第二章 【めぐりあい異世界】

第15話 純愛と邪神召喚(1)


『何があってもおまえを愛すると誓うよ』

『わたしもあなたを永遠に愛します』


 転移の途中、そんな声が聞こえてきた気がした。これは、幻聴? それとも何かの記憶か?


 と、我に返った瞬間にドスンと、尻から地面に落ちる。


「いてててて」


 辺りを見渡す。独特の緑の濃い匂い。そして生い茂る木々。昼間だというのに、光が遮られていて薄暗くもある。


 ここは森の中なのか?


「カトゥー!」


 相棒の名を呼ぶ。だが、返事が返ってこないばかりか、人の気配すらない。


 転移したのはいいが、カトゥーとはぐれてしまったようだ。


 そういえば、いつものように彼女が呪文を唱えていて、最後の方で「あ、少し間違えちゃった」と言ったのを俺は聞き逃さなかったぞ。


 あいつは、たまにドジる場合があるからな。しかも、いつもじゃないというのが中途半端。それじゃ、ドジっ子というキャラ付けさえできない存在ではないか。ヒロインのくせにヤレヤレ系なんて、需要あるのか? 


 俺としては脱力系より、ドジッ子の方が健気でかわいいと思えたというのに。


 まあいいや。どこか人里を探すか。そこで大きな街のある方角を聞いて、そこに向かえばカトゥーと合流できるだろう。


 今までのパターンから、目的の人物の数キロ以内には転移してきたはずなのだから。


 森の中の、獣道ではない人の通った跡のある小道を見つけて歩いて行く。このまま道なりに進めば森を抜けるか、近くの村に到着するはずだ。


 しかし、一人になるのは久しぶりだなぁ。記憶にある中では、女神から最初の仕事を与えられてカトゥーと待ち合わせの場所に行く時くらいだったか。あとは、アニオタの研究者を調べるために、一人で行動した事もあったか。


 あんな相棒でも、いないと寂しくも感じるものだ。


 三十分くらい歩いた時、ふいに遠くの方から悲鳴が聞こえる。幼い少女の声かな?


 助ける義理はないが、仕事前のウォーミングアップにはなる。さらに、現地人と仲良くなって情報を得るという目的のために、俺は声のする方へと向かう。


 そこには一人の少女が緑色の小人の群れに囲まれていた。小人っていうのは、いわゆるゴブリンという最弱のモンスター。俺程度でも対処できるなと、そのまま突っ込んでいく。


 モラルタは異物にしか、その効果を発しない。だが普通にナイフとして使えるので、十分殺傷能力はあるはずだ。


 俺は一匹のゴブリンの首筋を後ろから掻ききった。


「キュエエエー!!!」


 奇声を発しゴブリンは倒れる。そして、残りのモンスターがこちらに目を向ける。ひい、ふう、みい、よぉ……と、あと四体ね。こりゃ、楽勝かな。


 その後は、それほど苦労することもなく残りのゴブリンを倒していく。こちらの方が身体も大きいし、リーチも長い。大した武器も持っていない上に、動きもとろい。


 俺としても、異世界を渡り歩いてきてそれなりに実戦経験を積んだのだ。これくらいの低レベルのモンスターにやられるわけがなかった。


「ふぅ……」


 最後のモンスターを倒すと、ほっと息を吐く。そして、地面にしゃがみ込んで震えている少女の方へと視線を向けた。


「あ、ありがとうございます」


 金色の髪を両サイドで縛った感じの髪型(ツインテールと呼ぶには、やや短め)で、青い瞳の綺麗な子だ。といっても、身長はゴブリンたちと変わらないくらい。なので、この子がホビット族でなく人間ならば、小学生くらいの年齢の女の子だろう。


