第14話 幕間 ヒロインとおでかけ

「甘くて冷たくておいしぃ!」


 カトゥーにしては珍しく、ご機嫌な顔をしている。


 というのも、彼女が口にしているのは、かの皇帝ネロも食したという氷菓「ドルチェ・ビータ」に近い物。


 いわゆる天然雪に果汁、蜂蜜などをブレンドして作ったシロップをかけたものである。貴族が食べるような高級菓子の部類であるが、この程度のスイーツなら金を出せば俺たちでも食べる事は可能だった。


 本日は初めての休暇と言ってもいいかもしれない。


 この世界の転移者、スダゲンザブロウのチート能力「未来日記」が本当に影響がないかを確認するという名目でこの世界に留まっていた。


 未来日記に書かれた今日の日付で実験が成功し、ゲートが開かれるという記述は果たして無効になるのか? それを見届けるためだ。


 といっても、取り立ててやることはない。ただ、時間までこの世界に居るだけなので、相棒のカトゥーとともに暇つぶしをしていた。


 何かあったときのために、一人で気ままに観光なんてことはできない。相方と常に一緒に行動という制限はあるものの、何事もなければそれほど苦にはならなかった。


 むしろ、穏やかな時間が流れていく。成すべき依頼がなければ、それに異を唱えるカトゥーのやる気の無い言動も無く、まるで女の子と二人でデートしているような気分になれた。


 とはいえ、不満がないわけでもない。


「どうせなら、調和神ラッカークみたいな美女が良かったんだけどなぁ」


 そんな独り言を零してしまい、案の定カトゥーの悪魔のような地獄耳イビルイヤーがそれを捉えた。


「マキくん。ラッカークさまを褒めるのはいいんだけど、マキくんってロリコンじゃなかったっけ?」

「は? 何言ってんの?」

「だってわたし、ラッカークさまの指示でマキくんに協力することになったのよ。あなたの好みでわたしは選ばれたとも言っていたよぉ」


 カトゥーはどう見ても十七才くらいだろうか。年齢的には、いわゆるJKだ。


 だがしかし、それはオタクの中ではロリコンとは言わない。せめてJSかJCだろう。JKなんておばさんだ。リアルロリババアと言っておこう! という言葉は飲み込む。なぜなら、俺はロリコンではないからな。


「言ってねーよ。相性が良い相手とは言われたけど、それでさえ間違ってるじゃん」

「そぉ? マキくんにツッコミを入れさせる程度には相性がいいと思ってるけど」

「お笑い芸人かよ! じゃあ何か? おまえはボケ担当なのか?」

「なんでやねん?」


 脱力するようなカトゥーの得意技。感情のこもらない言葉。


「棒読みすな! それにそれはボケやないやん!」

「マキくんツッコミ入れてるじゃん」

「はっ!」


 思わずカトゥーの術中に填まってしまった。やる気のないツッコミという最上級のボケに対して、俺は自動的に反応していたのだ。


「ねぇ、次の店行こう。あっちに貸衣装屋さんがあるみたい」


 何事もなかったようにカトゥーがそう告げる。


「貸衣装って、おまえ、その店行ってどうするんだよ?」

「せっかく中世風世界にいるんだから、貴族みたいな格好したいじゃない」

「中世風言うな。この世界にとっては、これが標準の文化なんだからさ。それになんで今さら貴族みたいな格好したいんだよ」

「えー、いいじゃん」


 そう言う彼女は、なんだか生き生きしているような気もした。依頼とかやる気ゼロなのにな。


 それでも、普通のこの年頃の女の子のようにキャハハウフフと、元気に走り回るのでは無く、その動きは三割くらい引かれている感じであった。


 ちなみにカトゥーには高額な必要経費は認められている。高級な食事を摂ろうが、衣服だろうがきちんと金が出る。まあ、俺の掌を通してだが。


 だから彼女が食べていた貴族しか食わないような高級スイーツも、女神から支払われるのだ。基本的に先払いの世界が多いので、俺が何か贅沢をしようとしても金は出してくれない。


