第6話 召喚と最強兵器(2)


 戦車の中は意外と快適だった。そりゃ、高級車に比べればクッションもあまり効いてないし、音も煩い。だが、思ったより楽に乗車できたのだ。移動用に一台欲しいものである。


「わりと快適だったな」

「耳がガンガンするよぉ。もう乗りたくないよぉ」


 カトゥーが俺の感想を台無しにする。


 俺たちは【Leopard Zwei】っぽい戦車に乗り込んでいた。あまり軍事オタクではないので、詳しい形式はわからない。とはいえ、安易にこの戦車を選ぶこと自体には疑問を感じる。


 たしかに一部の人たちの間では世界最強の戦車と呼ばれているが、その戦場の地形や作戦によって最適な戦車は違ってくる。ゆえに、転移者は軍事オタっていうより、戦略ゲームオタっぽい気がする。まあ、どうでもいいんだけどさ。


 ディーゼルエンジンらしきものの音が止まる。これ、魔法供給だから、軽油を使って本当に動いているわけでもなさそうだ。


――「また勝てたのね」


 少女らしき声が外から聞こえてくる。


――「はい、王国はこれで安泰です。この国に敵対するものは、我がやいばにて一刀するのみ」


 中二病じみた台詞を吐く男の声。我がやいば=召喚した兵器であるならば、こいつが転移者で確定か。


――「私はこれから、これらの刃に魔力を供給いたします。しばし、お待ち下さい」


 その言葉を聞いて、すぐにハッチから出る。


「え?」


 転移者は鼻の下にちょび髭のある三十代くらいのおっさんだった。たしか事前に見ていた画像だと髭はなかったんだけどなぁ。


 そのおっさんと目が合い、虚を突かれたように彼は一瞬動作が固まる。


 一気に距離を詰め、彼の首を短剣で掻ききろうとしたところで、鈍い銃声が辺りにこだました。


 腹部に激痛が走る。彼が所持していた拳銃か何かで撃たれたのだろう。しくじったか……。


 カトゥーに治癒してもらうか、または死ぬまで足掻いてからリスタートって手もあるが、これ以上は無駄な時間だ。


 転移者の位置も把握したし、やり直した方が早いだろう。


「カトゥー! リスタートだ」


 そう叫んだ瞬間、視界が回転して意識がブラックアウトする。



**



「あと二回だからね」


 カトゥーの声で意識が覚醒し、自分の置かれている状況を確認する。


 腹をさすりながら、そこに傷がないことを安心し、まだ戦車隊が帰ってきていないことを確認する。


 そして再度挑戦リトライ


 戦車内部に乗って王国内部に潜入するところまでは前回通り。目的地に着いてエンジン音が止まった時点で、今度は底部のハッチから降りる。


 床を這いながら転移者の男の位置を確認しつつ、戦車一台一台にモラルタを突き刺しながら、彼の背後に回り込めるように移動した。


「なんだ! 何が起こっているんだ!」


 モラルタを突き刺した戦車が時間差で木炭の彫刻のようになり、崩壊していく。その異様な事態に男は取り乱していた。


「落ち着いて下さい。イシイさま!」


 きりりとした少女の声がこだまする。わりと女王さまは肝が据わっておいでのようで。


 俺は転移者の背後に回り込んだのを確認すると、一気に距離を詰めてその背中にモラルタをぶっ刺した。


 二度目ということで、緊張感もなく躊躇いもなかった。


「ぐふぅっ! 貴様、何者だ」


 背中の方に首を回そうとするが、この状態では完全に後ろを振り返ることはできないだろう。


 刺した部分から粒子化が始まる。もうこの男は助からない。


「あなた暗殺者アサシンね」


 近くにいた女王の鋭い眼光がこちらへ向く。闇の仕事など知り尽くしたかのような冷たい顔。


 とはいえ、容姿はまだ十代の幼さの残る美少女。金髪のボブカットで、どこかの大公家最後の姫のようでもあった。


「お初にお目にかかります女王さま」

「あなたも異世界から来たのかしら?」


 ニヤリと女王の口元が歪む。左右非対称で何かを企んでいそうな歪な笑い。そこからは、健気な少女の姿など想像もできない邪悪さだ。


「さあ、それは秘密です」

「ねえ、あなた。わたくしに協力しない?」

「協力?」

「あなたたちの力があれば、世界を手に入れることができるのよ。そしたら、その半分をあなたにあげるわ」


 なるぼど、その野心は魔王にも匹敵するだろう。


「興味ないね。というか、そんな欲を出さずにおとなしく汚れ仕事を請け負っていれば世界を敵に回すこともなかったのに」


 敬語をやめた。薄汚い闇社会の元締めに、敬意など持つ必要はないだろう。


「あなたに何がわかるの! 闇に生きてきたわたくしたちの屈辱が――」

「知るか、ボケ!」


 女王が何かを語りだそうとしたが、思わずツッコミを入れてしまった。まあいいか、消化試合みたいなもんだし。


「衛兵!」


 女王の声で集まってくる黒衣の騎士たち。いや、騎士ではない。盾も持たず防具は軽装で鉄の仮面を被っている。しかも武器は短剣だ。こいつら暗殺のプロ集団だな。


「待て待て、取引しようじゃないか」


 両手を上げて降参する、というようなポーズをとる。


「あら、弱気ね。わたくしの部下を倒せないようじゃ。あなたに用はないわよ」


 そういやカトゥーは何処行った? 依頼も終わったし、後はあいつに転移してもらえれば終了なんだけど。


 彼女ん探してキョロキョロしていると、蔑んだように女王が問いかけてくる。


「誰かをお捜し?」


 その言葉で、奥の方から片手を頬にあて困ったような顔のカトゥーが、後ろの衛士に小突かれながら出てくる。


