第4話 ハーレムと人類滅亡(3)
勇者に対して、堂々と勝負を挑む必要はない。依頼は淡々と確実にこなすのが重要なのである。
相手は魔王を倒した最強の勇者さまだ。戦ったら負けである。しかも俺には戦闘経験なんてない。あったとしても、その記憶がないんだ。まともに戦うの愚策である。
だから俺は、相手に近づき声をかけるだけ。
「勇者さま。魔王を倒してくれたあなたに贈りたいものがあるのです」
「ん? なんだい」
人の良さそうな、人を疑わなさそうな純真な笑顔。転移した当初はやさぐれていたらしいが、ハーレムを築き上げるほどの環境で毒を抜かれたのだろう。今はとても穏やかな顔をしていた。
「えっと、この伝説の短剣なんですが」
短剣を両手で大事に抱えながら勇者に献上するように見せ、相手が殺傷範囲に近づいたところで持ち手を変え、勇者の右腕に切りつける。
躊躇しなかったかといえば嘘になる。本当はその喉元に突き立ててやりたかったのだが、緊張してうまく短剣を扱えなかったのだ。
結果的になんとか刃を相手の腕に
「おまえ何をした!」
確かな手応えと、腕先から黒く炭化したようになるのが確認できる。女神の言う通り、傷を少しでもつければ粒子化するってのは本当なんだな。
「さあね?」
俺は後退すると身構えながら、さらに勇者を観察する。
彼は腰に差してある剣をとろうとした。が、腕がボロボロと崩れていき、抜くことができない。そんな自分の状態を目の当たりにして、発狂したように叫ぶ。
「な、なんだよこれぇええええ!!!!」
隣にいたピンク髪の少女が両手で口を覆い悲鳴を上げた。
「いやぁああああ!! ナオトが」
赤髪の剣士らしき美少女が殺気が込められた声をあげ、俺の前で剣を構える。
「貴様、ナオトに何をする!」
「もう遅いよ」
俺も剣を構え、牽制する。
当の勇者は腕が崩れ、右半身も黒く炭化したようになり、ついには首元へと到達した。
すると数秒で首がボトンと石畳に落ちる。不死属性はないようなので、そのまま死んでしまったか。いや、本来、この世界にいるべき魂ではない。
始めて人を殺したというのに、俺は手さえ震えてこない。トドメを刺したという感覚ではないので、実感が沸かないだけなのだろうか? 実際、腕を切りつけただけだからな。
死とは別の次元のものだと、
死体は黒い粒子となって崩壊していく。殺すというのとは少し違う感覚だ。
「イヤ! ナオトさまぁああ!!!」
「ナオト!!!!!!」
「あたしのナオトがぁ!!!」
三人は地面に落ちた生首を囲むように号泣する。それを見て、少しだけ心が痛んだ。
だけど、こいつの存在を許しておいても世界が滅ぶだけだ。選択の余地なんてなかったはず。
「マキくん。おっけーだよ」
打ち合わせした通り、近くにいたカトゥーの呪文詠唱が終わった。
その瞬間、俺たちは別世界へと転移する。依頼が終われば長居する必要はないのだからな。
視界はぐるんと回転し、わずかに乗り物酔いにかかったような気分になる。
そしてブラックアウト。
▼Fragment Cinema Start
再び座席に座ってスクリーンを見ていた。これは、依頼の報酬である記憶の欠片の修復か?
「どうしよう。魔物の群れが近くまで来ているんだって」
「大丈夫だ。この家にはたしか、地下室があったと思う。そこに隠れてやり過ごそう」
男の返答がある。この声は俺なのか?
