第3話 ハーレムと人類滅亡(2)


 女神の従神との待ち合わせ場所は、丘の上にある風車の管理小屋。


ここは典型的な中世ヨーロッパ風ファンタジー異世界だ。風車では小麦を粉挽きしているらしい。ノスタルジックな風車が丘の上に何基も並んでいる。


 まあ、現地に長居するわけではないので、文化レベルがどの程度かなんて気にする必要はなかった。


 丘の上へと続く坂道を歩いていると、下から吹き上げるような突風が発生する。


 砂埃が舞い、思わず両腕で顔を覆ってしまった。一瞬、視界が遮られる。風が収まり、腕をどけると、丘の上の女性の影が見えた。思わず目が釘付けとなる。


 逆光でシルエットしか見えなかったが、その姿に一瞬見惚れてしまいそうだった。風で靡く長い髪を手で押さえ、こちらを見下ろしているようにも感じる。


 白いワンピースのスカートも風で翻っていた。彼女が従神なのか?


 さらに風向きが変わり、緩やかな風が頬を撫でていくと、ゆっくりと上空から円盤上のものが降りてきた。


 UFOか? いや、異世界に未確認飛行物体もないだろ。あるとしたら、魔物の類と見ていい。


 だが、その飛行物体はゆっくりと風にのって降下してくる。そして段々とその正体が明らかにされていく。


「ああ、なるほど。UFOの正体は帽子だったのか」


 風に流されて、横に逸れそうになったそれをなんとかキャッチする。なんてことはない真っ赤な麦わら帽子だった。『幽霊の正体見たり枯れ尾花』なんて見間違いは、よくある話である。


 これは坂の上の女性の帽子なのだろうか?


 帽子を手に、トキメキのようなものを感じながら坂を上ろうとする。と、後ろからふいに声をかけられる。


「そこの人。その帽子を返してくれんかのう」


 振り返ると老婆がいた。……脱力しかける。『お約束』を勝手に期待した俺がマヌケなだけだ。


「あ、あなたのでしたか」

「拾ってくれてありがとうなぁ」


 そうお礼を言って老婆は坂道を下っていく。


 ふうっと溜息を吐いて気分を変えると、目的地へ向けて歩いて行くことにした。


 というか、なんだよ!? 『お約束』だと、丘の上の女性の帽子なんだけどなぁ……。


 歩いて行くと、だんだんと丘の上の女性の姿がはっきりしてくる。十六、七才くらいの黒髪の少女か。


 シルエットにときめいたくらいだから、どんな究極の美少女かと思っていたら……。


 テンションが徐々に下がってきた。


 濃いブラウンの瞳がこちらを見据える。その目は死んだ魚のように光が宿っていなかった。まるでこの世のすべてに無関心であるかのような表情。


 髪型はセミロングのボブ。前髪は目のすぐ上あたりで、大雑把に切りそろえられている。


 どこにでもいそうな、普通の子。


 化粧したら映えそうな薄い顔立ちではあるが、まあ人によっては「普通にかわいいだろ」って反応もあるだろう。


 ただ、その普通のかわいさを全て台無しにしているのが、死んだような目だ。


「えっと、マキくんでいいのかな?」


 間延びした少女の声が聞こえてくる。調和神ラッカークが寄こした従神に間違いは無いだろう。


「ああ、真木桃矢だ。あんたの名前は?」

「あ、わたしはねぇ、えーと、ミクリーミ・カトゥーというの」


 なぜ自分の名前を告げるのに「えーと」と考えるかな……。


「いちおう、あんたも神さまなんだろ? セカンドネームがあるって珍しいんじゃないか」

「んーと、まあ、いろいろあるんだよぉ」


 何がいろいろかわからんが、彼女の声には覇気が無く、脱力しそうな口調なのでツッコむ気にもなれなかった。


「俺をサポートしてくれるんだよな?」


 調和神ラッカークの話では、サポート魔法が百種類以上扱えるとのことだ。それだけで、かなりの使い手とも言える。


「ええ、調和神ラッカークさまからサポート魔法のカードを一式預かったから、いちおう一通り使えるよ」


 ん? カードってことは、呪文ではなくスクロールタイプのアイテムってことなのかな? でもまあ、それでも強力な協力者だというのは間違いない。


「それは頼もしいな。よろしく頼むよ」


 右手を差し出して握手を求めるが、彼女はそれを興味なさげに一瞥しただけだ。


「んー……できればサポート魔法に頼らないでくれると、わたしが楽なんだけど」

「おまえが楽なのかよ!」


 思わずツッコミを入れてしまった。まだ、相手のことをよくわかっていないのに。


 なぜだか彼女のペースに巻き込まれそうになる。


 なんだろう、このムカムカする気持ちは。シルエットにときめいていた俺の心を返しやがれ!


