第12話 実験と世界の終わり(1)


 情報によれば転移者のスガゲンザブロウは、王立の魔導研究所にいるらしい。場所は街から少し離れた場所にあるのか。


 とりあえず街を歩いて情報収集でもしてみよう。最後は酒場にでも行って見るか。


「店主。弱い酒はあるか?」


 宿屋を併設した酒場に入り、店主に話しかける。ここの上にカトゥーは部屋を取ったと言っていた。


 店主は四十代くらいの体格のいいオヤジだ。


「蜂蜜酒ならあるぞ」

「ああ、それでいい」


 そう言って、掌から銅貨を出す。実は現地での必要経費は、ある種の手品のように俺の手から無限に出てくる。これは女神が補助的な能力として与えてくれたものだ。


 ある意味チートだが、実はチートとは言えない理由がある。


 それは、本当に必要経費しか出ない。贅沢に何かを食べようとか遊ぼうとしてもビタ一文出してくれない。ケチ臭い女神だと言うと、カトゥーが怒り狂う……いや、不機嫌になって面倒くさくなるだろう。


「魔導研究所の噂は何かないか?」

「研究所かぁ……なにか、異世界から来たじいさんが頑張ってるそうだが」

「何を研究してるんだ?」

「さあね。そういうのは秘密にしているらしいよ。他国の諜報員もいるらしいし、大っぴらには公開してないみたいだ。というか、あんた実は諜報員なんじゃないか?」


 店主は冗談のように笑う。


「本当に諜報員ならこんなところで酒なんて飲んでないで、研究所の方に潜り込むよ」

「そりゃそうだ。疑って悪かったな。がはははは!」


 笑いが豪快だな、このおっさん。


「俺は異世界から来たってところに興味があるんだ。どんなじいさんなんだ?」

「さあな。詳しい事は知らんが、小さな絵を持っていたぞ。これくらいの掌ぐらいの大きさだ」


 店主は手を広げてこちらに見せる。


「絵?」

「とても緻密に描かれた絵だったそうだ。それは黒髪の十代くらいの少女だったって、この間、研究所の衛兵の一人が飲みに来てたときに話してたぞ」


 絵? 小さいサイズということは写真か何かだろう。異世界転移であるのなら、前の世界にいる娘か孫娘ってところか?


「わりと子供好きのじいさんなのかな?」

「ん? 自慢の嫁だと話していたらしい」


 嫁? 孫じゃなくてか?


「え? かなり年老いた人じゃないのか?」

「そうらしいとオレは聞いたぜ」

「絵は若い少女なんだろ?」

「さあな。それは嫁の若い頃のものかもしれない。もしくは若い妻をめとったのかもしれない」


 まあ普通に考えればそうだよな。だが、何か引っかかりも感じる。


 その後は、店主だけでなく、酒場で飲んでいる連中にも驕ってやったりして話を聞いた。こういう地道な作業も本来の任務遂行には必要なことなのだ。


 今までが簡単すぎたのは、女神の情けでチュートリアルみたいな任務を与えていたからであろう。ここからは実力勝負となりそうだ。


 あの女神なら、失敗すれば簡単に俺のことを見捨てる可能性もある。従神のカトゥーからして、あんなんだからなぁ……。


 俺はそのまま宿がある二階へと上がり、カトゥーが寝ているであろう部屋をノックする。


「カトゥー。寝てるか?」


 返事がなかった。店主からはこの部屋だと聞いているので、間違いはないだろう。だが、万が一部屋を間違えている可能性も考慮して、扉をそっと開けた。


 中は六畳ほどの小さな部屋にベッドが一つ。そこでカトゥーはスヤスヤと寝息を立てて眠っている。


 とても穏やかな寝顔。ごく普通であり、間違っても「天使だわ」なんて思わない。「ああ、眠ってるのか」とスルーしてしまいそうだった。


「はぁ、俺も寝るか」


 カトゥーの胸元に手を忍ばし、ぐいと中にツッコむ。そして目当てのものを探ると、それを掴んで一気に引きだした。


 取り出したのは寝袋。これも必要経費で買ったものだ。


 ちなみにカトゥーの胸元はカードホルダーを収納するための四次元ポケットのような空間がある。この空間自体がデフォルトで発動されるカード魔法のようだ。彼女が女神にカードホルダーを返却しない限りこの魔法は永続的に発動し続ける。


 まあ、便利なアイテムボックスと言っていいだろう。ただし、起きている時にこれをやろうとすると避けられる。いちおう恥じらいのようなものがあるのだろうか。


 だったら、そんな所に四次元ポケ……いや、アイテムボックスを作るなよと思うのだが、これは調和神ラッカークが組み込んだものらしい。


 それってセクハラ? パワハラ?


