第35話 龍の球と転移者の願い(2)
焦る必要は無いので、情報収集はゆっくりじっくりと行うことにした。人が集まる場所なんかは、他のハンターたちが話を聞いて回ったと思う。
だから、人が余り寄りつかなさそうな場所、変わり者と呼ばれる者たちを重点的に調べることにした。
そこでたどり着いたのが、石材所だ。子供達の間では「ナゾナゾ爺」と呼ばれている職人がいるらしい。
異世界で「ナゾナゾかよ!」と話を聞いたときはバカにしていたが、よく考えてみれば、どの時代でもありそうなお遊びだ。神話でスフィンクスが通りかかる人間に『ナゾナゾ』を問いかけたという話もある。
「空振りでも構わないよな?」
カトゥーに問いかける。こういう細かい情報を潰していくのが、後から来た俺たちができる唯一のことだ。有力な情報は、すでに他の奴らが動いているから、
「まあ、いちおう、探す素振りを見せておかないと経費はでないからね。悪くはないと思うよ」
現実的なカトゥーの返答。
「失礼。話を聞きたいんだが、少しいいか?」
小屋の中で石碑に文字を彫っている六十代くらいの爺さんに声をかける。
「なんじゃい? 墓石の依頼なら一ヶ月先まで無理じゃぞ。他を当たるがいい」
「いや、依頼じゃなくて、ちょっと聞きたいことがあるんだよ。ナゾナゾ爺」
爺さんの手が止まり、訝しげにこちらに視線を向ける、
「その名をどこで?」
「そこらへんのガキに聞けば、すぐに教えてくれるだろ? あんた子供に好かれているんだな」
爺さんはこちらを無視するように再び仕事を始める。
「あの、お爺さん。教えて欲しいことがあるんです」
今度はカトゥーが話しかけた。
「なんじゃい? 鬱陶しいな」
「お時間を取らせてしまうので、そのお代は払います」
「金なら間に合ってるよ」
一蹴された。まあ、そこまでこの爺さんに拘らなくてもいいかなと、諦めかけたその時、七、八才くらいの男子の二人組が現れて爺さんのところに駆け寄っていく。
「ナゾナゾ爺、面白いもの見つけたんだよ」
「そうそう、謎過ぎて、全然解読できないよ」
子供達の問いかけに、爺さんの口元が少し緩んだ気がした。
「しかたねえなぁ。おまえら、ちっとは自分の頭で考えろや」
「えー、だって、これは難易度高いよ」
「うん、問題文が読めないんじゃ、解きようがないって」
子供達が爺さんに渡したのは、鉄の板。それになにやら文字が書かれている。しかも、その文字を俺は読むことができた。
「なんじゃ、この文字は。見たことない文字やのう。東方のジパネスクに似た文字があったが、ちと違うか」
俺は爺さんに近寄り、その鉄板の文字を見る。
「私の戦闘力を一万で割れ、その数は何番目の素数だ?」
それは日本語で書かれてあった。この世界にはない文字だ。そして、その板きれの端に、落書きのような宇宙人の絵が描かれている。
フリー○かよ!
心の中で、その落書きにツッコミを入れてしまう。
俺たちが呼ばれなければ、マエダシュンという転移者が、願いを叶えるアイテムを見つけられるように仕組まれていたのだ。
けど、この異世界を担当した
「お主、読めるのか?」
爺さんが驚いたように目をまん丸くしている。
「ああ、知っている言語だからな」
その知識が、転移前の世界のものなのか。それともどこかで得た知識なのかはわからない。
「ねぇ? 書いてあるのはそれだけ?」
男の子の一人がキラキラした目で俺を見上げていた。マズいな、ナゾナゾ爺のお株を奪ってしまいそうだ。
とはいえ、こちらは任務が優先。そんなことは構っていられない。
「えっと、続きは……タリウスの遺跡にある環状に並んだ石碑。未来から始まり、時計回りに答えた分の石碑を数えよ。その石碑の方角に真っ直ぐ進んだところに希望はある」
なんだこれ? 後半が意味不明だな。
「タリウスの遺跡じゃと?!」
爺さんが驚いたように立ち上がる。
「知っているのか?」
「ああ、職人の間では有名だ。あの石碑は古代の超文明によって作られたのではないかってな」
「そんなに凄いのか?」
「見りゃわかる。石碑には滑らかな曲線がいくつも掘られているのだぞ。あんな精密なものは今の時代では誰にも彫れん」
すぐに、爺さんに案内してもらい(もちろん、案内してくれるお礼としていくらかの銀貨を払った)タリウス遺跡へと到着する。
爺さんの石材所から、歩いて一時間もかからない場所だった。
そこは草原のど真ん中にあり、縦一メートル、横幅五十センチ、奥行き十センチほどの石碑が環状に並んでいた。いわゆるストーンサークル。そして、その石碑の数は五十二。
「どっから数えるのかな?」
カトゥーが石碑全体を見回しながらそう呟いた。
「ね、ナゾナゾ爺。わかる?」
街の男の子たちも付いてきていた。そりゃそうだわな。これくらいの年なら好奇心は旺盛なんだから。
「む……わからん。石碑には絵しか描いてないようじゃからな」
爺さんはうーんと呻りながら頭を抱えている。そりゃ、わからないだろう。
「ね、マキくん。わかった?」
カトゥーの問いかけに、俺は苦々しく笑いながら、どう答えようか迷っていた。
石碑は五十二。その一つ一つに絵が描かれている。だが、その絵が問題だ。
なぜなら、俺の知識ですぐに理解できるほどの絵だからだ。
「たぶん、『未来』はこれだ」
俺は、『明るくまっすぐな少女』の描かれた絵の前に立つ。左斜め横辺りをシュシュで縛っていた。
このキャラクターの正体を知っているだけに、だんだん笑顔が引きつっていくな。
「へー、なんでわかったの?」
「ここから時計回りに十六番目だな」
カトゥーの問いかけには無視して、左回りに石碑に沿って歩いて行く。そして、十六番目の石碑の前に到着。見上げると、ポニーテールで結び目にリボンをつけた少女の姿が描かれていた。
「ここが板きれに書かれてあった場所? ね、マキくん。どうしたの?」
石碑を五十二個すべて確認したかったが、ここまで歩いて見てきた十六個でも十分のような気がした。
単純な線画なので、もしかしたら違うキャラなのかもしれない。が、五十二という数字と、未来という名前は、これ以外にはあり得ないだろう。あまりにもマニアック過ぎて俺の口からは説明できない。っていうか、どうやってこの異世界の人間に説明しろっていうんだよ!
