第16話 純愛と邪神召喚(2)
「他の地域にいる怪物なんじゃないですか?」
「あんなの御伽噺でも聞いたことがありません」
そうリリエの父親は続けて答える。
「この世界にはあんなものはいないと?」
「ええ、御伽噺で人食いオーガの話とかありますが、大きさは平均的な大人より少し大きいくらいですよ」
マジかよ。そんなとんでもない怪物が来たってのか? というか、どっから?
「そういえば私、聞いたことがあります」
と奥さんが震えたような声で答える。
「なんでしょう?」
「呪われた少女の話を。その少女は意図せずに化け物を異界から召喚してしまうそうです西の方でそんなことがあったとか、このまえ旅の方に聞きました」
ということは、召喚しているのは転移者で、しかも少女ということ? 女の子の場合は悪役令嬢とかそっちに転生じゃないのか? よくわからんな。カトゥーが居れば今回の転移者情報を教えてもらえるというのに。
側にいると苛つくけど、いなけりゃいないで不便な存在だ。それに、あのやる気のない声を聞いて脱力ってのも、平和な証だってのに。
どうする? このままやり過ごすか? それとも……。
ん? そうか!
俺はあることを閃く。
「家の中で待っていください。俺がなんとかしますから」
「しかし、あんな怪物にどうやって」
不安そうなリリエの父親の言葉。
「まあ、見てて下さい」
そう言って出て行こうとする俺の袖を誰かが引っ張る。
「ん?」
「トウヤ、死なないで」
リリエが泣きそうな顔をしながら、そんなことを言ってきた。
「ああ、すぐに片付けてくる。待ってろ」
彼女の頭にふわりと手を置いて、そう言い聞かせた。そして、扉を開けて怪物へと突っ込んでいく。
巨大な身体ゆえに動作はゆっくりで、怪物の行動は単一的に見えた。森を抜けてきたようだが、倒されている木々は直線の道跡となっている。
きっと目の前にあるものを、ただただ、なぎ倒して進んできただけだ。きっと勝機はある。
なぜならモラルタは異物を砕くもの。この怪物も異界から来たという。ならば、この世界の異物だ。身体のどこかをこれで傷つけられれば、そこから崩壊は始まるはず。
俺は怪物の背後へと周り、その踵部分に切りつける。
ガキンっと鉄でも叩く音。短剣の刃が通らなかったのか? どういうことだ? 皮膚が硬すぎる? いや、鱗か。
実際、モラルタを当てた箇所の鱗が黒く炭化して剥がれ落ちた。効かないわけではないのか。とはいえ、鱗を一枚一枚剥いでいくのは大変だ。
「こりゃ、苦労する」
一旦離脱し、体勢を立て直そうとしたところで怪物がこちらを振り返った。ギョロリとした目玉。見ているだけで恐怖がわき上がってくる。
そして咆吼。
その怪物の咆吼は衝撃波のようなものを放ち、俺の行動をフリーズさせた。身体が痺れて動きが鈍ってしまう。ヤバいな。
それを狙ったように大きな手が近づいてくる。
マズいな……。カトゥーがいなかったらアンカーポイントも作成してない。死んだら、終わり。俺の命運もここまでか。
――「トウヤ!」
ふいに
「そうだな。俺は、俺自身の記憶を取り戻すまでは死ぬわけにはいかなかったんだ」
最期まで足掻くために、俺は即座に作戦を切り替える。
身体は徐々に痺れが解けてきているが、攻撃を避けた所でまた同じことの繰り返し。鱗をある程度剥いで、その身体にこのモラルタをぶっ刺すまでは時間がかかる。
それじゃあ、俺の体力が持たないだろう。
だったら、このまま怪物に掴まれて口に放り込まれればいい。
噛み砕かれる前に口内の柔らかい部分にモラルタをぶっ刺し、頭部の崩壊に持ち込むってのが最善手かな。
なんなら、胃を突き破ってもいい。鱗で阻まれるのなら内側から攻撃してみるのも効果的だろう。モラルタが有効だってのは実証済みなのだから。
そう考えてわざと棒立ちしていると、バシュっと肉を切り裂く音が響き、俺を掴もうとしていた大腕が地面へと落ちる。
なんだ?
「おまえの相手はこっちだ!」
三十代くらいのおっさんが、自分の背丈ほどの大剣を持って怪物と対峙している。腕を切り落としたのはあいつなのか?