 と思ったが、下手に彼女を襲うようなものなら、アイテムボックスの中に引き吊り込まれるという話をカトゥーから聞いたことがある。


 最強の痴漢撃退機でもあった。ある意味ホラーだよ。


 とはいえ、俺がこうやって寝袋を取り出してもなんの反応も示さないんじゃ意味ないんじゃないか? それとも実は、俺には信頼を置いているのか? いやいや、カトゥーがそんな事を思うわけがない。


 夜も遅いので、俺は眠ることにした。女の子が同室にいるというのに、襲う気にもなれない。


 はっ! そういうことなのか? 俺が襲わないと分かっていて安心しているのか?


 まあいいや。寝よう。


 明日からもいろいろと動かなくてはならないから、忙しくなりそうだ。



**



「というわけだ。転移者のじいさんは一週間に一度、デシウズ山の麓で巨大なゲートを開く実験を行っているらしい」


 昨日集めた情報をカトゥーに教えてやる。


「ふーん、それで?」

「とりあえずアンカーポイントを作成してくれ。そしたら説得に行ってくる」

「あ、アンカーポイントね。はい、しておいたよ。いってらっしゃい」

「おまえは来ないのかよ!」

「説得ならわたし、行く必要ないんじゃない?」


 まあ、たしかにそうなんだが……。この世界に来てからカトゥーのサボり癖が酷くなってるぞ。


「おまえも来い! なんかあったときに対処できないだろ」

「えー、そういうときは死ねばいいじゃん」

「ぅおおいいいい!!!」


 カトゥーの脳天を手刀打ちチョップする。たっぷり愛情を込めたツッコミだ!


「痛いよぉ、マキくん」

「そんな強く叩いてないだろ」

「痛い痛い痛い。もう、わたし寝る」


 拗ねてベッドに潜り込むカトゥー。なんだよ、結局こうなるのかよ!


 まあいいやと、部屋を出て行こうとしたところでカトゥーが声をかけてきた。


「ねぇ、マキくん」


 仕方なく振り返ると、毛布から顔半分だけ出したカトゥーがこちらを見ている。


「なんだよ?」

「わたしね。今回は転移した人に会うのが……なんかイヤなの」

「嫌? 知り合いなのか?」

「わからない……」


 いつものような棒読みのやる気の無い言葉ではない。何か含みを帯びた、彼女の過去が垣間見えそうな言葉。昨日の酒場での情報から、勘ぐるのはゲスなことになるのかもしれない。


 だから俺はいつものように軽口を叩く。


「おまえにそんな感情残ってたのか?」


 彼女のそんな暗部を見たくないという感情が、真実を彼女の口から聞くことを拒否しているのだろう。


「もういい!」


 彼女はプチ不機嫌モードとなり、再び毛布にくるまってしまう。



**



 根回しは順調だった。昨日集めた情報から、魔導研究所への伝手を辿っていく。自分が異世界転移者であると吹聴し、その証拠を差し出せば転移者の方から俺へと連絡を取ることになるだろう。


 その証拠とは、スガゲンザブロウがあちこちに残した謎の文字=日本語を解読していくだけのこと。


 もともと俺が持っている知識なので苦労はなかった。そもそもなぜ日本語が読めるかもわからない。英語についてもそうだ。


 ただし、現地での文字も言葉もわかるから混乱してくる。


 そもそも、俺ってどっから来たんだろうか?


 調和神ラッカークに記憶の修復を頼んでいるが、甦ったものは俺を混乱させるだけ。


 俺が調和神ラッカークに願ったのは、自身が何者であるかを知ることだ。依頼をこなしていき、記憶のパーツが全て揃えばそれは叶うだろう。


 考えていても答えは出ないので、依頼を淡々とこなすしかない。


 しばらくすると転移者の方から「会いたい」との連絡が入る。俺の作戦は功を奏したのか? 物理学を研究していたというハッタリをかましたのが良かったのかもしれない。


 夕方くらいには魔導研究所の衛士に連れられ、研究所の門をくぐることになる。


 ここは、砂漠の中に建てられた神殿のような建物だ。といっても、中はいたって普通。地下へと広がるタイプの構造なので、地上にある神殿は、ほとんど飾りのようなものか。


 案内されたのは、最下層にある小部屋。最下層だとわかったのは、それ以上降る階段がなかったからだ。


 部屋のプレートには日本語で【須賀源三郎】と書かれている。これを読めるのは転移者だけだろう。この世界の関係者には、ただの模様にしか見えないのかもしれない。


「スガさま。お連れいたしました」


 扉を開けられて中に入ると、そこには六十近い老人が机に向かって何か作業をしているように見えた。それと同時に息が苦しくなって咳き込んでしまう。


 この匂いは煙草か? この世界にも煙草は存在するのだろうか?


