眠れぬ夜に

 空を見上げて、夜の世界を浮遊する。

 魔王は、金の縁取りをした黒鉄くろがねの甲冑に身を包み、白く明々とした月光に目を細めた。

 勇者の気配はまだない。

 ――ゆらっ。

 魔王の体勢がわずかにかしいだ。

 何百年となく永らえ、いまだ聞いたことのない、心を乱す獣の鳴き声。

 魔獣か?

 魔王は、空を飛び、うっそうとした森を抜け、すぐさまそれを見つけた。

 白い狼。

 それがたった一頭。

 複数の魔獣に囲まれて、背を低くし、牙を剥いている。

 ――神獣か。

 神の獣は、魔王の範疇ではない。

 しかし、その足元に大きな頭の生き物がひっくり返ってこちらを見ている。

「わたしの気紛れに、感謝しろよ」

 魔王は一気に魔獣を退しりぞけ、神獣を追い払った。

 ……いや、神獣はなにを思ったか、その場を動こうとしなかったため、火球にて脅しつけたのだ。

 理由はすぐにわかったが。

 勇者は――その魂を持つ者は、とうに生まれてきていた――その能力に覚醒していないだけで。

 魔王は――変わらぬ己の欲望に生きるのみとされているはずの――心の汗を、不思議な思いで拭った。

 手の中の赤子が、勇者の証を握りしめていた。

「また、逢ったな。勇者よ」

 前世の記憶など皆無の、何も知らぬ赤子が、魔王のマントにくるまれて、にっこりと笑っていた。

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