第2話 ハーレムと人類滅亡(1)
▼Fragment Cinema Start
気づいた時にはまた、あのスクリーンが目の前にある。映っているのは
なんだかとても懐かしい気もしてきた。そして同時に感じる愛おしさ。俺はこの子に対して好意を抱いていたのだろうか?
「トウヤくん」
彼女がそう呼びかけてくる。そこでふいに浮かび上がってくる記憶。それは自分の名前だった。
真木桃矢。それが俺の本名である。なるほど、こうやって連鎖的に記憶が埋められていくのか。
彼女の優しげな笑顔がこちらに向けられる。そして、こう言った。
「大好きだよ!」
そんな彼女の表情と言葉が俺の心を鷲づかみにする。この子の名前を俺は思い出せない。なのに、なぜか涙が溢れてくる。
「……」
彼女の名前を呼びたい。にも
いったい、この子の名前は……。
そして強制的にブラックアウト。
▲
「どうでした?」
「その仕事を請け負えば、記憶を取り戻せるのか?」
記憶の少女が、俺にとってどれだけ重要なのかの片鱗が見えた。こんな大切なものを手放すわけにはいかない。
「ええ。ただし、一度の依頼につき修復できるのは一つの記憶の欠片のみです」
「その話しぶりだと、一回では記憶が完全に戻るわけではないんだな」
「その通りです。仕事は山ほどありますよ。もちろん、次の依頼を受ける前であれば、仕事を終了させることもできます。ある程度記憶が戻って満足できれば、ですけどね」
「あんたの依頼、受けるよ。詳しい話を聞かせてくれ」
「その前に、あなたにこれを授けます」
空中にいきなり短剣が現れた。全体的に黒光りする、装飾もあまりされていない地味な短剣だ。
「これは、なんという剣だ?」
「名前はありません。この剣は異物を砕く能力があります」
「異物を砕く?」
「その世界の外から来たものであれば、その刃に触れることで細かい粒子と化します。これは不死属性だろうと関係ありません」
「世界の外? つまり異世界転移者をこの短剣で葬れということだな?」
「ええ、理解が早くて嬉しいですわ。お望みなら、この短剣に名前を付けてみてはいかがでしょう?」
そう
「モラルタ」
「ケルト神話ですか。『相手を一撃で両断する切れ味の剣』でしたっけ?」
ケルト神話が何を示すかは理解できていた。それは俺の知識に蓄えられていたもの。ただ、この知識をどこで得たのかがわからない。
「『大いなる怒り』を意味するとも言われている」
そんな言葉が自然と自分の口から零れていく。これも俺の知識か。
「次にあなた固有の能力を与えます。あなたに解る言葉で説明するならば、三度のリスタートが可能です」
『リスタート』の意味は理解していた。コンピュータゲームなどで続行不可能になった時、最初から戻ってやり直すことだ。そして、この『ゲーム』という言葉さえ、俺は理解している。
それと同時に頭に浮かび上がる「死に戻り」という言葉。どこかで聞いたのだが、これは思い出せない。
「死んだら最初に戻ってやり直せるってことだろ?」
「失礼しました。説明が足りませんでしたね。任意の時間でのリスタートです。死ぬ必要はありません。もちろん、死んだ場合は自動的にリスタートします」
俺の理解していた『リスタート』とは少し違っていた。
「どこまで巻き戻るんだ?」
「リスタートにはアンカーポイントが必要です」
「アンカーポイント?」
「わかりやすく言えば、ゲームにおけるセーブですね。そして、リスタートがロードだと思ってくださって結構です」
「アンカーポイントに制限はないのか? いつでもセーブできるってことか?」
「ええ、アンカーポイントの作成は任意の時間で行ってください。リスタートで、その時間まで巻き戻ります」
まさにセーブポイントというわけか。呼び方はまあ、どうでもいいな。
「了解した」
「それと、お忘れなきように。アンカーポイントなきリスタートは無効になりますので、ご注意を」
「そりゃそうだ」
大事な戦闘前にセーブのし忘れってのは、あるあるネタだからな。気をつけないと。 システムとしては、RPGやADVのセーブとロードみたいである。そんな感想を自然に抱いてしまった。
しかしながら、三回は少なすぎる。
「リスタートは三回しかないのか? 増やすことはできないのか?」
死んでもやり直せるというのは、かなりのチート能力だ。だが、何度も依頼をこなすということになれば回数制限はかなりキツい。
「増やすことはできません。ですが、リスタートの回数は、世界ごとにリセットされます」
「世界? ああ、異世界転移者は基本的に一つの世界に一人だもんな。ということは、仕事のために異世界を渡り歩くことになるのか?」
「そういうことになりますね」
これで二つ目か。
「わかった。で、三つめは?」
「私のジュウシンを貸し与えます」
「ジュウシン?」
「神に従うと書いて
