第19話 純愛と邪神召喚(5)

「あと二回だからね」


 アンカーポイントを作成したのは、この無人島に到着した時間だ。前回は、朝を待って転移者の元へと行ったのだった。


「参ったね」


 俺は空を仰ぐ。難易度が高すぎるだろ。どうすりゃいいんだよ。


 絶望的な気分。


「ソーニャさんは殺せないって知ってたでしょ? なんで人質にとったの?」


 カトゥーのそのいつもの間延びした口調で、俺は日常へと戻される。


「あいつの剣でしか殺せない彼女を、あいつはなんで守ってるのか? それを知りたかったんだよ」

「で、何かわかったの?」

「あいつはこれ以上邪神……怪物を彼女に召喚して欲しくないんだろ。この無人島に来たのだって、平和に暮らしたいからだと思う」


 彼女は危険な目に遭うと能力を発動してしまう。だから誰もいない場所で、彼女を保護して、召喚した邪神を始末して静かに生きていこうと思ったんだ。


「ふーん。そんなユウマさんをマキくんは殺すんだ」


 ジト目のカトゥー。ちょい嫌みったらしくもあり、投げやりな感じがいかにも彼女らしい。


「このまま二人で暮らせば、彼女が邪神を呼び出さないって保証があるのか? ないからこそ、調和神ラッカークはあいつの駆除を依頼したんだろ?」

「まあ……そうだね」


 こいつわかってて聞いただろ。


「他に方法があるのかよ!? あいつは絶対に自分の剣で彼女を傷つけることはない。カトゥーもそれはわかってるだろ!?」

「……うん」

「でもな、あいつに正義があるように、こっちにも正義があるんだよ」

調和神ラッカークさまは、別に正義のために動いているわけじゃないよ」


 あの女神は単なるバランサーだから、感情的に動いていないのは理解できる。けど、俺が言いたいのはそこじゃない。


調和神ラッカークじゃないよ。この世界の住人の正義だ!」

「この世界の住人でもないマキくんが、なんでこの世界の正義を語るの?」

「しゃーねえだろ。出会ってしまったんだから」


 思い出すのはリリエの事。今まで現地人に親切にされたことなどなかったから、余計にあの子の事を考えてしまう。


「ああ、マキくんがお世話になった家の子だね?」

「そうだよ」

「やっぱりマキくん、ロリコンなんだ」

「ぅおいぃ!!」

「だって、あの子十才くらいでしょ? ロリコンにはジャストフィットな年齢じゃないの?」

「俺は手を出してないだろ!」

「えぇー? マキくん、手を出す気があったの? やっぱりマキくんは――」

「茶化すな!」


 カトゥーの脳天に手刀打ちチョップする。


「いたいよぉ」

「転移者がソーニャのために戦うように、俺は今回に限ってはあの子の為に戦う。それが正義だ」

「じゃあ、正義と正義の戦いだね」

「当たり前だろ。誰だって、自分の正義を振りかざすために戦うんだ」


 俺のその言葉でようやくカトゥーが一瞬黙る。普段はツッコミさえ面倒がるのに、今日はムキになって俺に突っかかってきたな。


「でも勝てないよ、そんなんじゃ……。マキくんはさ、あの子の為に死ねるの?」

「そりゃあ――」

「リスタートなしだよ」


 俺が答えようとした途中でカトゥーがそう言い切る。そして彼女は言葉を続けた。


「あの子を本気で愛して、その子のために命を投げ出す覚悟がなければ勝てないよ」


 それ、真性のロリコンじゃねえか。いや、まあそれくらいの気概は必要だわな。でないと、今の俺では勝てないだろう。


 だからといって、そこまでの愛情はない。どうせ次の世界に行ったら忘れてしまう……忘れ去られてしまう存在だ。


 ヤツに対抗して、熱に浮かれただけの軽い正義。そんなもので勝てると思ってしまう俺もどうかしていた。


 なら、俺は俺のやり方でいつも通りやるしかない。


「わかったよ。俺のガラじゃなかった。あの子のために正義を振りかざそうなんて、どうかしてた」

「で、どうするの?」

「淡々と依頼をこなす。おまえに卑怯者だって罵られながらな」


 それが唯一の勝機。まともに勝負してはいけないのだ。



**



 あれからもう一度、リスタートを使った。万全を期すためだ。


 カトゥーのカード魔法で数少ない攻撃系『Covering fire』。カードには、二人の少女が描かれていて、一人は前衛で突っ込むようなポーズ。もう一人は後ろから援護射撃するように機関銃を構えている。……これ、魔法のカードだよなぁ? 絵柄のミリタリー色の強さに少し違和感を覚える。


 まあ、つまり。このカードは物理魔法による援護射撃。とはいえ、これでは転移者に致命傷を与えることはできない。


 この魔法を作戦の中心に添えて、トラップを組む。正々堂々ではなく、卑劣に粛々と。そもそも俺には剣で渡り合えるような技術もない。


 地道な作業が終わった後、俺はカトゥーに声をかける。


「行くぞ」

「あー、めんどくさいなぁ」


 と、いつも通りの彼女。ムカつくけど悪くはない。正義なんてクソくらえだ!