「やあ、きみが転移者か? どうやってこの世界へ来たのかな?」


 倚子がくるりと回転し、白髪の老人がこちらへ顔を向ける。手には葉巻のようなものを持っていた。


「はじめまして真木桃矢です。ここに転移したのは、とある魔法使いの能力です。そいつは調和神ラッカークの従神と言っておりました」

「ラッカーク?」

「調和の神ということです」


 このじいさんの目的は、たぶん元の世界へと戻るためだろう。ならば、そのヒントを与えてやれば無駄な研究に費やしてこの世界を破滅させることもないはず。との魂胆で、正直に話した。信じる信じないは、じいさんにひとまず任せよう。


「そうか、なるほどな。神か。ところでそれは本当に神なのか?」

「は?」

「いや、そもそも神とはなんだろう? この世界を作ったものか? この宇宙を支配するものか? わたしの研究によれば、我々が世界を作り出すことは将来的には可能であろう、との結論に達した。宇宙を支配することも、知識を紡いでいけばいずれ容易にできるはずだ」


 じいさんは熱弁する。


「はぁ……」


 なんだか長話になりそうだな。俺としてはさっさと説得して終わらせたいのだが。


「きみはフェッセンデンの宇宙という御伽噺を知っているかい?」

「SF小説でしたっけ?」


 実際に読んだことがあるわけではない。俺に組み込まれた知識が即座にそれを思い起こさせる。


「あれはフィクションだが、人類はいずれその技術に到達する。その時、人工の宇宙に生息する生物は人類を神だと思うか?」


 哲学じみた問いだ。そもそも俺は神など信じていない。が、話を合わせておかないと後で説得が面倒になりそうだな。


「そういう意味でなら神ということになりますね」

「では、そのラッカークとやらは、この世界の人間たちを作り出したのか?」

「え? いや、そこまでは聞いてないので」


 調和の神と聞いているが、人間を生み出したかまではわからない。個人的には単なるバランサーだと理解していたが、本当のところはどうなんだろう。


 それに、世界を作り出したのは、また別の神の創造神ビワナということだが、これも詳しい話はよく知らない。


「きみは何も考えず、神だと信じてしまったのか?」

「俺にとっては神かどうかは関係ありませんでしたからね。それよりも、あなたが実験を行おうとしている件についてなのですが」


 なんとか話題を変えないと面倒な事になりそうだ。


「ほぉ、私に何かアドバイスでも、できるというのか?」

「ええ、あの実験場には巨大なカルデラがありまして、あそこのマグマ溜まりを刺激すると破局噴火を起こす危険性があります」

「破局的噴火じゃろ? お主は言葉に無頓着じゃな」


 たしかに破局噴火は正式な気象用語ではないが、わりと専門家には周知されている言葉だぞ。


「とにかく、あの場所での実験は危険です」

「そうか? ならば、あそこ以外で、もっとも適した実験場所を探してもらおうか」

「それはあなたの方が詳しいのでは?」

「わしの研究結果では、『あそこ以外で実験に適した場所はない』との結論に達した。実験は止める気はないぞ。止めさせたいのであれば、代わりの場所を見つけてこい。あれば、の話じゃが」

「しかし、この世界がなくなってしまえば実験も何もないでしょう」

「実験が成功すればわしは願いが叶う。それより尊いものなど、この世界にはない」


 じわりと背中に汗が噴き出る。これはヤバイ。このマッドサイエンティストは、人類よりも自分の研究を優先するのだ。


「わかりました。別の場所を探してきますから、少し実験を待ってもらえませんか」

「なぜ、わしが、おまえのために実験を止めなければならない」


 爺さんの不敵な笑み。これは根本的な作戦を変えなければならない。わりと大がかりな研究だし、爺さんひとりで行えるような実験でもなさそうだ。ならば、周りの人間にそれを手伝わせなければいい。


 もしくはこのじいさんを直接始末するか?


「わかりました。探してきますよ。では、失礼」

「待ちたまえ。研究所の局員にカルデラの話をしても無駄だと思うぞ」


 まるで心を読まれたかのような言葉。まさか、こいつのチートは読心術か?


「どうしてですか?」

「すべては決まっていることじゃ。わしは実験を成功させる。この決定事項は何があろうと変わらない。つまり、わしは実験が成功するまで死ぬこともない。おまえがわしを殺害しようとも、それが叶うことはないのじゃよ。ふぉっふぉっふぉ」


 どういういことだ。未来予知、いや、未来を決定づけているのか? どんなチート能力なんだよ!


 俺は腰の後ろに忍ばせていたモラルタを抜き、じいさんへと襲いかかる。が、見えない壁がそれを阻んだ。


「無駄じゃよ」


 短剣はじいさんの身体には到達しない。バチバチっと壁が放電したと思うと、短剣自体を弾いてしまった。


「おいおい……」


 だらりと背筋から嫌な汗が流れる。これは危機的状況だ。


「短い間だったけど楽しかったよ」


 じいさんの手に握られるのは旧式のライフル銃。いや、この世界で設計してこの世界の材料で作ったものか。


 そう悟ったときには銃の引き金が引かれていた。それは額に命中し、ブラックアウト……。

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