ユーシャは魔宝石で風を惹く

弗野つぐ

第1話

僕の名前はユーシャ。「勇者」のユーシャだ。


勇者は何事も諦めない。だから僕も、この先どんな苦難が待ち受けていても本物の勇者になることを諦めたりはしない。

いつか魔王を倒し世界を救う勇者となる、そんな熱い思いを胸に僕は今ここに座っている。

目の前には腕の長さほどの細身の剣と日光を反射させて透明に輝く魔宝石、それに真っ白な生クリームにイチゴの乗ったケーキがある。遠慮がちにこじんまりしたケーキの上には二本のロウソクが背筋を伸ばして光を放っている。

つまり何が言いたいかというと、今日僕は14歳の誕生日を迎えたのだ。


「誕生日おめでとう!ユーシャ、テア」

父のデイアンと母のセルアが声を合わせ、僕らはそれに合わせて光に息を吹きかける。

ゆらめいたかと思うとロウソクの先は輝きを失い、代わりに僕らの目の輝きが増していく。




僕は両親と三つ上の姉テアの四人家族で暮らしている。だけど僕は本当の息子ではない。


8歳のとき父デイアンが「おまえは本当は私の親友の息子なんだよ」と教えてくれた。

「じゃあそのパパとママはどうしたの?」

「もういなくなっちゃったんだ」

「魔王のせい?」

僕がたずねると、父は僕から目をそらしそこに遠い記憶があるかのように窓の外を眺めた。

いつもは寝ている時間だったので外は暗く静かだった。

「そうだね...魔王がすべてを変えてしまった、すべてを...」

そうつぶやいた父の横顔は、子どもの僕にはできないとても寂しげな表情をしていた。


魔王は多くの人からあらゆるものを奪っていった。

僕からは産んでくれたパパとママを。

お隣さんからはいつも遊んでくれて色々教えてくれたかっこいいお兄さんを奪った。ある日近くの森で突然現れた魔物に連れ去られたらしい。それ以来、そこに近づくことは禁止されている。


だけど、14歳になった今日僕はその森に行くつもりだ。

勇者はまず身近の平和を守る。

だから僕もこの街をおびやかす魔物は退治しなくてはならない。

毎日身体を鍛えていて勉強も同い年よりできる、その上プレゼントに護身用の剣と魔宝石をもらった。準備は万端だ。



森へ向かう前に、ちょっと魔宝石について確認しておこう。

魔宝石はマナが集まって鉱石化したもので、これを利用して一つ魔法を使うことができる。

使い方は、魔宝石を握るか武器などにはめて刻まれている呪文を唱えるだけである。

魔宝石は人々の生活を豊かにしたが、一方で一歩間違えると人に危害をあたえる代物である。

魔宝石を埋め込まれたものは多少の知性とマナを持つ魔物へと変化する。それは生き物だろうと無機物だろうと関係なく魔物になり、倒すには埋め込まれた魔宝石を破壊するしかない。




魔宝石を握りしめ、剣を腰にさして街へ繰り出す。日ざしが暑く、街はいつものように賑やかで人々の話し声が聞こえてくる。

「最近魔王がまた近隣の国を襲っているらしい」

「さっきの昼飯美味しかったね」

「そういえば今日明日ごろ王都の守護国騎士団がこの街にくるよな」

「ね!楽しみだよ!」

雑踏の中をするするとすり抜け駆けていると自分が風になったように感じられる。僕は、これからのことへのわくわくを風に乗せて森へ走った。


街のはずれに近づいてきたところで熊とぶつかった。いや、正しくは熊のような大男とぶつかった。大男は髭面の強面で転んだ僕をギロリとにらんだ。

胸ぐらをつかまれる!と思ったがただ起こしてくれただけだった。ズボンをはたきつつ感謝の言葉を述べると、

「小僧、そんなに急いでどこへ行く」

と聞かれた。

「僕は勇者になりに行くんだ」

と素直に答えると、ガハハハッと大口を開けて笑われた。笑い方は外見から想像されるような豪快そのものであり、僕はその勢いに圧倒されたじろいだ。

「おまえのようなガキが勇者になりたいだって?無茶な夢を持つのはいいが、無謀な行動はするんじゃないぞ小僧が」

自分の夢を笑われてカッと頭に血が上った。ここで黙っていては男じゃない、この熊男をもらったばかりの剣の試し斬り相手にしてやろうかと思ったが、今勇者には大事な用事がある。だからこの男のことはぐっと我慢しほうっておいて森へ向かうことにした。

ちょうどビュウッと強い風が私を押したので、僕はそれに乗るようにして熊男から離れていった。



太陽は家を出た時より少し落ちて僕の影の身長を伸ばしている。風はやみ、青天にもかかわらずなんだか重い空気が漂っていた。

「なんだよ、子どもだからって僕のことを笑って...」

ぶつぶつと愚痴をもらしているといつの間にか森についていた。

ここは街から出て15分ほど歩いたところにあり、今まで何度か来たことがある。こっそり姉や友達と度胸試しのために来ては、警備兵や父にこっぴどく叱られたのを思い出す。

今日もバレたら叱られるだろうか、違うな、魔物を倒した僕をみんなはきっとほめてくれるに決まってる。さっき会った熊男だって僕を認めざるをえないだろう。

「やってやる...魔物を倒してやるぞ!」

そう意気込み、腰に差した剣に手をかけ立入禁止の看板に歩み寄る。

ちょうど看板に並ぶか並ばないかくらいのところで歩みを止めた。背後から声をかけられたからだ。柄に手をかけたままゆっくり振り返る。すると10歩ほど後ろに木弓を引き絞り矢尻をこちらに向けている者がいた。

流れる川ようななめらかな模様が彫り込まれたその弓に僕は見覚えがあった。

「ユーシャ。何しに行こうとしてるの」と呼びかけた声。弓矢のようにしなやかでそれでいて一本芯の通った、そのはきはきした声にも聞き覚えがあった。

それから、青く澄んだ瞳でこちらをまっすぐ見つめるその黒髪の女性のことも、僕はよく知っている。

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