その後、手慣れたように怪物を退治していくその男性。大剣は何かのマジックアイテムなのだろうか? バターでも切るかのように、簡単にダメージが通っていく。
ついには怪物は四肢を切断され、大地に倒れた。
「キミ、大丈夫か?」
男がやってくる。黒髪であり、アジア系の顔立ち。大剣がアンバランスに思えるほどのわりと細い身体だ。
「ありがとうございます。あの怪物はどこから来たんでしょう?」
その問いに男が一瞬視線を背ける。そして誤魔化すようにこう言った。
「そ、そうだな。どこかに異界に続くゲートが開いたとの噂を聞いたことがある」
ん? 俺の聞いた情報と違うな。けど、こういう場合は下手にツッコまない方がいい。
「そうなんですか、いろいろ噂はあるんですね」
「噂?」
「誰かが召喚したんじゃないかって話もあるんですよ」
「そんな噂もあるのか。オレは初めて聞いたな。はっはっは」
なんか怪しいなぁ。まあ、いいけどさ。
「ところでその剣はマジックアイテムなのですか? あの怪物は通常の刃では切れないようですが」
「ああ、この大剣は女神にもらった特別性なんだ」
「女神?」
「キミに説明するのはちょっと難しいかもしれないが、オレはこの世界の人間ではない」
全身に緊張感が走る。こいつが転移者か? リリエの両親が言ってた『大刀のユウマ』はこいつなのか? 服装は見たところ『ジャージ』ではなく、普通に革の鎧を着ているが。
人違いという可能性もあるが、俺の正体は悟られない方がいいだろう。
「なるほど、女神の剣ですか。怪物を退治できる剣なんて凄いですね。ところで、この手の怪物っていつ頃から現れるようになったんですか? 俺も初めて見たくらいですからね」
俺がこの世界の人間ではないということを悟られないように、相手からの情報を引き出そうとする。
「さあ、俺も詳しい事は知らないんだ」
先ほどから目を合わせようとしない、男の言葉には嘘が含まれているのだろう。何を隠しているのかはカトゥーと合流すれば一発でわかるはずだ。
「ユウマ!」
背後で少女の声がした。かわいらしい甘ったるい声だ。
振り返ると十一、二才くらいの銀髪のポニーテールの少女が男の方へと駆けていき、そして彼に抱きつく。美少女というより、妖精と喩えた方がいいくらいのふんわりとした美しさを持つ容姿だった。
「終わったぞ」
男の口元が緩む。そして少女は彼の胸元へと頬をすり寄せた。二人は恋人同士なのだろうか。
というか、三十のおっさんに、小学生くらいの少女か。こいつもロリコンかよ!
「ユウマぁ」
「よしよし、怖かったか?」
「ううん、大丈夫」
「なら、いい」
年の差カップルは見ていてツライ。いや、年の差がなくても目の前でいちゃつかれるといい気分はしなかった。
「ユウマ、次はどこ行くの?」
「少し東に行けば海があるらしい。その先には無人島が幾つかあるようだ。ソーニャ、島暮らしは嫌か?」
俺が居ることを気にせず、二人は会話を続ける。完全に二人の世界に入ってるな……。なんだか、いたたまれない気持ちになる。
「ユウマと一緒ならどこでもいい」
「じゃあ、そこでオレたちは幸せに暮らそう」
俺は空気を読んでタイミングを計り、男に助けてくれたことの礼をいい、その場で別れた。
甘々カップルだな。羨ましいという感情が沸き上がってくる。
とはいえ、この手のやりとりをカトゥーとできるかというと……。思わず想像してしまった。
――「マキくん、次行くよ」
――「ああ、転移者の情報を教えてくれ」
――「うーん、なんか説明するの面倒になってきた」
――「俺の頭にデータを転送するだけだろうが」
――「画像はそうだけど、付加情報を口頭で教えなきゃいけないじゃない」
――「あたりまえだろ」
――「なんか、めんどう」
ダメだ。甘々どころか、脱力していくだけだ。
そりゃそうだよな。なにせ相手がカトゥーだから……。
ズキッとこめかみが痛み、同時に浮かび上がってくる記憶の断片。
――「ね、トウヤ。早く行こ!」
――「そんなに急かすなよ」
――「だって、あの人たち、まだ追いかけてくるんでしょ?」
俺に腕をギュッと握るアリシアの身体は、僅かに震えていた。
――「大丈夫だ。何があろうと、おまえは渡さない」
――「ありがと……トウヤ。大好きだよ」
――「俺もだ。おまえが一緒なら、どこまででも逃げてやる」
――「わたしもトウヤが一緒なら安心だよ」
あれ? 涙が溢れてくる。まだきちんと記憶の修復がされていないというのに、彼女の顔や言葉や声を思い出すだけで涙が溢れていった。
気付くと、地面に膝をついている。頭痛は止んだが、記憶の整理が追いつかず俺は呆然としていた。
「……アリシア」
声に出して見る。懐かしい名前だが、それと同時に抱く言い知れない違和感。
俺の過去にはいったい、何があったというのだ。
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