第27話 転移者のバトルロイヤル(5)

「キミがデスゲームの参加者だな?」


 スミカの前に居るのは大型のオオカミの上に乗ったイイダリュウヘイ。


 二十代くらいの中肉中背の男。コレと言って特徴のある顔ではないが、黄色いニット帽と白いベストがキャラ付けとして目立ちそうな感じだった。


 彼の後ろにも数十匹のオオカミがいる。彼の能力で、獣たちの身体は強化されている。たぶん、一匹でも苦戦するほど強いだろう。


「ねえ、ゲームなんてやめない。バカらしいよ。命をかけるなんて」

「バカらしい? これほど楽しい遊びはないと思うがな」

「このまま帰ってくれるなら、あなたを殺さなくても済むの。だから、お願い」

「オレを殺す? ははは、キミの能力はわからないが、やる気満々じゃないか」


 男がオオカミから降りて、一歩踏み出そうとしたところでスミカが声を上げる。


「動かないで、私の能力が発動するよ」

「能力?」


 男の歩みが止まる。そして訝しげに彼女を見つめていた。


「私は念じた場所を燃やすことができる能力を持っている。魔法みたいに当てるわけじゃないから、避けることはできないわ。一瞬で燃え上がる」


 と、スミカがハッタリを言うのを頑張っている。


「燃やす?」

「こういう風にね」


 スミカが片手を前方に掲げると、イイダリュウヘイとの間の地面が急に燃えだした。といっても、これは事前に着火剤を撒いておいた場所に導火線を引き、裏でカトゥーが目的の場所に点火しているだけだった。


「なるほど、魔法の軌道が見えないな」


 地中にある導火線だからな! 手品だし。


「そうよ。魔法でなくサイキックだもの」


 不適な笑みを、演技で浮かべるスミカ。ちょっとばかし顔が引きつりつつあった。


「うかつに近寄れぬか。だが、こいつらを一斉におまえに飛びかからせたらどうなる?」

「すべて焼き尽くすだけよ。あと、こういう使い方もできるわ」


 再び片手を前方に掲げるスミカ。すると、男との間に炎の壁のようなものができる。


 これも着火剤と燃料と導火線という種明かし。


 強化されているとはいえ、基本的に火を怖がる獣。予想通り、じわじわと後退するオオカミたち。まあ、仮にオオカミたちが襲ってきたとしても、スミカには事前に物理攻撃の無効化魔法がかけてあるので、その効果があるうちはすぐにやられることはないだろう。


「ふっ、くだらない。オレの能力はこの狼たちを支配するだけだと思ったか?」


 男が嗤う。そして上着を脱ぐと、その筋肉室の身体がさらに盛り上がって大きくなる。


「あ、あなたは自分を強化できるの?」

「ほぉー、オレの能力を知っているのか。そうとも、生物の身体を強化する能力。それは自分にも適用できるんだよ」


 男は歩いていき、平然と炎の壁を乗り越える。他者を強化する能力者が、自分を強化するってのはある意味お約束であった。


「火に対して恐怖がなければ、もともと強化した身体は炎にも耐えられるのだ。こんな容易く乗り越えられる障害物はないだろう」


 スミカの顔に焦りが浮かぶ。だが、俺の指示通り最初の位置から動いていない。


「では行くぞ!」


 男は競技で走るようなクラウチングポーズをとると、自分でカウントダウンを始める。


「おまえの命はあと五秒だ。四、三、二」


 男がダッシュで突っ込んでくる。俺はスミカの前方の浅く掘った穴から立ち上がると向かってくる転移者に向けてモラルタをぶっ刺した。


「なんだと?!」


 穴は土を被せ、枯れ葉や枯れ草を撒いてカモフラージュしておいたので、男も気付かなかったのだろう。


 刃はちょうど突っ込んできた心臓あたりに刺さったので、男が活動停止するまでそれほど時間がかからなかった。


「おまえ何者だ? 転移者同士で結託したというのか?」


 最後の足掻きのように、男の問いが俺へと向けられる。たぶん、俺のことをハシモトシゲルと思ったのかもしれない。


「おまえが知る必要はないよ」


 トドメにこめかみあたりにモラルタを刺す。白目を剥いて痙攣し、そして沈黙した。


 彼の引き連れてきたオオカミたちはというと、煙のようなものをあげながら苦しそうに地面にのたうち回る。


 強化能力は彼の制御を離れてしまったのだろう。大きかった身体も一回り以上萎んでいく。



「こいつらがおとなしくしているうちに移動するぞ」


 元のオオカミに戻ったとしても、数十匹もの野獣は危険である。すぐに離れるべきであった。


 そして、オオカミの脅威からかなり離れた場所まで移動すると、俺たちは一息つく。


「あと一人だね」


 スミカが嬉しそうに呟く。彼女にとっては、命を脅かす存在が残り一人なのだから、恐怖もかなり薄れてきているのだろう。


「残りは大した戦闘力は持ってないんだよな。たしか」


 と、カトゥーに話しをふる。スミカのことを避けているわけではないが、距離を置かなくてはいけないという考えが頭の片隅にあるからだ。


「戦闘力でいうなら、今回の転移者の中では最弱だよ」

「スミカよりもか?」

「そう、スミカちゃんよりも」

「じゃあ、楽勝だね。モモヤくん」


 嬉しそうに俺の腕に絡みついてくるスミカ。それを横目で、ジト目で何か言いたげに見つめるカトゥー。


「そもそも戦闘になるのかなぁ」


 カトゥーがため息を吐く。


「どういうことだよ?」

「彼の能力は【ご都合主義】」

「は? なんだ? そのわけのわからん能力は」

「うーん、そうだね。前に戦ったキネユウマさんの【愛の奇跡】と似てるといえば似てるかな」


 思い出したくない記憶が甦る。だが、その記憶から目を逸らしている場合じゃない。


「つまり転移者の都合のいいように物事が運ぶってことか?」

「うん。もしかしたら、ハシモトさんと同程度の戦闘能力しかないスミカちゃんが残ったのも、その力が働いたのかもしれないって」


 それはかなりショックである。けっこう頭と身体を使って倒したと自負していたが、実のところハシモトシゲルの能力のおかげだったとは。


「それはマズいって。勝ち目があるのか?」

「さあ?」


 カトゥーの返答は相変わらずだった。



**



 ハシモトシゲルの居場所はわかっていた。南の島にいるので、どこかの港で船に乗って向かうしかない。


「ここから一番近い港は南東のハグセルか」

「歩いて四時間くらいね。馬とか乗れたら良かったなぁ」


 とスミカちゃんは苦笑いする。けして歩くのが嫌だというわけではなさそうだ。不平不満というより、西部劇にも似たこの世界で馬に乗ることに憧れているのだろう。


「馬乗るか?」

「え? 乗れるの?」

「まあな」


 例の記憶が俺ならば、別の世界でも俺は乗っていたのだから。


 スミカと同じ知識を共有しながら、まったく違う異世界の知識も保有する。いったい俺は何者なんだ?


 混乱して不安になる。けど、そんな醜態をこの子の前で晒すわけにいかない。


「カトゥーは……乗れないから、馬車でも借りるか」


 さすが馬に三人乗るのはちょっとキツいだろう。


「その方が寝られるからわたしはいいんだけどね……ぁ!」


 と、いつものカトゥーのものぐさな台詞が聞こえてきたところで、彼女の顔が急に強張る。


「どうした?」


 カトゥーが右手で斜め上を指差す。そこにあるのは青い空と白い雲と、赤い尾を引く流星……赤いだと?


 あれって隕石が大気圏に突入してるんじゃねえか! というか、アレはメテオの魔法か? 俺の思ってたのと違うぞ。


「おいおい、メテオ使いはもう死んだんだろうが」


 たしかサカガミコウって奴だったよな。


「あれは魔法じゃないよ。彼の【ご都合主義】が発動したの。たぶん、わたしたちの真上に落ちてくるよアレ」

「んな、アホな!」


 そんなご都合主義があるか! って、あいつの能力そのものかよ!


「言ったでしょ。ハシモトシゲルさんの能力はキネユウマさんの【愛の奇跡】に似てるって」

「いやいや、あいつのは……違わないか。最終的には世界を滅亡させる方向に行ったもんな」

「どうするの?」


 カトゥーが真剣な眼差しで俺に問いかける。


「どうするって?」

「魔法を使って逃げるか、このままリスタートするか」


 数秒だけ考えて答えを出す。というか、考えてる時間なんてほとんどないんだ。


「カトゥー。瞬間転移だ」


 緊急用のランダム転移は使ってしまったが、一番楽な移動方であるこいつは未使用だった。


「座標はどうする?」

「南の島にいるあいつのすぐ近くだ」

「正確な場所がわからないから、だいたいの場所になるよ」

「今回はそれでいい。リスタートすることになったら座標を正確に教えるよ」


 アンカーポイントの作成は少し前にしたからな、転移者の正確な位置を確認してからリスタートしてもいい。


「うん、了解だよ」


 カトゥーはそう言って魔法カードを宙に投げると、視界が暗転した。

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