第26話 転移者のバトルロイヤル(4)
砂浜の波打ち際でスミカが敵と対峙する。彼女の足首が海の水に浸かるぐらいのぎりぎりのところだ。
「あんたがハウタスミカね。しっかし、やりにくい場所にいるよね」
カザマキヨミが巨大な植物の蔓のようなものに乗ってやってくる。蔓自体が触手のようにウネウネを蠢いていて、見ていて気分の良いものではない。そんな彼女がが、海の手前で止まってしまった。
たぶん、海水を気にしているのだろう。
「そうよ。やれるものならやってみなさいよ!」
スミカの挑発にカザマキヨミが右手を挙げる。すると、蔓の何本かが、矢の槍のようになってスミカへ向かって突っ込んでいった。
「ちっ!」
舌打ちをするカザマキヨミ。少し距離があるのでスミカに到達する前にスピードが落ち、威力も弱まってしまう。しかも、それは彼女に事前にかけた物理攻撃無効の魔法で弾かれてしまった。
「どうしたの? もっと近づけば?」
さらに挑発を続けるスミカに、カザマキヨミは苛立ち始める。
「あんた、あたしが海に近づけないって分かってて言ってるでしょ?」
彼女の能力は植物を操ることだが、海水の中では植物は水分を吸収できず威力が弱まる。
だからこそカザマキヨミは、水分を確保できる手前の位置から攻撃するしかないのだ。そんなスミカとの戦闘に気を取られている隙に、俺はカザマキヨミの背後へと移動し、カトゥーに補助魔法をかけてもらう。
「ジャンプに時間制限はないけど、スローは一分程度だからね」
カトゥーに念押しされながら、カザマキヨミへと大ジャンプをする。跳躍力を一時的に増幅する魔法だ。まるで無重力状態のように、高く遠くに飛べるのだった。
とはいえ一発で届かないので、途中巨大な蔓に着地しながら何度か跳躍し、本人の位置まで到達する。
「うぉおおおおおお!!!」
相手が女性だからと躊躇などしてられなかった。慣れないジャンプで手元が狂わないようにと、気合いを入れて大声を出す。
スローの魔法がかかっているので、相手の動きは遅い。こちらに完全に振り返るところまでいかずに、その背中にモラルタをぶっ刺した。
まずは巨大な植物が枯れたように崩れていく。転移者からの魔力供給を絶たれたためだろう。そのあと、地面に叩きつけられるように落ちるカザマキヨミ。背中から黒く炭化したように崩壊が進んでいく。
「はい、おしまい」
「マキくんの戦闘って相変わらず淡泊だよね」
カトゥーが欠伸でもするかのように、ふわぁっと口を開けてそれに片手を添える。
「そりゃ、目的は戦闘じゃなくて処理なんだからさ。戦ったら負けだよ」
「その言い方、まるで働いたら負けみたいだね」
いつもどおりの日常だが、今回もスミカがいるので少し彩りがある。
「モモヤくん! すごい。すごいよ! あんなすごい敵を一発で倒すなんて」
スミカが駆け寄ってくる。といっても、近づいた時点で俺とカトゥーの微妙な空気を読んで、テンションを下げる彼女。
微妙といっても日常のことなので気にしなくていいんだけどね。
「スミカ。他の転移者の動きは?」
「ちょっと待って……残りは三人でしょ? イイダリュウヘイさんもハシモトシゲルさんもサカガミコウさんも動いてないね」
「場所は?」
「イイダさんは北に百二十キロくらい離れたところ。サカガミさんは東に二百キロ以上先かな。ハシモトさんは……えっと南の方に」
「あれ? 南方って海じゃなかったっけ?」
俺は振り返って目の前の海岸を見る。
「ええ、海を渡って南の方に小さな島があるんですが、そこから動いていませんね」
「まあ、向こうが動かないならこちらも焦る必要は無いな。カトゥー。残りの転移者のデータをくれ」
「……はぁ」
カトゥーがため息を吐く。この態度は単純に説明するのが面倒なだけであろう。
「街に戻るから、歩きながらでいいよ」
そう言って俺は歩き始める。と、トトトッとスミカが小走りで駆けてきて隣に並んだ。
「しばらく休憩できますかね?」
「少なくとも今日はぐっすり眠れるだろう」
後ろを振り返ると、カトゥーが怠そうに付いてくる。この分だと、話すのは宿屋に戻ってからになりそうだな。
「なぁ、スミカ。キミの話を聞いてもいいか?」
「え? わ、私の話ですか? それってもしかして私に興味があると――」
焦り出すスミカの頭を軽く小突く。
「バーカ。単なる世間話程度だよ。落ち着いたし、街に戻るまで話相手くらいなってくれよ」
カトゥーとなら無言でも気になる事はないが、この子と無言でいるのはちょっとつらい。というか気を遣ってしまう。
「それならいいですけど。何を話せばいいんですか?」
「この世界に来る前は何をやってたんだ?」
俺の質問に照れくさそうに笑みを浮かべて空を見上げる。
「私は高校一年生になったばかりなんです。趣味で小説とか書いてたりしてましたねぇ」
「へぇー、新人賞とか応募したりしてるの?」
「いえいえ、まだまだそんなレベルじゃありませんよ。ただ、なんとなく書くのが好きって感じで」
「初々しいね。それで新人賞でも獲ってプロになったりしたら、たちまち毒舌のヤンデレキャラになったら笑えるけどね」
「モモヤくん、酷いよ。私がそんな風になるわけないよ」
「人間なんて、どう変わるかわからんよ。環境次第で人は別人となるからね」
なぜか、ズキリとこめかみが痛んだ。
「なんだか重い言葉だね。モモヤくんの経験から?」
「さあな。そんな気がしただけさ」
過去の俺がどんな人間だったかもわからないんだ。経験かどうかなんてわからない。言うなればこれはただの勘である。
**
「サカガミさんが動きました。こちらではなくイイダさんの方に向かってますね」
スミカからの報告に、俺はカトゥーの方に顔を向けて従神としてのアドバイスを聞くことにする。
「どう思う?」
「うーん、サカガミさんには転移者の位置を探る能力がないから、対戦者を求めて適当に歩いているんだと思うよ」
「やっぱそうか」
「サカガミさんとイイダさんが戦うとすれば、イイダさんの方が有利かな」
「生物兵器だっけ?」
「そう、現地の生物を改造するスキルがあるの。召還獣より手間はかかるけど、けっこう強いよ。それに事前に準備しておけば、持ち駒をかなり用意できる」
その場で呼び出して、時間制限のある召喚魔法よりは、一度生物を改造すれば、死ぬまでその生物は配下として働いてくれるからな。しかも前もっておけば魔法消費はない。
「対するサカガミは魔法系だっけ? レベル低いうちは威力の低い魔法だし、そりゃ数の暴力には勝てないわな」
「でも、レベル次第では相手は苦戦すると思うよ」
「といっても、レベル百のメテオの魔法は無理だろ。まあ、これをやられたら地上全体が危ないみたいだけど」
「そりゃ、大陸全土に大型の隕石が千以上降り注げば人類も滅亡するよね」
サカガミコウが危険視されている理由はそれだ。一発でもかなりの威力を持つメテオの魔法だが、リアルで千個以上もの隕石が落ちてくるのだからたまったものじゃない。
「こえーな」
「今、レベル二十程度かな。マキくんと互角かも」
「俺って、この世界でもそんな低レベルなのか?」
「平凡な大人と同じなんだから別にいいじゃん」
「平凡って言われるのはなんかムカツク」
「マキくん、めんどくさい」
「おまえの方がめんどくせーよ!」
俺たちのやりとりに力無く笑うスミカ。「二人の間に入っていけません」と呆れるのではなく「私も入りたいけど、どうすればいいの」という表情なので、対応に困る。
しばらくするとスミカが声を上げる。
「あ、サカガミさんが消えた」
「とりあえず、あと二人だね。イイダさんとハシモトさんが戦ってくれると楽なんだけど」
「うん、今回はわりとカトゥーの意見に賛成だな」
「けど、モモヤくん。ハシモトさんはずっと南方の島から動かないよ。あと、イイダさんが移動し始めた。こちらに向かってくるね」
「こっちに向かってる? あいつの能力は生物改造だけだろ?」
「マキくん。たぶん、改造された生物の嗅覚を利用しているのかも」
「嗅覚? スミカとは会ったことのない男なんだろ?」
「彼は二人も転移者を倒している。この世界の人間でない者の匂いを分析しているのかも。例えばスミカさんの世界の人は種族ごとに独特の口臭を持っているみたいだよ」
俺の知識の中にもそれに準じたものを見つける。
「スミカ、移動速度はどれくらいだ」
「速度ですか、歩くより速いですが、タテヤマさんの時みたいなめちゃくちゃ速いってわけじゃありませんね。この速度だと、あと四、五時間はかかるかと」
何か陸上を走る生物に乗って移動している、といういことか。この世界に人を乗せて飛べるような生物はいないからな。
「わかった。移動するぞ。サカガミコウの二の轍を踏まないように、準備をして迎撃しよう」
**
カトゥーのサポート魔法の一つ『Farsightedness』を使う。これは望遠鏡のように遠くのものを視るものだ。
五十キロほど遠方の草原に土煙をたててこちらに向かってくる集団があった。二メートルほどの大型犬……いや、あれはオオカミか。
集団はおよそ三十匹ほどのオオカミである。その先頭の、さらに一回り大きなオオカミにはイイダリュウヘイが乗っていた。
「あの早さなら、あと一時間ほどでこちらに到着する。それまでにできるだけ仕掛けを作るんだ」
俺はスミカやカトゥーに指示を出す。が、カトゥーは相変わらずやる気が無い。いつもの日常すぎて緊張感が失せてくる。まあ、いい傾向か。
本当ならかなり緊迫した状態だった。敵は複数だし、こちらの頼りはモラルタ一本。カトゥーのサポート魔法はそれほど役立たない。
必死になって罠を作り、勝機を少しでも上げようと足掻いていたのだ。
「私頑張るね」
スミカがこちらに笑顔を向ける。健気だなぁと思いつつも、こう言う子は、ちょっとした環境の変化で性格は激変するんだろうなと考える。
「ほれ、カトゥーとっとと仕事しろ」
彼女の脳天に軽く
「こういう力仕事は女の子にさせちゃダメなんだよ」
ジト目で俺を非難するかのような視線を向けてくるカトゥー。俺が悪いんかい?!
「しゃーねーだろうが、人手が足りないんだから」
「もっと楽な作戦ないの?」
「ねーよ!」
と二人でいつものようなやりとりをしていると、そこに申し訳なさそうにスミカが口を出してくる。
「あのー、イイダさんが来ちゃいますよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます