第38話 龍の球と転移者の願い(5)

「やだ」


 カトゥーがぷいと横を向く。また拗ねやがった。


「お、おまえなぁ。人が真面目に話してるのに」

「メンドクサイ、メンドクサイ、メンドクサイ! 絶対、マキくんのために泣いてやらないんだから!」

「まったく張り合いねえな。おまえが泣いてくれるなら、少しは頑張れると思ったのに」

 カトゥーが俺の袖を引っ張る。そしてこちらに視線を戻し、見上げるようにこう言った。


「頑張らなくていいよ。マキくんは、弱くて姑息で卑怯だけど、だからこそ頑張る必要はないんだよ」

「なんだよそれ」

「だから、まともに戦わないで!」


 その瞳には僅かに潤んでいた。


 言葉が出なかった。あーあ、泣かせちゃったよ女の子を。俺、こういうの慣れてないからな。


「まあ、なんだ。いつも通り頑張らないから心配するな」

「うん」

「これでもかってくらい悪知恵を使って姑息に勝ってやるから」

「それでこそ卑劣なマキくん」


 なんだか釈然としないなぁ。



**



 問題なのは、願いを叶えるアイテムを最優先で探しているはずの俺たち転移者ハンター側が、なぜか転移者であるマエダシュンに遭遇していることだ。


 そして、転移者はハンターを見つけると問答無用で襲ってきたという。


 人間嫌いで他人とはあまり関わらない転移者が、ヒントもなしにアイテムを探し回り、転移者ハンターたちと遭遇するのか?


 あれ? 何か変だな。


 ここの世界に来たときから感じている違和感。いや、何かを忘れているのか?


 これは意図的に記憶を操作されている可能性が高い。


 俺は自分の記憶を消失しているから、僅かな違和感にも気付きやすいのだ。


「カトゥー。調和神ラッカークに問い合わせてくれないか」

「なにを問い合わせるの?」

「今回の転移者情報だよ。まあ、宝探しがメインだからっておざなりにしてたけどさ」

「そんなの問い合わせるまでもないよ。この異世界に転移してきたのはマエダシュ」





                               delete→rewrite



「おしまい。わかった?」

「ああ、わか……ってねえよ!」


 意識してなきゃ誤魔化されてたな。


「えー、もう一回説明するの? めんどうだよ」

「カトゥー、落ち着いて聞け。記憶が消去されて改ざんされてる」

「え? どういうこと?」

「おまえは説明したかもしれないし、俺も納得したつもりになっただけで、実際には記憶には残ってない」

「そんなことないよ。わたし、説明しながらマキくんの顔ずっと見てたんだよ」

「じゃあ、聞くが今回の転移者のマエダシュンって男か? それとも女か?」

「そんなのどっちでもいいじゃん」

「おまえ、まんまと誘導されてるな。俺たちは転移者の顔を知らない・・・・。もう一度聞く。マエダシュンは男か女か?」

「え?」


 カトゥーが口に手を当てて固まる。


「知らなくていいんだよ。適当なダミー情報が調和神ラッカークにいっているだけだと思う」

「どういうこと?」

「俺だって詳しくはわからねえよ。けどさ、これだけは言える。この依頼は罠だ」

「そんな……調和神ラッカークさまがそんなことするわけが」

「あの女神ならやりそうだけどな。この世界に来たのが俺たちだけだったら、そう疑っただろう。だが、今回は違うと思う」

「なんでそう思うの?」

調和神ラッカークにとっては俺たちは貴重な駒だ。こんな大量に廃棄するはずがないだろ? まあ、何か理由があるならわかるが、基本的に俺たちは使い捨てられる時は依頼の途中でだよ。俺たちを消すためだけに、新たに世界を作るなんて効率が悪すぎる」

「そうだね。調和神ラッカークさまは基本的に創造はできないから。そうなるとこの状況を作り出してるのは」

創造神ビワナしかいねえだろ!」

「じゃあ、マエダシュンさんは……存在しないの? トマルさんたちも転移者でなく創造神ビワナにやられた」

「そう考えればいろいろしっくりくる。この宝探しの茶番劇さえ、仕組まれた罠だよ」


 最初からいろいろおかしかったからな、この依頼は。


「どうして調和神ラッカークさまはそんな罠に騙されてしまったのかな?」

「アイテムは本物だよ。あと、転移者もどっかにいると思うよ。それくらいは創造神ビワナも用意するだろう。あとは、転移者情報の改ざんと創造神ビワナ自身が、転移者として現地で振る舞えばトラップの完成だ」


 創造神に俺たちが敵うわけがない。俺TUEEEEなんて足元に及ばないほどにな。


「マズいね。調和神ラッカークさまに連絡をとって、この依頼をキャンセルしてもらわないと。それで早いところ、他の世界に転移しないと」


 そう言ってカトゥーは目蓋を閉じると、右手の人差指と中指をこめかみに当てる。


 しばらくすると、彼女が呆然とした顔でこちらを向く。


調和神ラッカークさまに連絡がとれない……」

「ははは、まあ、予想通りの展開っちゃ展開だな」

「どうしよう……」

「他の世界への転移は?」

「ホントは調和神ラッカークさまに指示を仰がなきゃいけないんだけど」

「緊急事態だろ?」

「うん」


 視界が回転する。そしてブラックアウト……しない。


「ダメ……転移魔法が使えない」


 そりゃそうだよな。俺たちを殲滅するのが目的なら、逃がすような事はしないだろう。


「他の従神とは連絡がとれるんだろ?」

「うん、とれる」

「じゃあ、とりあえず集まって作戦会議といこう」



**



 カトゥー経由で他の従神たちと連絡を取り、砂漠の近くの遺跡で待ち合わせをすることになった。


 だが、その遺跡へと向かう途中でリスタートが行われる。


「三組目がやられたか」

「そうみたいだね」


 創造神ビワナは俺たちの行動を見張っていて、一組ずつ攻撃するわけか。早いところみんなと合流しないとマズいな。


 けど、あれ? 俺たちの行動を見ているのなら、共闘さえ創造神ビワナの想定内じゃないのか?


「なあ、カトゥー。この世界に来ている従神は何人いるんだ?」

「うーん、二十五人かな。それぞれに、マキくんみたいな相棒バディを抱えているから全部で五十人。けど、三組消失しているから四十四人だね」


 戦力としては小隊規模か。


「他の転移者ハンターも俺と同じ能力を持っているのか? それ以外のユニークスキルとかないのか?」

「うん、基本はリスタートと短剣と従神だけだよ。まあ、他の人は戦闘慣れしてたり、魔法が使える人もいるけど、強力な致死魔法が使えたのはトマルさんくらいだし」


 一発逆転のユニークスキルさえあれば、なんとできたかもしれないのに。

 頼りになるのは従神のサポート魔法だけ。だが、それでは勝てない。


「モラルタは創造神ビワナに通用するのか?」


 カトゥーは少し考えるように俯く。そして、数秒後に顔を上げ、視線を合わせてこう答えた。


創造神ビワナはこの世界の由来のもの。っていうか、この世界そのものだからね。世界の異物ではないの。だから粒子化の効果はない」

「ははは……予想通りだな」


 思わず拳を握りしめる。危機的状況だ。カトゥーのサポート魔法も、出し惜しみしている場合じゃない。


「ね、マキくん。みんなで集まればもしかしたら打開策が出てくるかも知れないよ。ほら、三人寄れば文殊の知恵って言うじゃない」


 カトゥーの笑顔がこちらへ向く。俺を元気づけようとしているのだろうが、顔が引きつっているのがバレバレだ。


 まあ、結構な人数がいるので意見交換もできるし、それなりの作戦も立案できるだろう。


 だけどさ、それを創造神ビワナが放っておくとは思えない。


「カトゥー、使い魔の魔法ってまだ使えるよな」

「う、うん。もう魔力の補充も終わってるから使えるけど」

「それを非観測モードで合流地点を監視してくれ」

「いいけど、どうして?」

「俺たちは最後に合流する。あと、マッピングと探知魔法とテイムと透明化のカードを出してくれ。この状態でケチってる場合じゃねえ!」

「わかった。で、どうするの?」

「とりあえず街に戻ろう」



**



 まずは探知魔法を使い、アイテムのヒントとなる鉄板を探す。


 この探知魔法は、使用者が望むものがどこにあるかを探してくれる。正確な位置や、捜し物がどのような形でそこにあるのかがわかるのだ。地中に埋まっている場合も、その周囲を正確にスキャンして、物体ごと表示してくれる。


「見つかったよ。全部で百箇所だね」


 カトゥーから送られてくる映像を、一個一個解析していく。目の前にはマッピングのカードを利用して作られた地図がある。それらを利用して、ヒントとヒントを線で結び最終的なヒントの鉄板を導き出す。


 そうして地道な作業の結果、アイテムの示す場所を見つける。


 この地道な作業をしている場所は、とある洞窟。近くの街の宿屋に入って、そこで透明化の魔法を使って秘密裏に抜け出し、ここへと来たのだ。これならば創造神ビワナも把握できないだろう。


 そもそも創造神ビワナが俺たちの場所を視覚以外で見つけられるのなら、とっくに俺たちは全滅させられている。


 神とはいえ、その能力は万能ではない。三組の仲間を倒した時のような、ご都合主義的な能力でさえ見えてなければ使えない。


「マキくん。そろそろみんな集まったみたいだよ」


 目の前の地図から頭の中の映像へと、視界を切り替えた。使い魔の映像からは遺跡に人が集まっているのが見える。もう、あれからまる一日は経っていた。


「今集まってるのは……えーと、四十四人だね。そろそろじゃない?」

「ああ、予想通り四十四・・・人集まってるな。じゃあ行くか」


 俺は予めテイムの魔法で捕まえておいた翼竜の背に乗り、目的地を目指す。


「行っけえええ!!」


 もの凄い勢いで飛び出していく翼竜。テイムの魔法で手懐けてあるので俺たちの思い通りに飛んでくれる。しかも、まだ透明化の魔法は終了させていないので、翼竜は単体で飛んでいるように見えるだろう。


 目的地に近づく。


「飛び降りるぞ」


 創造神ビワナに気付かれないためにも、竜をそこに降り立たせてはいけない。


 なぜなら、今あの神がいるのは合流地点である砂漠の近くの遺跡だ。推測では、創造神ビワナは三組目に消えた従神に化けてあそこにいるだろう。全員が揃ったところで、神の力で殲滅するのだ。


 そもそも、三組目の従神とハンターの情報が曖昧になって消されている。誰がいなくなったか俺たちには認識できない状態だ


 本来ならば俺たちは四十二人しかいないはずだ。けど、誰かに化けたことで四十四人となっている。もしかしたら、創造神ビワナが連れ込んだ転移者も協力しているのかもしれない。


 もちろん、誰かが入り込んでいると気付く者もいるだろう。だが、それも創造神ビワナの作戦のうちだ。


 お互いに疑心暗鬼になれば、それはそれで神にとって有利な状態を作れるのだから。


 俺が創造神ビワナだったら、そうしてるからな。それが一番手っ取り早い。


 今思えば、最初に調和神ラッカークが転移者ハンター同志を一箇所に集めて顔合わせを行おうとしたが、その指示すら改ざんされていたのかもしれない。


 カトゥーのポカで俺らがすっぽかさなければ、その場で一網打尽にやられていたのだろう。


 このことも創造神ビワナが俺たちの位置を把握できていない証拠となる。


「ちょっと座標がズレそうだよ」

「まあ、多少のズレは構わないよ」


 目の前には地面が迫る。このまま落ちれば命はない。


「【cushion】!」


 カトゥーが衝撃を緩和するカードを発動させる。


 地面から数メートルのところで、身体がふわりと浮いて速度が落ちる。それはまるで、下に大きな空気の布団でも置いてあったような感じだ。


 俺たちが落下したのは、目的の地点から五メートルほどズレた場所。


 急いで目的の地面にたどり着き、そこを用意したスコップで掘る。早くしないと創造神ビワナに気付かれる。


 ガツンと何か硬い物がスコップの先にあたり、そこから手で丁寧に掘り出すと、中から出てきたのは金属製のペンダントだ。菱形の台に丸いみどりの宝石と涙滴型の青い宝石が二つ、三角の形に並んでいる。


 見覚えのある形。だが、俺の持っているものとは宝石の色が微妙に違う。


「カトゥー。これ、本物だよな」

「うん、調和神ラッカークさまから送られたデータと同じだよ」

「けど、改ざんされてたら」

「それは大丈夫。罠に使う餌を偽者にしたら、さすがの調和神ラッカークさまも気付くでしょ?」

「そうだな」


 俺はそのペンダントを手に持つと、青い宝石の部分に魔力を込めるように人差し指と中指を添え、それを天に掲げて願い事を言う。


「俺の願いは、この世界の創造神ビワナを消し去ることだ!」


 モラルタは効かない。なぜなら、創造神ビワナはこの世界そのものだから。


 ならば、この世界にしか通用しない願いでも、創造神ビワナの消去は、この世界の願いに該当する。


 諸刃の剣。


 本来、強力な餌であるはずのチートアイテムが、創造神ビワナ自らを消滅させる危険性を持っていたのだ。そうでなければ調和神ラッカークは騙せないからな。


 むろん、そんなことに気付かない創造神ビワナではないはずだ。そんな危険を冒してまで、あえて俺たちを葬ろうとしたのは何か理由があるのだろうか?


 世界は静寂を保つ。創造神ビワナが消えても、この世界は消えない。創造神ビワナは管理者ではないのだから。


「なあ、カトゥー。なんで創造神ビワナは、俺たちを殺そうとしたんだろうな?」


 カトゥーの顔が固まっている。俺の質問も聞いてなかったのだろうか。


「ねぇ、マキくん。どうしてそれの使い方を知ってたの? だって、本来の依頼は転移者からこれを守るだけで、回収して終わりだったんだよ。使い方なんて誰も知らなくても問題はなかった。なのに、マキくん。誰も知らないそのアイテムの発動の仕方をどうやって知ったの?」

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