第6話
「そこのお兄さん、止まって。こっち来て話を聞いて」
大声で誰かを呼ぶ声がした。声のする方を振り向くと、一人の老婆が俺を見て手招きをしている。机には「占い一回千円」と書かれた紙が貼ってあった。
俺?明日死のうとしている人間を占おうというのか?占いなんかに興味もないし、明日死ぬ予定なのに今更…俺は無視して帰ることにした。
「お兄さん、行ったらダメ。5分でいいから話を聞いて。お金いらないから」
先程より更に声のトーンが上がった。そんな老婆の必死の姿を見ている人々の視線が突き刺さる。仕方なく俺は老婆の前に戻った。
この老婆のどこからあんな大声が出たのだろうか。身体も小さく年齢も70歳から80歳ぐらいじゃないだろうか。不思議そうに老婆を見ている俺に
「ありがとう。良かった。一人の命が救われた」と告げた。
「お婆さん、俺に何か見えるの?俺、占いにも興味ないし、お婆さんが何か予言してくれても外れると思うよ」
わざと意地悪く俺は言ってみせた。
「予言?そんなことできないし、しないよ。私が呼び止めたのは…あなた、明日死ぬのかい?それを考え直して貰えんかな。って思ってね」
「死ぬ?俺が?」自分で決めたことだが他人に指摘されると動揺してしまった。
「そう…自殺…。あなたの苦しみは私には分からんし、代わってやることもできん。だかな、命を粗末にしてはいけない。どんな理由があるにせよ」
「そんな…今更説教とか…止めてくれないかな。何も分からないくせに」
思わず語尾が強くなった。
「説教なんてする気ない。呼び止めたのは、手助けがしたくてな」
「手助け?俺の?自殺の?」
「違う。生きる為の手助けじゃ」
「そんな簡単に人生変わらないって。占い師だから何かできるって?そんな1日でできる訳ないじゃん」
「無論、変えていくのは本人次第だからな。すぐには変わらんよ。ただ、その短い時間で何をするかで運命は変わる」
「俺の場合、すぐに変わらないと意味ないんだけど…」やっぱり時間の無駄だったか…
「これから私があなたに魔法をかけよう」
「はい?」遂に理解不能の域に達したか…
「お婆さん、大丈夫?魔法なんてこの世にある訳ないじゃん。呪いならあるかもだけど…」
「ある。今からあなたに魔法をかける」
そう言って老婆は何やらブツブツ独り言を言い始めた。
「ゲームの世界じゃん」俺は呆れ果てた。
「終わったぞ」ニヤッと老婆は笑った。
「何も変わった気がしないけど…」
「肉体的な変化はない。明日になれば分かるさ」
「明日ね…具体的には?」
「なれば分かる。ただし、魔法はいつか解ける。それだけは忘れてはいかんぞ」
「魔法が解けたら?」
「その時はあなたの進む道が現れるさ」
「死ぬって選択肢も?」
「勿論ある。だが、そうならないように魔法をかけた。命は大切にしないと」
「ふーん、まぁいいや」
どうも俺は信じる気にはなれなかった。ただ、お金も取られないし、もしこの老婆が言うように人生変わるならラッキーぐらいだった。
「ありがとう。生きてたらまた来るよ」
「頑張ってな、山下康介さん」
「えっ?何で…俺の名前を…」
「私は占い師じゃよ」
ビックリして動揺の隠せない俺を尻目に老婆は平然と言ってのけた。
「少しは信じて貰えそうかな」嬉しそうに話す老婆と対照的に俺は怖くなった。
本当に魔法なんて存在するのか?一体どんな魔法をかけたんだ?
俺は逃げ出すかのように老婆の前から離れ一目散に家に帰った。明日死のうとしてる人間が「死」より怖い体験をするなんて…。
そして強烈な睡魔に襲われた俺はバタンと倒れるように寝てしまった。
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