 てな意気込みで転移者の元へと向かう。


 場所は知っている。これで三度目だ。


「この間は助けていただき誠にありがとうございました」

「ああ、キミは本土にいた」


 転移者が顔を上げる。不信の色はない。三度目の同じ台詞。ただし、向かう先は一度目の場所とは違う。


 適当に話を捏ち上げ、薬草採りの護衛を頼む。そして移動。


 最初の時のように背中から刺そうなんて思わない。きっと転移者の能力で巧妙に避けられてしまう。勝負をかけるのはここじゃない。


 十分ほど歩くと、紫の花が咲く草原にたどり着く。ここからは海も一望できる絶景の場所。


「ここかい?」


 転移者が振り返る。目的地に着いたことで、少し安心している素振りだ。今のところ邪神を召喚されることもない。


「そうです。ありがとうございました」


 感謝の言葉を告げながら転移者へと斬りかかる。と同時に、少女の方にはカトゥーの魔法で眠ってもらっていた。


「何をする!」


 少女との距離を引き離すために、さらに短剣を振る。


「あんたはやるべきことをやらなかった。だからここで死んでもらう」


 俺の言葉は悪役そのものだ。


「やるべきこと?」

「その剣はなんの為にある? わかってるんだろ?」

「そ、それは……」

「そんなに嫌なら代わってやるよ!」


 剣を打ち込む。勝てないと解っているので、あくまでも牽制だ。


 男が大剣を構える。リーチでは不利。防御の魔法も奇跡の力で打ち破られる。俺に勝つ要素なんて全くない。


「うおおおおお!!」


 男の大剣がうなる。剣先を寸でのところで避けながら後退。背後へ指示を出す。


「カトゥー!」


 『Covering fire』の魔法が炸裂する。ある一部の場所を除いて、物理魔砲弾が男の周りに降り注ぐ。その攻撃を彼は、反射神経と奇跡の力で紙一重に避けていく。


 かなりの魔法弾が降り注いだが、彼は傷一つ負ってはいないだろう。


 さらに追加で物理魔砲弾を撃たせる。


「ははは、当たらないぞ。そんなチャチな魔法は」


 彼は余裕の笑みを浮かべ、意図的にこちらが作った安全地帯へと移動する。その瞬間、地面が崩れた。


 土煙が辺りに舞う。落とし穴に落ちたのだ。とはいえ、相手は傷一つ負ってはいないはず。穴にはケガをしないように草を敷いておいた。罠と言うよりは彼にとっては、魔法から避けられる安全地帯だ。


 だからこそ、奇跡が発動しなかったのだ。


「カトゥー、次だ」


 彼女にそう指示をすると、俺たちは逃げ出した。



**



 数分後、草原に戻るとそこには悲愴の叫びを上げる転移者がいた。


 彼の腕には少女の亡骸が。


 俺たちの作戦は、転移者が落とし穴に落ちたさいに、幻影魔法で俺とソーニャの姿を入れ代えるというものだ。そして彼女の目を覚ますこと。


 何も知らないソーニャは、男を心配して落とし穴に近づいたのだろう。だが、幻影魔法により、男は少女を俺だと思い込んで攻撃する。彼の剣は少女を殺すためのもの。一振りで彼女の命は失われた。


「あー、卑怯というより卑劣かな。うーん、悪魔みたいな所業だね」


 俺を責めるような厳しい口調ではなく、なんだかいつものような抜けた声。言葉は辛辣だが、それが直に伝わってこないのが救いでもあった。


「もっと責めてもいいんだぞ」

「わたしも共犯だからね」


 カトゥーの顔がこちらに向く。柔らかな笑み。こいつに気を遣われる日が来るとはな。


「元凶の少女を片付けたんだからさ。もうあの人は処理しなくていいよな?」


 最愛の人を亡くしたのだ。それも自分の手で殺している。これ以上の仕打ちは、さすがに酷すぎだ。


「ううん。ダメなの」

「お、おまえ! 鬼か?! あの人は最愛の人を亡くしたんだぞ!!」


 カトゥーの返答に思わず怒りをぶつけてしまった。


「そうじゃないの。見て」


 彼女が空を指さす。


 いつの間にか、男の頭上に禍々しい雲の渦ができていた。


「まさか……」

「ソーニャさんの能力はユウマさんに移譲したわ。あの人の奇跡の力で」


 おいおい、そんなの奇跡じゃないだろ。世界を滅ぼす力を奇跡と呼ぶのか?


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」


 男の雄叫び。背筋にゾクリと嫌な感触が走る。


 ドスンドスンと、空から大量に邪神が降ってきた。そう、世界を終わらせるために。


調和神ラッカークはここまで未来視で見てたってことか? だったら最初っから言えよ」

「ううん、調和神ラッカークさまには漠然とした未来しか見えないの。彼のスキルである『愛の奇跡』は、本当に何が起きるかわからない。だからこそ、彼の能力を危険視したんだと思うよ」


 この風景を見るのは二度目だが、慣れるものじゃない。邪神は通常なら、その姿を見ただけでも発狂すると言われている。そんなのが何十体も、何百体も降ってくるんだ。


「カトゥー、リスタートだ!」

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