第32話 復活の魔法とその末路(2)
魔王を倒したということで、ヤマダツバサは王から伝説の鎧一式をもらったらしく、それを四六時中、身につけていた。なので、街中で襲うのは難易度が高い。
かなり前に魅了スキルで人類総ハーレムにした男がいたが、その時のように現地人を装って贈り物をするフリをして仕掛けるという方法も考えたが、ヤマダツバサのパーティーは結束が固く、隙が無い。
試しに街で雇った男に贈り物をさせようとしたが、剣士と魔法使いに阻まれて近づくことすらできなかった。
ヤマダツバサはわりと警戒心の強い男だ。ハーレムも拡大するというわけでもなく、パーティーの三人以外の女性と積極的に絡もうとはしない。
これではカトゥーに変装させて、ハニートラップを仕掛ける作戦もできなかった。
「わたし、別に変装しなくても、すっぴんでハニトラくらいできると思うんだけど」
と、若干カトゥーは不満気味にこぼしていたのはどうでもいいが。
「そんなこといいから、早いとこ例のやつを転移者に張り付かせろ。
「……まあ、いいけどね」
使い回していた使い魔で、今度は転移者を監視する。
今は隙を覗うのが最善の策だ。
「依頼としてはわりと簡単な部類だから、魔法カードはあまり使わない方向でいきたいんだ」
「節約したいのはわかるけど、あんまり時間がないよ。明後日には彼がお世話になった偉い人が復活魔法で生き返るの。その人は王家の人だから、すぐに王宮魔術師たちによって魔法の解析が始まるよ」
この世界では、それだけ復活の魔法の存在が異質なのか。
「わかってるよ。だけど、ヤマダツバサが無防備になるのって、寝るときくらいだろ?」「忍び込んで寝込み襲う? 暗殺の定石でしょ?」
「定石だけど、俺、基本的に暗殺者じゃないし」
「まあね、マキくんの場合、卑劣な奇策士だもんね」
「卑劣いうなって!」
「どうするの?」
「風呂場で待ち伏せするとか?」
「ここ、中世風世界だから風呂はないよ。基本的に」
今までの異世界は風呂が普通にあっただけに、少しカルチャーショック。ということは、この世界に関して俺は、完全にアウェーなんだな。
「なんで? ここにはキリスト教はないんだろ?」
「似たような教えはあるみたい。裸体で浴槽に浸かることは肉欲に繋がるって」
「ということは、大昔はローマみたいな風呂があったってことだな」
「そう。でも今は無いから、近くの川で人知れず沐浴って選択肢しかないのがつらいよね」
そういやこいつ、風呂は入れないと機嫌悪くなるんだった。
「じゃあ、この世界の人間って汚いままか?」
「だから、女性は沐浴する人が多いよ。男性も汚れたら川に行くし」
そこでパッと頭に閃く卑劣な作戦。
「それいただき!」
「なんか思いついたの?」
「ヤマダツバサを裸にさせれば無防備になる。俺も楽に仕掛けられる」
ようは奴の武装を解除すればいい。そのためには裸にさせるのが手っ取り早いだろう。
「【strip】のカードはもう使っちゃったでしょ」
「いや、沐浴させればいい」
「男の人って、相当汚くならないと沐浴なんてしないでしょ」
「だから、相当汚れてもらうんだよ」
**
作戦は簡単だ。
貧困地区の子供を雇って糞尿を集めさせ、それをヤマダツバサ一行にぶっかけさせるだけだ。
そんな状態になれば彼らは家には戻らず、近くのサリヌ川へと行くだろう。身体を洗う姿を見られたくないとインプットされてる女性陣は、男とは離れた場所で沐浴するはずだ。
そして、ヤマダツバサはたった一人で無防備になる。
狙うならそこだ。
「相変わらず卑劣だね。いや、今回は下劣かな」
「どっちもあんまり良い言葉じゃないぞ」
「自覚はあるんでしょ?」
「まあな」
しばらくすると、頼んでおいた十才くらいの男児が報酬をもらうために俺らの元へとやってくる。
