第20話 純愛と邪神召喚(6)


 すべてが終わる。


 残り回数ゼロというギリギリのところで俺は、ソーニャの能力が移譲する前に転移者を葬ることができた。難易度も高かったが、今回は精神的なダメージがかなりキツい。


 卑劣な方法で転移者を罠に嵌め、最愛の人を殺させる。何度も……。


「ふざけんな!」


 本来なら、奇跡の力で少女を救うんだろ?! なんでそういう時に肝心のスキルが発動しねえんだよ!


 やり場のない怒りを自分の心の中に封じ込める。


 発動しない理由は知っていた。彼のスキルより、彼の剣の本来の目的の方が優先順位が高かっただけ。それをカトゥーから教わった俺が、卑劣な手を考えた結果があの状態だ。


 なんだよ。このクソ設定は! そのクソ設定を利用した俺もクソ以下だ。


 今までは相手が完全に悪だと誤魔化して仕事をこなしてた。けど、結局、悪は俺たちの方か。


 考えたくない。いや、考えさせないでくれ。


「クソッタレ!」


 黒い粒子と化していく転移者を見ながら、勝利したというのにやるせない気持ちを抱く。


「どうしたのマキくん? 転移者を始末するのは、初めてじゃないでしょ。それとも今頃になって罪悪感が――」

「違う! 転移者を始末するのはいい。だけど、こんなやり方しかできない自分と、ヤツのクソッタレなスキル設定に憤っているだけだ」


 歪んでいる。愛の奇跡というスキルは、彼の愛を無視するという歪んだものだ。


 同情しているわけじゃない。落胆しているだけだ。この世界には希望がないということに。


「マキくん」


 カトゥーの柔らかな声。いや、いつもの間延びしたやる気のない声だ。


「なんだよ!」


 ついカトゥーに対してきつい口調で答えてしまう。いや、きついのはいつものことか。それでもこいつは、俺に付いてきてくれているんだよな。


「ソーニャさんの召喚能力が別の人に移譲していないか、確かめないといけないみたい」

「で?」

「三日ほど、様子をみたいの」


 ああ、前のマッドサイエンティスト……もといアニオタ科学者のパターンか。


「わかった」

「戻るでしょ?」

「戻る? どこに」


 俺たちに帰る場所なんてあったか?


「リリエちゃんのところ。マキくん感謝されたがってたじゃん」

「いや……でも」

「ロリコンなんてもう言わないよ。マキくんに今必要なのは感謝の言葉だよ」


 俺の手をカトゥーの両手が包み込む。柔らかくて温かい手。なんだよ、ようやく女神っぽいことをしてくれるのか。


 まさか俺に惚れ……てるわけがないか。こいつは俺の事になんか関心はないはず。きっと調和神ラッカークに指示されているに決まってる!


 けど……今は悪態をついている余裕はない。だから、少しだけそれに甘えさせてもらおう。


 それから俺たちは本土へと戻り、リリエのいる村へと向かった。カトゥーは余計な口を開かない、というのは、いつものこと。終始無言で歩く。


 不穏なムードになることはない。いつものように俺の方からは何も気を遣わないでいた。それが俺たちに日常なのだから。


 本当は感謝しなければいけないのだろう。こんな相棒をマッチングしてくれた調和神ラッカークにも、そして当のカトゥーにも。


 さきほどまでのモヤモヤした感情は徐々に薄れていく。


 今回の仕事は、少なくとも表面的には現地の人に感謝されていた。淡々とこなしていく依頼の中で、初めて心が満たされたのだ。


 二日かけてサルハラ村に戻り、リリエと再会する。


「トウヤ!」


 農作業を手伝っていたと思えるリリエと目が合い、彼女は嬉しそうにこちらに駆けてくる。


「元気だったか? といっても、まだ四日ほどか」

「どうしたの? もしかして、 もう怪物をやっつけたの?」

「ああ、もう心配ない。夜はぐっすり眠れるよ」

「うわぁ、すっごいね。トウヤ」


 前のように一晩の宿を借りて、リリエの両親に世話になる。その対価は、リリエに対して俺の活躍譚を話すことだ。


 と思ってるのは俺だけで、リリエの両親は怪物を退治してくれたことに喜んでいた。それだけで、俺をもてなす価値はあると言ってくれる。


「本当は村全体であなたを歓迎するべきなのでしょうけど、今は村長が不在のため仕切る者がいないのですよ」

「村長さんはどこに?」

「治める税のことで相談があって、領主さまのところへ行かれました。人的被害はミックがやられただけで済みましたが、農作物の被害が甚大なんですよ。ちょうど怪物の通ってきたあたりに畑がありまして」

「なるほど、それは大変ですね」

「ですが、怪物がいないのであればわたしたちは安心して暮らせます。復興作業も無駄なく行えるでしょう。本当にありがとうございました」


 そんな感じで両親には感謝され、夜には暖炉の前でリリエに怪物の話をせがまれることになる。


 前と違うのは、隣にカトゥーがいること。そんな彼女を見上げ、不思議そうな顔をしたリリエが俺に問いかける。


「ねぇ、この人って、トウヤの――」

「違うよ。マキくんはわたしの部下なの」


 リリエの質問が言い終わらないうちにカトゥーがそう答える。先読みしすぎだろ? まあ、間違ってはいないけどさ。


「なら、あたしがトウヤのお嫁さんになってもいいんだよね?」


 少し顔を赤くし、俯いた感じにリリエが言う。

 と同時に、カトゥーの真顔がこちらに向く。オーケー。何が言いたいかわかってるぜ。


「ロリコン」


 もうロリコンって言わないって言ったやん!


