小さなショーの準備

 リューヴォは、ここ数日でやっと地下道の全てを覚えられて内心上機嫌で、よどみのない足取りで地下迷路を進んでいた。マルティーノの小さな溜息を聞き取った彼女が、不意に振り向いて小首を傾げる。いつも通りの反応を返したリューヴォに、マルティーノも[何でもない]といつも通りに笑いながら首を横に振った。


(一体どうなるんだか…戦争終わって生きてたら、一応聞いてみるかなー)


 Xエリアに住む者達は、リューヴォが何者なのかを知っている。当然フェルディナンも知っているが、本人達はタダ知っているという状況から、どうしたいのか全く周りの人間達に伝わっていない。特にマルティーノは、自分の娘でも良いくらいだと思っている事から、リューヴォのこの先が心配なのだ。今も幼いが、ボスである少女が赤ん坊の頃からの付き合いである、人間ではない少女が一体これからどう生きるのか。ぼんやりとそんな事を考えながらボスの後ろをついて行くとふたりは地上に出た、ソコには誰が狩ってきたのか新参組織の男が2人後ろ手に縛られて震えており、3人目は既に息絶えていた。マルティーノは、リューヴォの言わんとしている事を正しく理解した。2人の前で死体の1つを解体してくれと、そういうことだと受け取ったのだ。マルティーノのやり方はごく単純で、まずは観客捕虜への挨拶と自己紹介を済ます。


「よぉ諸君、俺の名前はマルティーノ[死体の解体屋]で殺し屋だ。お前達は実に無礼極まりない方法でこの街の住人の平和を乱した、だからな?この街が本当はどんな場所なのか、今からショーを見せてやるよ」


 彼は、近くにあったバスケットゴールの突起部分に死体を軽々と逆さ状態にして鎖に結びつけ、頸動脈はもちろん、他の動脈も血抜きのためにメスやナイフで切り裂いて血が抜けるまでしばらく、リラックスした様子でタバコを吸い出した。暗黒街以外で生まれ育った人間からすれば考えられない、見ていられない状況だがマルティーノ本人は平然としているし、リューヴォも見慣れた光景で、さして気にすることなく流れていく血をバケツに入れる。恐怖で真っ青な新参者2人をボーッと見ていたリューヴォは、真っ赤な唇の口端を釣り上げて言葉を紡いだ。


「お兄さんたち、このシザリアスにある街で油断なんてしちゃいけないわよ。忠告はコレでおしまいね?はいっ、マルティーノ、そろそろ良いんじゃない?」


「そうだな、ドン・リューヴォからお許しを得たって事で、解体ショーを始めるか。目を反らすな、あ…ドンいつものヤツ持ってきてもらって良いか?」


「良いわよ、行ってきまーす」


 にこやかに物騒なことを口にしたマルティーノは、焦げ茶色の長髪を頭頂部あたりに結い上げて、同色のタレ目をニタリと愉悦に染め細め、リューヴォの後ろ姿を見送った彼は、身体中に仕込んでいる暗器をいくつか取り出し、まずは首を切り取るべく何の迷いもなくナイフを突き立てていく。その時点で、2人の観客捕虜の顔色は真っ青になっていた。リューヴォが戻ったのはマルティーノがまさに首を落とそうとしている時だ、少女が手に持ってきたのは小型の斧。ソレはよく彼が使う解体道具で人体を寸断するのに丁度良いと、ほぼ毎日のように見聞きしてきたリューヴォは、迷いなく彼の寝床から取ってきたのだ。


「はい、コレでしょ?」


「そうそう、それ!ありがとうドン」


 ちゃんと持ってきたことを褒められながら、嬉しそうに黙ってお団子頭より下の後頭部をポフポフと撫でられてリューヴォはスッカリご機嫌だ、マルティーノも微笑んでいる。人間の死体の血抜き途中でなければ、誰から見ても幸せそうに見えるだろう。



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