第22話 二人の少女~確率二分の一(2)
あれから一週間が経つ。
少女たちは出会った頃とは見違えるほど、綺麗に健康的になっていった。服もカトゥーが選んで買い与えたので、どこかの商人の娘のような容姿となっている。
双子の一人のミーフはよく喋る子だ。行動力もあり、カトゥーと楽しそうに会話しながら、仲良くしていた。
ミーズはおとなしくて甘えん坊。口数は少なく必要最低限のことしか話さない。しかもいつもカトゥーのスカートの裾を握っている。
おっさんが中身ということであれば、バレないようにするために口数を少なくするってのも手ではある。おっさんゆえにカトゥーに懐いているふりをしながら近づいてエロいことを考えている可能性も高い。
だが、あくまで個人的な見解。証拠も何もないので、決めつけるのはまだ早いだろう。
夜、二人が眠った後にカトゥーに聞いてみる。
「この一週間、二人と接してきて、なんかわかったか?」
「うーん……どっちもかわいいかな」
「一人は中身がおっさんなんだぞ」
「中身がそうだとしても外見のかわいさは変わらないって」
「そりゃそうだが、なんも解決してないぞ」
「そうなんだけどね……」
カトゥーは斜め下の方を向いて考え込んでしまう。
「ヤマダシゲオのデータってこれだけなのか?」
「画像はこれだけかな。二年くらい遡ってもこの容姿だし」
「こいつの転生のきっかけって、なんだ?」
「きっかけ? ああ、死亡理由ね。うーんと、ちょっと待って」
目を瞑ったカトゥーが、何かと交信するかのように、唇を微妙に動かす。
「うわぁ……」
カトゥーの顔が歪む。何かグロ画像でも見てしまったかのように。
「どうした?」
「わたしちょっと気分悪くなったよ。映像送るから自分で確認して」
直後に頭の流れてくる動画。
どこか日本の住宅の一部屋だ。マンションの高層階あたりかな?
窓際に机とノートPCがあり、その前にはヤマダシゲオらしき男が座っている。部屋の中はペットボトルやらスナック菓子の空き袋やらゴミであふれかえっていた。いわゆる汚部屋である。両親が亡くなって一人になったら確実にゴミ屋敷と化すだろう。
そんな中で画面を見ながら下半身に手を添えて、興奮したように小刻みに動く男。
周りにはティッシュゴミが散乱していた。
画面を見ると、見たことのある絵が表示されていた。それはとあるアニメの二次創作絵であり、その姿はベビードールを着たものであった。他のウインドウにも二次創作のイラストが表示されているが、こちらも同様に着ているのはベビードール。
全裸でなく、セクシーランジェリーでもあるベビードールに興奮するフェチなのだろうか?
ほどなくして男が痙攣する。快楽の絶頂を迎え、だらしなく緩んだ口元がアップにされる。こりゃ、グロ画像だな。
さらにそこで再び、ビクンと身体が跳ね上がり、胸を押さえながら床に転がって苦痛の表情を浮かべる男。心臓麻痺でも起こしたか。
その数十秒後には彼の身体は床の上で静止する。それは彼の生命が終わったことを表していた。
「テクノブレイクか!」
思わず口に出してしまう。
「もうヤダ。こんなの見たくなかったのに」
「しゃーないだろ」
「キモいよぉ」
「双子の一人がこれのどっちかなんだぞ」
俺のその言葉で、若干退いた目で双子の寝顔を見るカトゥー。あからさまだなぁ、こいつは。
「で、わたしがこんな精神的苦痛を受けたんだから、マキくんは何かわかったんだよね?」
プチ不機嫌モードのカトゥー。めんどくせー。
「落ち着け。判別する方法はわかった。ただ、おまえにも協力してもらわなければならない」
**
俺は宿屋から叩き出された。
