第10話 独裁者と致死魔法(1)


「カトゥー。場所を移動するぞ」


 リスタートした俺は、あの皇帝と出会わないように場所を移動する。


「わかってると思うけど、さっきの皇帝さんが今回のターゲットのイトウヨウタさん」

「あれは即死の魔法か?」

「即死というか至死の魔法だね。逃れられない死を与えるという」

「そんなんチート過ぎるだろ」

「モラルタもチートだし、リスタートもチート過ぎると思うよ」


 まあ、そりゃそうだわな。けど、今回はかなり苦戦しそうである。今までがヌルすぎたのかもしれない。


「だけどさ、近づけても、攻撃する前に魔法かけられたら終わりじゃねえか?」

「そうだね。透明になれるカード魔法とかあるけど、それ使う?」

「そうだな。もったいないけど、今回は難易度高すぎるよ」


 遠くの方で高笑いが聞こえる。また誰か殺されたようだ。


「カトゥー。監視のカードを」


 これは指定した人物を周りに使い魔的な魔法生物を放ち、その目で見たものを映像としてこちらへと送るものだ。表記は【Familiar】となっていたはず。


 これだけ難易度の高い依頼である。ケチケチしてられなかった。


「ほい」


 宙へとカードが投げられると、それは円盤形のドローンのように浮かび上がり、周りの景色と同化していく。光学迷彩ってわけじゃないけど、かなり使える魔法のようだな。


「映像は?」


 そう問いかけると同時に、頭の中にドローンが映すものが流される。


 上空から皇帝がズームして映し出された。その近くには一人の男が悶え苦しんだように息絶えている。


「あの人、マキくんが移動してなければ死ななかったのにね」

「俺のせいかよ!」


 思わずツッコんでしまう。


 その時、映像の中を空間の歪みが走る。それは、風が吹いたわけでもないのに、地面に落ちる土埃を舞い上がらせていた。


「ははは、馬鹿めが!」


 皇帝がそう言うと、どさりと人間の倒れた音だけが辺りに響き渡る。すぐに、地面に倒れた男の姿が現れた。


「この人、透明化の魔法を使ったのか。それで暗殺を企てようとして見破られて致死の魔法を受けたと。けど、相手の位置がわからないのにどうやったんだろう?」

「しばらく監視カードを張り付かせてみる? 魔法を終わらせない限りは永続的に映像を送ってくるよ」

「ああ、頼むわ。けど、こいつの存在はバレてないみたいだな」

「うーん、そうだね。もしかしたら、あの人が知覚できる距離みたいなのがあるんじゃない?」

「距離か、なるほど。近寄りすぎるとバレちまう……もしくは致死魔法にも有効射程距離があるのかもな。よし、合点がいった」

「でもさ、マキくん。近寄れないと、モラルタじゃ攻撃できないんじゃないの?」


 そういえばそうだ。こいつは短剣。近距離での戦闘向きだ。


「長い棒の先にでもくくりつけて槍として使うか?」

「マキくんマキくん」

「なんだよ」

「マキくんってお馬鹿さんなの? 透明化の魔法は、かけた人は見えなくなるけど、武器はそのままだよ。槍だけ宙に浮いてたら、それだけで不審がられると思うよ」

「おまえに馬鹿とか言われたくないわ!」


 ムカつくなこいつ。でも、カトゥーに頼らなければならないこの状況は、さらに屈辱的でもあった。



**



「カトゥー、今回の依頼を説明してくれないか? あの皇帝が転移者だってのはわかったんだが、調和神ラッカークが危険だと感じた理由はなんだ?」

「あの人のチートが『致死の魔法』ってのは説明したよね? あの人は気に入らない人をその魔法で殺していくそうなの」

「まあ、独裁者にありがちなことじゃないのか? けどまあ、あの魔法は危険と言えば危険ではあるけど、ちょっと引っかかる」


 それ自体が人類の脅威になるとは思えないからだ。女神は個々の危険ではなく、惑星規模のバランスを見る。


調和神ラッカークさまは致死の魔法自体は問題視していないの。でも、その運用方法には危惧を抱いているみたい」

「あれか? 独裁者にありがちな気に入らない人物を消していったら誰もいなくなって人類滅亡ってオチ?」

「マキくんって、やっぱお馬鹿さんじゃない?」

「馬鹿って言うな!」


 ホント、ムカつくなこいつ!


「だって、それだと、人類滅亡するまでに何十万年ってかかるよ。いちおう、この世界の人口は十億くらいいるみたいだからね」


 なるほと一分間に一人殺しても九十万年近くかかるもんだな。その間に人口も増えていくだろうし。そもそも致死魔法って一対一の戦闘しか向いてなさそうだからな。


「あいつのチートって致死魔法だけ?」

「あとは基本スペックがここの現地の人の倍はあるみたい。体力も魔力も攻撃力も」

「不死身属性は?」

「あ、それはないみたい。致命傷を負えば普通に死ぬよ」

「それで、なんで驚異的なんだ? 調和神ラッカークの依頼ってことは、世界のバランスを崩す何かがあるんだろ?」

「なんだと思う?」

「クイズはやめろ。時間の無駄だ」

「えー、時間はたっぷりあるよ」


 駄々をこねる子供のように、カトゥーは口を尖らせる。


「遊んでる暇はないって」

「ゆっくりしようよ。ここのところ、ちょっと働き過ぎだってわたしたち」


 眠そうに欠伸をするカトゥー。確かに、ここのところ彼女に頼りきっていたところはある。とはいえ、肉体労働はほとんど俺だろうが。


「いいから、とっとと理由を話せ。なんで奴は世界のバランスを崩す?」

「んー、しょうがないなぁ」


 と、カトゥーを両手を上に挙げて伸びをする。そして、こちらに顔を半分向けながら話しを続けた。


「あの人はね。二十人の人間を殺すの。本来ならその人たちのおかげで、革新的な技術や思想が生まれたというのに」

「え? そんなこと?」


 とんでもない虐殺でもやると思ったのだが、二十人ほどの人間を殺して何が変わるのだ?