「立てるか?」


 さすがにロリコンではないので、小学生に欲情することはない。ただ、この子が、もうちょっと年齢が上だったら良かったのになぁと、邪な考えは頭を過ぎっていた。


「あ、はい。あれ?」


 女の子は震えていた。そして、何度も何度も立ち上がろうとするが、腰が抜けてしまったのか、立ち上がることができないようだった。


「キミ、名前は?」

「わたし、リリエ」

「俺はトウヤだ。リリエの家はここから近いのか?」

「うん、歩いて一ノーリクくらいかかる、サルハラ村ってところ」


 ん? 俺の知識から、それが一ノーリク=三十分というのが導き出される。果たして俺が実際に使っていた単位は、前者なのか後者なのか? それともまた別の単位を使っていたのか? 何気ない現地人との会話に混乱する。


 前に駆除した転移者の街では、こんなことはなかったというのに……。それとも、いろいろ記憶が甦ってきて、さらに俺が混乱してきているのか?


 まあ、いい。今はこの子を安全に帰してやるのが重要だ。


「背負っていってやるから、そのサルハラ村というところまで案内してくれ。礼はそれでいい」



**



 村は森を抜けてすぐのところにあった。


 それほど大きな村でもない。住人を全員足しても百人いるかどうかの小さな村だ。


 村の入り口に続く道を入ったところで三十代くらいの若い夫婦が駆け寄ってくる。


「リリエ」

「無事だったのかリリエ」


 二人は、この子の親なのだろう。俺はリリエを降ろすと、屈んで彼女に視線を合わせると頭を撫でる。


「良かったな、家に帰れて」

「ありがとうトウヤ」


 リリエが抱きついてくる。背負っているときは感じなかった、ミルクっぽい少女の香りが鼻孔をくすぐる。乳臭いとはよく聞く言葉だが、そこまで嫌な匂いでもなかった。


「リリエを無事に連れ帰ってくれてありがとうございます」

「何かお礼をさせていただけないでしょうか」


 これだよこれ。俺が求めていたのは、異世界で俺TUEEEEして、感謝されるという展開。まあ、最弱ゴブリンで感謝されるってのは、チートっていうよりセコイって感じだが。


 だから報酬は控えめにした。


「でしたら、少しばかり情報収集の協力をお願いできますか?」

「情報収集?」


 夫婦は顔を見合わせて不思議そうな顔をする。俺が何か金銭的なものでも要求すると思ったのだろうか。


「この近くに大きな街はあるでしょうか? そして、その街に最近、異世界……異国と言った方がいいかな、そこからの放浪者、または旅人は訪れていませんか?」

「はて、旅人ですか? この近くにはラビニセという大きな街があります。貿易の拠点ともなる場所ですので異国から来る者は多いですが……もう少し詳しい特徴がわかればお役に立てるとと思うのですが……」


 父親の方は斜め右上へと視線を向けながら、必死になって考えている。こちらとしてもヒントが曖昧すぎたか。


「何か変わった能力をもっているとか……そうですね。服装に特徴があるとか」

「ハンス。あの人のことじゃない?」


 隣の奥さんが声を上げる。


「ああ、大刀のユウマか。たしかにあの人は服装が変わってたな。本人は『ジャージ』という服だと言っていた」


 ビンゴっぽいな。そいつに会うことができれば、自然とカトゥーとも合流できるだろう。


「そのユウマさんというのは、ラビニセという街にいるんですか?」

「少し前までは居たな。今はどこかに行ったという噂だ」


 残念、少し遅かったか。


「私が聞いた噂だと、知り合った女の子と一緒に旅に出たそうよ」


 すでに居ないのなら急いで街に行く必要も無いかな。そう思い、空を見上げる。そろそろ日も暮れる。せめて寝る場所だけ借りて、明日朝一にでも出発するか。



**



 結局、リリエの家へと泊めてもらうことになった。


 なぜか彼女に懐かれてしまったのもある。旅の話が聞きたいと夕飯の後に、暖炉の前に座ってこれまでの転移者退治にアレンジを加えて話をした。


「それでそれで?」


 肩から被っている毛布をリリエが引っ張って話の続きをおねだりしてくる。


 そうだな……あとはハーレム転移者の話だが、これはどうアレンジしよう。ストレートに話すと「なんでやっつけたの?」ってことになるし、かといって劣性遺伝子の話をこの子が理解できるわけがない。


