第31話 復活の魔法とその末路(1)

 そして目の前に広がるのは、見慣れたような風景。


「代わり映えしないな」


 賑やかな街並み。通行人の服装は中世に準拠というより、よくあるアニメやMMORPGに出てくるような小綺麗でカラフルな服装。


 馬車も通る道だというのに、道は馬糞まみれというわけでもなく、清潔な状態。実際、地面に転がり回って遊んでいる子供達もいる。


「まあ、魔法があるしね。マキくんが想像する中世とは全然違うよ」


 俺の心を読んだかのように、言い訳じみた世界観の補足をカトゥーがする。


 そりゃまあ、魔法というテクノロジーの影響は、魔法無しの文化とは違うってのは理解できるわけだが。


「で、今回の転移者さんは何をやらかすんだ」

「魔王との戦いで死んだ仲間を復活させたの」

「復活? 生き返らすってやつか?」

「うん、そうだよ」

「それの何が悪いんだ? 復活の魔法なら、よくある設定だろ?」

「ゲームの中ならね」

「ゲームじゃなくても、ここはファンタジー世界なんだろ?」

「ねえ、マキくん。ゲームじゃなくて、アニメでも小説でもいいよ。人を生き返らせる魔法を手軽に使える世界って、なんか安っぽく感じない?」


 カトゥーに劇的な表情の変化があったわけじゃない。むしろいつものやる気のない無表情だ。だが、その言葉には何か重みを感じてしまう。


「安っぽいっておまえ、そんなのいくらでもあるだろ?!」

「コメディとかなら、まあ許せるよ。けど、シリアスな世界でそれをやると途端にチープになるよね」

「シリアスでも、実は「生きてました!」ってのはよくあるって」

「それは最初から死んでないだけ。死んでるように勘違いさせただけでしょ」

「だから、それがどうしたんだよ?!」

「転移者のヤマダツバサさんは、仲間を生き返らせるだけじゃなくて、身内や恋人を亡くして悲しんでいる人を助けまくるの」


 良い奴じゃねえか。


「なあ、俺にはそれが悪い事のようには思えないんだが」

「彼の魔法は、魔導士達によって分析され、全世界へと普及されるわ。そして人類は死から解放される」

「めでたしめでたし……じゃないのか?」

「そうだね。けど、死という概念が軽視されるようになるよ。調和神ラッカークさまの未来視では、人々は死すら娯楽に組み込むようになるって」

「娯楽か……考えたくないが、それもこの世界の人間が選んだ道じゃないのか?」

「うん、まあね。でも、根本的な元凶はそこじゃないの」

「なんだよ。もったいぶるなよ」

「ついてきて、たぶん転移者のパーティーも近くにいると思うから、直接見た方が早いよ」


 そう言ってカトゥーは歩き出す。


 街は活気に溢れていた。魔王が倒されて世界が平和になったのだから、さぞかし輝かし未来を人々は夢見ているのだろう。


 通りを曲がったところから歓声が聞こえる。凱旋してきた英雄を讃えるような歓声。


 建物の影から、俺たちは前から歩いてくる集団を見る。


 十七、八才の黒髪の少年を先頭に、少年より少し背の高い筋肉質のお姉さまタイプの剣士。魔導師のフードを被って、生意気そうなツリ目が印象的な魔法使いの女の子。


 そして、すべてを受け入れてくれそうな優しげな眼差しを持った治癒士。


「あの治癒士が復活の魔法を使ったわけじゃないよな?」

「ううん、すべてヤマダツバサさんのチート能力だよ。彼女もまた、魔王との戦いで死亡したんだから」

「で? これを俺に見せてどうしようってんだ? どう見ても死んでいたなんて思えないほどだぞ」

「うん、そうだね。けど、あの剣士はヤマダツバサさんを庇って、全身に百本以上の矢を受けたの、顔なんてぐちゃぐちゃだったと思うよ。魔法使いの子はね、忍び寄ってきたエルダーリッチに首を刎ねられたよ。治癒士の子なんて、魔王の攻撃で生きたまま炎に包まれて焼かれたんだから」