「どないせえっつうねん!」


 リリエが俺の腕に絡みついてくる。


「ダメなの?」

「マキく……お兄ちゃんはね。ロ……じゃなくて、次の仕事があるからここにはいられないんだよ」


 今、ロリコンと言おうとしただろ、カトゥー。


「また来られるよね?」


 その質問に、俺はなるべく優しく答えてやる。


「そうだな。今度はいつ来られるかわからないな。ごめんな、リリエ」

「えー」


 不満げな顔のリリエ。けど、こんな顔が見られるのも平和になったからなのだ。


「仕方ないんだよ。俺にも仕事があるんだから」

「そうね。リリエちゃん、期待しないで待ってた方がいいよ。出ないと、リリエちゃん、おばあちゃんになっちゃうよ」


 カトゥーが俺の曖昧な答えを補足するかのように呟く。


「えー?! それはイヤだな」

「マキくんは、いずれまた来るかもしれないから、それは期待しててもいいよ。けど、すぐに来るって思わないようにね」

「トウヤのお嫁さんにはなれないの?」

「あ、ああ……」


 なんだか額からイヤな汗が流れてくる。カトゥーの顔がまともに見られないな。リリエの顔も同じくだ。


「あたしのこと嫌い?」


 参った。ここで好きといえばカトゥーにロリコンと罵られ、嫌いといえばリリエを傷つけることになる。どうしろと!?


 この子が傷つかず諦めさせる方法は……うん、これしかないな。


「俺と約束しないか?」

「約束?」

「俺はまた来る。だから、リリエはその時までにうんと幸せになれ」

「幸せ?」

「そう。誰もが羨むような幸せだよ。そうしたら俺も安心してまた来られる」

「幸せかぁ……」

「リリエ。明日も早いんだろ? ご両親に怒られる前に布団に入りな」

「うん。おやすみ、トウヤ。おやすみ、カトゥーさん」

「ああ。おやすみ」

「おやすみ、リリエちゃん」


 リリエが自分の部屋へと戻っていく。まだ話を聞きたかったのか、時々振り返りながら未練たっぷりに。


 俺は暖炉の火を消すと、前にも案内された客間へとカトゥーと共に歩いて行く。


「ねぇ、マキくん」

「ん? なんだ?」

「この世界に残ってもいいんだよ」

「お、おまえ、俺のこと本気でロリコンと思ってるんだろ?!」

「んー、それもあるけど」

「あるのかよ!」

「マキくんがつらいなら、もう依頼は受けなくていいんだよ」


 おい。どういうことだ? お払い箱か? カトゥーとのパーティーを追放されちゃうの俺?


 じゃなくて、なんだ? カトゥーの考えがわからない。


「カトゥー、どうしたんだ急に。調和神ラッカークが言ったのか?」

「急じゃないよ。昨日から考えてた。マキくんが望むなら、わたしから調和神ラッカークさまに言っておくよ」

「俺は……」

「記憶なんて戻らなくてもいいんじゃない? その方が幸せになれるかもしれないよ」


 カトゥーがカトゥーらしくないのはたまにある。仕事ではいつもやる気がなくて、投げやりなくせに、誰かのことを本気で心配する。ごくたまにだけどさ。


「幸せ? んなもん人によって違うだろ? それに誰かの幸せを奪っている時点で、俺には幸せになる資格なんかねえよ」


 強がりだった。本当は幸せになりたい。穏やかに暮らしたい。自分が何者かなんてどうでもいい。


「マキくん……」


 心配そうに俺を見つめるカトゥー。きっと、強がっているのだって、お見通しなのかもしれない。


「仕事は続ける。そして俺は過去を取り戻す。判断するのはそれからだ」


 俺は寝袋に入り、カトゥーから顔を背けて眠りに入る。


 余計なことは考えるな。今は、仕事を着実にこなしていくことの方が先決だ。


 それが記憶を取り戻すための唯一の手段なのだから。



▼Fragment Cinema Start



 俺は再び映画を見ていた。


 スクリーンには真っ白な廊下が映し出され、そこを移動している映像が流れる。


 その白さは雪の中のような純白で、境界さえ白く塗りつぶされてホワイトアウトしそうな風景だった。唯一、遠くの方に真っ赤な扉らしきものが見える。それもかなり距離があるので、豆粒ほどの小ささだ。


 数十分ほど歩いて行くと、ようやくその扉にたどり着いた。


 男の手らしきものがそれを開けると、三十平米はある広い空間が現れる。そこはドーム状の天井があり、満天の星空が見えていた。これは、現実の夜空ではなく映像だろうか。星の並びが、目まぐるしく変化していく。


 広い空間であるが、灯りはそれほど点いておらず、視界にはずらりと並んだベッドが数十台、近く見えるだけであった。


 扉に入ってすぐの所で留まっているシーンで、ふいに二人の少女が現れる。


 年の頃は十才くらいだろうか。白髪というより、白銀に輝く髪と呼んだ方がいいだろうか。それほど綺麗な髪だった。


「お兄ちゃん」

「お兄ちゃん」


 二人の少女がこちらを呼ぶ。彼女たちの顔はそっくりだった。双子なのだろうか?


 ただ、どこかで見たような顔立ちでもある。


「ね、わたしを選んで」

「ね、わたしを選んで」


 少女たちがそれぞれ、こちらに手を差し出す。何を選ぶんだ?


 それより、ここはいったいどこなんだ?


 スクリーンはそこでブラックアウトする。


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