第17話 純愛と邪神召喚(3)


「マキくーん。ここにいたんだ」


 どこか懐かしくも感じる、抜けた声が聞こえてくる。


 振り返るとカトゥーの姿。といっても、嬉しそうに駆け寄ってくるわけでもない。俺を見つけて、それで安心したのか棒立ちしている。


 この安心というのは、それ以上歩かなくていいからだろう。実際、カトゥーとの距離は十メートル以上離れていた。


 俺はすたすたと歩いて行き、カトゥーと合流すると、その頭に軽く手刀打ちチョップを入れる。俺たちは、感動の再会にもならないな。


「いたいよぉ」

「そんなに強く叩いてないだろうが。それより、今回の失敗はどういうことだ」

「失敗は失敗だよ。誰だって間違うことはあるでしょ? 異世界への転移ってすごい大変なんだよ。百回に一度くらいはこういうことはあるんだよ」


 まあ、失敗は誰にもあるから責める事はできない。ただ、百回に一回かぁ……とりたててドジッ子というわけでもなく、少し抜けている程度? いや、難易度が高いものなら普通にあることか。


「わかったよ。とりあえず今回の依頼を教えてくれ」

「えー……」


 嫌そうな顔をするカトゥーに軽く手刀打ちチョップ


「めんどうとか言うなよ」

「わかったよ。今、画像を送ったから」


 頭に浮かんでくるのは線の細い男性。三十代くらいだろうか……って、さっきのあいつか。


 けど、あの人。怪物をやっつける側だったよな。それともレッドドラゴンみたいに倒しちゃいけないタイプの敵なのか?


「その人の名前はキネユウマさん。創造神ビワナの選定中に、急にこの世界へと召喚されたの。召喚したのは、破壊神に世界の滅亡を願った少女。名前はソーニャ」


 その情報だけで、今回の件の八割方を理解できた。人類を滅亡させる側に付いてしまったというわけである。


「魔王の時と一緒か?」

「うん。そうだね。ユウマさんはソーニャさんに惚れていて、ずっと彼女を守っている。けど、彼女は滅亡を願ってしまったから、異界の門を開き続ける。まあ、ユウマさんも異界の門からやってきたんだけどね」

「なら、とっとと片付けちまおうか」

「……」


 カトゥーが目を伏せ、悲しげな顔をする。


「どうした?」

「そんなに簡単にいかないかも」


 再びこちらを見上げたカトゥー瞳には、僅かな感情が宿っていた。


「なんでだよ?」

「彼には強い信念があるの。ううん、信念じゃないね。これは愛かもしれない」

「アイ?」

「虚数じゃないよ」


 わかってるって。おまえがそんな真剣に愛を語ると思わなかったからな。


「それなら前に倒した魔王の時と変わらないって」


 あのロリコン転移者も幼女魔王に傾倒してたもんな。


「全然違うよ。彼にとって、マキくんは『自分を愛する者を傷つける悪』だよ。それに彼女の方もユウマさんを愛している。魔王の時のような一方通行じゃない」

「悪ねぇ……」

「煮込む際に出るあの――」


 軽く手刀打ちチョップ。真面目に話したいんじゃなかったのかよ!


「おまえは俺にツッコミを入れて欲しいのか?」

「いたいよぉ」

「手加減してるだろ」

「愛が足りないからだよ」

「おまえ、俺に愛を求めるのか?」


 これはどこまで真面目に受け止めればいいんだ?


「うん、マキくんの一方的な愛なら受け入れるよ。どんどんわたしに奉仕したまえ」


 うーん、なんだこのムカムカする感情は。しかも、中途半端に脱力する。女王様キャラをやりたいのなら、もっと徹底的に演じろよ。


「おまえからはないのか?」

「ないよ。だって……」


 めんどうだからか! 言う前からオチがわかるって、ある意味ひどいぞ。


「わたしの愛は重いから」


 あれ? 急に真面目な顔でそう答えるカトゥー。おいおい、おまえにそんな台詞は求めていないってのに。


「わたしの愛は重いから」


 大事なことなので二回言いましたってか? ホント、調子狂うわ、こいつは。


「わたしの愛は重いから」

「三回言うな!!」

「やっとツッコんでくれた」


 ニヤリと笑うカトゥー。その笑顔もらしく・・・ない気がした。


「ツッコミ待ちだったんかい!」


 無意識にカトゥーのおでこに手刀打ちチョップをしてしまう。


 あれ? 俺、もしかして、こいつにいいように遊ばれてる?


「マキくん行くよ」


 いつも通りの彼女の声。そしてマイペースな行動。ようやく俺の日常が戻ってきた。



**



 リリエとその両親に世話になったと別れの挨拶をして、港へと向かうことにした。歩いて二日かかるというので、少し怠い。怠いのはカトゥーの物臭が移ったのだろう。


 別れ際にリリエが紐で作った簡易な人形を手渡してくる。この地に伝わるお守りだそうだ。何か災いがあった時に身代わりになってくれるらしい。


「ありがとな」

「トウヤのことも、トウヤのお話も忘れないから」

「ああ、リリエも無茶はするなよ」

「トウヤこそ無茶はしないでよ」

「俺は大丈夫だよ。リリエからもらった人形があるだろ? これから怪物を根絶やしにしてくるからさ。もう安心して眠れるよ」

「トウヤ……」


 不安そうな顔をするリリエの頭に手を置いて撫でてやる。


「じゃあな」

「ありがとうございましたマキさま」

「村を救ってくれてありがとうマキさん」

「じゃあね、トウヤ。また会えるよね」


 三人に見送られて俺たちは歩いて行く。


 途中、隣のカトゥーが「ロリコン」とぼそりと呟いた。


 ロリコンじゃねえよ!