「綺麗に死んで、そっから生き返ったってわけじゃないのか。けどまあ、復活の魔法ってそんなもんだろ?」

「そうだね。じゃあ、あの子の後を追うから、離れないで」


 転移者の一行から何かの用事の為に離れた魔法使いを尾行する。


 彼女は生意気そうな外見とは反対に、道行く人に笑顔で挨拶を返していく。


「わりといい子じゃないか」

「まあ、人は外見じゃないけどね」


 魔法使いは小汚い裏通りへと入ると、その先にある【レーミヤ】と看板が掲げられた古ぼけた建物へと入店する。


「あそこはたぶん、彼女の祖母が経営する魔導具屋なの」


 カトゥーはそう説明すると、胸元をまさぐり何か円形のドローンのようなものを取り出す。


「あれ? それって前に使った使い魔の魔法じゃないのか?」

「そうだよ」


 平然と彼女はそう言う。


「あれれ? 魔法って一回しか使えないんじゃないのか?」

「使えないよ。けど、この子はまだ一回目を終了してないからね」

「終了してない?」

「使い魔系の魔法カードは時間制限はないの。一度起動したら、術者が魔法を終えるまでそこにありつづけるんだよ。わたしはもったいないから、終了させずにしまっただけ」

「そういう裏ワザがあるのかよ! 早く言えよ。作戦立案の方法が変わってくるじゃないか」

「まあ、大抵の魔法は時間制限あるから、これくらいじゃないかなぁ。充電というか、魔力補給も必要だったし」

「しかも隠し持ってやがって」

「マキくん……根に持ちすぎだよ」


 カトゥーのジト目がこちらを捉える。はいはい、言い過ぎましたよ。


「で、それを使って何をするんだ?」

「見てて」


 カトゥーがそれを投げると、周りの景色と同化して飛んでいく。


「この魔法は、対象を物理的には『観測』しないこともできるの。魔法的な力でわたしたちに伝達するだけ」

「それ、胡散臭いな」

「魔法なんてそんなものだよ。だからこそ、面白いものが見られるよ」


 頭の中に映像が流れてくる。店に入った魔法使いの少女が、その祖母である老女と一言二言話すと、老女の方は店を出て行った。状況からして店番を任せたのだろう。


「音声が入って来ないぞ」

「非観測モードにしてるからだよ。これは現場で起きている事に全く干渉せずに覗き見るもの」

「で、覗き見してどうするんだ?」

「マキくん、彼女の動きに注目して」


 カトゥーに言われたとおり少女を注意深く観察する。彼女は、老女が出て行ってから固まったように動かない。


「寝てるのか? いや、目蓋は開いてるな」


 ただし瞳からは光沢が消えて、焦点が合わずに虚ろ目になっている。


「目蓋は開いていても、眠っているのはよくある話だけどさ。彼女の場合は違うんだよ」

「違うって?」

「活動が停止しているの。だって、誰からも『観測』されていないんだもの。しかも早急にやらなければならない仕事もない」

「どういうことだよ」

「ある意味ゾンビとも言える」

「ゾンビって……そりゃ死んで生き返ったんだからアンデッド系のゾンビって言い方もあるだろうけど、そんなこと言ったら復活魔法使ったらみんなゾンビになるのか?」

「うんとね。わたしが言ってるのは、ゾンビはゾンビでも哲学的ゾンビ。マキくんはその言葉を聞いたことがあるでしょ?」


 そう問われて「ノー」とは言えなかった。俺の中にある知識がそれを検索する。


 哲学的ゾンビは、その名の通り、哲学の思考実験で作られた言葉だ。


 普通の人間と同じ姿をし、普通の人間と同じように話し、普通の人間と同じように感情を表す『意識を持たない人間』のことである。


 重要なのは『意識を持たない』ということだ。


 周囲の人々からの行為に自動的に反応するが、そこには意識的なものは存在しない。あくまで自動的に対応するだけ。


 例えば計算機に1+1と入れれば2と反応するように、話しかければ記憶に蓄えられたものから最適な受け答えをするし、誰か親しい人が亡くなれば悲しいという感情のテンプレートに従って自動的に行動する。


