第三章 【優しくて残酷な異世界】

第34話 龍の球と転移者の願い(1)

▼Fragment Cinema Start


 スクリーンに映し出されるのは国民的なアニメ。いや、世界的に有名となりつつあるものだ。主人公は、最遊記に出てくる猿をモチーフにしたもので、原作は天才漫画家が描いたコミックである。


 物語の内容は、七つのアイテムを揃えると願いが叶うというものだった。


「キッズ向け映画かよ!」


 ツッコミを禁じ得ない。


 こんなものが俺の記憶とどう関係しているというんだ? ふざけてんのか? 調和神ラッカークは。


 映像は物語のクライマックスである、願いを叶える神なる龍を呼び出すところに差し掛かった。


「さあ、願いを言いたまえ。どんな願いであろうと、一つだけ叶えてやる」


 空に浮かんだ龍がそう告げると、主人公である宇宙人が……あれ? 主人公? おいおい、いつの間に実写になってるんだよ。


 二次元の主人公である宇宙人ではなく、三次元の若い男の後ろ姿が映し出された。


「俺が願うのは、この世界の破壊だ!」


 その声は、記憶の欠片の中でずっと聞いていた覚えのある声。


 つまり、俺の声だった。




「空が青いな」


 最近は転移しても頭痛がしたり乗り物酔いのような症状が出ることはなかった。


 のんびりと空を見上げる余裕さえある。


「あー、青いよねぇ」


 カトゥーの呑気な声も隣から聞こえてくる。


「ときにカトゥー。ここはどこだ?」

「どこって……いやだなぁ、マキくん。次の異世界に決まってるじゃない」


 どこか誤魔化すような口ぶりのカトゥー。


「次の世界はわかってる。街はどっちだ? 街道がないから、わからないんだけどさ」


 俺はぐるりと辺りを見回して、わざとらしくそう言った。


「んー、そうだね。道がなかったね」

「おまえ、また時間軸、間違えたなんてオチじゃねえよな?」

「時間軸は、そうそう間違えないよ。あんな間違え方は百回に一回くらいだし」

「じゃあ、街へ行こうか? どっちだ?」

「んー、どっちだろうね?」


 カトゥーの若干焦った苦笑いがこちらに向く。


「ぅおおおい!!」


 カトゥーのおでこに軽くデコピンした。あくまでも軽くだ。ケガをさせるようなことはやっちゃいない。なのに、彼女は不満げな顔をこちらに向ける。


「わぁ! DVだ。そういうのいけないんだよ!」


 こいつ、今まではそういうこと言わなかったクセに、誤魔化そうとしてるな。


「DVのDは『Domestic』の意味でいいのか? 俺らってそんな親密な関係だったのか?」


 捲し立てた俺の言葉に、カトゥーは目を逸らす。


「そ、それは……親密な上下関係だったよ!」

「ほぉー? 俺は確か部下だったよな。立場的にはおまえの方が上だよな? そうやって、大して被害も受けていないことを大げさに言うのって、パワハラじゃないのか?」

「マキくんが悪いんじゃない」

「俺のせいにするんですか、カトゥーさま」

「えー、なに今さら遜ってるの? 今まで散々……って、エネルギーの無駄だね」


 クールタイムに入る。夕方とはいえ、まだ気温も高い。熱せられた空気の中は、立っているだけでもエネルギーを奪っていく。


「そうだな。ところで、今の状態は危機的状況じゃないよな? 転移し直すなら早くした方がいい」

「危険はないよ。ただ、座標がズレすぎただけだから。それに時間軸間違えない限りは、転移のやり直しなんて認められてないんだから」


 カトゥーはのんびりとそう答える。でもそれは、状況から目を逸らしているだけのこと。


 俺は決定的な質問をする。


「ここはどこだ?」

「砂漠の真ん中かな?」



**



 九死に一生を得たのは、転移した時間が夕方であったということ。ターゲットがいる街の方角がわかっていたこと。そして、その街が砂漠に隣接していたということだ。


 さらに夜の比較的涼しい、というより寒い時間を五時間ほど歩くことで干からびることなく、無事に街に到着することができたのである。


 今度の街は砂漠が近くにあるということもあって、古代の中東あたりの雰囲気。といっても、魔法文化があるので特殊な文化の成り立ちもしていた。建物なんかは独特の曲線を描いているのが特徴。


 今回の転移者の情報は、砂漠を歩いてきた最中にカトゥーから聞いている。


 ターゲットの名前はマエダシュン。


 そのチート能力は、創造神ビワナから贈られた攻撃力MAXの剣。つまり、この剣で切れないものはないという。


 防御力MAXの盾を切らせたらどうなるかを試してみたいものだが、防御MAXの魔法カードはすでに使用済みなんだよな。


 カトゥーに言わせれば、防御MAXの盾の場合は、それを支える側の人間に攻撃のエネルギーを耐える力がないので、盾が無事でも防御側の人間がもたないそうだ。


 さて、こいつが何をやらかすのか?


 そのチート能力の暴走で、この惑星でも叩き切るのかと思っていたが、そこまでデタラメな能力はないらしい。


 この世界には、どんな願いでも叶うアイテムがあり、それを見つける可能性が高いのが転移者ということだ。


 マエダシュンは極度の人間嫌いで、この世界に来ても未だに誰とも口を聞いていない。ゆえに、目的のアイテムを見つけるのは俺たちよりは難易度が高いだろう。けど、圧倒的な強さもあり、いずれはたどり着いてしまう。


 そして転移者が願うのは、世界の滅亡。


 人間嫌い、ここに極まれり、といった感じか。


 そもそも転移者は、前の世界で絶望し身を投げたのである。


 だというのに、創造神ビワナの一人に捕まって無理矢理転移させられた。ある意味、同情を買う身の上。「滅ぼすべきは創造神ビワナじゃねえのかよ!」という案件であった。


「今回は楽そうだな」

「そうだね。先にアイテムを見つければ、戦わなくて済むからね」

「でも、アイテム回収したら転移者は放置でいいのか? 物騒な剣を持ってるんだろ?」

「それは大丈夫みたい。そもそも、数万の命を一瞬で奪えるほどの力でも無いし、惑星規模でダメージを与えることもないし、剣のチート能力を使ってこの地を支配する、とか思わないだろうし」

「楽勝すぎて、モラルタすら必要ない依頼だけどな」

「そうだよ。だから、今回は効率重視」

「効率重視?」

「うん。調和神ラッカークさまは、歩兵ポーン……つまりマキくんの言うところの『転移者ハンター』をもう何人か転移させたよ。大勢で探せば効率はいいでしょ?」

「ちょっと待て! 俺以外にも転移者ハンターがいるのか?」

「うーん……マキくんに質問なんだけど。どうして自分以外にも似たような人がいるって思わなかったの?」


 そうだな。考えてみればその通りだ。


 無限に存在するとも言われている異世界での厄介事を、俺一人が解決しているなんて、そりゃ効率が悪すぎる。


 組織がどうなっているかはわからないが、駒の数は多い方がいいに決まっているのだ。


「なるほど、理解したよ」

「いちおう他のみんなとは王都で待ち合わせしてたんだけど、大幅に遅刻かな」

「おまえのポカじゃねえか!」

「まあ、いいよ。単なる顔あわせだし、他の従神も転移者ハンターも知らなくても問題ないでしょ?」


 まったく動じないカトゥー。肝が据わってるのか、調和神ラッカークを信頼しきっているのか。


「今回みたいに転移者ハンター同士が集まることなんて稀なのか?」

「うん、そうだよ。だから、顔合わせってのも、あんまし意味はないかな」

「じゃあ、なんで待ち合わせなんてしたんだよ?」

「知らないよ。調和神ラッカークさまの指示なんだから」

「その指示をブッチしたカトゥーにお咎めはないんか?」

「……」


 カトゥーが一瞬だけ考え込むと、いつものような無表情な顔で「ないよ」とだけ答える。



**



 今後の方針として、しばらく街で情報収集することは決定していた。


 補給もあるし、アイテムの情報を集めるのに人が集まる場所に行くのは定石である。まあ、すでに転移者ハンターたちが集まっていたのであれば、集められる情報でとっくに他の者達が探し回っているだろうけどな。


「予想通りだな。出回っている情報は、現地の冒険者たちが探し回っている。それ以外の集められる情報は、他の転移者ハンターが動いている」


 街について酒場や冒険者組合など、情報が集まる場所に行ってみたものの、結果は芳しくない。


「まあ、そうだよねぇ。けど、お風呂入れただけいいんじゃないかな?」


 カトゥーにとっては、それが街へ行く最優先の目的だったようだが。


「今回の依頼って、ペナルティとかないよな?」

「ペナルティ? ああ、そうだね。今までみたいにマキくんだけに依頼されたわけじゃないからね。でも、大丈夫だよ。アイテムを探せなくても、大した罰はないから。ただ……」

「ただ?」


 カトゥーが言い淀む。なんだよ、もったいぶって。


「報酬はもらえないよ。マキくんの場合は記憶の欠片の修復か。それはあきらめてもらうしかないね」

「なんだ。それくらいか。まあ、依頼を完遂できないならしゃーないか」

「いいの?」


 カトゥーが歩きながら横目で俺をちらりと見る。俺に気を遣ってるのか?


