君のいた日々①

 私は零の隣に並んで歩いた。

 この道は、去年まで私たちが通っていた小学校へ続く、元通学路だ。

 以前は毎日のように零と並んで通学していた。雨の日も、風の日も、雪の日も、暑い日も。そういえば、三年生だか四年生だかの時、きりが出た日があった。すぐ隣を歩く零の顔もぼやけるほどに濃い霧を、私はその日初めて見た。それがちょっと怖くて、いつもより零にくっついて歩いたのを、なんとなく覚えている。

 まだほんの数年前のことなのに、なぜか遠い昔のことのように感じられて、少しさみしくなった。

 しばらくすると、三叉路さんさろに出た。ここも当然見慣れた場所で、左に進めば小学校がある。零はその通りに進み、正門の前で立ち止まった。そして、さっきまで下へ向けていた顔を上げ、校舎の方に目をやる。ジッと見た後、かなしげな顔をして、またうつむいてしまった。なんだか、やりきれないといったように、頭を横に振っている。小学校に何か未練みれんを残しているのだろうか。

 一応ここは、私と零が初めて出会った場所ということになる。零は一年生のゴールデンウィーク明けに、私のいたクラスに転校してきたのだ。

 ………

 ……

 …



「はい、みなさん、席に着いてください。今日はこのクラスに新しいお友達が来ました。さあ、日野ひの君、入ってきて」

 先生の言葉に、クラス中がどよめく。ガラガラっと音を立てて、木製のスライドドアが開き、硬い表情の男の子が入ってきた。そのまま教壇きょうだんの上へ歩いていき、先生の隣に立つ。

「じゃあ、みんなに自己紹介してください」

 先生は男の子をうながした。

「はい……」

 ボソッと小さな声で返事をして、男の子は自己紹介を始めた。

日野ひのれいです。東小学校から来ました。これから、よろしくお願いします」

 どこか不安そうな声で、日野君は言った。

 パチパチという拍手の音と、「よろしくなぁ!」というお調子者男子たちの声が教室に響く。日野君の硬い表情が、少しだけ柔らかくなったように見えた。

「日野君の席は、葉桐はぎりさんの隣ね」

 えっ⁉︎ 私の⁉︎

 先生が日野君を、私の隣の席まで連れて来た。

「お家がお隣みたいだから、仲良くしてあげてね」

「えぇっ⁉︎ 隣⁉︎」

 そういえば、一昨日お母さんが「お隣、引っ越してきたみたいよ。香澄かすみと同じ学年の男の子がいるんだって」って言ってた。そっか、この子だったんだ。

 日野君は私の方をチラッと見て、目が合うとすぐに目をそらしてしまった。それでも「よろしく」と私に言って席についた。

 私も「よろしく」と返して、すぐに目を伏せた。ちょっと緊張しているように見えるけど、他の男子とは違って、ちょっと陰のある大人っぽい雰囲気の日野君に、私は少し照れてしまったのだ。

 ………

 ……

 …



 これが、私と零の出会いだ。この日、零と私は初めて一緒に下校し、道中いろんなことを話そうとして、話せなかったのを未だに覚えている。私たちはそれぞれ人見知りを発動して、うまく会話が続けられなかった。でも、お互いに悪い印象を持たなかったから、それからは毎日のように私が声をかけ、一緒に登下校した。そのうちにちゃんと喋れるようになり、お互いの家を行き来するような関係になった。私は、だんだんと零のことを好きになっていった。

 零はどう思っていたんだろう。私のやることに散々付き合ってくれていたけど、私のことを好きでいてくれたのだろうか。

 隣の零に聞いてみようと思ったけど、私の声は届かないことを思い出してやめた。

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