第13話 実験と世界の終わり(2)

「あと二回だよ」


 カトゥーの無慈悲な声がする。


「おまえが協力的じゃないから、一回無駄にしちゃったじゃないか!」

「えー? わたしがいても、結局失敗したんじゃないの?」


 リスタートをしているが、なぜかカトゥーは今までの経緯を知っている。まあ、調和神ラッカークと繋がっているのだから、そこから情報を得ているのだろう。


「あのじいさん、マジでヤバイ奴だ。駆除しないとマズい」

「説得するんじゃなかったの?」

「おまえ、俺が見てきたこと知ってるんだろ?」

「まあ、ねぇ」


 カトゥーの涼しげな顔。ほんと、こいつムカツクよな。


「じゃあ、説得なんて意味がないことわかってるだろ!」

「でも、マキくん説得するって言ったよ」

「あー、もうまどろっこしいな。悪かったよ。判断ミスだったよ。だから、今度は確実に駆除する」

「あーあ、この人にはプライドも何もないのかなぁ」


 カトゥーは痛いところをチクチクと突いてくる。ツンデレなら、まだ対処のしがいがあるのだが……。


「おまえに言われたかないよ」

「ほんとに駆除するの?」

「ああ」

「絶対?」

「おまえ、あのじいさん駆除したくないの?」

「……」


 なぜか黙るカトゥー。おまえ、本当にあのじいさん知らないのかよ?


 じいさんが大事に持っていた写真に、それに写る十代の黒髪の少女。それを嫁と言った。


 生理が来てるという時点でもう、おまえは人間なんだろうし、もしかして、おまえはあのじいさんと……。


 それ以上を考えるのを俺自身が拒絶していた。まさかと思うが、俺はカトゥーに……そんな感情を抱いてしまっているのか? これは嫉妬なのか?


 というか、いかにも処女っぽい奴が非処女だった場合、滅茶苦茶萎えるし、これが某所なら読者から叩かれまくるってのに。


 おまえ、本当にヒロインの自覚あるのかよ?



**



 前と同じく情報収集をしつつ、研究所への伝手と辿るという方法はそのままで、今度はモラルタを弾いた魔法防具について調べてみた。


 すると、あの魔法障壁は王が褒美として渡したマジックリングが影響したものだとわかる。攻撃に対して自動的に防壁を張るということらしい。


 ということで、カトゥーを強引に連れて行き、転移したじいさんと会うことにした。


 今度は失敗するわけにはいかない。


 貴重なカード魔法を使ってでもあのじいさんを葬ってやる。


「スガさま。お連れいたしました」


 衛士に案内されての二度目の対面だ。


「本当に入るの?」

「カトゥー! ここまで来て拒絶すんなよ」

「拒絶してないよ。できれば入りたくないだけ」

「それのどこが拒絶じゃないんだよ!」

「マキくん怒りすぎ。そんなに殺気を振りまいてたら作戦、成功しないよ」


 彼女にそう言われ深呼吸をする。そして扉を開けて入った。


 中に入ると、そこには六十代の老人が机に向かって何か作業をしている。前と同じ状態だ。それと同時に息が苦しくなって咳き込んでしまう。


 となりのカトゥーも、ケホンケホンと苦しそうに咳き込んでいた。


「だから、わたし、来たくなかったのに」


 恨みがましい様子で俺の方へと視線を向けるカトゥー。目を細めたジト目だ。あれ?


「やあ、きみが転移者か? どうやってこの世界へ来たのかな?」


 倚子がくるりと回転し、白髪の老人がこちらへ顔を向ける。手には葉巻のようなものを持っていた。前と同じ。


「始めまして真木桃矢です。ここに転移したのは、この子の魔法によるもの。あなたはこの子をご存じないですか?」


 俺の勘が正しければ、じいさんには見覚えがあるはずだ。そこで狼狽えれば、その隙に魔法をかければいい。


「知らんな。どこかで会ったのかもしれないが、わたしは三次元のメスなどには興味はないのでな、覚えてないのかもしれん」


 あれれ? 予想と違う答えが……。そこで改めて気付く、じいさんの座っていた机に飾ってある写真立てを。いや、あれは写真立てでは無い。この世界の暦を使用したカレンダーか。そして、そこに描かれているのはただの二次元の美少女の絵。


 絵? あれ? 俺の知識が脳内を駆け巡り、あの絵がなんであるかを自動的に検索する。そこで自然と浮かび上がってくるのは、ス○ールアイドルという単語。


「ニ○……」


 思わず口から出てきたキャラクター名にじいさんが反応する。


「ほほぉ、キミもラ○ライバーだったか」

「え、ええ」


 話を合わせるために肯定すると、近づいてきて握手をされる。なんだ、この展開は?