別に喧嘩をしたわけではない。これから行う作戦の為に、カトゥーから部屋を出てけと言われたからだ。まあ、結果的に叩き出されたようなものだがな。
双子のどちらが転生者かを判別するのは簡単だ。
双子がまだ目覚める前にカトゥーは起きて、ベビードールに着替える。そして二人が起きてくるのを待つだけだ。
あれだけのベビードールフェチが、カトゥーのその姿に反応しないはずがない。
あのPCにあった画像からは、特定のキャラに思い入れがあるわけではないことは判っていた。キャラではなく、服装、特にベビードール姿のイラストや写真を蒐集していたのだ。
宿屋の窓が開き、その下にいる俺へとカトゥーが右手でオッケーサインを出す。転生者を特定して捕まえたとの合図だ。
急いで部屋に戻ると、カトゥーはすでに着替えていつものワンピース姿となっている。フェチではないが、彼女のベビードール姿は見てみたかった気もした
「マキくんにしてはいいアイデアだったよ。こんなに簡単に引っかかってくれるなんて」
双子のうちの一人が縛り上げられている。顔が同じとはいえ一週間近く一緒に居たのだ、その判別はつく。
「ミーフか」
本性を表したからなのだろうか、かわいかった顔が歪んで見える。
「ミーズは大丈夫なのか?」
転生者とはいえ、それを知らなかったのであれば、ミーフを縛り上げたことに不信感を抱いているだろう。あれだけ懐いてきたのに、冷たい目で見られるのは悲しい。
だが、ミーズはカトゥーの後ろでいつものようにスカートの裾を引っ張りながら恐る恐るミーフを見ている。
どういうこと?
「大丈夫だよ。あと、この子の名前はミーズじゃなくて、ミイズなんだって」
「みーず? 何が違うんだ?」
「だから、『ミー』って伸ばすんじゃなくて、間に『イ』が入る感じ」
「なるほど、ミイズか。けど、ミーフはミーズって呼んで……そっか、ほんとの姉妹じゃないもんな」
じゃあ、もしかして。
「あのね。ミイズちゃんはミーフちゃんがもう亡くなっているって気付いてたみたい。朝起きたら亡くなっていて、しばらくしたら息を吹き返したけど、別人みたいになってたって」
「なるほど。ということは、別人ってことに気付いたミイズは、ミーフに口止めされていたってことか?」
「もともとおとなしい子だしね。一人じゃ生きていくのも大変だから、嫌々従ってたってのもあるんじゃない?」
ほっと息を吐く。これでミーフを葬ってもミイズの心にキズを残す事は無い。といっても、それなりの演技は必要だ。これもカトゥーとは打ち合わせしてある。
「マキくん。魔導師協会にその子を連れてって。処分はそこに一任するから」
カトゥーのその言葉は嘘である。この世界の魔導師協会と一切連絡を取るつもりはない。
俺が外でこいつを始末するための方便だ。
たとえ別人とわかっていても、その場で処理されたらいい気はしない。いや、この年頃の子の前でそんなことしたら、心に深い傷を残すだろう。
「ああ、散歩ついでに連れて行くよ」
そう言って部屋を出てミーフを連れて階段を降りていく。
「おまえ、何者だ?」
ミーフの中にいる転生者が声をかけてきた。
「誰でもいいだろ」
そう言って少女の姿をした転生者の背中へとモラルタをぶっ刺す。ためらいもなく刺せた自分に少し驚いた。相手は少女の姿をしているというのに。
殺人とは違うとはわかっていても、やっていることは変わらない。けど、それも慣れてきたってことか?
相手に対して、情さえ持っていなければ冷徹になれるって事なのかもしれない。そういや、幼女魔王も容赦なく殺せたもんな。
自嘲の意味を込めて口角を上げる。すっかり俺は女神の駒と化していた。駒というか犬か?
とりあえず辺りを確認する。
誰かに見られたらただの殺人鬼だが、そこらへんは十分注意してあった。この時間に人がいないのは確認済みである。
苦しそうに顔歪め、階段を転がり落ちていく転生者。そして、数分後にはカトゥーが選んだ服を残し、黒い粒子と化す。それを備え付けの箒で集めて革袋へと入れた。
外に出ると、近くを流れる川にその黒い粒子を流す。服は火を付けて燃やすことにした。
結果的に最悪な事態にならなかっただけで、やっていることは正義とはほど遠い。
適当に時間を潰して、宿屋へと戻る。
「ただいま」
ミイズの顔が若干明るいような気がした。
「終わった?」
カトゥーがそれだけを聞いてくる。
「ああ、引き渡したよ。仕事は完了」
「そう」
カトゥーは若干寂しそうな顔をする。依頼が終わればこの世界には用はない。すぐにでも移動するってのがカトゥーのやり方だったのだが。
「どうするんだ?」
「どうするって……そうだね。移動しないとね」
「そうじゃないよ。この子をどうするんだ?」
「……」
カトゥーは「そんなのわかってるよ」とでも言いたげに、悲しさと怒りを込めた瞳をこちらに向けた。
現地人に関わりすぎると、こういうことになる。カトゥーでも情が移るとか、あるんだな。
「そういやさ、おまえの魔法カードって、まったくサポートにもならないのが紛れ込んでるよな?」
「それがどうしたの?」
「あとは、おまえの転移能力がどの程度のものかにもよるんだが」
「ん? マキくん、何が言いたいの?」
**
今回の顛末。
カトゥーの魔法カードの中には【translation】というものがある。つまり翻訳魔法。俺たちには現地の言葉がわかるので不要な魔法の一つであった。
使い方としては、現地で雇った人間を、別の言語の国で動かそうとした時に便利かな? という程度だ。もちろん、他に使い方もあるのだろうが、今のところそんなものしか思いつかない。
で、カトゥーの異世界転移能力に絡んでくる。これはうちら二人だけに有効なのか? それとも第三者も運ぶことが可能なのか?
答えは後者である。
ということで、ミイズを連れて、俺の唯一の知り合いであるリリエの住む世界へと転移した。もちろん
ミイズ程度の人間なら、その世界への影響は、ほぼないということだ。
久しぶりに再会したといっても、向こうからしてみれば一週間程度しか経っていない。
事情を説明してミイズを引き取ってもらうことになる。リリエとミイズは年が近いので仲良くなるのも簡単だろう。
そのさいに、カトゥーの翻訳魔法のカードをミイズへとかける。これで言葉の問題も解決だ。解除しない限り、半永久的に魔法はかかったままである。
リリエの両親もいい人そうなので、心配はないだろう。
なんの心残りもなく次の世界へと行くことができる。それはもちろん、カトゥーにとってもだ。
微妙な表情が微妙に変化したような気がした。それは嬉しいというベクトルに。
「行くよ」
「ああ、頼む」
世界が反転する。
▼Fragment Cinema Start
座席に座ると映画が始まった。
スクリーンに映し出されるのは西部劇……西部劇?
馬に乗った二人の男女がいる。手綱を握る男の顔は見えないが、その前に乗る少女は、あのアリシアだ。
馬が走っているのは荒野だ。西部劇に出てくるような風景。所々にサボテンが生えているのが見える。そして、通称ジョシュア・ツリーと呼ばれるリュウゼツラン科の植物もあった。
完全な砂漠地帯というわけではないのもポイントである。およそ、異世界ファンタジーの王道とはかけ離れた景色。
こんな記憶が修復されたところで、バラバラのピースは全く繋がらない。引き延ばして仕事を延々とさせようとしているに決まっている。まったく、信用できないなあの女神は。
遠くで銃声がする。いや、銃声かどうかはわからないが、火薬が炸裂するような音だ。
俺とアリシアが居た世界で銃はなかったような気がする。
それとも、前の最後で老人が言っていたように、こいつらは他の世界へと転移したのだろうか?
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