 これでは親しげにファーストネームで呼ぶ気が失せてくる。まあ、ラストネームの呼び捨てでいいか……。


「カトゥー。調和神ラッカークからの依頼をこなすぞ」


 俺は彼女に背を向けて、転移者がいるという街へと向かった。



**



 街の様子は異様だった。


 勇者と思われる男が通ると、女性は皆、彼に対して憧れの眼差しを向ける。


 魔王という人類の敵を倒したのだから、それも当然といえるだろう。が、異様なのは、それが女性全員ということだ。


 年頃の娘ばかりではない。すでに結婚しているであろう中高年の女性や老婆も、彼に対して、まるで恋心を抱いた少女のような眼差しを向ける。


 でもまあ、ここまではいい。中高年だって、老婆になったって、人は死ぬまで誰かに恋をするものだ。


 だが、背筋に寒気が走ったのは、まだ赤子の女の子だ。視力だって不十分な状態だというのに、彼のいる方向を向いて赤子ではありえないような表情をする。


「あー、なんか、怖いねぇ」


 脱力感満載の棒読みのようなカトゥーの声だ。緊張感が解け、恐怖が削がれていく。まあ、いいや。転移者を始末すればこの異常な状態は終わるんだから。


「それよりもさ。おまえもいちおう女子なんだろ? 影響受けないのか?」

「うーん……なんか彼に惹かれるような気もするんだけど……」


 呆けたような顔でカトゥーは続ける。


「なんか、めんどくさい」


 聞いた俺が悪かったよ。少しだけ転移者を哀れに思う。


「まあいいや。サクッと依頼を終わらせようぜ」

「うーん」

「どうした?」

「わたしも付いてかなきゃダメ?」

「ダメ!」


 なんだろうな、この相棒。


 調和神ラッカークが「あなたと相性の良い子」なんて言ってたけど、気が合うどころかイライラしてくるんだけどなぁ。


「そういえばマキくんも、わたしを初めて見た時にあんな顔してなかったっけ」


 カトゥーが指さす先には、転移者に惚れてしまった女の子がいた。


 シルエットとはいえ、女神の従神ということで何か期待してしまったからな。今となっては、あの一目惚れの感情は間違いであると断言できる。


「はぁ……マジ黒歴史だわ」


 俺が深いため息を吐いているとカトゥーが背伸びをした後に歩き出す。そして数歩歩いたところで振り向いた。


「行かないの?」


 まるで俺の方がやる気無いみたいじゃないか!


「待てっつうの!」



**



 初めての任務ということで、今回は「超楽勝です(意訳)」と調和神ラッカークに太鼓判を押されたのだ。まあ、勇者さまが護衛も付けずに街を歩いているのだから、これほど無防備で攻撃しやすいことはないだろう。


 しかも、魔王討伐も終わってるので、転移者である勇者は防具さえ着けていない。


「楽勝……でもないかな」


 俺はぬか喜びしないように、改めて勇者の周りを観察する。


 普通に襲いかかったら、魔王を倒したそのチート能力で返り討ちに遭うだけ。だからといって、勇者がよそ見をしている時に襲いかかっても、彼の取り巻き女子の冒険者たちにやられるだろう。


 現在、彼には青髪の神官、ピンク髪の魔法使いに、赤髪の剣士が付いている。あの三人の少女が魔王を倒すために勇者に付いていった冒険者であり、ハーレムに最初に加わった者であろうと推測できる。


 魔王を討伐したパーティだ。そこそこの腕はあるはず。まともに戦えば、勇者にたどり着く前にやられてしまう。何しろこっちは短剣一本なのだから。


「それでね、ナオトぉ」


 ピンク髪のロリっぽい体型の女の子が、勇者の腕に抱きついて甘えている。それに対して赤髪のスレンダーな剣士が、厳しい口調で彼女を睨んだ。


「リーナ。ナオトが困ってるぞ。それにここは公衆の面前だ」

「あ、レイカだって、宿屋に戻ったらナオトには可愛がってもらっているじゃない」

「そ、それは。いや、そうじゃない。ここはみんなが見ている前なのだから」


 顔を真っ赤にして言い訳を始める赤髪の少女剣士を「あーそうだね」とギャルゲの攻略キャラを見るような目で俺は観察する。


「まあまあ、二人とも。喧嘩はダメだよ」


 苦笑を浮かべながら仲裁する勇者。穏やかな性格で、誰からも愛されそうな人物に見えるが、なんかムカムカしてくるな。


 そしてピンク髪の魔法使いを擁護するように、青髪の神官がこんなことを言い出した。


「人を愛することは尊いことなのです。それを恥ずかしがるようではいけませんよ」


 まるで聖母のような、お言葉……って、なんだこの茶番劇。


「そうだな、ミクの言う通りかもしれない。レイカ。おまえも、もっと愛を知るべきだ」


 勇者は赤髪の剣士を引き寄せ、抱き締める。調子に乗ってるぞ、こいつ!


「ナ、ナオト……」


 先ほどまでの威勢のいい言葉は詰まり、赤髪の剣士は呆けたように勇者の顔を見つめた。


 そして二人は熱い口づけを。


 周りの女性たちからは「まあ、うらやましい」「なんと情熱的なキスなの」「わたくしも勇者さまのご寵愛をいただきたい」等々の声が上がる。


 思わずため息を吐いた。俺に架せられた使命は、この茶番劇を終わらせることだ!

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