第29話 転移者のバトルロイヤル(7)

「マキくん、座標を教えて」


 俺に近づいてきたカトゥーが、俺のおでこに自分のおでこをコツンとぶつける。リスタートしていることに彼女は気付いていた。


「お、おまえ何するんだよ」


 思わず狼狽えてしまう。


「わたしだって恥ずかしいんだけど、これが一番効率がいいから」


 なんだか、自分の考えていることをカトゥーに吸い出されているような感覚に陥る。なるほど、記憶の共有か。ハシモトシゲルの精密な座標位置は口頭で言うよりはこちらの方が効率的だ。


「俺だって恥ずかしいぞ」

「マキくん、黙って」


 カトゥーに怒られた。そして、近くにいたスミカが両手で顔を隠しながら、その隙間から俺たちの様子を観察している。


 数十秒だったが、カトゥーの顔が離れていく。たぶん、俺の顔は茹で蛸のように真っ赤だろう。


 誤魔化す意味も含めて二人に背を向ける。そして改めて、ここがアンカーポイントを作成した時間だということを再確認する。


 たしかイイダリュウヘイとの戦いの後だな。街について一息ついているところか。


「座標はわかったか?」

「うん。きっちりとね。あと、マキくんの考えも伝わってきたよ。相変わらず卑劣だよねぇ」

「ほっとけや!」



**



 次の日、隕石が落ちてくる時間を狙って俺たちは瞬間転移を使う。今度は前と違って転移する位置は正確に、そして精密にわかっている。


「マキくん。モラルタを持って、右腕をこの角度で曲げておいて」


 と、俺の腕に触って角度の調整を行う。モラルタを逆手に持ち、やや前方に向けて刃を下に向ける。


「こうか?」

「うん。準備はいい?」

「オッケーだ」

「いくよ。マキくん」


 そう言って瞬間転移の魔法を使うと、暗転して目的地に着いた瞬間、右手に手応えを感じる。


 そう、モラルタはちょうどハシモトシゲルの脳天に突き刺さっていた。「相変わらずまともに戦ってないね」と、カトゥーが冷めた目で俺を見ていた。


 瞬間転移した途端に相手を倒すなんて、前代未聞だろう。即死チートより相手を倒す時間は早いからな。戦闘技術はまだまだ未熟だが、戦闘時間の短さでは誰にも負けないぞ!