 贔屓されているのは仕方が無い。なんといっても彼女は従神なのだから。俺なんか、女神からしたら、ただの捨て駒なんだよなぁ。


「マキくん。早く行こ」


 つかの間の休暇を楽しんでいる感じである。これはこれで疲れそうだけど、心地良い疲れになりそうだ。


 と思ったのは心の迷い。


「マキくーん、これかわいいと思わない?」


 店にある貸服をを自分の胸元に当てて、俺に対して褒めろと言いたげな視線。いい加減、これもウザいな。


「ああ、かわいいな。服が」

「マキくんひどーい」

「もともと地味系の顔立ちなんだからさ、いっそのこと化粧でもしたらどうだ?」


 女は化けるというからな。


「あー、それいいかも」


 そう言って、カトゥーは店員とともに店の奥へと入っていく。


 そして一時間後。って着替え長えぇよ!


「おまたせ。どうかな?」


 少しはにかんだようなカトゥーの顔にドキリと心臓が高鳴る。思わず目が釘付けとなった。


「こえー、マジこえーよ」

「マキくん。なんでそこで怖がるかなぁ。わたし、べつにお化けのメイクしてるわけじゃないんだよ」


 ぷんぷんと、軽く怒り出すカトゥー。俺が怖いと思ったのは、その化け具合だ。


 目の前の彼女は、衣装のこともあり、どこかのお姫さまと言っていいほどの美少女と化していた。


 あの地味なカトゥーが? と思わせるような変わりよう。もちろん、原型を留めないほど変化しているのではなく、もともとかわいいと思える部分を引きだして、それをより美しく伸ばした感じの化粧メイクなのだ。


「変わりすぎなんだよおまえは」


 認めたくないという俺の感情は、行き場をなくしかけている。


「あれぇ? それって、わたしの事、かわいいとか思っちゃったのかな? もしかして惚れちゃったのかな?」

「そんなことあるわけないだろ」


 カトゥーの性格を知らなければ、それも有り得たかもしれない。けど……。


「まあいいや。わたしは楽しかったからいいかな」

「楽しいって、着替えて化粧しただけじゃん」

「うふふ。だって、マキくんのその顔見られただけでも『ごちそうさま』だよ」


 こいつ、人の困った顔見て喜んでるな。サディストが。


「もういいだろ」

「えー、これから街を歩いて優越感に浸るんだよ」


 カトゥーの中からは喜びとか楽しさとか、ポジティブな感情が溢れてきているように思える。彼女らしくないといえば、らしくない。いつものやる気のなさはどこいった?


「仕事の時もそんくらい元気だったらいいんだけどな」


 俺の言葉が、何か気に障ったのだろうか。カトゥーの表情が一瞬だけ曇る。


「だって壊すのは好きじゃないから……」

「……」


 カトゥーの内面がわからなくなる。こいつは何事にも無関心で、他人がどうなろうが知ったこっちゃないって性格じゃなかったのか? なんだよ……俺を困惑させるような表情しやがって。


 ふいに、彼女の柔らかい手が俺の腕を掴む。


「行こ! 時計塔の上から見る夕焼けが絶景なんだって」


 ダメだ。まともに彼女の顔を見られない。鼓動はどんどん高まっていく。なんだか顔が熱い、耳まで熱い。


 女性に対して免疫がなかったかどうかはわからない。記憶の中の栗毛ブリュネットの少女とは普通に喋ってるし、カトゥーとも意識せずに話せていた。


 けど、今のこの状態は、俺が童貞であったことを示しているようなものだ。ちくしょう! なんか悔しいな。


 カトゥーに連れられてやってきた時計塔の上からは、西の山へと沈む夕陽が見える。辺り一面を朱に染め上げ、鮮やかな色彩を放っていた。


「なんかこの世の終わりみたいだね」


 カトゥーのその感想はシャレにならない。一歩間違えばこの世界は終わっていたのである。


「こえーよ。しかも、俺たちは一度その終わった世界を見てきたんだろ」

「えへへ。そうだったね。けど、終わらない世界も悪くないよ」


 夕陽は空を血色の染め上げ、ぞっとするほどの美しさを、これでもかと俺たちに見せつける。まるで終わらない世界を悔しがるかのように。


 風は優しくそよぎ、横にいるカトゥーの中途半端に長い黒髪をふわっと靡かせる。瞳はキラキラとして、この世界の美しさを吸収しているようにも感じた。思わずドキッとしてしまう。


