第28話 転移者のバトルロイヤル(6)

 海風の匂いが漂ってくる。周りを見渡すと、そこは砂浜だった。転移に成功したようだ。


「隕石は?」

「消失したよ」

「は?」

「落下地点にわたしたちがいなくなったからじゃない?」

「それはご都合主義が過ぎるだろ。というか、なんでそんな雑な設定なんだ? そもそも俺たちを殺したいのであれば心臓麻痺とかいろいろできるだろ」

「わたしたちっていうより、スミカちゃんをだけどね。でもね、たぶん彼女の能力がそれを邪魔してると思う」


 カトゥーが口元に指を近づけて、考え事をするように視線を斜め上に向ける。


「私の能力って他の転移者を見つけられるだけじゃないの?」


 スミカのその質問に、カトゥーは彼女の瞳をまっすぐ見つめて返答する。


「スミカちゃんのもう一つの能力はスキルキャンセラー」

「すきるきゃんせらー?」


 言葉の意味を理解していないかのように首を傾げるスミカ。


「普通の攻撃を受けるのは無防備だけど、魔法とか能力で攻撃されればそれはキャンセルされて無効化されるの」

「じゃあ、別に彼女を守らなくても良かったのか?」


 そんな能力あるのに、なぜ調和神ラッカークはスミカを守ることを俺たちに命じたのか。


「マキくん、聞いてなかったの? スミカちゃんは普通に攻撃されればケガをするし、死んじゃうよ」


 カトゥーの言ったことを頭の中で整理する。早とちりして間違った介錯をするとバカにしてくるからなぁ、こいつは。


「例えば召喚された魔物が自ら炎を吐くとか、魔法で攻撃をするならスミカには影響ないってことだろ? ただし、召喚された魔物が棍棒でスミカを殴ったら、彼女は大けがするし、下手をすれば死ぬってことか?」

「そういうこと。だから物理攻撃無効の魔法は無駄じゃないの」


 なるほど、ややこしいな。けど、そのおかげでなんとかスミカを守れているってことか。


「だから隕石を落とそうとしたのか? けど、スミカには物理攻撃無効の魔法がかかったままだ」

「だからね。物理的に押し潰そうっていうじゃなくて、その膨大な熱によって焼き尽くすか窒息死させようって事じゃない?」


 被害の割りには回りくどい方法だな。たしかにそれなら、物理攻撃無効の魔法は関係なくなる。


「そういうことか」

「たぶん、ご都合主義の力がスミカちゃんにあらゆる方向から働いている。けど、直接彼女を殺せるような魔法的な能力は効かないから、どうにか二次的な被害で彼女を殺そうとしているの。といっても、これを考えてるというか計算しているのはご都合主義の能力そのもの。転移者のハシモトさんは、ただスミカちゃんが死ぬのを願っているだけだと思う」


 転移者自らが動かなくてもなんとかしてくれる。それが【ご都合主義】というわけか。ある意味恐ろしいな。


「で、いちおう聞いておくが、ハシモトシゲルは何をやらかすんだ?」

「だいたいわかるでしょ? 彼の能力は物理法則さえねじ曲げる。そして彼の都合の良いことしか起きない。人間の心の改変、気候の改変、物理法則の改変。これらもセットで行うから世界はめちゃくちゃだよ。つじつまの合わないことが彼の周りで起きることによって、時空が歪むの。そしてその歪みは蓄積されて、およそ百年以内にこの世界、いえこの次元と言った方がいいかな、そこは崩壊する。惑星どころか宇宙は滅ぶってことだね」


 今までで史上最悪の能力だな。


「あいつってまだ低レベルだろ? すでにヤバイ状態じゃないか? 隕石落とせるし」


 早熟型じゃないのに、すでに脅威レベルが高すぎるだろ。


「隕石レベルなら大したことないよ。ほら、わたしたちが移動したら消えるくらいだし、そんなに一度にたくさんのご都合主義の能力を使えない。彼のレベルが上がれば、ご都合主義の影響で、数万人レベルの命を奪うけどね」


