第7話 魔王に魅せられたオタク
「ホントにいいんだね? このカードは一回こっきりだからね」
カトゥーがそのカードを念押しするように、俺の目の前へと向ける。そのカードには少女と化け物の絵柄があって、矢印が少女から化け物の方へと描いてある。タイトルは【change】。これは魔物に変身する魔法カードらしい。
「まあ、魔物に変身なんてのは滅多に使わなそうだからな」
「じゃあ、いくよ。使ったら一週間くらいは戻らないからね。あとで文句いっても知らないよ」
「ちょっと待った」
「なに?」
「変身したら着てる服とかどうなるんだ?」
「服ごと変わるだけだよ。元に戻る時も、きちんと服を着た状態になるから安心だよ」
「じゃあ、ポケットの中の物とかも大丈夫なのか?」
右手をズボンのポケットに突っ込み、中にあるペンダントを確認する。
「うん、大丈夫だよ。そういう魔法だから」
「じゃあ、やってくれ」
「ほい」
カトゥーがカードを宙に放り投げると、それは目映い光を放出する。その光は球状に広がり、俺たちを包み込んでいった。
数秒後、俺たちの身体は変化していた。
俺は一メートルほどの黒い球体に
これ、サイズがおかしくね? バックベアードにしては、ものすごくコンパクトなんですけど。まるで雑魚キャラじゃないか!
一方、カトゥーは翼を持つ女性型のモンスターであるハーピーへの変化となった。
「マキくん。転移者のところに行く前に、冒険者にやられちゃうんじゃない?」
「もっと強いモンスターに変えられなかったのかよ!」
「だって、マキくん。もともとそんなに強くないよ」
モンスターになっても、ほぼ顔が変化していないカトゥーの冷めた目線。なんかムカついてくるな。
「おまえだって、弱小やられキャラじゃねえか」
「そお? でも、わたし飛べるよ」
カトゥーはそのまま羽ばたいて飛び上がっていく。俺はただ単に宙に浮いてるだけ。
「待てよ!」
「わたしの方が能力高いよね?」
無表情で俺を見下ろす彼女。こういう場合は、蔑むような糞虫を見るような目じゃないのか? 相変わらず目が死んでるぞ。というか、全てにおいて中途半端だ、カトゥー!
ホント、どこからツッコめばいいのかわからなくなってくる。
「……」
なんでこいつ、マウント取るような台詞、言ってるんだろうな?
「はぁー、なんか盛り上がらないね」
「おまえは何をしたいんだ!?」
「だって、今回もサクっと駆除しちゃうんでしょ? 戦闘シーンが盛り上がらないんだから、その他のシーンで盛り上げないと」
「おまえ、何メタ的な発言してるんだよ!」
「いちおう、わたし神さまの代理だからね。その……神の視点ということで」
作り笑いで誤魔化しやがった。
「それ、ぜんぜんうまいこと言ってないぞ、笑いのセンスも話のセンスもねえよ!」
**
魔王軍への合流は簡単だった。変装ではなく
「さてと、転移者と魔王の
「マキくん、台詞まで雑魚キャラっぽいよ」
「ほっといてくれぃ!」
そんなバカな会話をしながら、本拠地であるデスペワー城へと近づいていく。
この城は魔王がその力で築いたという、岩でできた黒い城だ。刺々しいそのシルエットは、まさに魔王城としての風格を見せていた。
城の前には大きな広場があって、そこに魔物たちが集結しつつある。話の通じそうな魔物に聞いた限りでは、なにやら魔王がこれから演説をするということだ。
集まってくる魔物の数は数万を超えるだろう。これだけの化け物を束ねるのだ。恐怖で支配するような、恐ろしい姿だと想像してしまう。
広場に着いてしばらくすると、魔王城のバルコニーに人影が見えた。
出てきたのは太った若い男。どこかで見たことがあるような……。
「あれが魔王なのか?」
「これをもう一回確認した方がいいよ」
カトゥーが俺の脳内に映像を送る。それは今回のターゲットである転移者だった。
「あいつ、もしかして魔王を倒して魔王になったのか?」
何を言っているかわらかないと思うが、よく考えれば単純なことだ。魔王を倒せる剣を持っているのだから、魔王にとって代わることもできるだろう。いや……それだと問題があるか。
「マキくん。よく見た方がいいよ」
カトゥーが翼で指し示すその先には、転移者の隣に小さな人影が見える。
「幼女!?」
それは年の頃は六才くらいのかわいい女の子だった。ツインテールの金髪で、ちょっと目がつり上がっていて生意気そうな幼女だ。あれが魔王だと言うのか?
「静粛にしなさーい!」
超音波のような幼女特有のキンキン声があたりに響き渡る。
「これから人類に総攻撃をかけるわよ。みんな気合いをいれなきゃ、おしおきだからね!」
隣の転移者はその姿をうっとりと眺め、ぶひぶひ言ってそうな感じだった。そこで転移者が魔王を味方した理由に合点がいく。おまえ、幼女が好きなだけだろ?
「このロリコンめが!」
**
魔王を先頭に魔軍は近くにある街を目指す。
軍といっても、魔物の群れだ。知能はバラバラ、移動速度も揃っていない。なので、進軍というより、群れが大移動しているようなもの。
いちおう先頭には地竜に乗った転移者と、その前に幼女……魔王が座っている。
今は周りには人間もいないので、二人ともそれほど警戒はしていない。近づくのは簡単であった。
まずは転移者から。
触手を動かしてモラルタを握り、それをロリコンの背中に刺すだけの簡単なお仕事。
「ぐわぁっ!」
別の触手で男の腰にあった聖剣を引き抜き、そのまま魔王の首を刎ねた。相手は人間じゃないのだ。躊躇はしてられない……いや、ちょっと躊躇ったけど。
その瞬間、ブォンと、上空へ衝撃波のようなものが走り、空を覆っていた雲が一気に晴れていく。
場の空気が変わった。これは魔物たちを制御していたものが解き放たれたのだろう。
知能が低いと思われる魔物たちが、近くにいる魔物を攻撃し始めた。味方同士での乱戦となり、完全に統制がとれなくなっている。
「マキくん、残酷だよぉ。わたし、ひいちゃうよぉ」
相変わらず無表情のカトゥー。そういう時はだな。俺のことをおぞましいものを見るような目にすべきである。お約束であるのならだ。
まあ、いちおう反論しておくか。
「仕事だろうが! というか、あいつ魔王だし、かわいいのは見かけだけだろ? それ以前におまえ、どうでもいいとか思ってない?」
俺から視線を逸らすカトゥー。なにやら胴体だけになった魔王(幼女)の身体を無表情で見ている。
「人の話聞けよ!」
だが、胴体だけになった幼女の身体が動く。いや、蠢くと言った方がいいだろうか。
「おいおい、死んでないぞ。この聖剣、役立たずなんじゃね?」
「あー、わかった。その首は飾り物だったのね」
カトゥーが緊張感もなく、ほんわかと謎解きをしてくれる。が、そんな場合じゃねえよ!
幼女だった身体はぐちょぐちょに溶けていき膨れあがり、なんだかわからない肉の塊と化した。
「グロすぎるぞ!」
「わたしちょっとだけ苦手かな」
ちょっとだけなのかよ! カトゥーに対してのツッコミを禁じ得ない。
俺は気を取り直して、聖剣を触手で構え直し、その肉塊の中心へとぶっ刺した。
「&$%&=)$%&!!!」
奇妙な声を上げ、肉塊は萎んでいく。そして、魚の腐ったような匂いがする緑の血を吐き出した。スゲーな、聖剣。ちゃんと仕事してるじゃん。
「うへぇー、すげーな」
「そうだね、キモイかもね」
「おまえ、それ本心から言ってる?」
だって平然としてるし、いつものように感情すら込もってないんだぜ。こいつ。
「ほんとだよ。どっか別の所に行きたいもん」
「それ、めんどくさいだけだろ?」
「めんどうなのは否定しないよ。けど、終わったんだし、早くどこか別の場所へ行こうよ」
せっかく魔王を倒したというのに、このまま移動するのはなんだか釈然としない。
あれ? 地平線の向こうに土煙が見えるな。何か大部隊がこちらに移動してきているのかも。魔王軍と戦おうという近くの王国の軍か何かかな?
「ちょっと待て。遠くの方からやってくるのって近くの王国軍じゃね? 俺が魔王を倒したことが解れば、それなりの褒美をもらえるかもしれない」
「うーん、それは無理じゃない?」
「なんでだよ?!」
「だって、今のマキくん。どこからみても魔物だもん」
そういや、一週間くらいは戻らないんだっけ……。
「じゃあ、転移……す……したくねぇえええ!!」
「未練たらたらだね」
「こんな姿でなければ……」
「転移するよ」
そうして、俺の僅かな希望は失われた。
▼Fragment Cinema Start
いつものように映像が流れない。
スクリーンは暗いままだ。
「トラブルが発生しましたので、只今直しているところです。暇つぶしにこれをどうぞ」
ふいに現れたメイド姿の女性。
渡されたのは携帯ゲーム機。長方形の折りたたみ式で、液晶画面が二つついているやつだ。
そして画面にはすでにゲームが起動している。
これはモンスターをハントするゲームだったか。
「どれくらいで直るんだ?」
「全力で直しておりますので、しばらくお待ち下さい」
時間はわからないということか。まあいいや。暇つぶしの道具もあるし。
初めて弄るゲーム機で、初めて遊ぶゲームだというのに、慣れた手つきでどんどん進めていく。
面白い。
それこそ時間を忘れてモンスターを狩り続けていた。
「マキさま。スクリーンの方が直りましたので、ご鑑賞をお願いします」
「もう直ったのか? もう少しゲームをしていたかったがな」
「ゲーム機は回収させていただきます。それから、鑑賞にあたってはご注意ください」
「注意? なにをだ?」
「いささかショッキングな映像となりますので」
「ショッキングだと?」
グロ画像でも見せるというのか?
「いちおう、マキさまの心が耐えられなければブラックアウトするようになっています。ブラックアウト後は続きが観られませんので予めご了承ください」
今回はヤケに丁寧な対応だな。メイドがいたなんて初めて知ったし、この人も
俺はマジマジとメイドの女性を見る。
ショートカットの黒髪に眼鏡をかけていて、化粧は薄目で年の頃は三十代くらいかな。
「あの――」
名前を聞こうとしたら、室内が暗くなり映写が始まった。
スクリーンに映し出されるのはどこかの街道。その地面に人が倒れていた。
映像がズームアップすると、死んでいることが一目で分かる。そう、その死体には頭部がなかった。
さらに映像が横方向へと移動すると、死体のすぐ近くに頭部が転がっていた。その後頭部の方からスクリーンに映し出される。髪は短めの黒髪、死体の服や髪型から男だということがわかった。
さらに映像はその頭部に近づき、前面へと回る。
一瞬、身体が硬直する。
見覚えのある顔だった。いや、覚えているとかそういう問題ではない。
「俺の顔だ……」
そこで俺の意識はブラックアウトした。
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