第9話 モンスター狩猟家と滅びの唄(2)


 ハヤミネタケルがレッドドラゴンを一体仕留めた。その様子を遠くの方から観察する。


 彼は一人でドラゴンへと攻撃を仕掛け、その双剣を二振りするだけでその命を奪う。改めて彼の強さを思い知った。


「ご苦労様です」


 戦闘が終わったことを確認して、後ろの方からぞろぞろと商人らしき服装の男たちが、荷台や荷馬車を引き連れてやってくる。


 そして、死んだドラゴンを解体し始めるのに、さらに多くの人が集まってきた。百人くらいはいるだろうか。


 話によると、鱗は強力な防具。爪は武器。その肉は滋養たっぷりの食料、血液は万病に効く薬になるらしい。


 そりゃ、金になるわな。一匹倒せば、一山当てるみたいなものか。


 解体と同時に査定が始まり、ハヤミネタケルにはしばらくして金貨が支払われる。いくらかはわからないが、尋常でないほどの金貨が渡されていることを確認した。


「マキくーん、見てて楽しい?」

「楽しくはないけど、興味深いわ」

「マキくんもモンスター狩りする? リトルドラゴンだったら銀貨一枚くらいにはなるってさ。あれなら、環境にも優しいよ」


 リトルドラゴンって、この世界じゃドラゴンもどきと呼ばれている、体長二メートルくらいのトカゲじゃん。


「するか! チマチマと偽ドラゴンなんか狩っててもしゃーないだろ」

「前の世界で、魔王を倒した報酬欲しがってたじゃん」

「そりゃ、おまえんとこの女神さまが無賃金で俺の事を働かせるからだろ」

「あれ? なんでお金貰えないのに働いているんだっけ? ブラック体質が身についているのかな? それとも調和神ラッカークさまのド・レ・イ? なんか官能的な響きだよねぇ」


 珍しくカトゥーの目が僅かに笑っている。そうかそうか、そういう趣味があったか。


「バカ! 契約だよ。俺の過去の記憶を修復する代わりに、調和神ラッカークの仕事を手伝うって」

「というか、マキくんって、なんで調和神ラッカークさまに拾われたの? 普通、異世界転移するなら、いっぱいいる創造神ビワナの誰かの所に行くよね」

「知らねーよ。気付いたら調和神ラッカークの側にいたんだよ」


 その記憶さえ定かではない。


調和神ラッカークさまの居場所は聖域だよ。そんな簡単に入れるわけないじゃん」

「知らんて。記憶が曖昧なんだから、詳しい事はわからないって言ってるんだよ。それより作戦を思いついた。すぐに実行するぞ」



**



 俺たちは、とある商人に雇われた。この世界に最低賃金があるならば、それを完全に下回る金額だ。


 実は夜盗に襲われてすっからかんになって、食うにも困っている状態であることをアピールし、僅かな金額でもいいから雇って下さいと泣きついた。もちろん演技だが。


 向こうとしても人手は多い方がいいらしく、しかも賃金も破格なので二つ返事でオーケーしたわけである。


 あとは、勇者である転移者にくっついていき、レッドドラゴンとの戦闘が終わるまで近場で待機。終わったら一斉に作業にとりかかるという契約だ。


「勇者さまが仕留めたぞ!」

「おーし、おまえら、行ってこい!」


 一斉に竜の死骸にたかる作業者たち。俺たちもその中に入っていた。深くフードも被って変装もしている。顔を黒く汚して現地人っぽく振る舞う。これである程度は転移者に近づいても不審がられることはないだろう。


 後は勇者に近づくチャンスを覗う。


 しばらくすると査定が終わり、転移者に金貨が払われる。タイミングとしてはここだ。


 後ろの方で、商人と転移者が話をしているところを「すいませーん。妙なものを見つけたんですけど」と走って行く。


 手に持つのはモラルタ。鑑定しない限り、他の者には効果はわからない。だが、そこそこの目利きであれば魔法のアイテムだというのは一目でわかるだろう。なにせ、異物を粒子化できる力を持つのだから。


 商人の顔に笑顔が宿る。竜の身体に突き刺さっていた魔法アイテムとでも思ったのだろう。


「ほおー。それは見たこともない力を持っていそうだな」

「そうなのか?」


 商人の言葉に隣の転移者も感心したように、短剣を見つめる。もともと魔法アイテムだから、簡単に騙せてしまうのだ。


 ある程度近づいたところで、転移者が何かに気付いたように眉を寄せる。そういや、殺気は消せてなかったかもな。


「ドルクさん、離れて!」


 転移者がそう叫ぶと、腰に下げた二本の剣を抜こうとして、その違和感に気付いた腕が一瞬硬直する。


 実は俺が近づく寸前に、カトゥーの魔法カードで武装解除させていたのだ。彼は今、武器を持っていない状態である。


 俺はその隙を逃さずに短剣を喉元へと突き立てる。だが残像へと切りつけ、空振りしてしまう。


 転移者はチート能力の加速を使って逃れたようだ。


「貴様!!!!」


 再び俺の近くへと一瞬で近づき、武器がないのでその拳を俺の頬へと叩きつけようとする。


 鈍い音。


 それは、頬のそばでガード代わりに構えていた短剣が、転移者の拳を切り裂いた音だった。殴られる位置がわかっていれば、避けるよりは簡単なことだ。


「卑怯だぞ!」


 転移者が声を上げるも、すでにチェックメイトだ。モラルタはその刃が相手に触れるだけで効果を持つ。触れたところから粒子化していくのだ。


 すでに殴りかかってきた片腕はぼろぼろ炭化して崩れていた。


「なぜ……オレが……まだ全てのドラゴンを倒せてないというのに」


 男の絶望の声が響き渡ると、商人や雇われていたものたちが騒ぎ出す。


「勇者さまがやられたぞ!」

「無敵の勇者さまが倒されるなんて」

「勇者を倒すなど、人ができることではない。あの者はドラゴンの化身じゃ!!」

「きっとレッドドラゴンの呪いだよ……じいさまが言ってたんだ。むやみに殺してはならぬと」


 それ、早く勇者に言っといてやれよ。といっても、現地人の言葉さえ信じなかっただろうなぁ。


「ごめん……ユリヤ」


 転移者は泣いていた。そして、そこにはいない誰かへと謝罪している。感動的なシーンかもしれないが、おまえに正義があったように、こっちにも正当な理由があるんだよ。


「憐れだね」


 カトゥーらしからぬ言葉が零れてくる。


「他に方法はあったか?」

「あったかもしれないけど……あの人はどちらにせよ、救われないよ。この世界が滅びようが、世界が平和になろうが、ユリヤさんって人は生き返らないんだから」


 一瞬だけ彼女は悲しそうな顔をした。そしていつもの声で「じゃあ、転移するよ」と言う。


「頼む」


 後味が悪い結果となった。けど、調和神ラッカークはわかっていたのかもしれない。転移者を駆除するしか方法がないということを。



 再びいつもの転移の風景。


 世界は反転し、ブラックアウト。



▼Fragment Cinema Start



 スクリーンに映し出されたのは、どこかで見覚えのある優男。


 煌びやかな金色の防具を付け、銀の槍を持つ勇者だ。


 男の手は、傍らにいる栗毛ブリュネットの少女の腕を掴んでいた。そして、少女は泣き叫ぶ。


「トウヤ! トウヤ!!!」


 必死で彼から逃れようとするが、それを許さない男。


「あいつのことはもう忘れろ。というか、忘れさせてやるよ」


 歪んだ男の笑い。そして、男の左手が少女の顔を掴むような形になる。そして、その手がぼんやりと光った。


 まるで催眠術にでもかかったかように、ふわりと彼女の身体が倒れ、それを男が支える。


「おまえが一番大切に想っているのは誰だ?」


 男の呼びかけに、少女の口が開く。


「ご主人さまです」


 まるで感情のこもらない言葉。そして少女は、こちらを振り返らずに男と歩いて行く。


 残されたのは死体のみ。そして、それは俺だった。





 視界が戻った時には、別の世界にいた。


 どこかの街の中のようだ。相変わらず文化レベルは中世ヨーロッパ風。だが、空気がピリピリしている。本能が危険だと、警鐘を鳴らしていた。


 ここにいてはダメだ。でも、何もわからないうちに逃げ出すのは得策ではない。何が起こっているかだけは確認すべきだろう。


「カトゥー。アンカーポイントを作成してくれ」


 辺りを見回す。街ゆく人々は皆、一様に俯き、誰とも目を合わせないようにしている。


 そんな中。通路の角から集団が現れた。三十人くらいの騎士団だろうか。先頭の男は煌びやかな装備で、兜は着けていない。ナルシストのような雰囲気を持っている。


 髪型は前髪を逆立たせたような金髪……じゃない、もともと黒髪で染めているだけか。

 そして細長い、爬虫類を思い起こすような目。


「あっれー、そこの子。今、顔を背けたよね? 皇帝に対して失礼じゃない?」


 こいつ、この国の皇帝なのか?


 男はそう言って顔を背けた女性に近づき、その顔を覗く。


「なんだ、ブサイクか。ごめんね。ブサイクなのに呼び止めちゃって。でも、顔を背けるのはよくないなぁ」


 男の平手が女性を直撃する。


「あはは、ごめんごめん。ブサイクな顔がもっとブサイクになったかな?」


 あまりにも見るに堪えない状況。だが、それ以上の事がその後に起こる。顔を歪ませた俺に皇帝は気付いたようだ。


「あれあれ? キミ、ボクに対して不敬な気持ちを抱いたでしょ? わかってるんだからね。そう、ちょっとムカついたから。キミには死んでもらうよ」


 男が右手で指を鳴らす。と同時に、左胸のあたりが締め付けられるように痛んだ。そして、吐き気と呼吸困難。地べたに這ってもがき苦しむ。


「あははははは!!! 最高だね」


 皇帝の高笑いの声が段々と遠のいていく。


 ほどなくして、俺の心臓は止まった。

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