「ここから、この方向にまっすぐ歩いていくんだよな」
爺さんに確認する。
「お主は、どうやって謎を解いたんだ?」
「それは……」
言えるわけがない。ゲームアプリがヒントだったと、この世界の人間にどうやって説明すればいいんだよ。しかも通称ミリ○タと呼ばれるアイドルものだぜ……。
「ただの勘だよ」
俺のそのヤケになった答えに、子供達からブーイングが起きる。
「えー、結局は勘なのかよ!」
「それなら、オレたちにだってできらぁ」
「そうだよな。だったらナゾナゾ爺の方が、ちゃんと答えを説明してくれるもんな」
「そうそう。この兄ちゃん、使えないなぁ」
散々である。
「解散だ。俺は俺の勘で行動する。付いてきたけりゃ付いてくればいい」
わざと突き放す。
「付いて行くわけねーだろ」
「そうだよ。バーカ!」
子供達は走り去って行った。そして、残ったのは爺さんだけ。
「お主、本当は説明できるんじゃないのか?」
「できねーよ」
思わず本音がこぼれる。
「まあ、よい。じゃが、礼を言おう」
「礼? 俺は何もやっちゃいないだろ?」
「わしの『ナゾナゾ爺』としての権威を守ってくれたのじゃろ? 感謝する」
まあ、結果的にそうなっただけで、爺さんに気を遣ったわけではない。
「感謝しなくていいよ。あの鉄板の文章は、この世界に存在しない文字で書かれていて、そのヒントでさえ、この世界を無視したものだ。いくら天才でも、そんなものは解けやしない」
爺さんとはその場で別れて、俺たちは石碑の示す方向へと歩いて行く。
「真っ直ぐといっても、どれくらい歩くんだろうな?」
「そうだねぇ。草原がなくなるまでかなぁ」
「地平線が見えるんだけど」
「砂漠よりマシだと思うよ。それとも魔法使う?」
「いや、いい。もったいないだろうが」
ここに到着したばかりの時のように、砂漠でないだけマシだ。気温はちょうどいいくらいである。時折、駆け抜けていく風が心地良くもあった。
「ヒントはあれだけだったし……この分だとお使いクエストみたいに、次のヒントがこの先に落ちているんだろうな」
俺は半ばウンザリしながらため息を吐く。
「あー、それ、面倒だね」
「単なる時間稼ぎか、それを探す者を見下ろしながらあざ笑いたいのか」
「
創造神なのにそれはマズいだろとも思ったが、だからこそ俺たち転移者ハンターが活躍するような状況になっているんだろうな。
「おまえは
「ん? ないよ。わたしたちは基本的に
「そうなのか?
「
カトゥーの表情が一瞬曇る。何か嫌な事を思い出したのだろうか?
それからは無言で歩いて行く。
十分くらいその状態で進んだとき、左前方から二人組の人間が歩いてくるのが見えた。
「あれ? シマハさん」
カトゥーが声を上げると、二人組のうちの一人である男が手を挙げて「やあ」と爽やかに応えた。茶髪でフワフワしたパーマをあてている。瞳はブラウン、顔立ちはアジア系だ。俺が言うのも癪だがイケメンではあった。年は俺と同じくらいか。
「知り合いか?」
「うん、あの人たちも
じわりと、俺の掌に汗が滲む。というのも、爽やかな笑顔の男の隣にいる女性にぞぞっとするような視線を感じたのだ。
「カネアさんもお久しぶりです」
カトゥーに視線を合わせたことで、女性の目元が少し和らぐ。いや、和らいだのではない
「ああ、ミミク。本当に久しぶりだな」
カトゥーに対して変な呼び方をするんだな、この人は。普通はミクリーで、略してもミクだろ?
そして、そんなことを考えていた俺に再び鋭い視線を浴びせるその女性。セミロングの黒髪をやや薄いブラウンに染めたような髪。切れ長の鋭い目に嘲笑うような唇。さらに黒の中折れハットを被っていた。
雰囲気的に男っぽさを感じるが、ノースリーブのブラウスやミニスカートは女性ならではの着こなしをしている。
「キミがミミクの
「あっ、カネアさん、そのことは」
「何か問題か? 彼には、この言葉の意味すらわからないよ」
特異点? なんだよそれは?
思わずカトゥーに疑惑の視線を向けてしまう。
おまえは何を知っているんだ?
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