「うーんと、そうだなぁ」


 俺が困っているとリリエの母親が「トウヤさんはお疲れなのよ。もう休ませてあげなさい」と助け船を出してくれた。


 そうして、もう夜もだいぶ更けた頃に、俺は寝床へと入ることになる。


 疲れたこともあって瞼を閉じて数秒で意識は落ちた。そのまま朝までぐっすり眠れるかなと思ったが、朝方に奇妙な音で目が覚めてしまう。


 地震? いや、何か巨大なものが移動してきている。


 ズシン、ズシンとゆっくりとこちらへと近づいているような気がした。


 瞼を開けるとすぐに起き上がり出口へと向かう。


 扉を少し開け、外の様子を覗った。


 小山ほど巨大な物体。いや、あれは生きた化け物だ。鱗や水かきのついた手足に、魚類然としたを面貌、どこか人間じみてもいる。いわゆる想像上の怪物である半魚人を思い起こさせるような容姿だ。


 そんな化け物が村に近づいてきている。背の高さはゆうに二十メートルを超えるだろう。


「ダゴン?」


 俺の知識が自動的にその怪物を検索する。いやいや、ゴブリンのいる世界に邪神はないだろうと、即座に否定した。


「トウヤ。どうしたの?」


 リリエが眠そうに目を擦りながら、こちらに近づいてきた。この子もあの異様な音で目覚めたのだろう。


「し! 静かに。外に怪物がいる。これってこの辺じゃ当たり前のことなのか?」


 と彼女に聞いてから、それが異常事態であることに気付く。扉の外を見たリリエの顔がみるみる青ざめ、しゃがみ込んで震え出した。


「なに、アレ? こわい……」


 そういや、あの手の怪物が頻繁に現れるようならば、もう少し防備を整えるだろう。それ以前に、あれに一回襲われただけで、この村は壊滅的なダメージを受けるはずだ。ならば、この辺には生息していない怪物ということなのか?


「お父さんとお母さんを起こしてきて。話があるんだ」


 リリエにそう告げると、彼女は震えながら家の奥へと駆け出していく。


 俺は扉を少しだけ開けて、怪物の様子を見張る。その怪物の動きがすぐに止まった。村の入り口付近で両腕を挙げ、それを振り下ろす。


 バリバリバリーっと、雷が落ちたかのような破壊音が辺りに響き渡った。そして怪物は右手で何かを捕まえてそれを口の中に放り込む。それは、人だった。


 息を飲んだ。今、俺に使える武器はモラルタのみ。しかも、こいつは転移者にしか効かない。せいぜい、刃物として使えるくらいだろう。


 逃げるか? いや、一宿一飯の恩もある。それに、このまま逃げれば、あんなに俺に懐いてくれたリリエを見殺しにすることになる。そんなの寝覚めが悪いじゃないか。


「何かあったんですか?」

「変な音がしますが」


 リリエの両親が不安げな顔をしてやってくる。


「あれを見て下さい」


 俺のそう促されて扉の外を見たリリエの両親が、仰天したように表情が固まる。


「な、なんですかあれは」


 とリリエの父親が驚いて硬直し、母親は震えながらリリエを抱き寄せる。


「あんな化け物初めて見ました」

「あれ? あの手の怪物ってよくいるんじゃないの?」

「いえ、怪物といえばせいぜい森のゴブリンくらいですよ。もっとも、大人にとって脅威となるのは熊の方ですが」


 リリエの父親の答えは、予想とは違うものだった。ゴブリンがいるような、よくあるファンタジー世界だと思っていたのに。


 やはりアレは、特別な存在なのか?

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