「兄ちゃん! 成功したよ」
「おお、よくやった。これは謝礼だ」
男児の掌に、俺の掌を重ね。チャリンと音がするまで振る。
「わぁー、こんなにもらっていいの?」
彼の掌には銀貨三枚載っていた。必要経費ってことで女神が算出したものだからな。俺の意志によるものじゃないが、感謝されるのは悪くない。
「ああ、大事に使えよ」
そう言うと、男児は嬉しそうに去って行った。
「ヤマダツバサさんは、街へ繋がる橋の近くだね。女性陣は人が来ない森の方に行ったみたい」
「ちょうどいいな。今がチャンスだ」
すぐに彼の居る場所まで移動し、川で衣類や防具を洗濯しながら水浴びをしているヤマダツバサに声をかける。
「どうしたんですか勇者さま? 勇者さま自らお洗濯なんて」
この街では彼の顔を知らない者はいない。何しろ世界を救った勇者なのだから。逆に、彼は街の人間を全て知っているわけではないのだ。だから、俺が声をかけたところで不審がられることはない。
「いや、近所の悪ガキの悪戯されてねぇ」
「世界を救った勇者さまに、罰当たりな奴ですね。仕方ない、同じ街の人間としてせめてあなたさまの洗濯を手伝わせて下さい」
そう言って彼に近づいていき、左手を延ばし「そこにあるのを洗いましょうか?」と申し出る。
「ああ、すまないな。女の子たちは川上に行ってしまったので、一人で苦労していたんだ」
そう言って、汚れた衣服(たぶん、鎧の下に着るインナー)をこちらへと渡そうとした。そこで俺は、受け取るフリをしつつ、右腕に隠し持っていたモラルタで脇腹をぶっ刺す。
「お、おまえ! 何者だ!」
モラルタで切った傷口はすぐに黒ずんでいく。もう助からない。
「ただの転移者バスターだよ」
「転移者バスター?」
「あ、それマキくんが今考えた名前だから、あまり深く考えない方がいいよ」
と、カトゥーが補足しつつ、のほほんと俺を皮肉る。
「あんたのチート能力は危険だから、封じるだけだよ」
「チート? 貴様も転移者か?」
「それはどうでもいいこと。あんたのチート能力である復活魔法は危険なんだよ」
「危険? 人を生き返らせることの何が危険なのだ?!」
「カトゥー、例の映像ってこいつの頭の中にも送れるか?」
魔法使いの一人が、観測されない状態でどうなるかの映像だ。
「送れるけど、この人ショック受けるだけだよ」
「せめてこの世界から居なくなる前に、自分の所業を知っておくのもいいだろ」
「いつもみたいに、終わったら即移動でいいのに……まあ、いいか」
カトゥーは不満げだ。
そして彼女が送った映像を見た男が、まるで信じられない者を見たかのように叫び出す。
「これはどういうことだ?! これは本当にシャノンなのか!?」
「あんたはガワだけを復活したからな。中身は空っぽなんだよ。魂がない。とにかく、生きている人間と同じであって同じじゃない」
「じゃ、じゃあ、シャノンだけじゃなく、アスカ、ノリカも同じなのか?」
「復活魔法を使えばそうなる」
「どうすれば元に戻るんだ?」
俺は、カトゥーの顔を見る。今回の件に一番詳しいのは彼女だ。もちろん、彼女がその答えを持っているとは思えなかったが。
「元には戻らないよ。人は死んだらそれでお終い。生き返る方がおかしいんだよ」
彼女はいつものように、感情のこもらない言葉でそう言った。
「そんな……」
彼は膝から崩れ落ちる。炭化が進んだのではなく、心の支えを失ったからだろう。
「安心しろ。あんたも、もうすぐ死ぬよ」
同情はしない。俺は最低のゲス野郎だからな。自嘲するだけだ。
「もういい?」
カトゥーが俺に転移を促す。
「ああ、ちょっと待て」
俺は倒れた男の額にモラルタを刺した。これで余計な事を考えずに逝けるだろう。せめてもの慈悲……いや、俺個人の心の問題だ。