スクリーンの映像は部屋の隅にある、床に備え付けられた跳ね上げ式扉へと移動していった。
それを男のごつごつした手が開けると、地下室への階段が見える。とはいえ、奥の方は真っ暗で何も見えない。どこまでその階段が続いているのかもわからなかった。
「大丈夫かなぁ……」
少女が心配そうに中を覗き込む。するとカンテラに火を灯した男の手が先行して、その中に入っていく。
「後ろに付いてこい。あ、扉を閉めるのを忘れるなよ」
視点が振り返って、
「わかってるよぉ。けど、魔物に扉を見つけられない?」
「今暴れてるのはトロールだ。そんなに知能も高くないし、見つけられたとしても穴が狭すぎて入れないよ」
下へ下へと下っていき、階段は途中から螺旋のように渦を巻く構造となっていた。それがずっと下まで、まるで地獄の底にでも通じるような雰囲気だ。
「怖いよ」
「魔物に殺されるよりマシだ」
五分ほど下っただろうか、ようやく地下に空間が見えてくる。そこには僅かな灯りがついていた。
「誰かいるの?」
「非常灯だよ。魔光石を利用したものだ。二、三年は光り続ける」
さらに歩いて行くと、非常口と書かれた扉があった。その左右に発光する魔石が取り付けられているようだ。
だが、ここで気付いたのはその非常口という文字。何語だろうか? 俺は咄嗟に読めてしまったが、何か独特の文字のような気もする。
例えば英語や日本語のようにメジャーな……いや、この考え方もおかしい。俺の中にはそれらの言語の知識も入っているが、扉の文字さえ理解していた。
どちらも違う世界の言語である。
英語や日本語を知っていたとすれば俺はそちら側の世界の人間であり、扉の言語が標準的な知識ならこちらの世界の現地人という可能性が高い。
果たして俺はどちら側の人間なのか?
二人……本当に二人かはわからないが、男の声と後ろを歩く少女は、扉を開けて中へと入ることになる。
丸テーブルと倚子が二つあるだけの小さな小部屋。さらに奥へと続く扉もあった。
「ここで休憩しよう。もし魔物がここまでやってきたら、さらに奥へと逃げればいい。その先は地下坑道に通じている。大丈夫、ここまで来たら安心だよ」
男の声がそう告げると、二人はその倚子に座って一息吐く。
静まりかえる室内。気まずいわけでもなく、ほっとした感じだろう。二人の仲から察するに、とても信頼し合った関係だ。
ジャリっと金属が擦れる音がし、男の手が何かを取り出してテーブルの上にそれを載せる。
それは菱形のペンダントであった。中央には一センチ程の丸い宝石が三つ填め込まれている。それは三角の形で並んでおり、上から紅、そして下二つが青い宝石だった。
紅い宝石は円形であり、青い宝石は涙滴型をしている。
あれ? 俺はそれを知っていた。
▲
転移した先もまた、オタクには馴染み深いファンタジーな異世界だった。
空にはワイバーンらしき小型の竜が数匹飛んでおり、道の標識には現地の文字で【王都リセリアへ】と書いてある。
標識の示す方向には、数キロ先に城壁と洋城の
「さっきの世界はどうなったんだ?」
初めての任務を終えた。だが、あまりにもあっけなく終わったので、事の顛末が気になってしまう。
「さあ? めでたしめでたし、じゃないの?」
カトゥーからは無関心さと、心にもない台詞を喋っていることがすぐに伝わる。こいつにとって、転移者を駆除するのは、あまりにも慣れすぎた日常なのだろうか?
「おまえ、あんまり興味ないだろ?」
「だって、わたしには関係ないし。それより、次の仕事……めんどうだなぁ。マキくん、この仕事も受ける?」
「ああ、受けるよ。記憶の欠片を修復してもらったが、まだまだわからないことが多すぎる」
いつの間にかカトゥーは女神から依頼を受け取ったらしい。最初以外は、基本的にこいつ経由で仕事を受けることになるのか? とはいえ、彼女のやる気の無さは尋常じゃない。
「カトゥー、おまえ、いつか
「えー? なんで?」
「おまえ、やる気ないし」
「
ムカつくなこいつ。
「それで、次の仕事ってなんだ?」
「あー、あれかなぁ?」
カトゥーが西の彼方から空を飛んでくる何かを指さす。それは鳥にしては大きかった。
「ドラゴンか? いや、それにしちゃめちゃくちゃ速いな。翼を羽ばたいて飛んでいるって感じじゃないぞ」
それは音速を超えるようなスピードであった。
その飛行物体は俺たちにみるみる近づいてきて、一瞬で頭上を通り過ぎていく。轟音とともにソニックブームで地上のものをなぎ倒していった。
「ヤバイ!」
そのまま衝撃波に巻き込まれ、地面に叩きつけられる俺。
視界をかすめる一瞬の機影。
あれはたしか、米軍のステルス機、F-35か? いやいや、ここファンタジー異世界だろ?
