闇の賢者が行く多重異世界討伐記 ~ 転移者が問題を起こしすぎたので、ぐーたら天使と共に駆逐します!
オカノヒカル
第一章 【働いたら負け、戦ったら負け】
第1話 始まりの断片
俺は、
長方形の平面の光だけがぼんやりと辺りを照らしていて、そこに流れる映像をただ眺めている。
それはまるで、映画館にでもいるような雰囲気だった。
ふいに映像の中に現れた
美人というよりは、かわいい感じの丸顔。髪型はショートのボブ。目の上あたりで前髪が綺麗に切りそろえられている。
瞳は琥珀色で、スクリーンには人懐っこそうな笑顔が映し出されていた。まるで、俺の方に笑いかけているように。
場所は野外のようだ。周りに見えるのは、手入れのされていない草木と
辺りが少し暗くなりかけている時間帯だ。
「&%$! ここにいたんだ」
彼女が誰かの名前を呼んだような気がした。だが、その部分だけが聞き取れない。
「ああ、ちょっと疲れを癒していた」
男の声がする。少女より少し上くらいの年齢だろうか? こちらはスクリーンには映し出されない。
「今の時間は眺めがいいよね。なんか落ち着くっていうか」
視点は移動し、スクリーンには夕陽の沈む山が映し出される。真っ赤に染め上げられた空は、穏やかな空気に包まれているかのようだった。
何か懐かしい感覚が蘇ってくる。平穏な日常、かけがえのない平和……そんな言葉が頭を過ぎった。
「平和だな」
俺の心情とシンクロするかのような男の言葉。
「ホント平和になったよね。先月まで、わたしたちは脅えて暮らさなければならなかったのに」
「魔王の存在はそれだけ脅威だったからな」
「けど、勇者さまが倒してくれたわ」
「そうだな。穏やかに暮らせるのも勇者さまのおかげかもしれない。やはり神は我ら民を見捨てなかったんだ」
勇者? 魔王? 異世界ファンタジー系の映画なのだろうか?
「ね? &%$。勇者さまってどんな人なんだろうね?」
またしても名前だけが聞き取れない。たぶん男の名を呼んでいるはずなのだが。
「想像もつかないな。今、王都にいるらしいが、噂だけで本人を見ることもできなかったよ」
「やっぱり王都は勇者さまの噂で持ちきりなの?」
「ああ、リシャナ王はかなりの褒美を勇者に与えるらしい。領地の一つや二つ渡してもおかしくないくらいの活躍だったからな」
「だったら、勇者さまにこの土地の領主になってくれないかしら」
「なんでだ? ベッケン公はわりと民のことを考えてくれるぞ」
「だって、勇者さまの土地で採れた作物だっていったら、少しは高く売れるんじゃないの?」
「農作物の相場はそんな単純じゃねえよ」
二人はわりと親しい関係のようだ。軽口を叩いているが、実のところ信頼を置いているのが感じ取れる。
スクリーンに映る視点が山の方から街道へと移り、そちらへと歩いて移動しているような場面だ。道の脇にはトネリコやビルケの生い茂った森があり、雰囲気としてはヨーロッパ辺りに近い。
後ろから、少女の甘えたような声が聞こえる。たぶん、男を追いかけてきたのだろう。
「あーん、待ってよぉ!」
その声が終わらないうちに前方の映像が歪む。いや、空間そのものが歪んだのか?
目の前の木々がぐしゃりと倒れ込み、そこに突然人が現れた。何かの魔法の類なのか?
そいつは茶髪のロン毛の優男。年は二十代前半くらいだろうか。切れ長の目に、すっと通った鼻梁。ややナルシストっぽさを感じる小さな唇。
煌びやかな金のプレートメイルと装飾の細かな銀の槍を持っていた。それがただの装飾品であっても、かなりの値段になるだろう。実用品であれば、伝説級の武具なのかもしれない。
「そこのおまえ?」
こちらを向いた優男が問いかける。
「俺ですか?」
いまだ姿の映っていない、このカメラの視点主であろう男が答える。
「おまえじゃない。その女だ」
「わ、わたし?」
さきほどの少女が前に出る。少し脅えたように、身体が僅かに震えていた。
「ここはエヂルベ村だな?」
「ええ、村はもう少し西へ行ったところですが、ここらへんは村の管轄ですね」
「王からここら一帯の領地をもらった。今から俺が領主だ」
優男がそう言い切った。もしかして、こいつが話に出た勇者なのか?