こんな美しい女神なのだから、それに準じたさぞかし美人な子がくるのだろうと、このとき俺は思っていた。
「どんな子なんだ」
「いちおう魔法使いですよ。基本魔法の他に、百種類以上のサポート魔法が使えます」
「なるほど、後衛には最適だな。性格は?」
「あなたと相性の良い子を選びました。ですから、きっと気に入ると思いますよ。アンカーポイントを作成する場合も、この子に頼んでください」
結局、この場ではその従神の子と会うことはできなかった。女神の話によると、現地にて待ち合わせということである。
「最初の仕事は、この者を駆除することです」
画像のようなものが頭の中に浮かび上がる。男の写真のようなものだ。目で見えているわけではないので、何か不思議な感覚である。
「駆除?」
いきなり駆除と言われても戸惑ってしまう。それはやはり、殺すという意味と同義なのではないかと。
ただ、
「先ほどの剣で目標を傷つければ、そこから崩壊が始まります」
「崩壊? ってことは殺すってのとは違うのか?」
相手が人間であれば、剣で殺せというはずだ。わざわざ『崩壊』という言葉を使っているところが気になる。
「そうですね。転移者というのは、すでに死んでいる場合がほとんどです。トラックに轢かれたり、自殺だったり、またはなんらかの病気だったりするわけですね。ですから、魂を本来の状態に戻すだけのこと」
女神に悟られないように安堵する。さすがに人殺しには抵抗があったからだ。すでに死んでいる者を、あるべき状態に戻すだけなのである。そう、自分の心に納得させた。
「この剣を使えばそれができると」
「その通りです」
「で、これは何者だ?」
頭の中の画像は、二十代後半くらいのビジネスマン風の、あまり筋肉のないひょろっとした感じの男である。黒髪でやや短髪、瞳も濃いブラウンで典型的な日本人の顔立ちだ。
駆除というのだから、そうとうな悪党だと踏んでいた。だが画像は、ごく普通の男。どこか憎めない優しげな風貌でもある。イケメンではなく、いわゆるフツメンというやつか。
「彼の名は、イゾザキナオト。魔王を倒すために勇者として召喚されました」
それっていい奴じゃないんか?
「え? 駆除したらマズいんじゃないの?」
「魔王は倒して平和が訪れたのですが、彼のチート能力が凄まじく、世界のバランスを崩しかねません」
よほど凄い力を持っているのだろうと、俺は一瞬怯む。だが、次の女神の言葉で脱力してしまった。
「彼はハーレムを築きつつあります」
「は? ハーレムって、あの女の子をいっぱい、はべらかせてイチャイチャするやつ?」
「ええ、彼には女性を魅了する強力なスキルがあります」
それってよくある設定じゃね? 目くじら立てるほどのものなのか?
「いやいや、それくらい勘弁してやれよ。ハーレムなんて異世界に転移した男のロマンだろ?」
小説やマンガなんかでの設定ではいくらでもある。しかも、ハーレム設定の方が人気が出るパターンだ。そんな小説なんか読んだ記憶がないってのに、次々と浮かんでくる様々なハーレム要素を組み込んだ物語。
それがどこで得た知識なのかは、もう気にしない方がいいだろう。
「問題なのはその能力が彼の制御下にないこと、そして彼が不老であるためにこれから先、百年以上生きるということ」
「それの何が悪いんだ?」
ただのやっかみにしか思えない。
「考えてみて下さい。女性はすべて転移者である彼に惚れてしまいます」
「それがなにか?」
ハーレムの基本だよなぁ。
「彼が死ぬまでずっとです」
「羨ましい人生じゃないか」
そういう人生を送ってみたいものだ。
「女性は彼の子を孕みます」
「ハーレムウハウハだな。代わって欲しいくらいだよ」
リアルでハーレム作ったら、毎晩のように女の子とエッチ三昧だろう。まあ、勝手にやってくれって感じだが。
「何年も何十年も何百年も、女性はすべて彼の子しか孕みません」
そこで俺は理解した。転移者以外のすべての男性が、女性に相手にされなくなるのだ。……いや、問題はそれだけではないだろう。背筋がゾクリと凍える。
「いくらなんでもそんな……」
「近親交配の何が問題かご存じですか?」
女神は、俺が頭の片隅で危惧した問題をド直球で質問してきた。女性が産んだ子も彼と交わるのだ。
「たしか劣性遺伝子の血が濃くなって、精神的または体格的障害児が頻繁に生まれやすくなる」
だからこそ近親相姦はタブーとされているのだ。想像するだけで怖気が走る。
「私の未来視では五百年後、女性が子を孕めなくなります。そして、その後の未来はあなたにも簡単に予測できるでしょう」
チーレムのスローライフ話だと思っていたのに、実はとんでもない結末が待っていた。
「人類は滅亡すると」
もし、彼の物語をジャンル分けするとしたら、ハイファンタジーではなく、SFかホラーである。
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