そこで俺の意識は
**
目覚めると、なだらかな胸があった。その上に見知った顔。
「起きた?」
甘い女の子特有の香り。後頭部に当たるのは柔らかな、ふとももの感触。
「ひ、膝枕?!」
「驚くところはそこなの?」
なんとカトゥーに膝枕されている状態だった。そりゃ驚きもする。こいつ、命令されてもそんなことしなさそうだからな。
「だって、ものぐさなおまえがこんなことするなんて」
「うーん……少し悪かったかな? って反省したんだよ」
「反省?」
「だって、思わず逃げちゃったから」
「俺を置いて?」
「うん、そうだよ」
カトゥーが笑顔で答える。そこ、笑顔で言う台詞じゃないぞ。
「それで? 俺は生きてるんだろうな。それとも生き返ったのか?」
自分の両手を顔の前に持ってきて、握ったり開いたりして生きている実感を得ようとする。
「うーん……死にかけだったかな」
そんな、さらっと言うな!
「けど、助けてくれたんだろ?」
「うん、めんどうだったけどね」
そこは感動的な台詞を期待していたのだが……って、期待する俺がバカなのか。
「まあ、いいや。依頼を教えてくれ。この世界に転移した奴を駆除すればいいんだろ?」
「うん、そうだよ」
頭の中に画像が流れてくる。長身でやや神経質そうな顔つきをしていた。黒髪でアジア系。こいつも日本人なのか?
「こいつが転移者だな」
「うん、そうだよ」
「あのステルス戦闘機を召喚した奴と同一人物ってことか」
異世界に異世界の最新兵器を持ち込めば、そりゃパワーバランスが崩れるわな。
「うん、そうだよ」
「モラルタって、そういや転移者だけでなくて、この世界に送り込まれた異物にも有効なんだったよな。ということは、もしかして、この短剣であの兵器を壊せるのか」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、今回もわりと楽勝なんだな」
「うん、そうだよ」
「……」
こいつ……。
「おまえはバカだよな」
「うん、そ……んなことないよ」
こいつ、途中から話半分で聞いてたんじゃないか。「うん、そうだよ」しか言ってなくない? めんどくささが極まってるなぁ……。
「行くぞ。とりあえず、あの城の方角へ向かえばいいんだよな?」
俺は起き上がるとカトゥーを見下ろす。
「うん、そう……」
俺は右手に握った武器をカトゥーへと向けた。こいつまた「うん、そうだよ」って言おうとしただろ?
「な、なんで短剣をわたしに向けるかな? そんなことしたらあぶないよぉ。今のは肯定で良かったはずだよ。ひどいよマキくん」
反省もせずにむくれてしまった。なんだこの、めんどくさい生き物は。
俺はカトゥーに背を向けて王都へと出発する。まあ、あんまり気にしない方がいいか。
「……?」
歩きながらズボンのポケットに手を突っ込んだ時、何か硬い物が指先に当たる。
取り出すと、それは金属のチェーンがついたペンダントだった。菱形の形の中心付近には紅い宝石のようなものが填まっている。だが、不自然に残っている窪みが宝石の下に二つあった。涙滴型の形状だ。そこにはたぶん青い宝石が入るのだろうか。
だとすれば、あの記憶の欠片で見たものと同じ物。やはり、あの映像は俺の視点なのか?
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