 空しいけど……。


 とはいえ、勝ちは勝ちだ。ハシモトシゲルは頭から崩れ落ち、黒い粒子と化していく。


「終了だな。勝利者はスミカってことで」

「え? もうなの? わたし本当に勝ったの?」


 スミカも何が起きたのか理解できていない。というか、状況に考えが追いついていないのだろう。


 と言っても、優勝者に何か特典があるわけでもない。創造神ビワナを楽しませただけのただの余興。


「転移者はこれで全員退場したからな。あとは安心してこの世界で生きればいいよ」


 ぽんとスミカの頭に手を乗せる。やべっ、リリエといる時のような感じで接してしまったわ。


 一瞬、ぽぉっと頬を染め俺を見上げるスミカ。


「えい!」


 カトゥーの手刀打ちチョップが俺の脳天に直撃する。


「ぅおおおい!! 俺がなんかしたか!」

「セクハラだよ」


 俺は思わずスミカの頭に乗せていた手を急いでどける。いや、考えてみれば相手が嫌がらなければセクハラになんかならないはずだが……。


「ねぇ、モモヤくん。やっぱり、私って元の世界には戻れないんだよね」

「未練はあるのか?」


 彼女の寂しげな表情には気付いていたが、それに応えてやることはできない。


「ないわけじゃないけど、元の世界での私って死んじゃったんでしょ?」

「詳しい事は知らんが、俺たちにはおまえを元の世界に帰せるだけの力はない」

「じゃあ、わたしはここで頑張るしかないのか……」


 気落ちしたように視線を足元に落とすスミカ。


「でもおまえは、この世界にとっては必要な人物だ。自棄になるなよ。お前の居場所はここにあるんだから」


 スミカ。おまえを必要とするものがいるだけ、おまえは幸せなんだよ。


「ありがと。なんか、頑張れそうな気がしてきた。ねぇ、モモヤくん。モモヤくんはこれからどうするの?」


 顔を上げたスミカが笑顔になる。もしかしたら作り笑いかもしれないけど。


「次の仕事があるからな。この世界とはこれまでだ」

「そっか……ううん、いろいろとありがとね」


 にっこり笑うスミカ。これ以上一緒にいると情が移って別れがつらくなるな。


「じゃあな。元気でいろよ」


 別れの言葉を告げる。こういうのは長引けば長引くほどつらくなるだけだ。


「もう行くの? お祝いとかしようよ。せっかく勝ったんだし」


 名残惜しそうな彼女の笑顔。その表情はちょっとしたことで壊れてしまいそうなほどだった。


「次の仕事があるからさ」

「また転移者と戦うの?」

「ああ、それが仕事だからな」

「また会える?」

「わからないよ。会えるかもしれないし、会えないかもしれない」


 リリエのこともあるし、会おうと思えば会える環境にはあった。でも、そんなことを言っても仕方が無い。


「ね、約束して。また会いに来てって」

「約束はできないよ」


 リリエの時とは違う。もう彼女は誤魔化せるような年頃じゃない。だからはっきりとそう言った。


「そう……」

「じゃあな。元気で」

「モモヤくん、ありがとう。私をくだらないデスゲームから守ってくれて。それから、カトゥーさんにも感謝しています」


 深々とスミカは頭を下げる。そして、その頭を上げることを躊躇っているかのようだ。もし上げてしまったら、すぐに俺は去るだろうと気付いているのだろう。


「カトゥー。次行くぞ」


 スミカが顔を上げるのを待たずに背を向ける。これくらい鬼畜な態度をとれば、スミカだって俺に対する未練もなくなるだろう。


「いいの?」


 カトゥーの言葉に後ろ髪引かれてしまう。そういうこと聞くなよ。


「おまえもそれを望むんだろ?」

「わたしは……」


 言葉を止め、少し考え込む素振りをしたかと思うと、すぐに作り笑いに切り替えそれを俺に向けた。


「わたしは調和神ラッカークさまの従神。あなたが仕事を続けるというなら、どこまででも付いていくよ」


 そうして、長いようで短かったデスゲームの世界に俺たちは別れを告げる。



▼Fragment Cinema Start


 座席に座っているが、なかなか暗くならない。映画は始まらないのか?


 そんな風に思っていると、先ほどのメイドがやってきた。


「次の上映まで時間があるので、今のうちにお手洗いに行っておくことオススメします」


 メイドの女性は、出口の方を右手で指す。


「ああ、行ってくるわ」


 そう言って立ち上がると、ホールを出てエントランスに入るとトイレを探した。


「えっと……あそこかな」


 違和感なく、身体が動いていく。まるで映画館というものの構造を知っているかのように。


 足が勝手に動き、トイレの中に入る。ここで引っかかりを感じる。入ったトイレの中は全て個室だった。


「ん?」


 首を傾げながら、個室の一つに入ろうとして洗面台の前を通る。そこで、決定的な違和感に気付く。


 鏡に映るのは少女の姿。それも栗毛ブリュネットの少女だ。アリシアという子の姿にそっくりだった。


「どういうことだ?」


 鏡を凝視する。


 そこに俺だった男の姿はない。化粧をしているわけでも変装しているわけでもない。アリシアの姿そのものだった。


 スカートのポケットからあのペンダントを取り出す。紅い宝石の部分が僅かに輝いていた。


 念のため、トイレの電灯を消す。


 その闇の中で光り輝く紅い宝石。


「何かの魔力が発動しているのか?」


 そもそも、この空間は調和神ラッカークが用意したものじゃないのか?


 そうして、俺の意識はブラックアウトした。






「着いたか?」


 暗転からの眩しい光に、視界がホワイトアウトしそうになる。


「着いたよ」

「また中世風ファンタジー世界か?」

「前の西部劇風の方がめずらしいよ」

「ところでここはどこだ?」


 うっすらと目蓋を開けると、そこは人が行き交う大通りに面した建物の軒下だった。


「王都かな。今回のターゲットの転移者もここにいると思うよ」


 間延びしたカトゥーの言葉を聞きながら、何か違和感をこの街に抱く。


「なんか変だな?」

「変?」

「うーん、これといっておかしな部分はないと思うのだが、何かがおかしい」


 街を行き交うのは様々な服装の人たち。村娘風の簡素なものもあれば、貴族っぽい煌びやかなドレスを纏う者もいる。


「まあ、目立つようなおかしさはないけど、本来いるはずの人たちがいないってのがこの世界のおかしさかな?」


 正解を知っているカトゥーがそうもったいぶる。


「居るはずの人だと?」


 人々を観察していて確かに違和感を抱くが、それがなんであるかがわからない。


「まだ気付かないの? さすがボンクラのマキくんだね」

「てめー、喧嘩売ってんのか?」

「あー、この人、自分の能力の低さを棚に上げてるよ」

「ほっとけや!」


 そこでパズルが填まるように、違和感の原因に気付く。


「そうか、男がいないのか。この世界は女しかいない、ってことはないよな?」

「うん、他の都市だと普通に男の人がいるよ。けど、それも時間の問題かなぁ」

「どういうことだよ?」

「この世界にいる転移者のモリヨシヒトさんだけど、彼の能力は男の人を女に変えることができるの。それも若い綺麗な女の子に」


「それになんの意味が……って、もしかしてハーレム作る気か?」

「そうみたいだね」


 異世界転移者にとって、それが夢の体現であることは理解できる。男なら誰しも思い描く理想の世界だ。


「こんなん、前にもなかったっけ?」

「あの時は、女性がみんな転移者に惚れるってパターンだよ。今度のは身体を全部作り替えられるの」

「どういう仕組みなんだよ?」

「前の世界の【ご都合主義】に似てるかな」

「は?」

「彼のレベルによって、作り替えられる範囲が決まるの」

「え? ってことは」


 俺は自分の華奢になった手を見る。


「そうだよ。マキくん。もう女の子になってるよ」

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