第11話 独裁者と致死魔法(2)


 皇帝が通るのを確認して石垣を爆破する。方法としては火薬を石の間に詰め、火矢で着火するだけだ。これならば魔法カードの消費もない。


 しかしまあ、魔法カードが消費されるってのは縛りプレイみたいだ。ある意味楽しくもあるが、それはゲームの中だからこそだろう。リアルで自分の生死がかかった状態でやるのは、ちとつらい。


 だからこそ、なるべく頭を使った方法で魔法に頼らないようにしなくてはならない。こんな魔法の使用までケチケチしないといけないなんて、セコすぎるような。ほんと、湯水のようにじゃぶじゃぶ使える他の転移者が羨ましいぜ。


「オッケー、カトゥー。着火しろ」


 カトゥーが矢を放つと、石垣が爆破された。こいつ魔法だけでなく、遠距離攻撃に関してはかなり得意なようだ。ただし、あくまでもサポート。敵に致命傷を与えることはできないけどな。


 轟音とともに皇帝たちの集団へ向けて大石が降り注ぐ。皆、魔法の防具を着けているので、多少ケガはしても死にはしないだろう。


 転移者に至っては、傷一つ負うこともなく埋もれているはずだ。だからといって、現地人の二倍程度の筋力では自力でこの大石をどかすこともできない。


 すぐに王都内の警備兵が駆けつけての救助作業となった。


 俺も事前に手に入れた警備兵の装備を身に着け、そいつらに混じって救助作業をしているフリをする。


 小さめの石がまずどかされる。石の下からは多数の呻き声とともに「早く助けろ!」と怒号が響き渡る。たぶん皇帝の声だろう。


 仕方なく、そこを優先的に石がどかされた。さすがに人力では動かせないものは、魔導師の到着を待つことになる。


 転移者が物体の浮遊魔法を使えたら作戦は失敗だったが、彼の魔法は致死魔法のみであるようだ。


 石が次々とどかされ、顔が現れる。それでも全身はほとんど埋もれていた。


「グズグズするな。あと五分以内に助けられなければおまえたちを殺すぞ!」


 相変わらずクズな台詞を吐く転移者。


「さてと行きますか」


 俺は隠しておいた四メートル近くの棒にモラルタがくくりつけられたものを持って、転移者の近くへ行く。簡易槍作戦の開始だ。


 そして、魔法の射程範囲外からモラルタを転移者の顔面にぶっ刺した。一瞬で終わる簡単なお仕事。


「ぁいえおあいぉぉおおおお……」


 ちょうど額辺りに刺さったので、脳の内部から粒子化したようだ。訳のわからない言葉をつぶやき、転移者はそのまま動かなくなる。しばらくすれば頭から粒子化して全身が崩壊していくだろう。


「依頼完了!」


 周りからはなぜか拍手がわき上がる。さすがに転移者も、やり過ぎて嫌われていたのかもしれない。


「あ、どうも」


 俺が軽いノリで片手を上げてそれに応えると、近づいてきた何人かの女性が崇めるように跪く。


「あなたこそ、本当の勇者さまです」

「悪魔を倒して下さり、ありがとうございます」

「あなたになら、わたしの全てを捧げてもいいです」


 もしかして、現地人に感謝されるのって初めてなんじゃね? と鼻の下を伸ばしかかっていたら、カトゥーがなぜか、プチ不機嫌モードに移りつつある。


「マキくん、次行くよ」

「……」


 えっと、なんだこれは。嫉妬? まさかね。


 そんな思考の途中で強制的に別の世界へと転移されてしまう。


「おい!」


 そんなツッコミさえも、暗闇の中へと消えていった。



▼Fragment Cinema Start



 軽快なリズムの音楽と、ちょっとヘタウマな女性の歌声。


 スクリーンに映し出されるのはアニメの映像だ。


「なんだこれ?」


 思わず声に出してしまった。


 いやいや、間違いだろ。俺の記憶で、なんで二次元の映像があるんだよ。しかも、これ実際に放映されたアニメだろうが。


 映し出されたのは学校の屋上。そこで九人の女の子がダンスの練習をしている。


 さらに場面は切り替わり、今度はどこかの舞台の上で踊って歌う彼女たちの姿。


 ジャンルはアイドルものか。そもそも、俺はなんで「アイドル」なんて言葉を知ってるんだろう。いや、それ以前に実際に放映されていたアニメだという知識をどこで入手したのか?


 スクリーンにはセンターにいる黒髪のツインテールの女の子がアップで映し出される。


 その子は精一杯かわいこぶりながら、笑顔を振りまいていた。ちょっと無理しているような感じも見受けられる。


「あれ? この子の名前を俺は知ってるぞ!」


 しかも、割と好みだったような……。いや、あの栗毛ブリュネットの少女といた世界にアニメなんて代物はなかったはず。


 なんなんだ、この記憶は?


