制限が設けられますよ?」
「あ、やっぱり?」
一応制限を考えておいて良かった。
「魔王なんだから城ぐらいあるでしょ? だから、制限は『魔王城でのみ可能』にしようかなって」
「それなら大丈夫だと思います」
リューは大きく頷き、俺に石盤手渡してくる。
「では早速、魔王様のチートを決めてください。制限は括弧書きでお願いします」
「よし」
俺は受け取った石盤で地面に『イベント作成チート(魔王城でのみ可能)』と書く。すると地面の文字が消え、代わりに石盤に俺が書いた文字が浮かび上がった。いや回りくどいな。
石盤に浮かび上がった文字は次第に輝き始め、ついには目を開けるのも難しいほどにまで輝きを増す。
「ぅお……」
思わずまぶたを閉じると、バキン! となにかが砕ける音がした。それと同時に眩しさも収まる。
まぶたを開いてみれば、手にしていた石盤は粉々に砕け、跡形もなくなっていく。まるで魔法みたいだ……。
「おめでとうございます。これで魔王様は正式にこの世界を支配する使命を背負った魔王としてなりました」
「はえ、どうもありがとう……って支配!? 目的変わってない!?」
俺の目的は世界平和なんだけど!
「世界平和も世界征服も大して変わりませんよ。我等が神もそう仰るはずです」
「いや憶測で神の言葉語るなよ! て言うか気になってたけど、我等が神ってなんなんだよ!」
「死をもたらすヘイルウェイ。それが私と魔王様の主の名です」
リューは細く閉じた目を横に伸ばして楽しげに笑う。怖い。
「へ、へい……?」
「死をもたらすヘイルウェイ、です」
様付けろよ、とささやかな反抗。
……いやこれ、逆らったら殺されるレベルの神様じゃん。
「あ、それと」
「はい?」
俺がどこかにから死をもたらすヘイルウェイ様が見ているかもしれない、とぼろ切れみたいな服を精一杯整えていると、リューは思い出したように手を叩いた。
「勇者や知的生命体などの死体が手に入ったら必ず我等が神に捧げてくださいね」
捧げるって、
「どうやって?」
「簡素でも良いので、祭壇を用意してそこに置いておけば翌朝消えてます。勇者が蘇生されることもないし、我等が神から褒美も頂けるし、一石二鳥ですね」
「褒美なんて貰えるんだ」
「はい。私が熱心に供物を捧げてたおかげで、我等が神は魔王様をこの世界に遣わしてくれたのです」
「はーん」
すっげーどうでも良い。
「あ、それと、この世界はステータスに干渉する時は例外なく自分のレベル以下の対象にしか干渉出来ませんからね」
「はーん」
そんな制限があったのか。
…………。
「いや最初に言っとけよ! それ知ってたら迷わずレベルキャップ開放チート選んだわ! 時間返せバーカ!」
「すいません、すっかり忘れてました」
「全く悪びれないな!」
笑って許してもらおうとか、魔王馬鹿にしてんのかコイツ!?
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