「ベッケン公はどうしたのですか?」
と言ったカメラ視点の男の質問を優男は無視をする。それどころか、イヤらしい笑みを浮かべて優男は少女に近寄っていく。
「おまえ、かわいいな。俺の女にならないか?」
カメラの視点は、少女を庇うように優男との間に入る。
「ちょっと待って下さい」
「男は邪魔だ。ハーレムに必要ない」
優男は無表情でそう言ったかと思うと、突然カメラの映像が一回転する。
「&%$!!!」
少女の叫び声を最後に、スクリーンはブラックアウトした。
そしてさらに、それを見ていた俺の意識も
▲
視界に映るのは、ぼんやりとした境界が曖昧な世界。
自分の存在すらあやふやになりそうで、これがまだ夢の中であるのだと納得しそうになるのだが――。
「マキトウヤ」
女性の声でそう呼ばれた。それが俺の名前なのか? なんだか、あまりピンとこない。というか、俺自身の記憶がほとんどなかった。
「マキトウヤ?」
「あなたの名前ですよ」
いつの間にか女性が近づいてきている。気配すら感じなかったというのに。
その彼女は見た感じ、二十代前半くらいだろうか。腰まである髪は金糸のように細くキラキラと輝くもの。肌は傷一つ、皺一つなく、白くきめ細やかなもの。その瞳は吸い込まれるような美しいエメラルドグリーンであった。
およそ人間の美しさを凝縮して体現したような、理想的な女性の姿をしている。
「あんたは誰だ?」
「ラッカーク。調和の神と呼ばれています」
「神?」
記憶には無かったが、過去に自分が神を信仰していたという感覚さえない。なぜなら神という言葉を聞いて、すぐに「胡散臭い」と思ってしまったからだ。
「世界の均衡を維持するのが私の役目。あなたが考える創造神とは、また別の存在です」
「俺は何者なんだ?」
記憶が無いのは不安になる。それは俺という存在を証明する手段が何もないのだから。
「人が生きるのに過去なんてものは、大して意味がありません。未来に向かってどう生きるかが重要ではありませんか?」
「俺が何者かを教えてくれ? 今後、どう生きるかにも俺の過去は必要となってくる」
「例え記憶をなくしていても、あなたが蓄えてきた知識は消えてはいません。現に、私と会話が出来ているではありませんか」
たしかに全ての記憶を喪失しているわけではない。生きるのに最低限の知識は無くなっているわけではないことは、直感的に理解できる。
「だけど、不安なんだ! 自分が何者かがわからないのは」
「では、私があなたの記憶を修復しましょう」
「修復?」
「あなたの記憶は喪失しているのではありません。混乱して複雑に
「そうなのか? じゃあ、修復をお願いできるのか?」
「ええ。ただし、賢者として私の仕事を手伝ってもらいます」
「仕事?」
選択としては二つだ。過去の記憶に囚われずに生きていくか、それとも
「簡単なお仕事ですよ。あなたに三つの能力を与えますので、異世界のバランスを保ってください」
「今、『異世界』と言ったな。世界のバランスではないのか?」
「世界はビワナの数だけ無限にあります。
「ビワナ?」
また新たな単語だ。俺が忘れているだけなのか? それとも俺の知識には、ないものなのか?
「ビワナとは創造神のことですよ。神と聞かされて、あなたが最初に思いついた存在です。あなたがた人間にとっては、あまり聞き慣れない言葉でしょうね」
創造神をビワナと呼ぶのか。俺の知識とは差異がある。
神という概念は知っていたが、ビワナやラッカークなどという名前は聞いた事がない。なるほど一般的な名称ではないのか。
「で、具体的には何をするんだ?」
仕事を引き受けるのだから、向き不向きがあるだろう。
「調和を乱すものを
若干、中二病っぽい台詞でもある。なんとなく意味はわかるが、こういうのは曖昧にさせない方がいいだろう。
「どうにもあやふや過ぎる。わかりにくいのだが、具体的な仕事内容は?」
「世界のバランスを崩す異世界転移者を葬ることがあなたの仕事です」
葬る? 暗殺か? それより異世界転移者だと? なんだよ、どっかのWEB小説かよ! ……あれ? 『WEB小説』の意味を俺は知っている。どういうことだ?
まあ、いい。記憶が戻ればすべての謎は解決するだろう。些細なことは気にしない方がいいのかもしれない。
それよりも仕事内容だ。
暗殺となると殺し屋ってことか? 記憶がないからわからないが、そんなことが俺にできるのか?
いや、記憶がなかったとしても、今の俺には人を殺すということを躊躇なく行える自信はない。そもそも女神は「賢者として」と言った。これはどういう意味だ?
「人殺しは少し抵抗がある。それに俺には人と戦える力があるとは思えない。記憶が無いからなんともいえないが、武器さえ手に取ったことはないはずだ」
「ご安心ください。あなたが行うのは人殺しではありませんよ」
穏やかな女神の表情は、たしかに誰かを殺せと命じているようには思えない。
「殺人ではない?」
「ええ、それにあなたには異才があります。真正面から戦わずとも相手を葬り去ることなど容易でしょう」
記憶にはないが、なんとなく悪知恵だけは働きそうな予感がした。そういう知略を使えということなのか?
「だから賢者なのか?」
「ええ、そうです」
「具体的には何をする」
「内容に関しては、依頼をお受けになった時に説明しましょう。そんなことを心配するより、あなたは記憶を取り戻したいのでは?」
その質問返しの言葉に、俺はしばし考える。記憶を取り戻したいのか、それとも何も知らずに生きていきたいのか。
「俺は今迷っている。記憶を取り戻すべきか、過去を振り返らすに生きていくかをだ。あんたが余計なこと言わなければ、俺は混乱しなかったんだぞ」
「そうですか、それは失礼をいたしましたね」
女神が申し訳なさそうな顔をして頭を下げる。だからといって、俺の迷いが消えるわけではなかった。
「頭を上げてくれ、あんたを責めたわけじゃないんだ」
「そうですか? ですが、お詫びとして、欠片の一つを修復して差し上げましょう。もし、その修復された記憶が
吸い込まれそうな
俺の記憶は本当に大切なものなのか? それを確認できるなら、しておいた方がいい。
「わかった。お試しというわけだな。記憶の欠片を修復してくれ」
女神がさらに近づいてくる。そして、俺を抱き締めた。柔らかな肌の感触、甘い官能的な香り、意識がぼやけていきブラックアウトした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます