第21話 二人の少女~確率二分の一(1)

「もう一度確認する。ターゲットの名前はヤマダシゲオ。で、小太りのニートっぽい三十代のおっさんなんだよな?」


 俺は頭の中に転送された画像を確認しながら目の前の者たちを見る。


「うん、そうなんだけどね。今回は異世界転移じゃなくて、転生だから」


 カトゥーは困惑した顔で、その者たちから目を逸らした。おい、現実逃避してないか?


「転生はいいけど、これってTSか?」

「てぃーえす?」

「transsexual。つまり性転換だ。こいつらどう見ても十才くらいの少女じゃねえか!」

「あー、ロリコンのマキくんには、ブヒブヒだね」

「ロリコンじゃねえよ!」


 と、隣にいるカトゥーの肩に手の甲を当てて、コテコテの漫才並のツッコミを入れる。真正面から手刀打ちチョップだと、最近は避けまくるからな、こいつ。


 俺は話を続ける。


「まあ、TSまではいい。問題は二人もいるということだ。しかも同じ顔が」

「そりゃあ、双子だもんね」

「で、どっちがヤマダシゲオの転生なんだよ」

「あはは……どっちだろうね?」


 カトゥーのいつも以上に力のない笑いが、空しく宙に投げかけられる。


 今回の依頼は、物凄い勢いでレベルアップして魔法を制御できなくなり、極大魔法で世界を滅ぼすという転生者の始末だ。


 調和神ラッカークの未来視では、その破壊力は核兵器をも超えるという。


 ただし問題は二つあって、一つ目は先ほどの会話でもわかるように、転生した先が双子の少女の一人であること。同じ顔があって、どちらがターゲットなのかがわからない。


 二つ目は俺自身の躊躇の問題だ。十才まで仲良く育った双子の片割れを、転生者だとはいえ、始末しなければならないことだ。


 さすがに、これは鬼畜すぎるだろ。


「カトゥー。確認だ」

「ん? なにかな?」

「転生だから、赤子のうちにターゲットの魂がどちらかに入り込んだんだよな? なのに、なんで十年も経ったこの世界にうちらは来たんだ? 時間軸、間違えてないよな?」

「もー、そんなにわたし間違えないよ」


 と、少し不機嫌になるカトゥー。めんどくせえな……。


「だったら、なんで十才の姿の転生者の前にいる?」

「それは転生がつい最近行われたからだよ」

「ん? どういうことだ?」

「たぶん、どっちかの子がケガか病気になって、その空いた身体にヤマダシゲオさんの魂が入り込んだんだと思う」


 カトゥーは衝撃的なことをさらりと言う。


「ということは、どっちかの子はすでに死んでいるってことか?」

「そういうことになるね。まあ、どっちかの子にとっては『生き返ってくれた』と思ってるかもしれないけど」


 これは普通に質問した方がいいかな?


 俺は少女たちに近づいていくと、優しく声をかける。


「なぁ、キミたち」


 双子は孤児のようで、身体も顔も薄汚れていて、ぼろきれのような服をを纏っていた。髪の毛は手入れすれば綺麗な腰まである黒髪のようだが、薄汚れてぼさぼさになっている。とはいえ、シラミがいるような酷い状態でもなかった。


 わりと整った顔立ちで、まん丸い可愛い目が特徴。そんな似た顔が二つもある。近くでも見ても判別は付きそうになかった。けど、どっちかは確実に中身がおっさんなんだよなぁ。


「ちょっと聞きたいことがあるのだが」


 二人は脅えた目で俺を見る。やべ、なんか怖がらせちゃったかな?


「……」

「……」


 それを見たカトゥーが、すかさず二人の前でしゃがみ込んであの子たちと目を合わせ、こう言った。


「ごめんね。このお兄ちゃん怖いよね。ロリコンだから気をつけてね」


 ぅおおいい!


 反論したいのをぐっとこらえる。今優先すべきは、この子たちの信頼を得ることだ。でないと、こちらの質問にも答えてくれないだろう。


「ね、お名前はなんていうの? わたしはねミクリーミ・カトゥー。ミクリーって呼んでいいよ」


 ミクリーってなんかピンとこないなぁ。カトゥーでいいだろ。


「ミクリー?」


 右側の子が反応した。左の子は口を噤んだままだ。双子でもわりと個性はありそうだな。


「そうだよ。あなたのお名前は?」

「わたしはミーフ。この子はミーズっていうの」

「ミーフちゃんがお姉ちゃんなの?」

「うん、そうだよ」


 少女の顔から緊張感が消えていく。そりゃそうだ。こいつといると緊張どころか脱力させられるからな。


「ね、最近、どっちかの子が大けがとか病気になったとかない?」

「……?」


 ミーフが首を傾げる。あれ? カトゥーの予想が外れたか。


「ミーズちゃんは、具合が悪くなったこととかない?」


 ミーズの方は何も喋らない。それでも、俺が話しかけたときのような脅えた表情ではなかった。


「ミーフちゃん、ミーズちゃん。お腹空いてない?」


 カトゥーのその問いかけにミーフが悲しそうに声をあげる。


「お腹空いてる」

「じゃあ、何かごちそうしてあげるよ。その前に身体洗わないとね」



**



 近くを流れる川に少女たちを連れて行き、カトゥーがそこで双子たちの身体をきれいにした。


 もちろん、俺は手伝うことなく「マキくんはロリコンで危ないから、どっか行ってて」と邪険にされる。ロリコンちゃうねん!


 その後、街の宿屋に併設された酒場で少女たちの胃を満たす、ごちそうを振る舞うことになった。もちろん、経費でだ。


 豪華な食事を「おいしー」とキラキラした瞳で頬張る彼女たち。これで少しは信用してくれただろう。


 お腹いっぱいになった少女たちはうつらうつらしてきて眠たそうだったので、そのまま宿屋の部屋のベッドで寝かせることになる。


 うーん、今回に至っては俺、あんまし役だってないな。というか……カトゥーにしては、めずらしく働き過ぎだ。


「なぁカトゥー。こいつら孤児みたいだし、生活してきた環境も劣悪だ。もしかしたら睡眠中に突然死でもしたんじゃないか?」


 俺は可能性の一つとして、そう推測する。


「うん、それはわたしも考えてた」

「そうすると、どっちが転生者かなんて判別がつかねえだろ?」

「そうだねぇ。わたしとしてもお手上げだよ」


 ここで、二人がむさ苦しいおっさんであれば「二人ともっちゃえば」なんて無責任な台詞を吐けるのだが、一人は確実に少女だ。そんな惨いことをできるはずがない。


 まあ、おっさんだったとしても、本気でそんなことはしないし、提案してもカトゥーに呆れられるだけだろうが。


調和神ラッカークはなんて言ってるんだ?」

「間違いは許されないって」

「そりゃそうだけど、なんかヒントくらい、くれてもいいんじゃね?」

「ヒントねぇ……」

「そういや転生させたのって、転移の時と同じで創造神ビワナの一人なんだろ? その神と連絡とれないのか?」

「基本的に創造神ビワナたちは独立していて誰の干渉も受けないの。だから困っているんだよ」


 前に聞いた話では、創造神ビワナって転移後とか転生後は放置プレイに近いようなこと言ってたな。


「あー、神様同士でもいろいろあるのか」


 管轄が違うと口出せないって、日本の省庁とか警察みたいだなぁ。


「まあね。なんだかなぁ、だよ」

「で、どうするよ」


 いつもなら逆に聞かれるようなことを俺がカトゥーへと質問する。今回はこいつが主導権を握っているようなものだからな。というか、相手の特定まではカトゥーの仕事だ。


 俺は特定された相手を始末するだけ。相手がわからないことには俺の仕事が進められない。


「しばらくは、わたしたちがこの子の面倒をみようよ。レベルさえ上げなければ危険はないんだから」

「そういや、そのレベルの概念って普通に存在するのか? 俺とか自分のレベル知らないんだけど」


 竜狩りの転移者がレベルを自分で見られるようなこと言ってたもんな。


「それは世界によっても違うよ。そうだね。ここの世界ではレベルはあるみたい。この子達はレベル一。十くらいから一気にパラメータが上がるみたいだから気をつけないと」

「なるほどねぇ」

「ちなみにマキくんはレベル二十。この世界の平均的な大人のレベルだね」

「俺もいちおう転移者ってことになるんだろ? なんでそんな平均レベルなんだよ」

「だって、マキくん。スキルやアイテムでチート持ちじゃない。贅沢だよ」


 そりゃそうか。リスタートに、問答無用で転移者にトドメをさせるモラルタと……それからカトゥーの支援魔法? あれ? あんまりチートでもないような気がしてきた。


「まあ、マキくんは正確には転移者じゃないもんね」


 微妙に俺から目を逸らすカトゥー。こいつ、なんか隠しているのか?


「カトゥー、おまえは俺の過去を知っているのか?」

「……」


 こいつは基本的に嘘が吐けない。まあ、誤魔化したりとかお茶を濁したりとかじゃあるけど、重要な話においてはすぐ顔に出る。


 そんなことを考えながらも俺は、黙り込むカトゥーを見て「気にしない」という演技で話を続ける。


「まあいいさ。記憶は、調和神ラッカークとの契約で修復してもらうのが筋か。おまえが話せなくても責めやしないよ」


 調和神ラッカークだけでなく、こいつも俺の過去を知っている可能性が高い。焦って問い詰めないほうがいいだろう。


「マキくん……あのね。過去には囚われない方がいいよ。知らなくてもいい過去だってあるんだから」


 らしくないカトゥーの優しい言葉。これが彼女自身の本音だとしても違和感しか抱けない。だって、俺たちはずっといい加減なやりとりをしてきて、俺自身もそれを望んでいるのだから。


「おまえにしては真面目な話ができるんだな?」


 俺は乾いた笑いをカトゥーへと向けた。哀れむような彼女の瞳。そんな人間味のある表情で同情しないでくれ。いつものように投げやりに、言いたい放題言ってくれた方が精神的に楽な気もする。


「前にも言ったでしょ。依頼をこなすのが嫌なら、その世界でずっと暮らしてもいいんだって」

「まあ、今回の依頼が幼女を無条件に殺せっていうなら、かなり躊躇したっていうか、そんなのお断りだと投げ出してただろうけどさ。そうでもないじゃん」


 今回はマシな方。だから、あまり深く考えさせないでくれ。


「今後、そういう依頼があるかもしれないよ」

「その時はその時に決めるよ。どう問題なのかってさ。というか、俺、以前に幼女の姿の魔王をぶっ殺してるじゃん。今さらなのかもね」


 自嘲する。俺は正義の味方ではなく、女神のただの駒だ。


「マキくん……」

「偽善者ぶるのはさ。らしくないよな。俺は卑劣で卑怯で、淡々と依頼をこなすのがお似合いだ」

「そうだね。そんなマキくんの相棒は物臭で無責任で、ちょっとかわいいだけの愚か者だからね」

「おまえ、自分のこと『かわいい』とか、しれっと言うなよ」

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