第40話 恋と王子と叛逆の汚名(1)

 転移した途端、銃声のような火薬音が耳をつんざく。


 目の前に広がるのは、なだらかな丘陵。そこを煌びやかな軍服を身に纏った兵士たちが隊列を組んで行軍し、太鼓の音に合わせて一斉に銃火を放つ。


 幸い、兵士達の斜め後ろに転移したので、彼らに気付かれてはいなかった。


「戦列歩兵か。中世ヨーロッパというより、近世だな」


 転移先を剣と魔法のファンタジーを想定していただけに、少しばかり戸惑いを感じてしまう。とはいえ、前も銃がある世界に来たことあったよな。そんなことを思い出した。


「早く離れようよ。敵と間違えられたら危ないよ」


 カトゥーにそう言われて、こそこそと逃げるようにその場を離れる。街道に出ると、一番近いと思われる街へと進むことにした。


 が、戦時中というもあって、街は略奪された後だ。


 女子供の死体と呆然と立ち尽くす老人。そして各々の家からは火の手が上がっていた。まだ戦車がない時代なので、建物の破壊はさほどでもないが、略奪の爪痕はしっかりと残されていた。


「ひどいな。けど、今までのパターンでは、ここに転移者がいる場合が多いんじゃないのか?」

「そうだね」


 カトゥーはただそう答えるのみ。まるで何かを隠すように口数を少なくしているようにも思える。


「なぁ、今回の転移者のデータを見せてくれないか」

「必要ないよ」

「なんでだよ?」

「すでに一度会っているから」


 カトゥーが俺に斜め前の方を見るように視線で促す。そこには、神に祈るように跪いて両手を握りしめる黒髪の女性がいた。


 その後ろ姿には何か懐かしい感じがする。


「あれが転移者か?」

「そうだよ。依頼は……まだ受けないよね?」

「ああ、とりあえず会って話しがしたいからな」


 俺がその女性の元へと向かおうとするが、なぜかカトゥーは付いてこなかった。


 そしてその女性の横に立ち、声をかけようとしたところで彼女の目蓋が開けられる。


「……モモヤくん?」


 目の前の少女には確か見え覚えがある。というか、面影があった。俺が前にあった時、この子はまだあどけなさの残る少女だった。


 が、今ここに居るのは美女へと成長した元少女。育つところはしっかりと育っている感じだった。思わず目のやり場に困ってしまう。


 というのも、彼女の服装は少し小さめの黒いタンクトップに同じく黒のミニスカートだからだ。


「スミカなのか?」


 彼女は前にバトルロイヤルが行われた世界で保護した少女だ。ということは、ここは一度来た世界か。


「モモヤくんなのね。また会える予感はあったの。嬉しい!」


 スミカが抱きついてくる。鼻孔を僅かに擽る香水。たわわな胸部が俺に押し付けられる。


 前に会ったときは中学生くらいだったけど、今の彼女は二十歳を超えているようだ。身長差もあまりなくなっている。


「えっと本当にスミカなのか?」

「……そうね。わたしにとってはもう十年以上の月日が流れているの。もしかしてモモヤは別れてからそんなに経ってないの? あんまり変わらないみたいだけど」


 スミカの柔らかい手が俺の頬に触れる。見つめる熱い視線。


 そして――後頭部に衝撃。まあ、痛くはないんだけどね。


「はい、マキくん。そこまで」


 背後からカトゥーの声が聞こえる。


「あ、カトゥーさん。お久しぶりです」


 慌てるように急いで俺から離れるスミカ。振り返ると、カトゥーの顔がいつものゆるい感じの無表情ではなく、氷のような冷たい無表情だった。スミカがビビるのも無理はないだろう。


