第8話 モンスター狩猟家と滅びの唄(1)


「魔物がいたぞー!」


 別世界へと転移した途端、現地の冒険者に追い回された。そりゃ、ハーピーと目玉の化物が突然現れたのだから無理はない。


 それだけなら良かったのだが、途中からかなり強力な剣の使い手が現れた。双剣を手にした黒髪の剣士だ。


 その者は一気に加速をして、一瞬で俺の横に付く。カトゥーが上空へ飛び上がったので、その足に捕まって一時的に避けることができたが、俺が重いのかあまり高く飛べないらしい。


 地上から約五メートルほど。


 あの加速能力をジャンプに使えば届きそうな高度だ。これは非常にマズい。


「カトゥー、緊急離脱ランダムトランジションのカードを」


 できればあまり使いたくなかった。それも緊急時にとっておきたかった魔法である。けど、アンカーポイントすら作成していないのだ。今が緊急時なのだから仕方が無い。


 カトゥーがカードを投げると球体の光が広がって俺たちを包み込む。剣士がジャンプする寸でのところだった。


 魔法に助けられ、この世界の別の場所へと移動する。距離的には二つくらい街を挟んだ先だとカトゥーは言った。どこかの街道上に転移したようだ。


 あの緊急離脱ランダムトランジションの魔法は、瞬間的に転移できるが、移動先がランダムというデメリットがある。発動時間が短いと聞いていたのでとっさに指示したのだが……。


「あいつ、なんだったんだよ。ここの現地人って、あんな凄い力を持っているのか?」

「ううん。違うみたい。さっきの人が今回のターゲットのハヤミネタケルさん」

「マジ?」

「マジだよ」


 異世界転移者だったか。ありゃ、つえーぞ。強力なチート持ちか。


「あの加速がチート? というか、今回の転移者は何をやらかすんだよ?」


 一瞬で距離を詰められる加速は厄介だ。これまでのように、相手の隙をついて後ろから回り込むなんて手は使えない。それどころか、気付かれたら逆に返り討ちにあってしまう。


「あの人はね。前の世界にいるときから、モンスターを狩るゲームが好きだったみたい。で、この世界に来て魔王を倒した後は、モンスター狩りで生計を立ててるんだって」

「だから、俺たちは襲われたのか。早いとこ元の姿が戻ってくれないとヤバイな」


 転移者ハンターがモンスターハンターに逆に狩られたんじゃシャレにならない。


「彼はね、その加速能力のおかげで、かなり強力なモンスターを狩ることができるんだよ」

「へぇー、優秀じゃないか」

「うん、でも、優秀過ぎるのも考え物だよ」

「どういうことだ」

「この世界で、一番お金になると言われているレッドドラゴン。彼はそれを凄い勢いで狩り続けているの」

「ああ、なんとなくオチが想像できた」


 稀少生物を狩りすぎて絶滅するパターンか。でも、絶滅なんて世界の歴史の中ではめずらしいことじゃないはずだ。何かの種がいなくなったところで、世界全体がどうにかなるとは思えない。


「レッドドラゴンはね。魔力の固まりみたいなものなの。レッドドラゴンが死ぬとその魔力はこの星に吸収され、リサイクルされるの。森を育て、地殻を安定させる。凄く有益な生物なの」

「稀少と言うより、この星そのものって感じだな。で、レッドドラゴンを転移者が倒すのと寿命で死ぬので、何か違いはあるのか?」

「転移者はそのチートな力でドラゴンの魔力を一瞬で消し去るのよ。本来、死んで星に回収されるはずの魔力がなくなってしまうの」

「おいおい、チート過ぎるだろ」

「結果的に、森は死に、地殻は不安定となり、将来的にはこの星は崩壊する」


 背筋がぞっとする。これまでのように人類の死滅だけでなく、星そのものが崩壊するのだ。


「誰か教えてやれよ!」

「もともとレッドドラゴンは稀少で、それほど人間の前に姿を現さないの。けど、現れた時は全力で暴れるから、人類にとっては天敵みたいなものなの。この世界の人たちにはその有益さが理解できないのよ」

「じゃあ、レッドドラゴンを助けようなんて言ったら、現地人も敵に回すということか。けど、転移者に説明すればいいじゃん。おまえが狩りを続けていると、この星は崩壊するって」


 カトゥーが目を細める。


「マキくんが説明する?」

「え? まあいいけど。今回は転移者を駆除するんじゃなくて、説得するでいいのか?」

「そう上手くいくかなぁ……」


 カトゥーにしてはめずらしく一瞬感情が宿ったような気がした。が、すぐに無表情となり、遠くを見つめるように視線を外す。


「なんだよ。その含みのあるような言い方は」


 いつもは無表情か作り笑顔だというのに、今回はなんだか歯にモノの詰まったような言い方だ。


「だって、調和神ラッカークさまが夢枕に立って彼に警告したのよ!」


 僅かに眉を寄せ、プチ怒りモードのカトゥー。こんな表情の彼女を見るのは初めてだった。


「あれ? 調和神ラッカークって、転移者に干渉できないんじゃ」

「できないよ。だから、せいぜい夢の中に潜り込むくらいだって」

「で、結果は」

「結果も何も、彼は悠々狩りを続けているじゃない。今もレッドドラゴンを狩り続けているのよ」

「まあ、本当に夢だと思ったんじゃない? 調和神ラッカークって、絶世の美女過ぎて現実感がないし」



**



 あれから数日経ち、俺たちの変身魔法は解けることになる。


「これでようやく街の宿屋で眠れるな」


 ここのところずっと野宿だったのだ。まあ、魔物の間は、他の魔物に襲われることもなかったし、暑さ寒さもあまり感じない身体だった。なので、それほど野宿が不快だったわけではない。


「あー、もー、お風呂入りたい」


 カトゥーはプチ怒りモードから、プチ不機嫌モードへと移行していた。


 とはいえ、ここはファンタジックな異世界である。中世風であれば、風呂なんて一般人が滅多に入れるもんじゃないんだけどな。貴族しか入れないような所で入れてもらうつもりか? それを経費で落とす気か?


