第5話 召喚と最強兵器(1)


 目の前には十数メートルある城壁が立ち塞がっている。


 三時間かけて歩いてきたというのに、王都の中には入れなかった。


 なにやら隣国との戦争中ということで、許可の無い者は門衛に止められて城壁の中には入れない状態である。


 強行突破も考えてみるものの、チート能力の一つである短剣モラルタは現地人や、現地の物体に対しては無力に近い。どう考えても詰んでいる。


「どうする?」


 俺は仕方なくカトゥーに相談する。そういえば彼女はサポート系魔法の使い手だったのだ。この難局を乗り切る切り札を持っているはずである。


 彼女は、カードのたくさん入ったA4サイズの分厚い本のようなホルダーを胸の谷間から取り出し(っておい! そんな胸デカくないだろ!)、ページを捲るようにカードを眺めていく。


 ちなみにカトゥーの胸の大きさはBカップくらいだ。胸に挟んでおくなんて芸当は物理的に無理なので、たぶん魔法的なものだろう。


「例えば、このカードを使えば壁抜けできるけど」


 ホルダーから一枚抜き取り、カトゥーがこちらへとカードを見せる。そこには、少女らしき人物が壁の丸く色が付いた部分に手を突っ込んでいるイラストが描いてあった。


 タイトルはなぜか英語で【hole】。……ここツッコんだ方がいいのかな?


 今はそんな些細なことより、依頼の方が重要か。


「じゃあ、使おうぜ」

「けど、一回使ったらこのカードは使えないよ」


 カトゥーが驚くべき設定を披露する。そんなんクソゲーやん!


「あ? 不便だな。補充できないのか?」

「うん、できない」

「おまえ、魔法使えるんじゃないの?」

「魔法っても、転移と回収と治癒くらいかなぁ。よほどの事がない限り、回収なんて使わないしぃ」


 気怠げな彼女の物言いは、俺のペースを崩させる。とはいえ、味方の能力を知ることは重要だ。


「回収ってなんだ?」

「粒子化した転移者の身体を回収するの。まれに、その世界に放置しておけない事もあるみたいだから」


 用途がよくわからんな。死体をその世界に放置できない状態ってどんなんだ? まあ、実際に使うことがあれば説明してくれるか。


「じゃあ、カード無しで使えるのってその三つだけ?」

「だけだよ」


 魔法使いとしてはソロプレイは無理な能力。しかもサポート専用。メインで動くのは俺だから仕方がないのか? いやいや、それにしたって、もう少しまともな魔法があれば。


「使えねーな」

「ひどいなぁ。これでも調和神ラッカークさまの従神なんだよ」


 めんどくさがりのカトゥーでも、むくれるときは全力で行う。なんとなく、こいつの性格は把握できてきた。


「そもそも従神ってなんだよ。いつから神様にそんな位ができたんだよ」

「そんなこと言われてもぉ……そもそもマキくんは神様のこと、どれだけ知ってるの?」

「いや、知らんけど」

「ひどいなぁ、もう。やる気なくなっちゃったから、わたし帰ろうかなぁ」


 ぷいと拗ねたように顔を背けるカトゥー。やる気無いクセに拗ねるのだけは一人前なんだから。


 そもそも俺は「やる気が無い奴は帰れ!」なんて暴言吐いてないだろうが。


「いやいや、おまえには従神としての使命があるだろ」

「だって、マキくんに否定されちゃったじゃない」

「否定はしてないだろ」

「神さまにそんな位あるのか? なんて、否定してたよ」


 たしかに変なところで突っかかった覚えはある。


「それは否定じゃない。質問だ」

「従神は従神なの。神に従う者なの」

「おまえ人間なのか?」

「それは……ひみつだよ」

「ひみつなのかよ! 素直に人間じゃないって言えば信じたぞ」

「そうなの?」


 わかってるんだか、わかってないんだか謎な表情で俺を惑わせた。こいつも謎が多い人物である。まあ、カトゥーのことより、俺自身の謎を解き明かす方が先だがな。


「もういいや。そのカードホルダーごと貸せ。全部のカードを見て俺が決める」

「えー、汚さないでよぉ。あと、借りパクとかヤだよ」

「友達に貸すとか、そういう感覚なのかよ!」


 俺はひったくるようにそのカードホルダーを取ると、中身を一枚一枚確認していく。


 細かい魔法の効果まではわからないが、絵柄がけっこう直接的な表現で、例えばカード名が【storm】とか、なぜか英語表記だったのでわりと簡単に理解できた。


 カードは全部で百五十六枚。相手を直接的に攻撃できるような魔法はほとんどなく、俺を強化したり補助するサポート系だった。


調和神ラッカークってどこの国の神様なんだよ?」

「えー、なんで?」

「カード表記が英語なんだけど」

「エイーゴ? ワタシワッカリマセン」


 カトゥーの脳天に軽く手刀打ちチョップをする。


「おまえ、いつからガイジンキャラになったんだよ」

「まあ、あれだよ。その文字に関してはひみつなんだよ」


 うさんくせー……。


「だから誤魔化したのか?」

「気になるの?」

「気になる」

「禁則事項です」


 唇に右の人差し指を添えて、ウインクをするカトゥー。それ誰かの真似か?