 そして、それを知っている俺は何者なんだ?





 転移した途端、汗がだらりと体中から溢れてくる。


「暑い……」

「あれ? 座標間違えたかな?」


 カトゥーがめずらしく焦っているような素振りを見せる。さすがに命の危険があるような状況で、あのやる気ゼロのままいられるわけがない。


 俺たちが転移した先は、サウナ風呂にでもいるかのような暑さ。というのも近くを溶岩のようなものが流れていた。


 空は真っ黒の雲に覆われ、どっかんどっかんとそこら中の火山が噴火している。


「なにこれ?」


 まるで世界の終わりのような風景。


「えーと、転移先の世界はあってるみたいだけど、時間軸……間違えたみたい」


 ここはもう滅亡寸前の世界であった。この段階で生きているのは、もしかしたら俺たちだけかもしれない。


「めずらしいな。転移の失敗なんて」

「マキくんが鼻の下伸ばすからだよ」

「関係ないだろが!」

「気が散るんだもん」


 語気を強めるカトゥー。こんな不機嫌な声も出せるんだと、却って感心する。


「急いで転移する必要もなかっただろ?」

「なんか、ムカついたから」

「なんでだよ! おれなんか、いつもおまえにムカついているんだぞ!」

「マキくんとは違うのよ!」

「何が違うんだよ?」

「それ聞いちゃう?」


 カトゥーが顔を歪める。喩えるのなら、嫌な顔されながらおパンツ見せているような表情。何がカトゥーをここまでさせるのか?


「おまえが違うとか言いだしたんだろ?」

「デリカシーのないマキくんに教えてあげる。わたしはね、女の子なの」


 なのに返ってきた応えは、何の変哲も無い言葉。あれ?


「ん? だからどうした?」

「月に一度はこういうこともあるの!」


 あれ? もしかして、あの女の子特有の現象? それで苛ついているのか? 


 まあ、そりゃ聞いた俺も悪いかもしれないな。というか、カトゥーが俺に惚れているという可能性はないのか?


「俺に嫉妬してるとか」

「それはないよ」


 即答された。


「悪かった謝るよ。けど、こんな所で言い合いをしてる場合じゃない」

「そうだね。転移し直すね」


 再びブラックアウト。


 時間軸だけ変更して、同じ座標へと転移する。


 目を開けると、そこは煌びやかな街並みと、街ゆく人の多さに圧倒される。


「ここが本来の目的地の王都ライエウルだよ」


 ちょっと気怠げにカトゥーが説明する。


「おまえ、ちょっと休むか? 疲れてるだろ?」


 つらいだろ? とは聞かない。それを俺が察することさえ、カトゥーは怒りそうだからだ。


 まあ、生理痛は人によってはキツいと聞く。休ませておけば問題ないだろう。あれ? ってのことは、カトゥーって人間なの?


「うん、そうさせてもらう。いちおうターゲットとかの情報をマキくんの頭の中に転送しておくから、しばらく一人で街を回ってて」

「了解。お大事に……」


 俺のその言葉に、カトゥーは軽く手を上げて宿屋の方へと歩いて行く。まあ、カトゥーが何者かなんて俺には関係の無いことなんだよな。


「事前調査なら一人の方が気楽といえば気楽か」


 そんな独り言を零しながら、頭の中へと転送されたデータを確認する。スワイプどころか、指で触れなくても考えるだけでその情報は引き出せた。


 視覚ではなく、頭の中に映し出されたのは六十代くらいのじいさんだ。


 異世界転生というと、若年層から中年あたりまでと思っていたが、老人が異世界に転移することもあるんだな。こういう場合は、転生とかで生まれ変わりがほとんどかと思っていただけに少し驚いた。


 彼のチート能力は、その頭脳か。


 元、某国立大学の物理学科の教授。しかも、この世界の魔法の仕組みも理解しつつあるという。


 駆除の理由は、実験によりこの地にあるマグマ溜まりを刺激し、破局噴火を起こしてしまうこと。それにより惑星規模の環境変化や大量絶滅が起こりうるというのが調和神ラッカークの未来視だ。


 まあ、未来視以前に、俺たちはその現実を見てきてしまったのだけどな。


 今回はただの実験だし、この前のドラゴンの時のように大切な誰かを殺されたとか、そんなんじゃないだろう。そういう意味では、普通に説得しておしまいである。


 とりあえず転移者の居場所を確認してから宿に戻るか。


 今回は、この世界でゆっくりしよう。カトゥーも不機嫌な原因は生理だけじゃなく、疲れも溜まっているのだと思う。そういや最初の依頼からずっと働きづめだったような気がした。


 しばらくぶらぶらと歩いて回るが、王都の街は活気があった。人々の顔からも笑顔が絶えない。


 半年後、世界が終わるということすら予想できない騒々しさだった。

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