「なんで捕まってるの?」

「うーん、なんかぁ、移動するのが面倒だったから」


 多少は逃げろよな! 任務完了前に人質にとられたら厄介なんだから。


「まあいいや。この状態でも問題はあるか?」

「ううん、ないよ。呪文は完了してるからいつでも発動できるよ」

「じゃあ、よろしく」


 視界が切り替わる。一瞬で転移完了だ。女王は俺が手を下さずとも、世界を敵に回したツケを払うことになるだろう。



▼Fragment Cinema Start



 再び座席からスクリーンを観る。


 映るのは風景。人工物の一切無い、緑の濃い森の中。


 人がほとんど足を踏み入れていない獣道のような場所を進んでいく。


 数十分進んだところで、ぱっと視界が開けた。


 丸くくり抜いたかのように、その場所だけが木が生えていない。ゆえに、真上から明るい陽光が差し込んでくる。


 広さは十平米くらい、その中心に両手を広げたほどの大きさの岩がある。そこに光り輝く黄金の剣が刺さっていた。


 思い出すのはアーサー王の物語。


 ならば、これは聖剣なのか?


 スクリーンの視点は移動し、その剣のグリップ部を男の手が両手で握りしめる。


 力を込めたように、その手がプルプルと震えるが、刺さった剣はビクともしない。


 映像は剣のガード下のブレイドの根元部分をアップにする。


 そこには文字が書かれていた。


 それは、その世界の独特の文字ではない。


 アルファベットを並べた文字の羅列。


【S*EAFFE*】


 アルファベットか? しかも英語? ところどころ文字が欠けて読めなくなっていた。だが、この文字列に近い単語に覚えはない。それとも人名なのか?


 そこで意識が強制的にブラックアウトした。




 転移した途端、死臭が鼻を突く。


 廃墟のような街には、死体が幾つも折り重なっていた。目を覆うような光景。


「大きな街に転移したんじゃないのか?」


 たいていは多くの人が住む街、もしくはその近くへと転移するとカトゥーは言っていた。転移者がそこにいることが多いからだ。だけど、ここは……。


「えーと……ここ王都みたい」

「廃墟じゃん!」

「うーん、正確には半年くらい前までは王都だったみたい」

「過去形なのかよ!」


 思わずツッコミを入れてしまうのがカトゥーマジックだ。俺たち、お笑いでも目指した方がいいのか?


「んー、でもぉ、転移先の座標は合ってたんだから、苦情を言われても困るよぉ」

「というか、どうしてこうなった?」


 俺たちの仕事は邪悪な転移者を駆除することだ。


 駆除されるってことは、それなりのことをやらかすという未来視のもとに行動する。が、今回はすでにやらかしている感じだった。


「今回のターゲットのワタナベツヨシさんだけどぉ、本来なら人類側について魔王を倒すはずが、なぜか魔王側についてしまったみたい」

「どうして?」


 魔王側につくというのはわりとよくある話だ。魔王が本当はいい奴だったとか、人類側が悪どいことをやっていたとか、理由は様々である。ところが、この惨状はどう見ても魔王による人類虐殺だった。


「うーん、どうしてかなぁ? わたしに聞かれてもわからないよぉ」

「人間嫌いとか? いじめられて性格が歪んだとか? 実は魔王は必要悪で、人類を適度に間引くことによって世界のバランスをとっていたとか?」


 俺は考えつく限りの可能性を提示する。それに対してカトゥーは首を傾げたまま。


「どうなんだろうね? この世界での魔王の存在は、かなり脅威なのは確定だよ。世界のバランスを狂いかねないって調和神ラッカークさまは言ってた」

「ということは、俺が魔王倒せば解決じゃないの?」

「たぶん、マキくんのその短剣じゃ、魔王に傷一つ与えられないと思うよ。いちおう魔王とはいえ、この世界から生まれたものだし」


 モラルタは異物にしか効果が無い。転移者は倒せても、魔王は倒せないというジレンマか。


「じゃあ、どうすればいいんだよ。魔王に味方するっていう転移者を倒しても、魔王がこの世界を支配してしちまったら終わりじゃないか」

「うーん、そしたら、彼の持っている聖剣を奪えばいいんじゃないかな?」

「聖剣?」

「聖剣シェーファー。魔王を倒せる唯一の剣だって。転移者しか使えない剣で、創造神ビワナからもらったのに、持ったまま魔王側についちゃったからね」


 ダメダメな転移者だな。


「なるほど。方法としては、転移者を始末する、そして剣を取り戻して魔王をぶっ殺す。オッケー?」

「そんなに簡単にいくかなぁ?」


 冷めた、死んだような目で俺を見ている。というか、これが素のカトゥーの顔か。


「いかせるしかないだろ。血迷った転移者の代わりに世界を救うのも悪くはないぞ」

「はいはい。がんばってマキくん」


 感情の入っていない言葉。そして心のこもらない応援。カトゥーの声は俺を脱力させるだけだ。ゆえに、愚痴がこぼれてしまう。


「せっかく異世界転移してきてるんだから、一度くらいは現地人に感謝されたいじゃん。今までの依頼って、世界を救えても、それがまったく現地の人に理解されてない感じだったよ。こんなんばっかだと、さすがに心が折れるって」

「マキくん、マキくん」

「ん?」

「マキくんってそんな繊細な心を持ってたっけ?」


 ほっとけや!

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