「おまえ、未来人でもドジッ子キャラでもないだろが! まあいい。その事は聞かない。代わりに今回の依頼の、おまえが知っている情報を教えてくれ。転移者が味方するあの王国は、どこと戦争をしている。で、何が理由だ?」

「うーん。話長くなるよ」

「長くなってもいいから話を端折るなよ」

「えー? 要点だけでいいじゃん」

「おまえなぁ!」


 カトゥーとのやり取りは、なんだか時間だけを無駄にしているような気がしてきた。少しだけ折れるか。


「要点だけでいいから話せ」

「うんとね。転移者のいるバニータ王国は女王エリスが治める国なの。先代である女王アニスは若くして亡くなってね、娘のエリスが十六才の若さで引き継いだの」

「その娘が勇者を召喚したのか?」

「ううん。たまたま創造神ビワナの一人が、この世界に転移させただけ。そこで彼は弱小だった国に協力したの。彼のチート能力は、彼の元居た世界に存在する兵器を召喚するということ」


 なんとなく状況は理解できた。召喚系のチート魔法使いってわけか。


「それがあのF-35か?」

「それだけじゃないよ。戦車とか銃器とか、いろいろこの世界に召喚しているみたいなの」

「パイロットはどうしたんだ? 現地人に操縦は無理だろ?」

「あの戦闘機は無人だよ。召喚した兵器に魔法回路を組み込んで自動操縦させるの。敵と目的を命令しておけば全自動で戦闘が行われる」

「それは厄介だな」

「厄介なのは、あの国が孤立しているってこと。あの国はね、古来より闇の中で生きてきた王国なの。偽貨幣を造ったり、暗殺を請け負ったり、麻薬を生成したり」


 どっかで聞いた設定だな。指輪を二つ集めると、ポケットに入りきらないほどの宝物が見つかるのか? そして王女は、とんでもないものを盗まれたのか?


「ヤバイ国じゃん。なんで転移者は味方してるんだよ」

「表面上は弱小の国だよ。国民は飢えていて、女王は健気に頑張っている、っていう風に見えるの」

「だから転移者は味方したと?」


 お人好しすぎるぞ! 転移者の方が心を盗まれたパターンか。


「うん、そう。けどね、この戦争で、あの国は完全に孤立するよ。それこそ全世界を敵に回すことになったから」

「孤立したところで、その圧倒的な軍事力に他の国も敵わないんだろ?」


 魔法が存在する世界とはいえ、文化レベルは中世並だ。戦車や戦闘機で簡単に蹂躙できるってわけか。


「ううん。そこまで圧倒的じゃないよ。所詮、彼の召喚した兵器は物理的な攻撃しかできないの。各国が同盟を組んで、強力な魔法大隊を送れば、あっという間に形勢は逆転するの」

「だったら放っておいてもいいんじゃね?」

「不利になった転移者が次に何をすると思う?」


 相変わらず言葉には覇気が無いが、目を細めたカトゥーの表情にゾクリとする。


「んー……より強力な兵器を召喚する?」

「そう。調和神ラッカークさまの未来視によれば、彼はツァーリ・ボンバを召喚するみたい」

「ツァーリ・ボンバってまさか、世界最強の水爆か?」


 たしか旧ソ連が開発した百メガトン級の水素爆弾だったはず。致命的な火傷を負う熱線の効果範囲は半径五十八キロにも及ぶと言われている。


 というか、俺、なんでこんな知識を持ってるんだ? ほんとは俺も彼と同じ世界から異世界へと転移してきたんじゃねえのか?


 けど、そうなるとあの栗毛ブリュネットの少女も同じ世界の人間か? いや、どう見ても転移者とは違う現地人だったよなぁ。


 まあ、今はそんなことを考えている場合じゃないか。


「転移者に軍事知識があったのが致命的だったのね。彼はそれを報復攻撃として、全世界に発射するの」

「核戦争……いや、これはもう戦争じゃない! 核による虐殺か」

「推定死者数は五千万人を超えるわ。さらに、核の冬によって農作物は育たず、人々は餓え、人類どころか生物は死滅する」

「止めないとヤバイじゃん!」


 手が震えてくる。最初の依頼なんてかわいく思えてくるほどだ。


「だけど、彼は王国に籠もりっきりみたい。戦争は兵器が自動で行ってくれるから」


 それで門を閉ざしているのか。


「召喚した兵器はずっとこの世界に有り続けるんだろ? 補給とかどうするんだ?」

「破壊されなかった兵器は一旦城壁内に戻って、魔力が補給されるみたい。それが燃料代わりみたいだよ」


 永久機関でないだけマシかな。けど、それなら城壁内に入る手もある。


「空を飛べる魔法ってのもあったけど、それを今使うのは勿体ないし、壁抜けは城壁の中に入れても転移者までたどり着くのが大変そうだ」


 さきほど見た魔法のカードファイルを頭の中で整理していく。いちおうこの世界で三度までリスタートできるのだ。魔法カードは節約の方向でいこう。


「どうするの?」

「この分だと戦車部隊も敵と交戦してるだろ? 補給に戻ってきた戦車に途中で乗り込んで、そのまま転移者の元まで連れてってもらおうって作戦だ」

「どうやって?」

「戦車そのものなら乗員が乗り込むハッチもあるはずだ」


 なにせ、召喚している戦車は本来、人が乗り込むものだ。奴が敵を明確に設定しているのなら、乗り込むさいの危険はないはずである。こちらから攻撃を仕掛けない限りは。


「バレないかな?」

「戦車大隊だと七十台以上もの車両がある。中は無人だし、それら一台一台を転移者が把握しているとは思えない。破壊行為とか行わなければバレないだろ。そもそも、敵と目的が設定されているのなら、邪魔しなきゃ俺たちは無視されるだけの話」

「なるほどぉ。うーんと……さすがだねぇ」


 と、感情のこもらないカトゥー棒読みの言葉。


 こいつ、本気で「さすが」とか思ってないだろ。まあいいけどさ。


「カトゥー。とりあえずアンカーポイントを作成してくれ」


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