 でもまあ、そんなカトゥーの微妙な表情を見ているのも悪くない。不機嫌な時は、目が死んでないからな。


「おまえ、ちょっと地が出てきたか」

「どういうこと?」

「いや、前ならそんなに感情を見せなかっただろ」

「そうかなぁ。いつもと変わらないよ」


 おまえがそう思うならそれでいいや。面倒だから話題を変えよう。というか、俺もカトゥーの「面倒くさがりや」が感染うつってしまったようだ。


「転移者の現在位置ってわかる?」

「西へ五十キロほど行った街かな」

「五十キロかぁ……」

「魔法のカード使えば一瞬だよ」

「瞬間転移って、もう一回使えるのか?」


 最初にこの世界に来たとき、転移者から逃れるために使ったはずだ。でも、カードは基本的に一回だけと言っていたような。


「ううん、飛行魔法の方だよ」


 なんだ、別の魔法か。


「いや、いいや。もったいないから歩いて行くよ」


 俺が歩き出すと、カトゥーが小さく「あっ」と声を上げる。足を止めて振り返ると、僅かに後悔しているような顔が見える。


「どうした?」

「昨日の段階で西の方まで飛んでいけたんだよね。あー、失敗したなぁ」

「そういやそうだな。おまえハーピーだったもんな。そしたら俺も」

「いや、さすがにマキくんを持ち上げては飛べないよ」


 実際、上空に飛び上がるだけで精一杯だったよな。


「じゃあ、なんでそんな悔しがってるんだよ。俺を連れて行けなきゃ意味ねーだろ」

「マキくんは置いて行ったに決まってるじゃない」


 彼女はもともとこういう奴だったな。今さら腹を立てても仕方が無い。


「行くぞ!」


 今は転移者をどう駆除するかを考える方が優先だ。カトゥーのことはいつものことだと割り切った方がいいだろう。



**



「あのー、ハヤミネさんですよね」


 人間に戻った俺は、酒場で飯を食べていた転移者に声をかける。三十代くらいの筋肉質の大男だ。まともに戦ったら勝てる自信はなかった。


「ん? あんた、何者だ?」

「えっと、同郷者ってことになりますね。俺、真木桃矢といいます」


 その自己紹介で、転移者は嬉しそうに笑う。厳つい顔だが、笑い方は豪快だ。黒髪でブラウンの瞳。アジア系……十中八九、日本人だな。


「おお! おまえ日本人か。久しぶりだなぁ、前の世界の人間に会うなんて。おまえもこの世界に転移してきたのか?」


 ビンゴだった。というか、俺も黒髪でブラウンの瞳を持つ人種だ。


「ええ、まあ、そうなんですよ」


 半分本当で半分は嘘。俺はチーレムやるために異世界に転移してきたわけではない。転移者ではなく放浪者。けど、同郷という可能性もゼロじゃない。


「いつ来たんだ?」

「つい一週間ほど前ですね」

「そうかそうか、オレはもう半年くらいになる。この世界の事で聞きたかったことがあったら、なんでも答えてやるぞ。そうだ、良い狩り場とか教えてやろうか。おまえレベルいくつなんだ?」


 レベル? そういや、そんな概念あったんだっけ? けど、スキルを含めてそんな数値は見たことはなかった。


「まだちょっとレベルの見方とかわかんないんっすよ」

「頭に思い浮かべればステータスは出てくるぞ。おまえ、本当に転移者なのか?」

「はあ……まあ、慣れてないだけなのかもしれませんね」


 とりあえず誤魔化しておく。小説ならよくある設定ではあるが、俺が見てきた世界では初めてだった。


「それで、オレに何か用があるのか?」

「レッドドラゴンの件なんですが」

「ああ、あれは儲かるからな。おまえも一獲千金を狙っているのか? けど、倒すのにはコツがいるぞ」

「ええ、それなんですが、あなたの倒し方だと、ドラゴン内部の魔力を消し去ってしまうんです。そうすると、魔力のリサイクルができなくなって、最終的にはこの星が崩壊するんですよ」

「あ? おまえ、何言ってるんだ?」


 ありゃ、信じてくれなかったか。説明が直接過ぎたかな。


「えっとですね。この世界の魔力システムをご存じですか? ここは魔力というエーテルが、世界を安定させているんです。で、あのレッドドラゴンってのは、最大の魔力を蓄える有益な竜でして、むやみに殺していいってわけじゃないんですよ。できれば自然死がいいと」

「妄言を吐くのもいいかげんにしろ!」


 首根っこを掴まれて、締め上げられる。息ができない。こいつ直情タイプの性格のようだ。


「い、いや……妄言ではなく」

「レッドドラゴンは人類の敵なんだぞ。あのドラゴンのせいで、どれだけの人たちが亡くなったか知ってるのか?」

「それは……ご愁傷さまです。けど、しかたないんで……ぐふぅっ」


 頬を殴られて床に頭を打つ。いってーな!


「あのレッドドラゴンはな。オレの大切なユリヤの命も奪ったんだ。許せるわけがないだろ! 俺はレッドドラゴンがこの世界からいなくなるまで戦い続けてやる。たとえこの命が果てようとも!」


 うわー、こりゃ話が通じなさそうだ。おまけに私怨が入っちゃってるよ。ユリヤって誰だよ? 厄介というか、撤退だな。


 これなら、声をかけるときにそのまま短剣をぶっ刺せばよかった。今回は説得だからと、アンカーポイントを作成しなかったのも敗因だ。これでは気楽に声をかけられなくなる。


 だから俺は尻尾を巻いて逃げ出した。まあ、この世界で格好つけなければならないプライドもないからな。どうせ、この仕事が終わったら他の世界へと転移するだけなのだから。


 こうして作戦は、説得から駆除へと切り替わった。

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