第39話 龍の球と転移者の願い(6)

 創造神ビワナが消滅したことで、調和神ラッカークに連絡が取れるようになった。そこで改めて女神に謝罪をされる。


 もちろん、目の前に現れたのは実物ではなく三次元のヴァーチャル映像だ。


『この度は大変申し訳ないことをしたのと同時に、問題を解決してくれたあなたには非常に感謝しております』

「まあ、いいさ。当初の依頼目的とは違ったが、これで良かったんだろ?」

『はい、あなたには報酬を得る権利があります。次の世界へ転移する際に記憶の修復を行わせていただきます』


 ほっと胸をなで下ろす。骨折り損、ってのは勘弁してもらいたいからな。


「他の連中にペナルティはあるのか?」

『いいえ、今回は私のミスであります。従神たちにも、その相棒バディたちにも、なんらペナルティはありません』


 これで、あのシマハとかいう野郎も大事な記憶を無くさなくて済むだろう。それを確認できただけでもすっきりした。いちおう借りがあるからな。


「ところで、今回の世界の創造神ビワナみたいな奴はまだいるのか?」

『ええ、残念ながら一部の創造神ビワナたちは、ロウナを倒すべく、叛逆の機会を狙っています』


 また新しい単語を聞くことになる。


「ロウナとはなんだ?」

『神の最上位に位置する統括神であります』


 調和神ラッカークでさえ、その統括神の下にいるってことか。まあ、創造神ビワナに干渉できないって時点で予想はついていたが。


「わかった。俺らも気をつけるよ。ただ、情報は出し惜しみしないで欲しい」

『ええ、心得ております。従神による情報アクセスへの制限レベルを落とすことにしましょう。ただし、セキュリティレベルも低下しますので、ご注意ください』

「セキュリティレベル?」

『他の者に盗み見られる可能性もあります』


 そりゃマズいな。そうなると、今回みたいに情報を書き換えられる可能性も出てくる。


「データの改ざんにはどう対応するんだ?」

『それはワームによるファイルロックを導入しました』


 ワームって、あの虫のワームか?


「ワーム?」

『Write-Once, Read-Manyの頭文字を取ったWORMです。消去が不可能なデータを作成し、所定またはデフォルトの保持期限までファイルの書き換えや削除を防止するシステムです』


 すげえな、最先端のデジタルデータってわけか。とはいえ、疑問は残る。


「そりゃ凄いが……なんで英語?」

『あなたの知識レベルで話しているからですよ。あなたが理解するために、この言語を利用しているだけのこと』


 ああ、そういうことか。カトゥーが言い渋るから、なんか秘密でもあるのかと思ったよ。謎としては、女神ではなく俺がなぜ英語を知っているかだな。


「了解した。じゃあ、次の依頼を頼む」

『そうですね。今回、あなたたちの活躍のボーナスとして、特別な依頼を用意しました』


 それを聞いて安堵する。今回は割とハードな依頼だったから、少しは気を抜きたかったのだ。


「おお! ボーナスステージか」

『内容は簡単です。最弱の転移者を駆除して欲しいのです』

「最弱?」

『戦闘能力はほとんどありません。探知魔法が得意なくらいでしょうか』

「そいつは何をやらかすんだ?」

『とある王家の第一王子がその子に惚れてしまいまして、ですが、転移者の方はその気がないらしく、彼には靡きません』


 ああ、転移者は女性なのか。


「それ、王子の方が悪役じゃないか?」

『いえ、王子の方も無理矢理彼女と婚姻を結ぼうとは思っていないらしいのです。ですが、彼女のことは諦められないらしく彼は結婚しようとしません』

「それのどこが駆除する理由なんだよ」


 訳がわからんな。


『王子には元々許嫁がいたんです。本来ならば、その方と婚姻を結び有能な代継を産むことになったはずなのです』

「まさか、その代継が鍵なのか?」

『その世界には複雑な流れがあります。一つの悪しき流れを取り去っても、また別の流れができてしまうことがあるのです。その悪しき流れを取り除くのに代継の統括能力が必要になります』


 ボーナスステージと喜んでいたが、これは微妙な依頼だな。


「まあ、大変そうなのはわかるよ。けど、王子に惚れられたくらいで駆除対象になるなんて」

『わずかな変化が世界を変えてしまうこともあるのです。彼女にフラれ続けた王子の性格にも影響しますし、婚約者の女性も同じ事です。それが積み重なって、あの世界には不幸が訪れるでしょう。せっかく最初の不幸を回避したというのに』


 最初の不幸? まあいいや、それは後で聞こう。


「だったら、駆除なんて物騒なことは言わないで、彼女を他の世界へと転移させればいいんじゃないのか?」

『ええ、それでもいいですよ』

「なんだよ、はじめからそう言えばいいじゃん」

『ただし、彼女はあの世界から去った途端、彼女本来の状態に戻りますけどね』


 本来? おい、それって……。


「死ということか。どっちにしろ、彼女には死んでもらわないといけないってわけか」


 転移者はすでに死んでいる。だから異世界に転移して仮初めの肉体を持っているだけなのだ。他の世界では、その肉体の維持ができないってことか。


『ええ、理解が早くて助かりますわ』


 仕事としては簡単そうではある。か弱い女性を駆除するだけだ。でも、今度のはこちらに正義はない。いや、その女性次第だな。


 性悪女であれば、俺の良心も誤魔化せるだろう。


「なあ、一つ質問がある」

『なんなりと』

「その現地に行って、ターゲットの転移者の人となりを見極めてから依頼を受けるかどうか決めるっていうのはダメか?」

『構わないですよ。ですが、今回の依頼はターゲットの駆除だけではありません。あなたに関係していると思われるアイテムが、その世界にはあります』

「アイテム?」

『女神の涙』

「え?」


 どこかで聞いた名前だ。えっと、どこだっけな……。


『形状は青い宝石ですね。これをご覧下さい』


 俺の頭の中に映像が入ってくる。青く輝く宝石。その形状は特殊で、涙滴型をしていた。これは見覚えのあるもの。


 思わず右手をポケットに突っ込み、その中にあるペンダントに触れる。


 まさか、これの片割れかもしれないものがあるとは。


「これも報酬なのか?」

『いいえ、これは「見つかればラッキー!」と思ってください』


 急にノリが軽くなったな。


「わかった」


 俺はそう調和神ラッカークにそう答えると、後ろを振り返り相棒を見る。


「カトゥー! 次の世界へ転移だ」


 瞬間、世界は回転し、ブラックアウト……した。



▼Fragment Cinema Start



 彼女の容姿は一言で表すなら妖精のようであった。


 銀色の髪はまるで銀糸のようにキラキラと光り、卵型の輪郭に小さなぷっくりとした桜色の唇、そしてぱっちりとした大きな目が俺を見据える。その瞳は吸い込まれるような黄金色であり、一筋の涙が頬を伝っていた。


「あなたは世界を壊してくれないの?」


 ぞっとするようなその瞳で見つめられる。その美しさとは裏腹に、世界の全てを絶望した色も秘めていた。



[Ctrl+S]



 そこで俺はキーボードを打つ手を止める。


 誰だ? これは?



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