「風が気持ちいいな」


 そんなどうでもいい言葉で自分の感情をごまかす。けど、こういう穏やかな時間も悪くない気がした。


 カラーンコローンと連なった音が頭上から響いてきた。この世界においての、ある時刻を知らせる鐘の音らしい。


「はぁー、終わっちゃった」


 彼女は深いため息を吐く。


「何が終わったんだよ」

「休暇みたいな、超ラクなお仕事がだよ」


 なるほど、この鐘の音をもって、未来日記が無効となったことを見届けたというわけか。何事も無くて良かったんじゃないのか?


「んんー、仕事したくないなぁ」


 両手を挙げて伸びをしたカトゥーの口から、いつものやる気の無い言葉が零れる。


「しかたないだろ。次行こ、次」

「はぁー、仕事したくない仕事したくない。……はぁ」


 カトゥーのため息が連発する。


「気持ち切り替えろよ。っていうか、さっきまですっげー積極的じゃなかったか?」

「そりゃあ、一時の休暇みたいなものだったからね」

「気持ちはわかるが、仕事しないと調和神ラッカークにドヤされるぞ」

「だから、調和神ラッカークさまは心の広い方だって」

「じゃあ、俺も仕事サボっていいの?」

「いいわけないよ。マキくん、調和神ラッカークさまの奴隷じゃん」

「奴隷ちゃうわ! いちおう契約して仕事を請け負っているんだぞ」

「はぁー、仕事したくない」


 俺への興味をなくしたかのように再び夕焼けを見つめるカトゥー。その瞳からはだんだんと光が失せてくる。


「次の世界行こうぜ」

「めんどくさい」


 魚の死んだような目で、カトゥーがこちらを見る。


「おまえ、ホントにさっきのカトゥーと同一人物なのかよ?」



▼Fragment Cinema Start



 スクリーンには三十代から四十代の男たちが十数人、周りを取り囲んでいた。そして、目の前の男たちが左右に道をあけると、その奥から六十代くらいの老人男性が現れる。


「アリシアを渡しなさい。その子を封じれば、この村は、この世界は助かるのじゃ!」


 状況がわからない。こんな断片を見せられても混乱するだけだ。そもそもアリシアって誰だよ?


「ダメだ。アリシアは渡さない!」


 若い男の声がする。これは、今までずっと聞いていたスクリーンの映像視点の男の声。つまり、俺ということか?


 視点が、一瞬振り返り、後ろにいた栗毛ブリュネットの少女の顔を映す。彼女は脅えきっていた。


 そうか、この子はアリシアというのか。あれ? なんだろう? 何か違和感が。


「それは、ここにいる者を全て敵に回すということじゃぞ」

「わかってるさ。だけど、絶対にこの子には手出しはさせない」


 映像には一人称視点の男が右手で片手剣を構えるシーンとなる。


「これだけの人数を相手に戦えるのか?」

「俺には切り札があるからな」


 そう言って左手に持っていたであろうペンダントを前方へとかざす。これは、あの紅と青の宝石が填め込まれたものだ。


「転移する気か? どこの世界に行こうが、その娘は魔を呼び覚ます。おまえはそれでいいのか!?」


 映像の視点が、一瞬下を向く。だが、もう一度老人へと視点が戻ると男はこう言った。


「俺は世界を敵に回そうが、彼女を守る!」

「後悔するぞ」


 その老人の言葉が最後になり、スクリーンはブラックアウトした。


 その暗い画面を俺は見続けながら考える。いったいどういうことなんだ?


 自らのポケットからペンダントを取り出してみる。そしてそれが、あのスクリーンの中のものとほぼ一致していることは気付いていた。青い宝石が二つほど足りないだけである。


 しかしながら、いったいコレは何なんだ?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る