 心がないロボットとは全く違う。哲学的ゾンビは生きていて感情がある人間とまったく変わらない反応をする。ただそこに意識がないだけ、魂が存在しないだけだ。


 クオリアがないとも説明できたっけ。


 だから区別はつかない。本人は死んで意識は消滅していても、周りは誰も気づかない。


「ああ、知っているが、それはただの思考実験だ」

「そうだね。ここが転移者がいる元の世界だったら、そんなものは思考上のお遊びに過ぎない。けどね、ここは異世界。魔法が存在するんだよ」

「いやいや、でも、そんなこと言ったら復活魔法のある世界は全部こうなのかよ!」

「復活魔法って本来かなり高度でリスクの高いものなの。それをなんのリスクもなしに行うのが、今回の転移者のヤマダツバサさん」

「チートで、それが簡単に行われるってことか?」

「チートとは違うかも、チープかもね。彼が使う復活魔法は、生き返ったわけじゃない」

「どういう理屈なんだよ?」

「死んだ人間は生き返らない。その前提をもって肉体のみを復元する。記憶だけ復元する。それをもとに自動的に反応する魔術的装置を組み込むだけ」


 背筋がぞくりとする。それは人間なのか?


「詐欺だろ?」

「完璧にやられたら誰にもわからないよ。けど、ヤマダツバサさんの能力はチープだから、あの魔法カードで簡単に見破られてしまう。そもそも哲学的ゾンビって見分けがつかないから問題なんだけどね」

「その問題じゃないところが問題ってわけか」


 わからなければ誰も不幸にはならない。けど、それは同時に末恐ろしさを感じる。


「そう、彼のチート……チープ能力は正確には生き返りの魔法じゃない。例えばさ、復活魔法で生き返った人間は観測者になると思う?」

「そうか、あのカード魔法と同じか。復活した人間同士ならお互いに観測されることはなくなり、機能は停止する」

「つまりアレは、永遠に停滞した水たまりを作り出すだけ」


 せっかく死から解放されても、それは偽りの楽園。


「で、調和神ラッカークは何が危険だと判断したんだ?」


 俺は単刀直入にカトゥーに聞く。そんな感傷的な理由で調和神ラッカークが動くわけがない。


「転移者の復活魔法は分析されて、将来的には全世界で使われるようになる。そうなると下手をすれば人類は哲学的ゾンビに総取っ替え。死んだ人間は順次、復活するからね。けど、問題が出てくるよ」


 そんな条件で起きる問題は一つ。


「人口が増え続けるわけか。人は死ななくなるんだからな」

「食料問題もあるから、そうなったら抑制するために子供は作らなくなる。結果的に、すべて【人間であって人間でない者】が支配する世界になる。死なないから何十年も、下手をすれば何千年とそんな世界が続くの。そのほとんどが非観測者となる」


 観測者の存在しない世界の出来上がり。


「つまり、言葉の通り人類は停滞……いや、停止するのか」


 ぞっとするのは毎回だが、この恐ろしさはホラーとはまた違ったものだ。


「まだ何か自然災害の影響で人類が絶滅した方が未来はあるんじゃない?」


 そうだな、そんな人類に未来なんかあるわけがない。


「駆除するなら早い方がいいな。復活が一般人にも使われないうちに」

「うん、この世界は魔法への学問が活発だからね。誰かが彼の復活魔法を解析すれば、それはパンデミックのように世界中へと広がる。何しろ、人間を死から解放してくれるのだから」

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