君の眠る場所

 前を行く零がお寺に入った。光明寺こうみょうじという美しい笹の生垣いけがきで囲われているお寺で、そこには零のお墓が、ある……?

 あれ、そうだっけ……? 零の、お墓……?

 私は気づいた。


 自分が、零のお墓参りに、一度も来たことがないということに。


 なんでだろう。なんで私、零のお墓参りに来たことないんだろう……。

 動揺どうようして立ち止まる私とは対照的に、零はつかつかと進む。やや下を向いた頭はそのままだが、その足取りからは、何か覚悟のようなものを感じた。

 零が、私の知らないうちに何か目的を達して、自らの墓前で成仏じょうぶつしようとしているのではないかと思い、私は慌てて追いかけた。

 寺の墓地を突き進む零が、ひとつの真新しい墓石の前で立ち止まった。その墓石に刻まれた文字を見て、私は絶句した。


 葉桐香澄之墓


 その墓石には、確かにそう刻まれていた。私はようやく全てを思い出した。一年前、何があったのか。そして今、何が起きているのかを。

 ………

 ……

 …



「お、これなんかいいんじゃないか?」

 零が一本の笹の木をすりながら言った。

 たしかに、高さ・太さともにちょうどいい。

「うん、よさげだね〜。じゃあ、これで切って」

 私は家から持ってきた剪定鋏せんていばさみを零に手渡した。零は笹をバチッと切って、鋏を私に返し、笹をかついだ。

「んじゃ、帰るか」

「帰ろ帰ろ〜」

 雑木林を抜ける途中、零はせっかく採った笹を何度も他の木に引っ掛けて、その度に「うわっ」とか「おろっ」とか声を上げた。

「もうっ、大事にしてよね」

「悪い悪い……」

 そうこうしてるうちに、雑木林の出口が見えてきた。私はとっさの思いつきを述べる。

「ねぇ零、家まで競走しよう。よーいどんっ!」

 零がうんと言う前に、私は脱兎だっとごとく走りだした。

「あえっ⁉︎ 待てよ! ずるいぞ!」

 文句を言いつつ、零も走り出したようだ。そうだ。負けた方はバツゲームってことにしよう。

 雑木林を飛び出した私は零の方を振り返り、早速バツゲームの内容を発表しようとした。

 その瞬間、私の身体は今までに感じたことのない衝撃を受け、私の意識は消失した。

 ………

 ……

 …



 その後、何がどうなったかはわからないが、次に私が意識を取り戻した時には、私は天国にいたのだ。

 天国なんてあるとは思ってなかったし、誰かが教えてくれたわけでもないけど、なぜかそこが天国だということがわかったのだからしょうがない。そして、私が死んだのだということも同時に理解した。

 それから私は天国で、現世の零を見ていた。

 零は、私が目の前で撥ね飛ばされるのを目の当たりにし、心に深い傷を負ってしまったようだった。それから一年ほどは、以前のように友達と遊ぶこともなく、部屋に引きこもってしまっていた。どうやら、私が死んだのは、自分が走り出した私を止めることができなかったせいだと思い込んでいるようだったが、それは違う。私が車道に突然飛び出したせいだ。誰が見たってそうわかる。それでも、零は自分を責め、周りとの交流を全て絶ってしまった。それを私への贖罪としようとして。

 私はそんな零を見ていられなくなって、神様にお願いしたのだ。どうかもう一度だけ、零のところに行かせてほしい、と。

 どうしても伝えたかったのだ。私が死んだのは零のせいじゃないということを。私のためじゃなく、自分のために生きてほしいということを。

 神様は私の命日に少しだけ時間をくれた。

 だから私は、戻ってきたんだ……!

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