「なんだよ。せっかくの再会を喜んでいたのに」


 俺が不満げにそう答えると、カトゥーは表情を変えずにこう問いかけてきた。


「どうするの? 依頼を受けるの?」

「へ?」

「今回のターゲットは彼女だよ」

「ちょい待ったぁああああ!!」


 カトゥーの手を引っ張り、建物の陰まで連れて行く。なんだよ、いきなり。


「どういうことだ?」

「どういうこともないでしょ? ちょっと考えればわかると思うよ。ここはマキくんが一度来た世界。そして、この世界にいる転移者は彼女一人。調和神ラッカークさまが消したいのは彼女に決まってるじゃない」

「ぉおおいい!」


 といつものツッコミをやろうとして、その手を止めた。カトゥーの顔がマジだわ。


「スミカを消せってのか?」

「そうだよ。理由は調和神ラッカークさまから聞いたでしょ?」


 たしか、どこかの国の王子がスミカに惚れて、婚約者と結ばれずに代継が生まれない。そのことによる歪みがこの世界に訪れる。


「だけど……彼女にはなんの落ち度もない。それどころか、スミカはこの世界を一度救ったんだろ?」


 俺たちが過去に彼女を守ったのは、彼女がこの世界を救う可能性があったからだ。


「そうだよ。けど……これから起こる未来に彼女は邪魔なんだよ」

「ずいぶん勝手なんだな調和神ラッカークは」

「いくらマキくんでも調和神ラッカークさまの悪口は許さないよ」


 無表情だったカトゥーの口元が僅かに歪む。調和神ラッカークへの悪口なんていくらでも言ってるはずなんだがな。


「そもそも問題の奴を消し去ろうって考えが間違ってるんだよ。今回の場合は、代継が生まれればいいんだろ?」

「そんなに簡単じゃないよ。スミカちゃんが消えなければ王子はずっと彼女に想いを寄せることになる。いくら婚約者との間に子供が生まれても、婚約者の女の人はずっと王子への不信感を募らせる。それは子育てにも影響して、代継の行動にも致命的な結果を残す事になるの」

「そうだけど……あいつはなんにも悪いことはやっちゃいないんだぞ!」

「マキくん。今までにモラルタで刺して消した転移者の中にはスミカちゃんと同じような人はいたでしょ?」

「それは能力が暴走してとかだろ? スミカは本人の能力とは関係ない。王子がすべての元凶だろうが!」

「じゃあ、王子を殺す? 問題はまったく解決しないけどね。しないどころか、悪化するだけ」

「そんなこと言ってるんじゃねえよ!」


 俺はそう吐き出すと、深呼吸をして落ち着きを取り戻す。そして、カトゥーに冷静にこう告げた。


「今回の依頼は受けない。それでも文句ないだろ」


 俺の言葉にカトゥーは視線を下に逸らし、こう質問してきた。


「いいのかな?」

「俺にはスミカは消せないよ」

「違うよ。マキくんが消せないなら、調和神ラッカークさまは他の人に頼むだけ」


 そんなことは理解しているはずだった。俺はただの駒なんだから、使えなければ調和神ラッカークは他の駒を使うに決まっている。


 俺が依頼を受けなくてもスミカは消される運命にあった。けど、そんなことが許されるのか?