「そんなに焦る必要は無いからな」

「じゃあ、今回の依頼はのんびりと――」

「カトゥー。おまえ、サボる気じゃないよな!?」


 気を遣っているのではないかと、少しでも思ってしまった俺がバカだった。基本的にカトゥーはこんなんである。


「えー? ひどいなぁ、せっかくマキくんに気を遣ったのに」

「遣ってねえだろうが」

「あ、バレた?」

「バレバレだっての」


 まったく、いつも通り調子は狂いっぱなしだ。ま、それが俺たちのいつもの日常なんだけどね。


「あれ? ミクリー?」


 背後から声がかかる。それは、たしかカトゥーのニックネーム。


「あ、チルミ」


 振り返るとこちらに視線を向ける二人組がいた。一人は紫色のショートヘアで、背が高くスタイルの良い少女。全体的にサバサバした感じの雰囲気が伝わる。身長は俺と同等か、少し上くらいかな。


 どうも、この子が声をかけたっぽい。笑顔でカトゥーに応えている。人懐っこい笑顔も印象的だ。


 そしてもう一人、胸の上あたりの長さのセミロングの黒髪で、それを大雑把に二つに縛っている女の子がいる。こちらは、背もカトゥーくらいで、おとなしそうに見える子だ。その子は軽く会釈するだけである。


「久しぶりだね、ミクリー。元気だった?」


 チルミという子が笑顔でこちらに近づいてくる。


「う、うん。普通だよ」

「いやー、会いたかったんだけどね。待ち合わせの場所に現れないから、バックレたかと思ったよ」

「まあ、遅刻しただけなんだけどね」


 カトゥーがめずらしく、圧倒されているかのように退き気味だ。しかも、微妙に会話が噛み合っていないような気がするが。


「えっと、そちらは?」


 と、俺が聞くと、チルミという子がさらに近づいてきて俺の肩に馴れ馴れしく手を置く。


「なに? こいつが今のミクリーの相棒バディ?」

「そうだよ。あ、マキくん。この人はね。わたしが前に担当していた人なの」


 俺に対し、焦ったようにチルミという子を紹介しようとするカトゥー。完全にこの子のペースに巻き込まれてるな。あのマイペースなカトゥーが他人にペースを乱されるなんて珍しい。


「チルミだよ。よろしくね。あ、キミもこの短剣持ってるんだ」


 そう言って俺の腰にあった短剣を強引に抜く。さらに自分の持っている剣と比べて「微妙に違うんだね」と関心していた。


「おいおい、人の剣を勝手に」

「ね、コラン。これって、こいつに刺したらどうなるの?」


 後ろにいる少女にチルミがそう聞く。


 物騒なことを聞くなぁ。


「ここはわたしたちの世界じゃないから、その剣の効果は有効だよ」

「へぇー、そうなんだ」


 無邪気な笑み。それだけに何をするか予測できなくて恐怖を感じる。


「返せよ!」


 ひったくるように、自分の短剣モラルタを取り戻す。


「まあまあ、ただのジョークだって。そんなムキになるなよぉ」

「チルミ。あまり、遊んでいる時間はありませんよ」


 コランという子がぴしゃりとそう言い切ると、チルミは「はいはい」と後頭部を掻きながら、くるりと背を向ける。


 そして、「じゃあね、ミクリー。また、どっかで会えるといいね」と言って去って行った。


「なんだ? あいつは?」


 俺の質問にカトゥーは、少し懐かしさを感じたように、はにかみながらこう言った。


「チルミはわたしの昔の相棒だよ」

「昔?」

「うん、訳があって、一緒に仕事ができなくなったの。それだけ」


 カトゥーはそう言って、その話題を終わらせようとした。俺もそれ以上は聞く気にはなれなかった。


 誰にだって話せないような過去はあるのだから。

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