「マキくんは歴史の重要性をわかってないよ。人類にとっての、その二十人は、突然変異の遺伝子みたいなものなの。それまでとは違う流れを歴史に作り上げるの。人類はそうやって良い方向にも悪い方向にも大きな波を作ってきた。けど、彼が意図的にその二十人を殺すことによって歴史が変わるの。ううん、実際には変わるんじゃなくて停滞・・する」


 カトゥーがめずらしく長台詞を一気に喋る。いつもの棒読みのような言葉ではなく、僅かながら、そこには感情というものが込められていた。


「大きな変化がないってこと? 別にいいんじゃね?」

「だから、マキくんはお馬鹿さんって言われるのよ」

「言ってるのはおまえだけだろうが!」

「いい? 例えば水の流れが停滞すると、そこは腐っていくの。人類も同じように内部が腐敗していく。最終的には星そのものを腐らせていくわ」


 プチお怒りモードが発動。カトゥーの感情スイッチってどこに付いてるんだろうな?


「さすがにそれは比喩的なものだろ?」

調和神ラッカークさまの未来視によれば、階級社会は酷くなって、下の者は逆らおうという気力さえなくなる。一部の者たちによる長期間の支配は、環境にも歪みを与えるの。技術も進歩しないから同じ原材料しか使わない。資源は消費尽くされ、生態系はバランスを欠いて特定の生物の増殖を許してしまう。そして食物連鎖は崩壊し、惑星規模の大飢餓が勃発するの」

「すげえな。二十人殺しただけでそんだけ世界が変わるなんて」

「バタフライエフェクトって知ってる?」

「ああ、蝶の羽ばたきが別の場所で嵐を巻き起こすほどの影響を与える、って喩えだろ?」

「そう。今回の転移者の行いは、それに該当するの」

「凄まじいな……」


 予想の斜め上を行く展開。特定の誰かが死んだときに起こる影響なんて、神でもなければ把握できないだろう。だが、原因となる人物を消せばいいってのも短絡的ではあるかな。


「マキくんがここの転移者に張り付いて、その二十人の殺害を阻止するって手もあるよ」


 俺の心を読んだように、カトゥーは涼しい顔をしてそんなことを告げる。


「命がいくつあっても足りねえよ!」


 一人助ける度に何度か死にそうだな。三回のリスタートじゃぜんぜん足りねえよ。


「どうするの?」

「やるしかないだろ?」

「どうやって?」


 今日はよく喋るカトゥーであった。やる気のない彼女もイライラするが、これはこれでこちらが参ってしまう。


「待った! 少し考えさせろ」



**



「作戦は簡単だ。奴が街を見回るコースは決まっているから、そこに罠をしかける」

「この×がついているところ?」


 俺は手に入れた街の地図を、宿のテーブルの上に広げてカトゥーに説明する。


「ここに石造りの塀がある。高さは三メートルほどだ。奴が通る最中にここを崩す」

「これくらいじゃ、彼は死なないと思うよ」

「それでいいんだよ。けど、あの石の重さを考えれば奴が行動不能に陥るのは必至。第三者の救助が必要だし、それを気にくわないと致死魔法でぶっ殺すこともないだろう」

「身動きできなくても致死魔法はかけられるよ。モラルタで刺そうとしたら返り討ちにあっちゃうよ。いいの?」

「その場合はどうなるんだ?」


 そんなヘマをする事はないが、後学のために聞いておこう。


「どういうこと?」

「モラルタを刺した後に、奴が致死魔法を使った場合だよ」


 今回はそんなことはないが、今後の依頼で同様の事が起こる可能性がある。ターゲットを駆除した後に、自分が死んでしまった場合だ。


「ああ、そういうこと」

「任務が成功すれば魔法は無効にしてもらえるとか」

「無理だよ。死は死だよ」

「じゃあ、リスタートで」

「そしたら、彼も生き返って作戦はなかったことになるよ」

「しかたない。おまえに馬鹿にされた方法をとろう」


 それは最初から作戦に組み込まれていたこと。カトゥーに対しての単なる嫌味だ。


「えー? まさか、アレ使うの?」


 少しばかり嘲笑気味の声。普段の無感情な声もムカツクが、こっちはこっちでムカムカくるなぁ。


「そうだよアレを使うんだよ悪いか?」

「悪くはないよ。ううん、頭悪いのかな?」


 話が進まないので無視することにした。


「監視魔法のおかげで、奴の致死魔法の有効範囲がわかったんだ。約三メートル。これを利用しない手はないだろ?」

「もっとスマートな方法はないのかな?」

「だったらおまえが考えろよ!」

「えー、わたし従神だから。マキくんのサポートをするのが仕事だよ」

「じゃあ、やり方にいちいち文句言うなよ。というか、こんな世界におまえはずっと居たいのか?」

「居たくはないよ。まあ、いっか。早く仕事が終わるのなら」

「そうそう、方法の質なんて関係ない。仕事とWeb小説の更新は早い方が優秀なんだぞ」

「それ、どっちも仕事ができる場合だよ。面白くない小説の更新頻度を上げても自慢になるわけないじゃん」

「おまえ……WEB作家を敵に回す気か?」

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