君のいた日々②

 零は再び歩き出した。

 正門の前を通り過ぎると、私たちがみかん坂と呼んでいた、長い長い坂道がある。なんでみかん坂と呼んでいたのかというと、この坂の両脇には、なぜか、みかんの木を植えている家が何件も建ち並んでいるからだ。

 零はこれを登ろうとしている。当然、私もついていく。



 もうみかんの木には、青い実がつき始めている。木自体も青々としげっていて、坂全体が日陰になっているから、ここは幾分いくぶんか涼しく感じる。道の端には、りょうを求めて来たのであろう猫たちが数匹、ぐったりと寝そべっている。



 坂を登りきると、右手に雑木林の入り口がある。入り口と言っても、浸入しんにゅうを防ぐつもりで設置されているのであろう金属製の柵に、なぜか途中で三十センチ程の隙間すきまが空いていて、そこを勝手に入り口と呼んでいるだけなのだが。

 以前は毎年夏休みになると、零と一緒にカブトムシやクワガタを採りに来ていた。一昨年もそうだった。

 ………

 ……

 …



「うあぁ……、また大量のカナブンがぁ……」

 零が悲嘆ひたんの声をあげる。昨晩仕掛けたカブトムシトラップには、目当てのカブトムシは一切ついておらず、大量のカナブンと名前もわからない細長い虫だけがひしめいていた。

「いいや、次行こう……」

 零はさっさと諦め、トボトボと次のトラップの場所へと歩き出した。

「あと何カ所だっけ?」

 蚊が多いので、虫除けスプレーをポーチから取り出しながら、零に尋ねた。

「二カ所だよ……」

 フシーーッ。

 虫除けスプレーを身体に噴射ふんしゃする。

「ばっか! 香澄! それじゃカブトムシも逃げちゃうだろ!」

「あ、そっか。ごめんごめん」

「はぁ……」

 迂闊うかつだった。零は露骨ろこつにがっくりと肩を落とした。

「まあまあ、こんくらい大丈夫だよ。行こう行こう!」

「はぁ……。はいはい……」

 あきれつつも、なんだか楽しそうな零の手を引いて、私は歩き出した。

 ………

 ……

 …



 たしかあの後、二カ所回ったら、ノコギリクワガタがたくさん採れて、釣りが趣味の零のお兄ちゃんから借りたルアーケースいっぱいに、ノコギリクワガタを詰めて持ち帰ったんだったかな。いい思い出だ。

 だが、この場所はもう因縁いんねんの場所になってしまった。ここは、去年私たちが笹を取りにきた雑木林だからだ。

 心がこの場所を拒絶きょぜつしている。零も同じようで、泣きそうな顔をしてそこに目を向けている。本当に申し訳ない。現世での楽しい思い出の場所をけがしてしまったのだ。

 零は逃げるようにこの場所を後にした。



 なぜ零は、苦い記憶の場所へやってきたのだろうか。

 そんな身を切られるような思いをするくらいなら、私を殺してくれればいいのに。そしたら、私も罪悪感ざいあくかんから解放されて、零とまた一緒にいられるのに……。

 このおよんでまだゆるされようとする自分に嫌気がさす。

 なんとなく、零の隣は歩けなくなって、後ろ数歩分くらいのところを歩く。

 零の後ろ姿を見ていて、私は気づいた。

 なんか零、背、伸びた……?

 幽霊は成長するのだろうか。そんなことは聞いたことはないが、実際に目の前の零は、一年前よりも背が伸びて、少したくましくなったように見える。気のせいだろうか。

 あるいは、この零は、幽霊じゃなくて、私の妄想もうそうなのかもしれない。零のことを忘れることができない私が、中学生になった零を作り出してしまったのだろうか。

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