 港に着くと情報収集。二人の行方を聞いてまわる。話ではどこかの島に行くと言っていたが。


「大剣を持った男と銀髪の少女なら、わしが二日前にトトカ島に連れてったな」


 何人か聞いて回ってようやく、二人を乗せた船の持ち主を見つけ出した。髭面の四十代くらいの漁師のおっさんだ。


「俺たちもそこまで連れてってくれませんかね」

「あそこにはもう、金を積まれても行きたかないね」

「え? だって、二日前は」

「事情が変わったんじゃよ」

「事情?」

「化け物だよ」

「化け物?」

「昨日あたりから、あの島に近づくとバカでかい化け物に襲われるんだよ。仲間のリールエが船ごと喰われたんだ。命がいくつあっても足りねえよ」

「どんな感じの化け物なんですか?」

「聞いた話だと、タコに似た頭部に触手のような髭を生やした顔、巨大な鉤爪のある手足に、ぬらぬらした鱗と山のような大きな身体だ。あんなもん人間に敵うわけがない」


 あれ? なんか知ってるんだけどなぁ。この怪物。


「とにかく他を当たってくれ」


 だが、ほとんどの船主はあの島へ行くことを拒否していた。皆怪物の話を知っていたからだ。


 それほど大きな港でもなく、もともと十数人程度しか船主はいない。これが大きな港町であれば、まだ交渉する人間がいただろうが。


 俺たちは遠くに僅かに見える島を眺めながら途方に暮れようとしていた。


「サポート魔法使う?」


 めずらしくカトゥーから提案してくる。


「移動手段に使うのはもったいない」

「じゃあ、どうするの?」

「どうするってもなぁ。地図によると、あそこは無人島だ。他に逃げ場所はないだろうし、急ぐ必要はないんじゃね?」


 と楽観的に考えようとしたら、海の方から何か黒い物が浮かび上がる。


 そしてそれは、気が狂いそうな咆吼をあげながら、こちらへと向かってきた。漁師の証言とはまた違う化け物だ。


「なんだあれ?」


 黒い固まりがゆったりと、そして禍々しい姿を晒しながら砂浜へと上陸する。浜辺の漁師たちはパニックとなって悲鳴を上げ、逃げ惑っている。


 黒い化け物は触手の固まりのような身体で、その中央部に赤い目玉があった。見てるだけでSAN値が上がりそうである。


「あー、なんか見覚えあるよアレ」


 カトゥーが危機感もない声で、そんなことを呟いた。


「どこで見たんだよ?」


 彼女の指先がこちらを向く。俺? どういうこと?


「マキくん。アレに似た魔物に変化しなかった?」


 思い出した。魔王の時に、化け物に変化するカード魔法を使ったんだっけ?


「変化? ああ、バックベアードか? いや、ただの一つ目のお化けか。全然違うじゃないか」

「そお? 似てると思うんだけどなぁ」

「俺はあんな禍々まがまがしくねえよ!」


 と、空気を読まずに喧嘩してる俺らにその化け物は迫ってくる。


 カトゥーはふぅっとため息を吐くとこう言った。


「マキくん、よろしく」

「おまえはなんで、シアエガを前にして、そんな落ち着いてられんだよ!」


 仕方が無いので、こちらに襲いかかってきた目玉の化け物に、モラルタの刃をお見舞いしてやった。


 勝負は一瞬でつく。異物に関しては最強のチートアイテムなのだからな。戦闘技能とか関係なく、ただぶっ刺せば終わるのだ。


「あー、あれってシアエガっていうんだ」


 目の前で化け物は黒い粒子と化していく。


「え? 俺、そんなこと言ってた?」

「うん。あのモンスターの名前じゃないの?」

「無意識に出たっぽいな。なんだろう、そのシアエガって」


 自分で名前を言っておいて、覚えていないとはな。どうしたんだ? 俺。


「まあいいや。でも、マキくん。これっていいタイミングかもしれないよ」


 俺たちの周りにはいつの間にか漁師達が集まっていた。


「化け物を一発で倒した」

「すげー、これが勇者さまってやつなのか」


 なんだ、この感情は。瞳から溢れるこの液体は、なんだ?


「俺はいま猛烈に感動している」

「はいはい」

「俺はいまモーレツに感動している!」

「マキくん、暑苦しいよ」


 これが異世界に転移してモンスターを倒して現地の人から感謝されるということなのか!


「俺はいま――」


 カトゥーの右指が俺の脇腹を直撃する。


「はい、おしまい。仕事しよう」

「仕事?」

「マキくんは魔物を倒した英雄なのよ。感謝されて、たいていの願いなら叶えてくれるはずだよ」


 願いを叶えてもらう。これぞ異世界転移の醍醐味だ。


「おお、ならば我がハーレムに相応しい女の子を紹介……」


 俺の言葉が終わらないうちにカトゥーは、漁師の一人のところへ行き、何か話している。おまえの願いを叶えてどうするんだ。


「マキくん。オッケーだって」

「おいおいカトゥー。勝手に交渉するんじゃない。俺にも叶えたい願いがあってだな」

「ん? あの島へ行く船が必要なんでしょ? この人が乗っけてくれるって」


 あー、そうだな。まだ仕事の途中だった。

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