第3話
蜜星さんに会うためにスーツを着る。普段は動きやすいゆるゆるだぶだぶのフードパーカーだが、流石に上司を前にしてそれを着るほど桜木は心臓が強くない。―――まぁ夕霧あたりなら私服でも上司を前にして取り乱すことはないだろうが。
洋館の二階にある最奥の部屋。そこに上司である彼は居た。
扉を二度ノックし『入れ』の言葉で戸を開けするりと中に入る。
中はぎっしりと本の詰まった棚に囲まれ、中心に黒光りする机があり、上司である蜜星さんが座っているが逆光で顔はよく見えない。
「桜木、参りました」
「おう元気そうで何よりだな。お前に仕事だ、『
「……今度はなんです、また自殺の後始末とかですか? それとも殺人鬼の裏処理?」
「…正確には『自殺幇助』だろうな。詳しくは書類に明記してある。頼んだぞ」
「……承知しました」
頭を下げて部屋を後にする。
まさか『
『
人の命を狩り喰らうその性質からいつしかこの裏業界のものに囁かれるようになった、その名。
先代から受け継いだその
ふぅ…っと息を吐きながら窮屈なネクタイをしゅるりと緩める。
この仕事に就いて約二年が過ぎた。慣れたようでその実、人死を見るのには相変わらず慣れていない。先代にバレたら笑われるレベルで、だ。
「櫻木さんが居なくてよかったな…」
そう、廊下で無意識に呟いた。
先代の『
まぁ何をしていようともう桜木には関係の無い話なのだけれど…。
書類を捲り内容を確認して、ほんの少しだけ眉根を
この仕事は恐らくとして桜木一人では手に負えない。となると夕霧あたりとペア行動になる、という事だ。まだ吉野や東雲なら幾分か気楽だが、夕霧はどうも苦手だった。話す分には問題ないが二人きりにされると途端に空気が重くなるような感じがするのだ。
夕霧が少し、人との関わりを拒絶しているからかもしれない。
キィッ…と仕事場の戸を開けると残っているのは
少しビクビクしながら自身のデスクに座りながら訊く。
「東雲さんたちは?」
「仕事。裏の方じゃなく表の方のな」
「東雲さんは分かるけど吉野さんまで?」
「吉野のヤローはバイト。カモフラのためにメイドカフェで働いてんだろ、アイツは」
「あぁ…無闇矢鱈にお客さん、食べたりしないと良いけどね」
「大丈夫だろ、じゃなかったら蜜星が許す訳がないしな」
「それもそっか」
会話がそこで途切れた。
―――お、重い…空気が途端に重くなった……。
会話が途切れた途端に辺りの空気が重く感じる。そう感じるのは僕が気弱だからだろうか?
書類に再度目を通し住所を検索にかけてみた。意外と都市部から離れた場所で行くにはバスや電車を乗り継がなきゃいけなさそうだ。正直に言うと乗り物系統は遠慮願いたい。…まぁ無理だけど。
ちらっと夕霧を伺うと彼はPCを閉じて携帯をいじっていた。口元が緩んでいるのを見ると、予想するに愛しのお相手殿からのお返事が来たらしい。
「愛しのお姫ちゃんは元気そう?」
と問いかけてみれば彼は口元のニヤけを隠そうともせず
「あったりまえだろ、病気とかしても俺が居るしな」
と自信満々に答えてきたので独り身の辛さが倍増する結果になった。心底惚気けるのは止めてほしい所存である。…単なる僻みなんだろうけど。
と、夕霧が不意に立ち上がり「行くぞ」と言ってきたのでどこに行くんだろうと首を傾げると、嫌そうな顔をされた。何故だ。
「だから仕事。二人ペアじゃないと無理そうなんだろ」
「……あれ、なんでバレたの? 夕霧、人の心読める人だっけ」
「見てりゃ分かるわ。それに俺ヒマだし」
「へー…流石、『
「俺がその名を名乗った訳じゃねぇだろ。俺個人は夕霧以外の何者でもねぇんだから」
「ふぅん? まぁ良いけどね、『
そう言い立ち上がると夕霧に漆黒のコートを顔面に投げられてわぷっと変な声が出る。
コートには襟のところに目立たない配色の『掃除屋』のエンブレムが付いている。
夕霧を見れば彼は既に着ており扉のとこで『早くしろ』と言いたげな目をしていた。
―――本当に初めて会った時から彼は変わらない。
そう思いながら仕事をする為に僕らは扉を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます