第36話 龍の球と転移者の願い(3)

「違うの、マキくん」


 言い訳のように必死で否定するカトゥー。それを嘲笑うかのようにカネアという女性が間に入る。


「おや、キミたちは単なる上下関係じゃなかったのかな? 調和神ラッカークさまの駒と、その管理者だろ? 気なんか遣う必要はないんじゃないか?」


 冷たい言葉が心に刺さる。否定はできない。カトゥーは女神の従神であり、俺は単なる駒だ。


「カネアさんもキツいなぁ。そんなことより、宝探しを再開しましょうよ。まだ目的の場所っぽい、遺跡も石碑も見つからないんですから」


 まるで助け船を出すかのようにシマハという男がそう彼女に提案する。見た目ほど嫌な奴でもなさそうだな。


「ああ、そうだな。調和神ラッカークさまの依頼が最優先だった」


 カネアという女性は俺たちの進むべき道とクロスするように、そのまま歩き出す。


「じゃあね、ミクリー。またどこかで出会えたら」


 爽やかな笑顔のまま、シマハという男も去って行った。


 残されたのは俺たちだけ。そして、気まずい空気が二人の間に流れる。


 お互いに顔を合わせず、どちらかが何か喋るのではないかと待っていた。


 いつもだったら、お互いに言いたいことを言って、それでムカついたとしても、わだかまりなんて残らなかった。なのに……。


 二人の関係も当初からは変わりつつあった。俺の記憶が回復されれば、さらに変化するだろう。その時俺は、カトゥーに対してどういう感情を抱くのか予想もつかない。


 けど、現状で大人にならなければいけないのは俺かな。


「なぁ、カトゥー。前にも言ったけど、俺は自分の記憶を取り戻すために調和神ラッカークの仕事を受けている。記憶の修復をしてもらうのは、報酬として納得している。だからさ、おまえは何も喋らなくていいよ」


 カトゥーが何か言いたげに口を開こうとして何も言えず、そのまま俯いてしまう。


「……」

「無理すんな。おまえには守秘義務があるんだろ? いいよ、話さなくても」


 俺は強がっているわけではない。カトゥーに気を遣っているわけでもない。


 もしかしたら、頭のどこかで、記憶なんて戻らなければいいんじゃないかって、考え始めているのかもしれない。


 最初はとても愛おしかったアリシアという少女。けど、記憶の断片からは、未だに彼女と一緒に居たという実感が湧かない。まるで他人の物語を見せられているような感じだ。


 記憶の中の俺は、アリシアに惚れていたのかもしれない。けど、今の俺には彼女はただの映像の中の少女に過ぎなかった。


 そもそも、一つ前の記憶の修復では、とんでもないもの見せられたからな。アレとアリシアがどう繋がるっていうんだよ!


「俺たちも行こうぜ。なんか、あいつらに先越されるのはムカつくからさ」


 日常に戻ろうと軽口を叩く。


「うふふ。シマハさんの場合、先なんか越された日には、あのカネアさんに大目玉食らうんだよね」

「いい気味じゃないか」

「助けてもらったでしょ? 恩はないの?」

「助けてくれなんて、頼んじゃいねーよ!」

「そうだけどさ……」


 俺は俺らしく振る舞うべきだ。たとえそれが、偽りの自分だったとしても。


「俺らが先に見つけなくても、他の奴が見つけるかもしれんぞ」

「そうだね。まあ、のんびり行こうよ」

「ああ」


 歩き始めようとしたところで、何か地面に光るものを見つける。といっても、見た感じ、何かあるようには思えない。


「どうしたの? マキくん」

「なんか、地面に光ってるものを見つけたんだけど……」


 俺は前方の地面を指さす。


「どこ? 目印になるような石碑とか、ここらへんはないでしょ?」


 カトゥーが中腰になって、前方の地面を注視する。


「地面になんか埋まってるんじゃないか?」

「目印もなしに? それ、目的のものだとしたらすごく不親切だよね」


 そこで俺は気付く。その意味に。


「さっきのあいつらも、何かの情報を得て『まっすぐ歩いてきた』んだよな? 俺たちみたいに」

「たぶんね」

「じゃあ、俺たちと、そいつらの歩いてきたラインが交わる部分に何かあるって考えた方がいいんじゃないか?」


 俺は、少し早足になり、その交わったと思われる地面を凝視する。


 草原なので、これといって不自然な部分もなく、何か新しく埋めたという痕跡もない。だが、僅かに光るものが、草の根元の土の部分から見えた。


「これか?」


 俺は、その表面の草を引っこ抜き、土を少しだけ掘る。すると、中から金属版のようなものが出てきた。


「わ、すごい。わたし、初めてマキくんに関心したよ」

「初めてなのかよ! 今までに「すごい」って発言したことなかったっけ?」

「あー、どうかな? 忘れちゃったよ」


 俺は覚えてるけどな。まあ、そんなことはどうでもいいか。


 金属版を取り出すと、表面の土汚れをはたいて取る。すると、文字のようなものが見えてきた。


「なんか書いてあるな」

「これが、第二ヒントかな?」


 カトゥーが金属版を横から覗き込む。


「えーと、ロムスカマスオケンシンドズルセンベエシロウ。これらに共通する数字は?」

「なに、その呪文?」

「さあ、なんだろうな? 続きを読むぞ。タリウスの遺跡にある、円形に並んだ石碑。昴から始まり、時計回りに答えた分の石碑を数えよ。その石碑の方角に真っ直ぐ進んだところに希望はある」


 そこで俺は答えを思いついてしまった。なるほど、人の名前として見て、区切っていけばいいのだな。と、同時に作成者の偏った性癖に目眩がしてきた。


「またタリウスの遺跡に戻るの?」


 文字の羅列を見ているうちに倦怠感と頭痛が襲ってくる。ふざけすぎてるな、この問題文は。


「なあ、カトゥー。仕事サボってもいいか?」

「ダメだよ。一回受けた仕事は、やる気なくてもやらなきゃ」


 カトゥーらしからぬ言葉だな。それとも「一回受けた仕事は、やる気がなくてもやっているフリをしなきゃダメ」という意味なのか?


「まあ、いいや。答えわかったから、遺跡に戻るぞ」

「どうしたの? マキくん?」


 カトゥーが俺の、なんともいえない複雑かつ呆れた表情に気付いたのか、俺の顔を覗き込むように問いかける。


「今までは創造神ビワナなんて、どうでもいいって思ってたけど、さすがにこれはないわ」

「なんで?」


 カトゥーが首を傾げる。そうだな、カトゥーには、俺のこの知識がないのだから異常かどうかもわからないのだろう。


「この宝探しの茶番はなんだよ。悪ふざけもいい加減にしろってんだ!」

「まあ、たまに変な創造神ビワナもいるからね。気にしてたらキリがないよ」



**



 石碑に戻って、今度は違う石碑から示された方角へと歩いて行く。


 だが、数分歩いたところで強制的に俺はブラックアウトした。


 気付くと、最初に石碑が示された方角を歩いていて、前方にはカネアという従神とシマハという転移者ハンターがいた。


 これは時間が戻ったのか?


「リスタートがかかったみたい」


 カトゥーがぽつりと呟いたので、俺は確認のために質問する。


「ということは、転移者ハンターの一人が意図的に使ったのか?」

「そうだと思うけど……」


 前方には見知った二人組。


 シマハが再び爽やかな笑顔を向けてこちらに挨拶をしてくる。


「やあ、また会えるとは運命的なものを感じるね」


 カトゥーへのその親しげな視線に、俺はなんだかムカついてくる。


「あははは、また会えたんじゃなくて、同じ事を繰り返してるだけなんだけどね」


 カトゥーが苦笑する。


「トマルとサキムラがやられたっぽいな」


 カネアさんの顔をしかめたようにそう呟く。それを聞いたシマハが驚いたように「マジっすか?」と声を上げる。


「トマルとサキナガって誰?」

「同業者だよ。サキナガさんが従神の一人。トマルさんがマキくんの言うところの転移者ハンター。腕はかなり立つよ。レベルだけならカンストしてるって話だけど」

「そんなつえー奴が、なんでリスタートかけたんだ?」


 俺のそのなにげない質問に、カネアの鋭い視線がこちらに向く。


「マエダシュンにやられたんだよ」


 それは、何か恨み節のようでもあった。


「けどまあ、三度までリスタートできるんだろ? そんなたいしたことじゃないじゃん」


 俺はあくまでもカトゥーと話す。このカネアという人物とは親しいわけではないし、なにより苦手であった。


「ミミク、話してないのか?!」


 カネアにジロリと睨まれる。なぜ、カトゥーではなく俺を睨むかな?


「あ、うん、忘れてた。あのね、マキくん。本来なら三度までリスタートできるんだけど、調和神ラッカークさまがこの世界に何人もの同業者を送り込んだせいで、一組につきリスタートは一度きり。しかも死んだらこの世界から退場となるの」

「その死というのは、絶対的な死か?」

「ううん、この世界にはいられなくなるだけ。だから、大した事じゃないでしょ?」


 まあ、今回はそこまで依頼の完遂にこだわってない。大した事でないと思うのは同感だ。が、カネアって従神に睨まれているのがなんとも居心地が悪い。


「今回の依頼、トマルとサキナガに先を越されたのなら仕方がないと諦めていただろう」


 カネアが静かに語る。


「だったら、あんたたちは、そいつが先に退場してくれてありがたいんじゃないのか?」


 俺は思わずその言葉に反応してしまった。


「おまえは状況を分かっていないようだな」

「どういうことだよ」

「トマルは戦闘に特化したスキルを持っている。奴が一番初めに退場させられるってことは、それだけ強敵ってことだ」


 まあ、それでも誰かがそのうち倒すだろう、と俺は楽観的に考える。


「そうか。頑張ってくれよ」


 俺は関心が無いフリをして、そのまま元来た道を歩いて戻る。二枚目の鉄板のヒントはすでに見ているからな。あそこに戻らないことには新たな道がわからない。


「なあ、キミ。マキくんだっけ? ボクたちと手を組まないか?」


 優男の同業者にそう問いかけられる。こいつはたしか、シマハといったっけ。


「なぜ手を組む必要がある? 報酬をもらえるのは仕事を完遂した奴だけだろ? 協力したからってビタ一文にもなりゃしないぞ」

「ほら、全員退場しちゃったら、この世界が滅びちゃうじゃないか。そんなことにならないためにもね。なあ、悪い条件じゃないと思うよ」


 そうなったら調和神ラッカークは、さらに人員を投入するだろう。そんなこと、あの女神のもとで仕事をしていればわかりそうなもの。


 ……いや、こいつはそうやって人を丸め込んで協力させようってタイプか。わりと飄々と行動するようなタイプに見えるのに、なぜか今は必死になっているようにも窺えた。


「いやだね」

「なんでだ? 敵は強い。協力すれば勝率は上がるよ」

「それで? どうせおまえらの手柄になるんだろ? 利用されるのはまっぴらごめんだね」

「そもそも、なぜ勝ちにこだわる。今回は、別に負けても大したペナルティーがあるわけじゃない」


 俺のその言葉にシマハの唇同士が微かに離れ、すぐに閉じた。まるで、何かを知っていてそれを言おうか迷っているかのように。


「そうか、残念だよ」


 彼は笑ってそれ以上のことは言わなかった。けど、


「シマハ! 協力で手抜きしようなんて思わないで、転移者を倒せる方法を考えな!」


 カネアの厳しい言葉がシマハにかけられる。彼女もまた、何か焦っているようにも感じる。


 シマハは涼しい顔をして手を挙げ、カトゥーに向かって微笑みかける。そして「またどこかで会いましょう」、そう言って再び別れることになる。


 カネアは俺たちを無視する、というより何か頭の中で策を練っているようで、それどころじゃないのだろう。


 彼らの背中を見送ると、俺はカトゥーに向き直る。ずっと抱いていた違和感。それの元凶は目の前の彼女だろう。


「なあ、カトゥー」

「何? マキくん」

「おまえ、まだ隠し事しているだろ?」

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