第2話 ハーレムと人類滅亡(1)

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 気づいた時にはまた、あのスクリーンが目の前にある。映っているのは栗毛ブリュネットの少女。


 調和神ラッカークに会う前に俺が見た、あの映像と同じ人物だった。


 なんだかとても懐かしい気もしてきた。そして同時に感じる愛おしさ。俺はこの子に対して好意を抱いていたのだろうか?


「トウヤくん」


 彼女がそう呼びかけてくる。そこでふいに浮かび上がってくる記憶。それは自分の名前だった。


 真木桃矢。それが俺の本名である。なるほど、こうやって連鎖的に記憶が埋められていくのか。


 彼女の優しげな笑顔がこちらに向けられる。そして、こう言った。


「大好きだよ!」


 そんな彼女の表情と言葉が俺の心を鷲づかみにする。この子の名前を俺は思い出せない。なのに、なぜか涙が溢れてくる。


「……」


 彼女の名前を呼びたい。にもかかわらず、言葉が出てこない。もどかしさが苦しく胸に迫る。


 いったい、この子の名前は……。


 そして強制的にブラックアウト。





「どうでした?」


 調和神ラッカークの声が聞こえてくる。こいつはかなりの策士だ。こんな記憶を見せられたら、過去を捨てて生きていくことなんて出来るわけがない。


「その仕事を請け負えば、記憶を取り戻せるのか?」


 記憶の少女が、俺にとってどれだけ重要なのかの片鱗が見えた。こんな大切なものを手放すわけにはいかない。


「ええ。ただし、一度の依頼につき修復できるのは一つの記憶の欠片のみです」

「その話しぶりだと、一回では記憶が完全に戻るわけではないんだな」

「その通りです。仕事は山ほどありますよ。もちろん、次の依頼を受ける前であれば、仕事を終了させることもできます。ある程度記憶が戻って満足できれば、ですけどね」


 調和神ラッカークが口角を微妙に上げる。結局、俺は彼女の言いなりになるしかないのか?


「あんたの依頼、受けるよ。詳しい話を聞かせてくれ」

「その前に、あなたにこれを授けます」


 空中にいきなり短剣が現れた。全体的に黒光りする、装飾もあまりされていない地味な短剣だ。


「これは、なんという剣だ?」

「名前はありません。この剣は異物を砕く能力があります」

「異物を砕く?」

「その世界の外から来たものであれば、その刃に触れることで細かい粒子と化します。これは不死属性だろうと関係ありません」

「世界の外? つまり異世界転移者をこの短剣で葬れということだな?」

「ええ、理解が早くて嬉しいですわ。お望みなら、この短剣に名前を付けてみてはいかがでしょう?」


 そう調和神ラッカークに言われて、思わず出てきた名前があった。


「モラルタ」

「ケルト神話ですか。『相手を一撃で両断する切れ味の剣』でしたっけ?」


 ケルト神話が何を示すかは理解できていた。それは俺の知識に蓄えられていたもの。ただ、この知識をどこで得たのかがわからない。


「『大いなる怒り』を意味するとも言われている」


 そんな言葉が自然と自分の口から零れていく。これも俺の知識か。


「次にあなた固有の能力を与えます。あなたに解る言葉で説明するならば、三度のリスタートが可能です」


 『リスタート』の意味は理解していた。コンピュータゲームなどで続行不可能になった時、最初から戻ってやり直すことだ。そして、この『ゲーム』という言葉さえ、俺は理解している。


 それと同時に頭に浮かび上がる「死に戻り」という言葉。どこかで聞いたのだが、これは思い出せない。


「死んだら最初に戻ってやり直せるってことだろ?」

「失礼しました。説明が足りませんでしたね。任意の時間でのリスタートです。死ぬ必要はありません。もちろん、死んだ場合は自動的にリスタートします」


 俺の理解していた『リスタート』とは少し違っていた。


「どこまで巻き戻るんだ?」

「リスタートにはアンカーポイントが必要です」

「アンカーポイント?」

「わかりやすく言えば、ゲームにおけるセーブですね。そして、リスタートがロードだと思ってくださって結構です」

「アンカーポイントに制限はないのか? いつでもセーブできるってことか?」

「ええ、アンカーポイントの作成は任意の時間で行ってください。リスタートで、その時間まで巻き戻ります」


 まさにセーブポイントというわけか。呼び方はまあ、どうでもいいな。


「了解した」

「それと、お忘れなきように。アンカーポイントなきリスタートは無効になりますので、ご注意を」

「そりゃそうだ」


 大事な戦闘前にセーブのし忘れってのは、あるあるネタだからな。気をつけないと。 システムとしては、RPGやADVのセーブとロードみたいである。そんな感想を自然に抱いてしまった。