 ちょっと待て……頭の整理が必要かもしれない。


 カトゥーがここに来たくなかったのは、単純に煙草の煙がイヤだったからか。そして、じいさんが嫁だといっていた小さな絵というのは写真ではなく、卓上カレンダーだったのか。そしてこの場合の嫁とは、オタク用語であると。


「スガさん。一つ確認していいですか?」

「なんじゃ? 第一期のアニメについて語るか?」


 頭が痛くなってきたぞ。


「いえ、スガさんが、実験を行う目的を教えていただきたいのです。理由が解ればお手伝いできることも多いかと」


 手伝う気はないが、多少は協力的にしないと警戒されてしまう。


「そうか、同士のお主ならわかってもらえるかもしれぬな」

「そこまでゲートを開くことにこだわる理由とはなんでしょう」

「それはもちろんニ○に会うことじゃ」

「は?」


 開いた口がふさがらないとはこのことだ。あまりにもバカバカしすぎて、口を閉じるのを忘れてしまいそうになる。


「お主も思った事がないか? 嫁に会いたい。嫁に触れたいという、この沸き上がるパトスを!!」


 何言ってんだ? こいつ。


「えっと、物語の中のキャラクターにどうやって会うんですか?」

「それこそが、わたしの長年の研究の成果であるディメンションゲートだ」

「ありえなくないですか? そもそも、元は絵ですよ。原作なんか雑誌の企画で、ただの文章ですよ」

「わしも前の世界にいたときはそう思っていた。じゃが、この世界に来て、真理を知ったのじゃ。どんな空想上のキャラクターとも、必ず会うことができるということを」


 じいさんは少し興奮気味にしゃべり出す。


「いや、まあ、百歩譲ってそれが可能だとしても、かなり危険を伴うことになりますよ。ゲートを開こうとすれば周辺の空間に歪みを生じさせますし、あそこらへんは巨大なカルデラがあって、そのマグマ溜まりを刺激すれば」

「それがどうした! この世界が滅ぼうとも、わしの嫁に会うことが最優先じゃ!!」


 だめだこいつ、早くなんとかしないと。


「カトゥー! 魔法を」


 俺がそう指示を出すと、彼女はポイッと空中へとカードを投げる。


 そのカードには真っ裸の少女が両腕で自分を抱き締め、胸を隠すようにしながら恥ずかしそうに俯いている絵が描かれていた。


 タイトルは『strip』。


 魔法は発動し、一瞬でじいさんは裸になる。もちろん、指に填まっていたマジックアイテムも全部抜けている状態だ。


「人に迷惑をかけるオタクに天罰を!!」


 それっぽい決め台詞を言ってモラルタをじいさんの額へと突き刺す。


「にっこにこ……」


 やめれ!


 だが、その言葉を最後にじいさんは頭から崩壊していった。


「初めっからこうすれば良かったな」

「マキくん。いつから正義の味方になったの?」

「へ?」

「なんか、それっぽい決め台詞を言ってなかった?」

「いいじゃん、正義の味方ごっこ。これくらいのノリでやらないと、やってられないっての」


 ふと下を見ると、粒子化したじいさんの身体が、もぞもぞと動き始めている。まるで虫の集団のようだ。


「これって、再構成するとかいうオチはないよな?」

「モ、モラルタの粒子化は不可逆性だよ。元にもどるなんて……」


 珍しくカトゥーが狼狽えているような気がする。


「けど、こいつ動いている」


 粒子化イコール死でないということはわかっているが、この状態でなお行動しようというのが凄すぎる。


「たぶん、これだよ」


 カトゥーが机の上にあった日記を開き、それを声に出して読む。


「黒の月、七の暦。実験は成功。ゲートは開かれ、わしはニ○と結ばれる」


 読み上げたのは明日の日付だ。本来ならじいさんが実験を行う日であった。


「まさか、じいさんのチートって、日記に書いたことが絶対起きるってやつ?」

「うん。未来日記ってやつかな。なんか、転移者のチートっぽくないよね」

「どうすんだよ? 粒子化してもじいさんはこの世界に存在しているってわけだから、その日記のことが実際に起きるんだろ?」


 それで前回、俺に対してじいさんは「研究所の職員を止めるのは無駄だ」と言ったのか。未来はすでに確定しているからと。


「仕方ないなぁ。面倒だけど回収するね」


 カトゥーは何か呪文を唱え、空中に大きな黒い穴を作り出す。それが掃除機のように、黒い粒子となったじいさんを吸い込んでいく。


「なるほど、この世界にじいさんが存在しなければ実験も起きないわけか」

「そう。だから、これもポイッと」


 そう言ってカトゥーは、日記帳も投げ入れる。


 俺はほっと息を吐いた。


「一安心だな」

「これで回収終了。もう、面倒くさいんだから」


 カトゥーは相変わらずやる気のない顔でそう呟いている。


「あれ?」


 俺は床の上を動く一ミリ以下の虫のような黒い点に気付いた。


 これ、じいさんの粒子じゃないか?


 しゃがみ込んで、それを掴もうとする。


「あ、待って」


 カトゥーにそう言われたが、思わず掴んでしまう。指の先にひっついたそれをカトゥーが出した穴に捨て入れようとして、違和感に気付く。


 粒……じゃない?


 近づけて目をこらして見ると、それは何かの文字だった。これは漢字?


「どうしたの? 早く捨ててよ」


 カトゥーが不機嫌そうにそう言ってきたので、急いでその粒を穴へと投げ捨てる。


 だが、俺は見てしまった。その粒が『源』という文字を形状していたことに。

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