「なあ、カトゥー。質問を一ついいか?」


 俺にできるのは悪知恵を絞ることだけ。


「なに? マキくん」

「おまえは俺の相棒バディだよな」

「そうだよ」

「俺からそれを破棄できるのか?」


 俺がスミカの味方をするとしたらカトゥーには相棒バディを解消してもらわなければならない。なにせ神に逆らうのだからな。


「できないよ。調和神ラッカークさまの命令だからね」

調和神ラッカーク相棒バディを解消しろって言わない限りできないってことか?」

「そうだね。けど、調和神ラッカークさまの命令を受けなくてもマキくんとの相棒バディを解消することはできるよ」

「それはどんな方法だ?」

「マキくんが消えた場合だよ。つまり、リスタートを三回以上繰り返すか、それともモラルタと同等のアイテムでマキくんが刺された場合」


 ぞくりと背筋が凍える。そりゃそうだよな。そういう約束だった。リスタートは万能じゃないし、モラルタは俺自身にも適用されるのだ。


「カトゥー。俺がスミカの味方をすると言ったらどうする?」

「……」


 視線ばかりか頭ごと俯いてカトゥーは俺を視界から消し去ったようだ。だけど、こればかりは、はぐらかされるわけにはいかない。


「答えてくれ」

「……マキくんってほんとおバカさん」

「うるせーな。スミカを消すなんておかしいだろうが!」

「勝てるわけないでしょ……」


 カトゥーが胸元に右手を持っていく。彼女の魔法カードはそこに収納してある。俺を捕縛でもしようというのか?


「ものぐさのおまえなら勝てそうな気がするよ」


 俺は腰に装着していたナイフの柄に手を掛ける。モラルタの効果はこの世界外のものに適用するはずだ。ならばカトゥーにだって同じ。けど……俺はカトゥーを消すことを望んでいない。あくまで牽制になればいい。


 二人の間に緊張感が走る。だが、それを崩すようにカトゥーがため息を吐いた。


「マキくんってさ、卑怯で卑劣でクズだって思ってたけど、一番おバカなところは早とちりすることだよ」

「どういうことだよ。クズとか言うなよ」

「わたしは調和神ラッカークさまからマキくんをサポートするように命令されている。けど、命令はそれだけだよ。勝てるわけがないっていったのは、他のチームにだよ」


 カトゥーが一枚のカードを取り出すと、宙へと投げる。これは使い魔の魔法か。とりあえずスミカの監視を行うようだ。


 その行為の後、顔を上げて俺に対してなんともいえない微妙な顔でカトゥーは微笑む。微笑むというより何かを迷っているような顔にも見えた。


「他のチームって……」

「例えばカネアさんのところとか」


 切れ長の鋭い目に嘲笑うような唇。思い出すだけでもぞくりとくる。彼女も俺と同じで手段なんか選ばないだろう。


「やっぱ強いのか?」

「強いよ。歩兵ポーンのシマハさんより積極的に攻撃してくるからね」

「でも魔法カードは一緒なんだろ?」

「カネアさんは格闘に特化してるの。掴まえられたら終わりだよ」

「こえーな」

「そう言いながらマキくんはスミカちゃんを守るんでしょ?」

「ああ」

「けどね。わたしはマキくんの相棒バディだからサポートするしかないんだよね」

「そんなことをしたらおまえ、調和神ラッカークからハブられるんじゃないのか? というかおまえ従神なんだろ? 神に逆らってどうするんだよ」


 だからこそ俺は、事前にカトゥーとの相棒バディを解消しようとした、


「逆らってないよ。わたしの命令はマキくんをサポートすること。それ以下でもそれ以上でもない」


 というか、俺が逆らったって解った時点で、相棒バディ解消の命令が出るだけか。だったら、なるべく有利に運ぶためにもぎりぎりまで俺の裏切りは悟らせないほうがいい。


「じゃあ、手伝ってくれるのか?」

「条件があるよ」

「条件?」

「従神のチームとの戦闘だけはなるべく避けて」

「そりゃ避けられるなら避けたいけど、スミカを守るなら回避不可だろう?」


 スミカに歩兵ポーンを近づけないためには、最悪やつらと戦うしかないんだ。


「そうじゃないの。いくらマキくんの卑劣な作戦で他の従神たちを退けたとしても、代わりはいくらでもいるからね。キリがないんだよ。だから、ちゃんとスミカちゃんをこの世界に存続させるためにはどうすればいいのか考えて」


 カトゥーの口から「ちゃんと」という言葉が出るのは意外だった。つまり、戦って倒しても意味はないってことだろ?


「わかってる。俺の悪知恵をなめんなよ!」

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闇の賢者が行く多重異世界討伐記 ~ 転移者が問題を起こしすぎたので、ぐーたら天使と共に駆逐します! オカノヒカル @lighthill

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