そんな俺の行動を見透かしたカトゥーが、ぽつりと言う。
「自己満足だね」
「そうだな。俺は自分のやっていることを正当化するために、奴に真実を伝えただけだ」
「じゃあ、もう次へ行くね」
「もう少しいいか?」
「マキくん……どうしたの?」
またあの目だ。俺を憐れむような、カトゥーらしからぬ感情のこもった表情。
「もうすぐ、ここにあの三人が駆けつけてくる」
「そうだね。治癒魔法の子は勘が鋭い設定だから、ヤマダさんへの危険を察知したかも。だから、マキくん。すぐにこの場を離れた方がいいよ」
俺が殺したのだと判れば、彼女たちは攻撃してくるだろう。
だけど、俺は早足になるわけでもなく、男の残骸から離れる。必死で逃げるなんていう気力はなかった。
そして、その先にある森の中へ入っていくと、使い魔の流す映像をただ見続ける。
「少し様子を見させてくれ」
「覗き見? あの人が死んで、悲しむ女の子の姿を見たいの?」
「その悲しんで泣く女の子は人間なのか?」
「……」
カトゥーは答えない。無表情のまま、俺と同じく脳内に流れる映像を見ているのだろう。
「悲しみを表現するだけの自動人形と違うのか?」
「人形かどうか、それを判断するのは相手の人間だよ」
「その相手ももういないぞ。今は人通りもない。つまり観測されないわけだ。あいつらはどう行動するんだ?」
「周りに人がいれば、泣き叫ぶけど……」
「周りに生きてる人間がいなければ?」
「それは――」
その質問にカトゥーが答えかけたところで、三人の女の子が男の残骸にたどり着く。
「俺が思うに、彼女たちの行動は、男の元へ近づくまでルーティンワークだ。そこから先は、観測者が存在しないから動く必要もなくなる。つまりただの人形に成り下がるんだろ?」
俺が代わりに答えてやる。実際、たどり着いた彼女たちは男の残骸を見下ろしたまま、微動だにしなくなった。
「予想が当たって嬉しい?」
それを見たカトゥーの皮肉が込められた言葉。といっても、いつもの口調だ。
「嬉しくはねえよ。けど、あいつら、あのままでいいのか? 魔法が解析されることはないのか?」
「アレはもう魔法がかけられた後だから無理。本来、ヤマダさんの協力がないと解析できないの」
「じゃあ、放置していくか」
「あっ!」
カトゥーが小さく声を上げる。映像を確認すると、三人の少女の瞳から涙が溢れ始めた。
「まさか、心が戻ったというのか?」
「……ううん、違うよマキくん。あれは、観測者が現れたときのための準備だよ。目にゴミが入って、自動的に涙が流れてくるのと変わらない理屈。観測者が不自然に思わないように、泣いていたっていう状況を作り出そうとしてるだけ」
俺の足は無意識に彼女たちの場所へと向かっていた。そして、足音という外部からの刺激が入ったことで、彼女たちが声を上げる。
三人の嗚咽が聞こえてくる。少し前までただの人形だったというのに。
そして、俺が直接彼女たちを観測することになると、彼女たちは両手を顔に当てて泣き崩れていく。
「あれが魂のない人形だなんて、考えられないな」
「そうだね。けど、あそこに感情なんてものは存在しない。ただの現象なんだよ」
「現象?」
「そうでしょ? ただの自然現象だよ。彼女たちは風景の一部でしかないんだから」
たしかにそうだ。感情を動かされているのは俺たちだけなのだから。
「わかった。もういいよ。次の世界に行こう」
「うん、行くよ」
視界が暗転し、ブラックアウト。
その世界には三体の人形が残された。
そして、それは誰にも人形だと悟られないまま朽ちていく。
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