 さすがにそれは凶悪すぎるな。


「行くぞ、一刻も早く倒さないとマズいだろ」


 スミカにハシモトシゲルの正確な位置を確認すると、それに向かって俺たちは歩き始める。


 無人島と思われたこの島は、半径一キロほどの小さな島。北側に砂浜があり、南はほとんど森だった。


 そんな森を歩いて行くうちに、違和感を抱く。


「静かだな」

「そうだね。それに歩きやすくていいかな。けど、なんだろう、この妙な感じは」


 スミカも俺と同じように感じていたらしい。


「そりゃそうだよ。この森には虫がいないもん」


 カトゥーがすでに知っていたであろう答えを披露する。


「そういやそうだな」


 目の前を鬱陶しく飛び回る羽虫も、草むらから聞こえてくる虫の音もしない。


「これも、ハシモトさんの能力?」

「たぶんね。ご都合主義は彼が不快に思う虫を排除したんだと思う」

「俺たちは大丈夫なのか? スミカはスキルキャンセラーの影響があるから排除されることはないと思うが」

「なに? マキくん怖いの?」

「バ、バカ! 怖いわけあるか。排除されたら仕事に支障が出るだろうが」

「まあ、大丈夫なんじゃない? わたしたちはまだ、ハシモトさんに危害を加えてないから」


 ご都合主義の能力に危険視されなければ見逃されるわけか。例外はデスゲームの生き残りであるスミカだけだな。


 さらに歩いて行くと森を抜けて草原が見える。その先には建物が。


「あれって、どう見てもこの時代の家じゃないよな」


 目の前に見えるのは二階建てのお洒落な洋風住宅。コンクリートの打ちっ放しのシンプルなデザインだが、この世界の技術で作ったとは思えないほどの出来だった。


 庭にはプールがあって、そこにパラソルを立て、ガーデンチェアに寝転がってスマホのようなものを弄っている若者がいた。


「行くぞ」


 俺は二人に告げる。今回は勝負を捨てにかかっていた。ハシモトシゲルの正確な、いや精密な座標位置さえ分かればいい。あとはいろいろ試してみたいこともあった。


 俺たちが近づくと、彼は訝しげに顔を上げる。


「ん? きみたちは誰? この島は無人島なはずだよ」


 能力が自動的に発動していることもあって、彼は自分の能力が攻撃した相手をスミカだと認識していない。これはチャンスか?


「船で遭難しかかったんですよ。水をわけていただけませんかね」


 現地人のふりをしてなんとか誤魔化す。


「そこのプールは真水だから、いくらでも持っていっていいよ」


 面倒くさそうにプールを指指すハシモトシゲル。こいつ、カトゥーと気が合いそうだな。


 俺はプールに手を突っ込むと、その水を舐めてみる。たしかに海水ではない。


 しかし、これだけのプールに真水を入れられるとは。どっから水道引いてるんだよ。


 スミカが男の持つスマホに注目している。彼のやっているゲームが気になっているのか?


「あ、それ面白いですよね。私もステージ9までクリアして――」

「おまえ、転移者か?」


 スミカのその不用意な一言で俺たちの正体がバレる。確かに彼女は迂闊だったが、この異世界で元の世界で流行っているスマホゲーが遊べること自体が異常だ。


 wifiでも繋がるんか? そのネット回線はどこから引いてるんだよ!?


 ツッコミどころは多々あった。


「カトゥー、例の魔法を」


 俺は事前に打ち合わせしておいた通り、カトゥーに魔法を発動させる。今回使うのは【timestop】。時間停止の魔法だ。


 すぐにそれは効果が現れ、俺とカトゥー以外の時間が止まる。


 モラルタを腰から抜くと、切っ先をハシモトシゲルに向けて突進する。が、パリンとガラスが割れるような音とともに時間停止魔法が破られた。


「これも【ご都合主義】かよ!」


 舌打ちする。ハシモトシゲルの場所まであと数メートル。間に合わなかったか。この分じゃ、男に気付かれた時点でカトゥーのサポート魔法は破られてしまうのか。


 なんとか彼の元にたどり着こうと、足掻いて走り続けるが、途中で俺の視界が暗転する。


 正確には暗転ではなかった。視界には瞬く星が綺麗に見えている。そして、寒いどころではない尋常な冷たさに身体が凍える、しかも呼吸が全くできない。だが、意識は数秒で喪失した。


 そうか、宇宙空間に排除されたか。雑な対応だなぁ……


 意識は数秒で喪失した。

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