 しかしながら、三回は少なすぎる。


「リスタートは三回しかないのか? 増やすことはできないのか?」


 死んでもやり直せるというのは、かなりのチート能力だ。だが、何度も依頼をこなすということになれば回数制限はかなりキツい。


「増やすことはできません。ですが、リスタートの回数は、世界ごとにリセットされます」

「世界? ああ、異世界転移者は基本的に一つの世界に一人だもんな。ということは、仕事のために異世界を渡り歩くことになるのか?」

「そういうことになりますね」


 これで二つ目か。調和神ラッカークは三つの能力を与えると言っていたな。


「わかった。で、三つめは?」

「私のジュウシンを貸し与えます」

「ジュウシン?」

「神に従うと書いて従神じゅうしんです。わたしの忠実なるしもべなので、あなたへの協力は惜しまないでしょう」


 こんな美しい女神なのだから、それに準じたさぞかし美人な子がくるのだろうと、このとき俺は思っていた。


「どんな子なんだ」

「いちおう魔法使いですよ。基本魔法の他に、百種類以上のサポート魔法が使えます」

「なるほど、後衛には最適だな。性格は?」

「あなたと相性の良い子を選びました。ですから、きっと気に入ると思いますよ。アンカーポイントを作成する場合も、この子に頼んでください」


 結局、この場ではその従神の子と会うことはできなかった。女神の話によると、現地にて待ち合わせということである。


「最初の仕事は、この者を駆除することです」


 画像のようなものが頭の中に浮かび上がる。男の写真のようなものだ。目で見えているわけではないので、何か不思議な感覚である。


「駆除?」


 いきなり駆除と言われても戸惑ってしまう。それはやはり、殺すという意味と同義なのではないかと。


 ただ、調和神ラッカークは人殺しではないと言っていた。どういうことだ?


「先ほどの剣で目標を傷つければ、そこから崩壊が始まります」

「崩壊? ってことは殺すってのとは違うのか?」


 相手が人間であれば、剣で殺せというはずだ。わざわざ『崩壊』という言葉を使っているところが気になる。


「そうですね。転移者というのは、すでに死んでいる場合がほとんどです。トラックに轢かれたり、自殺だったり、またはなんらかの病気だったりするわけですね。ですから、魂を本来の状態に戻すだけのこと」


 女神に悟られないように安堵する。さすがに人殺しには抵抗があったからだ。すでに死んでいる者を、あるべき状態に戻すだけなのである。そう、自分の心に納得させた。


「この剣を使えばそれができると」

「その通りです」

「で、これは何者だ?」


 頭の中の画像は、二十代後半くらいのビジネスマン風の、あまり筋肉のないひょろっとした感じの男である。黒髪でやや短髪、瞳も濃いブラウンで典型的な日本人の顔立ちだ。


 駆除というのだから、そうとうな悪党だと踏んでいた。だが画像は、ごく普通の男。どこか憎めない優しげな風貌でもある。イケメンではなく、いわゆるフツメンというやつか。


「彼の名は、イゾザキナオト。魔王を倒すために勇者として召喚されました」


 それっていい奴じゃないんか?


「え? 駆除したらマズいんじゃないの?」

「魔王は倒して平和が訪れたのですが、彼のチート能力が凄まじく、世界のバランスを崩しかねません」


 よほど凄い力を持っているのだろうと、俺は一瞬怯む。だが、次の女神の言葉で脱力してしまった。


「彼はハーレムを築きつつあります」

「は? ハーレムって、あの女の子をいっぱい、はべらかせてイチャイチャするやつ?」

「ええ、彼には女性を魅了する強力なスキルがあります」


 それってよくある設定じゃね? 目くじら立てるほどのものなのか?


「いやいや、それくらい勘弁してやれよ。ハーレムなんて異世界に転移した男のロマンだろ?」


 小説やマンガなんかでの設定ではいくらでもある。しかも、ハーレム設定の方が人気が出るパターンだ。そんな小説なんか読んだ記憶がないってのに、次々と浮かんでくる様々なハーレム要素を組み込んだ物語。


 それがどこで得た知識なのかは、もう気にしない方がいいだろう。


「問題なのはその能力が彼の制御下にないこと、そして彼が不老であるためにこれから先、百年以上生きるということ」

「それの何が悪いんだ?」


 ただのやっかみにしか思えない。


「考えてみて下さい。女性はすべて転移者である彼に惚れてしまいます」

「それがなにか?」


 ハーレムの基本だよなぁ。


「彼が死ぬまでずっとです」

「羨ましい人生じゃないか」


 そういう人生を送ってみたいものだ。


「女性は彼の子を孕みます」

「ハーレムウハウハだな。代わって欲しいくらいだよ」


 リアルでハーレム作ったら、毎晩のように女の子とエッチ三昧だろう。まあ、勝手にやってくれって感じだが。


「何年も何十年も何百年も、女性はすべて彼の子しか孕みません」


 そこで俺は理解した。転移者以外のすべての男性が、女性に相手にされなくなるのだ。……いや、問題はそれだけではないだろう。背筋がゾクリと凍える。


「いくらなんでもそんな……」

「近親交配の何が問題かご存じですか?」


 女神は、俺が頭の片隅で危惧した問題をド直球で質問してきた。女性が産んだ子も彼と交わるのだ。


「たしか劣性遺伝子の血が濃くなって、精神的または体格的障害児が頻繁に生まれやすくなる」


 だからこそ近親相姦はタブーとされているのだ。想像するだけで怖気が走る。


「私の未来視では五百年後、女性が子を孕めなくなります。そして、その後の未来はあなたにも簡単に予測できるでしょう」


 チーレムのスローライフ話だと思っていたのに、実はとんでもない結末が待っていた。


「人類は滅亡すると」


 もし、彼の物語をジャンル分けするとしたら、ハイファンタジーではなく、SFかホラーである。


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